四日目 幽閉
死刑を免れただけまし。そう自分に言い聞かせ、大人しく連行されることにする。でも、部屋に入る直前で怖くなった。このまま枯れるまで、この狭い孤独に過ごすことを想像して、恐ろしくなった。
「やっぱり、いやぁっ!」そして、暴れた。ヤケになって暴れ狂った。と言っても、それは感覚的な表現で、実際は手錠でくっついた両腕を、振り回すくらいしかできなかった。そして、肘の先がたまたま理容鋏に当たった。当たってしまった。
「あっ、すみません……。わざとじゃないんです。本当です!」
「これ以上、抵抗するのなら茎をちょん切るわよ」
「はい……」今度こそ、大人しく連行される。銃を突きつけられた捕虜のように、わたしは『きびきび』と廊下を歩く。
「じゃあ、鍵は貰うわね」わたしは従順に部屋の鍵を差しだす。あわよくば、こっそり抜けだそうと思ってたのに。
「他にも脱獄に使えるものを、隠し持っているかもしれないよ。身体検査が必要だね」帽子の腕が触手みたいに絡みつく。ざわざわ蠢く指の感触は、毛虫が這いずっているようで気持ち悪い。そんな十匹の毛虫の群れを、ティーポットが叩き払ってくれた。
「なにするんだよ?下心なんて、これっぽっちもないよ?」
「本当に、ムリかも」ティーポットが、ぼそっと呟く。
「うっ……」ショックだったらしく、帽子はメデューサに睨まれたように硬直する。
「ボディーチェックは私がやるわ」理容鋏は獰猛な蛇のような腕を、わたしのカッターシャツのなかに滑り込ませた。その肌の冷たさも、湿りぐあいも、まるで本物の蛇だった。蛇は獲物を求めるように服のなかを這い回ると、鋭い牙でわたしの乳首に噛みつく。コリコリと爪を立てられ、痛みと羞恥と興奮が入混じった喘ぎが漏れた。
「これで最後なのだから、少しくらい愉しんでもいいでしょう?」
「ずるいよ!ずるいよ!僕にもやらせてよ!」帽子が喚く。
「ダメよ。これは私の玩具」蛇は、尊厳とプライバシーと『何か大事な物』を捕食しながら、わたしの心と体を蹂躙していく。その動きが、わたしの制服の内ポケットの辺りで、唐突に止まった。
「あら、これは何かしら?」取り出されたのは、プラスチック製の薄い物体。『再生』やら、『早送り』やらのボタンがついているそれは、CDプレーヤーのリモコンのようだった。
「ふむふむ、分かったよ。分かってしまったよ。スペードの3が炎上したトリックがね。さぁ、ユリちゃんを閉じ込めて、ホールに向かおう。そこで、全ての謎を明らかにしてあげるさ」帽子は理容鋏の指からリモコン引ったくると、自由の女神の松明みたいに、それを掲げた。
「わたしには教えてくれないんですか?」尋ねてみた。
「どうして君に教える必要があるんだい?壊物鬼は君でしょ。わざわざ教える必要ないじゃないか」探偵は心底不思議そうに、顔をかしげる。
「白々しいわよ。諦めなさい」理容鋏に突かれて、しぶしぶ黙る。気になるのに……。わたしは壊物鬼じゃないのに……。
「名残惜しいけど、もうお別れね。愉しい一時をありがとう。さようなら」
わたしは理容鋏に蹴り飛ばされ、自分の部屋の床に転がる。部屋は真っ黒。窓の外も真っ暗。四角い扉だけが、切り取られたように光っている。
「アディオス」帽子が、翌日にまた会う友人を見送るように、軽く手をふる。
「すまない、こうするしかないんだ」馬マスクは、固めた拳を震わせる。できれば、それを帽子と理容鋏に振るって『わたし』を助けて欲しい。
「きっと、また会えるから……。生きる希望を失わないで」ティーポットの優しい声が、希望の光を灯してくれる。
「分かっているでしょうけど、部屋から出てきたら容赦なく『ぶち壊す』わよ」理容鋏は希望を吹き消すと、扉を閉めた。光が完全に取り払われ、貪欲な闇が全てを呑み込む。錠が下りる音が、この部屋と世界を裁ち切る合図のように、冷たく響いた。
雨音、雨音、雨音。『ざあざあ』でも、『しとしと』でもない、点滴のように正確な雨音。一定のリズムで窓を叩く雨に、額に水滴を垂らして発狂させる拷問を連想する。なるほど、確かに効果的だ。この部屋に閉じ込められて、まだ僅かしか経っていないのに、こんなにも頭がおかしくなりそうなのだから。
雨音がわたしを撃ち抜く弾丸の銃声に聞こえる。
雨音がわたしを喰い千切る獣の咆哮に聞こえる。
雨音がわたしを轢き壊すトラックの警笛に聞こえる。
雨音がわたしを切り裂くチェーンソーの駆動音に聞こえる。
そして、雨音は独居房が並ぶ廊下を歩く刑務官の靴音に聞こえた。わたしは抱いた膝を震わせながら、死刑宣告を待っている。
「お願い、出して!」わたしは叫んだ。誰もわたしを助けてくれないのは、分かっている。ただ、恐ろしい雨音を上書きするために叫ぶ。雨音が生み出す狂気に蝕まれないように、扉を叩く。叫んで、叩いて、喚いて、殴って、騒いで、蹴って、……。部屋は滅茶苦茶になった。色んな物が割れる音がした。疲れ果て、床に寝そべる。
「なんで、こんなことになったんだろう」わたしは闇に問いかける。当然、返事は返ってこない。わたしは腕の巻かれたセロテープを剥がして、傷口を掻きむしった。掻いて、掻いて、掻いて、いつか『わたし』という存在が消えたらいいなと思った。




