四日目 乾杯
ちょうど痛みが引いた頃、ティーポットがわたしの服を持って来てくれた。生乾きだが、我慢する。しばらく彼女と談笑していると、六時の鐘が鳴り、ティーポットが食事の用意を始めた。
わたしもそれを手伝う。昨日はぎゅうぎゅう詰めだった冷蔵庫は、スーパーマーケットに客をとられた商店街のようにスカスカで、寂しくなった。わざわざワゴンで運ぶ量ではないので、お盆に載せる。そして、わたし達は家具と灯りを失った『がらんどう』の食堂を横切って、玄関ホールに入る。
そこでは、帽子、理容鋏、馬マスクの三体が小さなテーブルを囲んでいた。帽子と馬マスクは一人掛けのソファーに、理容鋏は三人掛けのソファーに座っている。ティーポットはテキパキと、わたしはあたふたと、配膳する。
一仕事終えると、わたしはティーポットと理容鋏の間に身をねじ込んで、柔らかなクッションに腰を下ろした。古びたテーブルには、銀色の蓋と白いお皿の他に、コーヒーカップやワイングラスが載っていた。
「じゃあ、事件解決に、そして鮮やかな僕の手腕に乾杯!」帽子がグラスを掲げる。
「事件解決だけに乾杯」
わたしはコーヒーカップを、ワインの注がれた帽子のグラスに重ねた。わたしはコーヒーカップを顔の近くまで持って行くと、溢さぬように根に浸す。初めて吸ったコーヒーは、ただ苦いだけの液体だった。どうやら、わたしはカフェインと相性がよくないらしい。
「砂糖いる?」
「ちょうだい」ティーポットは宝石箱のようなシュガーポットから、スプーン山盛りの砂糖を入れてくれた。でも、まだまだ苦い。
「もっと入れて」
「砂糖の味しかしなくなっちゃうよ」5杯くらいで、ちょうどいい甘さになる。
「お子様だね」帽子はグラスを傾け、自分の頭に酒をかける。帽子の生地にしみが広がり、薄れ、そして消えた。
「やっぱり、事件解決後に飲むラ・グランダムは格別さ。全身に染み渡るね!」染み込んだワインは、どこへ行くのだろうか。いや、深く考えても無駄か。体の生えたモノが動き回っていることからして意味不明なのだから。
「あら?自分だって、度数二桁の酒しか飲めないお子様でしょう」理容鋏は二枚の刃で煙草を咥え、切断する。乾いた煙草の葉の薄片が、テーブルの上に積もる。
「三桁のお酒って、ただのアルコールじゃないか!」理容鋏は『水に触れると錆びてしまう』と言っていたが、純粋なアルコールなら浴びても平気なのかもしれない。
「ほら、馬マスク。君も飲みなよ」
「遠慮しておく。アルコールは筋肉に悪いからな」馬マスクはプロテインの入ったシェーカーをラッパ飲みする。
「あぁーー、ウマかった!」そして、またたく間に飲み干す。
「そういや、鳩時計の席を残しておくのを忘れたね」帽子はぐるりと部屋を見渡す。広々とした玄関ホ-ルの真ん中に、ちょこんとした応接セット。5体分しか席はない。
「壊物鬼も捕まえたことだし、だれか彼を呼んできてくれるかい?きっと今ごろ、惨めに震えてるよ」
馬マスクはフォークに突き刺した干し草を一口で飲み込むと、膝を叩いて立ち上がる。
「わかった、呼んでくるぞ!」そして、個室が並ぶ廊下に向かう。ホールと廊下を仕切る扉が閉まり、彼の背中を隠す。
「ごちそうさま」今日の肥料は化学肥料だった。ケミカルな味がした。口直しに、ほぼ砂糖水と化したコーヒーを飲んでいると、馬マスクが戻って来た。
「あれ、鳩時計の姿がないね。ひょっとして、三歩、歩いたせいで、何のためにホールを出て行ったか忘れてしまったのかい?」帽子が冷やかす。
「何回もノックをしたんだが、返事がないんだ……」彼の声は小さく、濃厚な不安が滲んでいた。
「ちゃんと説明したのかい?鳩時計はまだ、僕たちの中に壊物鬼がいると思ってるんだよ」
「もちろんだ!俺達の絆と友情の物語を、熱く語ってきた」
「それが原因じゃないですかね」正直に言ってみる。
「そんな……」馬マスクの耳が元気を失い、しな垂れた。
「面倒くさいけど、しょうがなぁ。みんなで呼びに行こう」帽子席を立つ。わたしは、甘いコーヒーを慌てて吸いこむと、他の住人達と一緒に鳩時計の部屋に向かった。
「鳩時計、びびってないで、出てきなよ。壊物鬼はもう捕まえたんだよ。天才高校生探偵である、この僕がね」うざったるく騒ぐ帽子と対照的に、扉は不吉な沈黙を守っている。
「仕方ないね。馬マスク、扉を壊しちゃって。鳩時計を壊すわけじゃないんだから、できるでしょ」
「わかった」馬マスクは床に手をつき四つん這いになると、そっと息を吸う。そして、かっと目を見開き、強烈な後ろ蹴りを放った。扉は『く』の字型に折れ曲がり、敗者のように倒れた。そうして、わたし達は鳩時計の部屋に踏み入る。




