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四日目 解決?

 ティーポットの言葉通り、帽子のは柱時計にもたれ掛かるように倒れていた。眉があればしかめたいくらい喧しかった探偵も、今は静かに横たわっている。


 彼の頭は真っ二つに切り裂かれていた。その切断面は定規で引かれたように綺麗で、毛細血管みたいに細いポリエステルの糸も解れることなく『さっぱり』と一刀両断にされている。帽子は明らかに、刃物を使って壊されていた。


「まさか、彼女が壊物鬼だったなんてな……」馬マスクはソファーに深く腰掛けると、オセロ盤に悲しげな視線を落とした。空いているマスはまだあるが、この試合の決着がつく日は永遠に来ないだろう。『足りないところはあったけど、帽子も帽子なりに壊物鬼を見つけようと頑張っていたのだな』としみじみ思う。今となってはもう、伝える手段はないが。


「壊して、ワタシ、この手でモノをコワして……」ティーポットの肩は、物壊しの罪悪感を担ぐには薄すぎた。ティーポットはわたしの腕のなかで泣き続ける。わたしは、人差し指でティーポットの涙を拭う。コーヒーの滴は火傷しそうなほどに熱かった。


「誰かがやらなきゃいけないことだった。気にする必要なんてない。ティーポットちゃんはわたし達を守ってくれたんだから」わたしは腕に力を込める。傷口を圧迫すれば血が止まるように、彼女の涙を止めたかった。熱いから。


「でも……」自責の言葉を紡ごうとする注ぎ口に、花弁を押しつけて、彼女を黙らせる。


「大丈夫……、大丈夫だから」彼女が頷いたところで、柱時計が鐘を打った。そこで、わたしは正気に戻る。何やってんのわたし。馬マスクも見てるところでキスなんてして、恥ずかしくないんか。 

少し元気が出てきたのだろう。ティーポットはわたしの膝から立ち上がると、訊いてきた。


「そうだ、なにか飲まない?」


「ああ、頼む。温かい物がいい」馬マスクが答える。


 どう返事をすべきか迷っていると、馬マスクは意味ありげに頷く。


「じゃあ、お願い。わたしも温かいやつで」


「わかった」彼女は静かに席を立つと、真っ暗な食堂へ入っていった。  


「こんなときに、仕事なんかさせて、だいじょうぶですかね」今の不安定な彼女を一人にするのは不安だ。


「なにかやってる方が、落ち着くんじゃないか?」


「それも、そうですね」


 馬マスクにしては、非脳筋的なことを言う。


「ユリちゃん、本当にすまなかった!」馬マスクは声を張り上げると、頭をテーブルに押しつける。鈍い音が痛そうに響く。


「さっきから思ってたんですけど、何について謝ってるんですか?」


「理容鋏に騙されて、君を壊物鬼だと思い込まされていたことについてだ」

ああ、と納得する。


「きっと、『ユリちゃんのポケットからリモコンを見つけた』というのも君を壊物鬼に仕立て上げるための嘘だったんだ」そして馬は、『許せないな』と続けた。その被害者じみた態度にイラッとした。他人事みたいな口ぶりだけど、「わたしを壊物鬼扱いしたお前も同罪だからな」と思う。


 眼球がこぼれ落ちそうなほど目をひん剝いたので、知らないうちに声に出ていたようだと気づく。まぁ、いいか。たまには文句の一つくらい、言ってやりたい。


 しばらくすると、青ざめたティーポットが戻って来た。ブルーハワイのように人工的な青さだった。 

「何があったの?顔色、物凄いよ」慌てふためくわたしを見て、彼女はくすっと笑った。


「ハーブティーを入れたんだ。召し上がれ」差し出されたティーカップは、彼女の顔とおなじ青の液体で満たされている。  


「ありがとう。いい匂いだな」馬マスクが言う。


「最高級の素材を使ってるんです」


「ありがとう」馬マスクは味も香りも確かめずに、一息で飲み干す。


「さぁ、ユリちゃんもどうぞ」


「いただきます」わたしは襟のボタンを外して、カッターシャツの内側に押し込めた『根』を取り出す。それを摘まんでぬるいハーブティーに浸す。


 ティーポットは感想を求めるように、まじまじと『わたし』を見つめてくる。すごく飲みにくい。なんとかしてこの味を表現しようと 頭のなかの薄い辞書をめくる。


 この味を正確に言いあらわす語彙力はわたしにはないと気づいたそのとき、地震のように視界が揺れ、劇が終わるように世界が暗転した。どこか遠くで、食器の割れる音がした。


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