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一日目 自己紹介

「あぁ、臭かった」テレビの声には、ひび割れたノイズが入っている。


「そんなこと言ったら、失礼ですよ」


「そう思うなら、そんな念入りにハンカチで拭くなよ」


 わたしは葉っぱの裏の気孔を一杯に広げ、深呼吸する。十回ほど繰り返すと体の中のよどんだ空気が新鮮なものへと置き換わった、気分になる。でも、こういうのは気持ちの問題。病気も気から。


「すいません、手を洗いたいんで、いったん自分の部屋に戻っていいですか?」


「俺より辛辣じゃん」ニヤニヤとノイズを鳴らすと、ブラウン管テレビは扉と反対方向に歩き出す。そして、銀色に輝く理容鋏の絵。作品名『103号室』を通り過ぎる。


「どこに行くんです?」


「お前の部屋。107号室だろ」


「なんで、知ってるんですか」わたしは歩みを止める。誰にもそんなこと言っていないし、部屋から出入りするところも見られていないはずだ。ひょっとして、物陰からわたしの様子を覗っていたのだろうか。怖い……。毛状突起が逆立ち、維管束が縮こまる。


「101号室から順番に埋まっていって、お前が7体目の客ってだけ。なに、びびってんの?」ブラウン管テレビは、どうでもよさそうに言う。


「別にびびってないし」


「びびってんだろ。急にため口だし」

 図星だったので、不機嫌になった。不機嫌になったので、黙った。床を蹴って八つ当たりするが、衝撃は柔らかな絨毯に吸収されて音はまったく響かない。廊下は『コ』の字型になっているようで、二回左に折れ曲がる。廊下に並んだ絵の中に、ユリの絵を見つけて安堵する。

  

「じゃあ、待ってるから。早くしろよ」わたしは部屋に戻った。花の香りが、懐かしく感じた。


 自分の姿を映す鏡を前に、ひたすら唸る。こんなはずじゃなかったのにと、うめく。飛び出た枝葉と絡まった根っこが気に入らないので自分で抜いたら、大惨事になったのだ。パッツンとして、売れないバンドマンみたいになった。しょうがないので、不格好になった根と葉を襟のなかに突っ込む。まぁ、見られるようにはなったか。


「遅い」ブラウン管テレビが怒鳴る。わたしは大きく、溜息を吐いた。


「なんで、そっちが不満そうなんだよ。人を散々、待たせといて」お前は人じゃないだろ、と言いたくなる。


「ゲームしてればよかったでしょ」


「充電が切れたんだよ!」


「ごめん」

 テレビは許すとも許さないとも言わず、ついてこいと歩き出す。最初にくぐった扉を、またくぐる。玄関ホールに様子に変化はなく、ただ時計の針の位置だけが違っていた。


「他の人……、モノに挨拶しなくていいの?」今のところ挨拶を終えたのは四人……、四体だけ。でも、ブラウン管テレビは、客は七体だと言っていた。


「俺達と館主と使用人以外は、みんな娯楽室で麻雀してる」


「退廃的だね。せっかく雰囲気がある『お屋敷』なのに……」こんな場所で賭け事をするなんて、もったいない気がする。


「じゃあ、なにすんの。バレエでもやんの?」冷やかすように言う。


「するわけないじゃん!」いらっとして、叫ぶ。ブラウン管テレビは「ク、ク、ク」と嗤い、さっき帽子が消えていった扉に入る。


「ここが食堂。午後六時になったら、全員で食事をとることになってる」

 

 いかにも上流階級といった堅苦しい食堂。装飾を着込み、食卓を囲む椅子は王に傅く甲冑騎士みたい。食卓を覆うテーブルクロスは色褪せているが、編み込まれた花の大きさや、くさびの質感は一つ一つ違って、とても手が込んでいる。


 テーブルクロスの上に、三股の燭台が並ぶ。蝋燭はセットされておらず、火も灯っていない。暖炉にも薪はなく、厚い雲を通して灰色になった日光が唯一の光源だ。キャビネットには、ピアノの形のオルゴール、お城が沈むスノードーム、尾を巻いた黒猫の置物、シンバルを持った猿のおもちゃ、手のひらサイズのエッフェル塔、……。様々なガラクタ達が列をなす。部屋の右壁には二枚の扉が張りついていた。

  

「食事……?わたし達って食事とらなきゃダメなの?」キャビネットのガラスに映る、自分の顔を見る。品のあるユリの花。そして、傍にはブラウン管テレビ。帽子と理容鋏の姿も思い浮かべる。誰も口なんて持っていない。何をどのように食べるというのだろう。


「ダメってわけじゃないと思う。いらないなら、無理して食べなくていいんじゃない?俺もよくぶっちするし」ブラウン管テレビは、延長コードを延ばしながら、奥に進む。そして、手前の扉を指差す。


「手前が厨房。多分、使うことはないと思う。そんで奥が娯楽室。バーカウンターとか、麻雀卓がある。今は館主と使用人以外のほとんどが集まってるはず」


 ブラウン管テレビが、ドアノブに手を掛ける。始めて一人でカフェに入るように緊張する。そして広がる退廃的なにおい。酒と煙草と香水が入り混じった堕落のにおい。それでもって、どこか憧れを抱かせる大人の香り。気怠げなジャズの旋律が怪しい雰囲気を作る。


「よっしゃーーっ、ツモや!ワシの勝ちやで」その独特な雰囲気を、ドスの利いた野太い声が掻き消す。


「ああ、もう、なんでよ!」感情的な叫びとガラスが割れる音が、かろうじて残った雰囲気を粉々に砕く。叫びの主は理容鋏で、中身の入ったワイングラスを床に叩きつけたのも理容鋏だった。案内役をぶっちされたときから疑念を感じていはたが、たった今、最初に彼女に抱いたクールで、大人な女性というイメージは儚く、崩れ去った。


「まったく……。こんなことで一喜一憂して、くだらんな」聞いたことのない声。


「ほんまやで」これも知らない声。


「ホントだよ」これは帽子の声。


「怯えてますよ」ブラウン管テレビが言うと、麻雀卓を囲む四体の視線がわたし達に集まる。


 よっぽど熱中していたのだろう。ここで初めて、わたし達が部屋に入ってきたことに気づいたようだ。理容鋏なんて、扉と向きあう席にいるのに。


「ユリちゃん、さっきはごめんね。急用が入っちゃったから、丸投げしちゃった」彼女は悪びれもせず、自動卓の穴に牌を突き落としていく。『ピョコン』、と新しい牌が飛び出す。配牌が悪かったのだろうか。マイナス型のネジ穴が、牌の群れ睨みつける。


「合格点ってところか」気取った声。


「せやな」ドスの利いた声。


「ほらね、僕が言った通りでしょ」帽子は得意気に言う。わたしのいないところで、どんな噂をしていたのだろう。少し気になる。


「本当に男は、野蛮で困るわね。品定めの前に自己紹介でもしたらどう?」


『野蛮にも、敗北の怒りに身を任せ、グラスを床に叩きつけたのは誰ですか』と言いたい。恐ろしいので言わない。


「そうやったわ。おめぇさんがそれくらい、べっぴんさんってことやさかい、堪忍な」革張りの回転椅子をグルッと回転させると、和装の男は立ち上がる。


「ワシはスペードの3。大富豪でも、ポーカーでも役立たずの呑んだくれや。よろしゅうな」例に漏れず、彼の顔は人のそれではない。使い古したトランプだった。赤いインクは滲んでいて、台紙はふやけて、青の袴もよれている。アルコールの渋いにおいと、熟した果物の酸っぱい香りは不快だが、強烈な汗の臭いよりは、まだまし。


「よろしくおねがいします」わたしは軽く会釈する。


「今、笑うとこな」スペードの3は腕を組む。袴の袖がだらしなく揺れる。


「えっと……?」


「『大富豪でも、ポーカーでも役立たずの呑んだくれや』って、とこや。それか励ましてもいいぞ。『そんなことないで』とか、『むしろ憧れるがな』とか」


「あはははは……」自分でも分かる、ぎこちない笑い。 


「こいつに敬語なんてつかう必要ないわ。大富豪でも、ポーカーでも役立たずの呑んだくれなんだから」


 理容鋏の囁きに、思わず吹き出してしまった。笑う『わたし』に釣られて、他のモノ達も笑い出す。鋏は開閉を繰り返して、シルクハットは膨らんだり萎んだりして、ブラウン管テレビは画面に砂嵐を散らして笑う。ぼやけた三つの『♠』が恨みがましく睨むが、堪えられない。放っておくと、どこまでも続きそうな笑い声を打ち消したのは、四回に渡る鳩の鳴き声。


「いつまで俺様を待たせる気だ」気取った声だった。消去法で考えると声の主は鳩時計。ガチャガチャ機械音が木造の小屋から響くと、小窓が開く。飛び出したのは、小さな、本当に小さな鳥。全身が青色の毛で覆われていて、体躯に合ったちっこい銀縁の眼鏡を掛けている。そして、威張るように胸を張った。

 

「最後は俺様の番か」一人称が俺様の人なんて、始めて見た。いや、人じゃなくてモノか。


「オレは鳩時計だ」嘴がパクパク動く。そして閉じる。もしかして、これで自己紹介は終わりなのだろうか。


「何を黙ってる?貴様の名前に興味はないが、名乗られたら名乗り返すのが礼儀だろ」


「ユリ……、テッポウユリといいます」トランプに名乗ったとき、聞いていただろうに。彼はなにも答えず、批評するように腕を組む。


「嫌わないであげて。こいつは、いつもこんな調子なの。本当は、素直でいい子なんだ。ねっ!」鳩時計は潔癖な白手袋を嵌めた手で、帽子の頭を叩く。帽子は潰れた。


「なにするんだよ。皺になったら大変じゃないか!」帽子は首のつけ根に手を突っ込んで、凹みを内側から元に戻す。 


「自業自得だ」鳩時計の声には、苛立ちが滲んでいた。彼は非難を続けようと嘴を開くが、スペードの3が唐突に立ち上がったので、口をつぐむ。


「飲み過ぎて頭いとぉなってきよった。飯まで一眠りしてくるわ。お疲れさん」そう言い残すと、おぼつかない足取りで部屋から出て行った。満席だった麻雀卓に、ぽっかり空席ができる。


「ユリちゃんは、麻雀分かる?」理容鋏が聞いてきた。


「いえ、さっぱりです」


「ブラウン管テレビは……」振り返ると、さっきまでいたはずの四角い箱の姿はどこにもなかった。


「あいつは、付き合い悪いのよ」


「そんなことないよ。僕たちとはよく遊ぶからね。きっとブラウン管テレビは君みたいな暴力的なモノが苦手なんだ」鋏は手でチョキを作って、切り刻む真似をする。帽子が縮み上がる。


「なら、大富豪は知ってるわよね?」


「ルールだけなら」


「なら、やりましょう」理容鋏は雑に麻雀牌をどけると、尻のポケットからトランプの箱を取り出す。

「『鐘がなったときの大富豪が、大貧民に命令できる』ってルールでね」二束に分けられたカードが、音を立てて混ざり合った。

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