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四日目 冤罪

 白いハンカチを掛けられた鳩時計。帽子は、墓荒らしのようにそれを剥ぎ取る。鳩時計の顔があらわになったその瞬間、帽子は呪われたように、わなわなと全身を震わせる。そして……。


「僕はとんでもないことに気づいてしまったかもしれない!」と、この世の真理を発見したように叫んだ。


「とんでもないこと?」どうせ下らないことだろうが、念のために訊いておく。


「分からないかね、モリアーティ君。時計の針は、5時20分を指している。つまり、犯行時刻は5時20分なのだよ」思ったより、意味のある情報だった。けれど……。


「そのくらい、摘まみをいじくれば……、あらっ?」理容鋏が、横たわる鳩時計をひっくり返す。凝った造りの鳩時計も、裏は簡素だった。四本のネジと、電池ケースが、プラスチックの後頭部に埋まっているだけ。それ以外は、何もない。 


「彼は電波時計だ。つまり、時刻合わせの摘まみなんてないのさ」


 理容鋏は、力業で時計の針を回そうとする。分針が根元から、ぽっきり折れる。ついでに、時針もへし折られる。


「確かに、鳩時計の針を動かすのは、難しそうね。だけれど私と噛ませ探偵は、ずっとホールに居たでしょう?ユリちゃんは食堂でダウンしてたし、ティーポットちゃんは入浴してたわよね。そうなると……、壊物鬼は、部屋で筋トレをしていた馬マスクってことかしら」


「俺が仲間を壊すなんて……、そんなこと、するはずないだろ!」馬マスクは吼えるが、その咆哮は声は憐れなほどに震えていた。馬マスクは潤んだ瞳を、わたしへと向ける。わたしはエスパーではないから、馬マスクがなにを思っているかなんて分からない。わたしは心理学者ではないから、彼の表情から気持ちを読み解くことなんかできない。でも、確かなことが一つだけある。


「馬マスクさんに、こんな手の込んだモノの壊し方をできる頭はないと思います」そう。彼は馬鹿だ。頭蓋骨にみっしり筋肉が詰まった脳筋だ。最近、自分の命を惜しむ様子を見せてはいるが、こんな状況にあっても、鍵を取るか取らないかで葛藤するような阿呆だ。


「確かにそうね」理容鋏は頷く。


「だろっ!」馬マスクは威張ったように言う。自分で言うな、と思う。


「みんな、気が早いよ。そう、馬マスクは壊物鬼じゃない。これは遠隔殺人なのさ」帽子が『バシンッ』と言った。


「遠隔損壊でも、遠隔破損でもなく、遠隔殺『人』。『人』?」


「ユリちゃん、多少の表記揺れは多めに見てよ。そこは、どうでもいいんだ。大事なのは密室のほうだよ」そう言うと、帽子は頭の中からクシャクシャに丸められた紙を取りだした。鳩時計の取扱説明書だった。


『鳩時計:液体に沈めないでください。

     常に電気を供給してください。

上記の事が遵守されない場合、壊れますのでご注意ください』

 

「これが、どうかしましたか?」読んでみても、帽子が何を言いたいのか分からない。


 「鳩時計には水没した形跡がない。つまり、彼が壊れたのは電気が絶たれたせいなんだ」


 納得しかけるが、何かがおかしい。床に倒れる鳩時計を見れば見るほど、違和感が風船のように膨らんでいく。


「けれど、鳩時計にはソーラーパネルが付いてるわよね。部屋の照明が点いている限り、電気が止まるなんてこと、起こらないと思うけど。その辺は考えてあるのかしら?」


 そうだ。それが言いたかった。


「鳩時計の部屋は密室だけど、部屋の外から灯りを消すのは不可能じゃないんだ。厨房のブレーカーを落とせばいい」なんだか、雲行きが怪しい気がする。


「そして、5時40分にそれができたモノは一体だけ。壊物鬼は君だよ、テッポウユリちゃん」


 案の定と言うべきだろう。帽子は、人差し指をわたしに向けた。 


「違います。わたしじゃない!」わたしは叫ぶ、が、まだ状況を楽観視していた。帽子はいままで素っ頓狂な推理を繰り返し、色んなモノを壊物鬼扱いしてきた。そして今回も、優柔不断な指先はすぐに別のモノに移るだろうと高を括っていた。


 でも、甘かった。わたし達は、壊物鬼のいない空間で暮らす安心を知ってしまった。なにかに怯える必要なく、ぐっすり眠れる夜を夢見てしまった。ぬか喜びの反動が、そのまま攻撃性に転じて、鋭く冷たい氷柱のような眼差しへと変わる。


「可愛い顔してやるわね。なかなか愉しかったわ」理容鋏はカチャカチャと刃を開閉して、不敵に笑う。


「ユリちゃん、なぜこんな酷いことを!」馬マスクまで、わたしを壊物鬼扱いする。『さっき、助けてやっただろ』と怒りが湧き立つ。


「違います、わたしは壊物鬼なんかじゃありませんっ!」今度こそ全力で叫ぶ。『こんな大声が出せたのか』と自分でも驚くほどの声量で、暴力的な絶叫を喚き散らす。悲しいことに、それは誰の心にも届かない。


「往生際が悪いモノは嫌いじゃないわ。でもねユリちゃん。帽子と私は、あの時間ホールにいたの。ティーポットちゃんは二階にいたし、馬マスクには密室殺人ができるような頭がない。だから犯行が可能なのは、ユリちゃんしかいないのよ」理容鋏は諭すように言う。


「鳩時計を壊すタイミングを見誤ったね」帽子は勝ち誇るように言う。


「本当に違う!」なにが起こっているのだろう。彼らは何を言っているのだろう。分からない。理解できない。理解したくもない。彼らの刃物のような憎悪と敵意が、わたしの心の臓を抉る。それが苦しくて、この訳の分からない現実から逃げたくて、わたしは駆け出した。


「逃がさないよ!」三歩進んだくらいで、帽子に足を掛けられてすっ転ぶ。そして、あっけなく理容鋏に組み伏せられる。背中に股がる彼女は全身が鉄でできているように重く、わたしは微動だにできない。


「名残惜しいけど、どんなものにも終わりは訪れるわ。さて、ユリちゃんをどうやって壊そうかした?こんなに盛り上がったゲームですもの。ただ壊すのはもったいないわ。その清らかな花弁を一枚、一枚、捥ぎ取って、瑞々しい葉っぱも引き千切って、雄しべも、雌しべも、根っこも全て、抜いてしまいましょう。ゆっくりと、じわじわと、苦痛を味わわせてあげる。たくさん悲鳴を聞かせてちょうだい」


 なんて恐ろしいことを考えつくのだろう。彼女が壊物鬼なんじゃないかと思ってみる。そういや彼女は、事件が起こるのを楽しんでいる節があったし、本当に怪しい気がしてきた。


「聞きました?こんな残虐なこと言うんです。絶対、理容鋏さんが壊物鬼ですよ。そう思いますよねぇ、馬マスクさんっ!」


 床に押さえつけられたまま、救いを求めて彼の瞳をまっすぐ見据えた。彼は静かに目を逸らす。『おい、助けろや!』と叫びたくなる。ただでさえ悪い心証が悪くなるから、堪える。

  

「壊すのはやめてあげて!」日和った馬マスクの代わりに、天使の囁きのように神秘的な声が響いた。顔を上げると、紺色の布が視界一杯に広がる。よく見ると、ティーポットのワンピースだった。


「あら、起きたのね」


「えげつない悲鳴が、聞こえてきたので」彼女は、理容鋏の尻に押し潰されて平たくなった『わたし』の傍まで歩み寄ると、優しい指で花弁を撫でてくれた。


「話は聞きました。いくらユリちゃんが壊物鬼だからって、壊すのは可哀想すぎます。せめて、閉じ込めるだけにしてあげませんか?」彼女の提案はありがたいのだけれど、やっぱり『わたし』が壊物鬼だという前提で話が進むのか。


「俺も賛成だ。ここで『彼女を壊す』という選択をしてしまえば、この先ずっと罪悪感に苦しむことになる。そんなの、俺には耐えられない」馬マスクは掠れた声で言う。


「帽子はどうなの?」理容鋏が裁判員を脅迫するヤクザのような声で尋ねる。


「どうって、何がだい?」


「ユリちゃんの死刑に賛成か、反対か」


「反対だね。僕は自分が決めたことに、責任を取りたくないんだ」どうしようもないクズだった。でも、そのおかげで助かった。


「三対一ですね」ティーポットが言うと、理容鋏は『チッ』と刃を摺り鳴らし、わたしを押さえる力を緩めた。


「そういや、シャンデリア嬢を閉じ込めようと言い出したのも、ユリちゃんだったわよね。自分が壊物鬼だとばれたときのための予防線だったのかしら?賢しいわね」理容鋏はわたしの肩を掴むと、無理矢理、立ち上がらせる。皮膚に食い込んだ爪が痛かった。


「本当に違うんですってば!」


「さぁ、どこに閉じ込めよう?」帽子は、わたしの抗議を華麗にスルーした。 

 

「ユリちゃんの部屋でいいんじゃないか」馬マスクが答える。


「それでいっか。午後7時23分、ユリ目ユリ科、テッポウユリ。君を器物損壊の容疑で逮捕するよ」帽子は、たくさん並んだ時計の群れを一瞥すると、頭の中から手錠を取り出して、わたしのしなやかな手首に掛けた。


 冤罪の感触は鉛のように重く冷たい。夢なら醒めてほしいと願った。そして『この世界に神様なんていないのだ』と悟った。


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