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四日目 告白

 食堂の家具はバリケードの構築に使ってしまったが、ホ-ルには一対の応接セットが残してある。テーブルが一台、三人掛けのソファーも一台、一人掛けのソファーは二脚。その三人掛けのソファーに理容鋏がクレオパトラのように寝そべっていた。


「これで一先ず安心ね」クレオパトラからお言葉を賜った


「ちょっと、詰めてください」わたしは怠そうにする彼女を起こして、ソファーに腰掛ける。


「本当に、シャンデリアが皆を壊したのだろうか」馬マスクが呟くと、帽子の鍔が不愉快そうに歪む。


「僕の推理が信じられないのかい?」今になって思う。帽子の話を信じてよかったのだろうかと。


「やはり、彼女が壊物鬼だなんて信じられない!」馬マスクが吠える。


「ワタシもです。お嬢様が、物を壊すなんてありえません!」


「なら、この5体のなかに壊物鬼がいるってことかい?」わたし達は顔を見合わせる。そして、黙った。


「これ以上、事件が起こらないことは僕が保証してあげる。君は大人しく筋トレでもしてきな。気が紛れるよ」


「すまない。そうさせてもらう」馬マスクは立ち上がると、つぶらな瞳でわたし達を見つめる。そして、


「誰か付き合ってくれないか?」と訊いてきた。公開告白だった。


「付き合うって、筋トレにかい?」


「もちろんだ」


 勘違いだった。


「冗談じゃないよ」帽子が頭を振ると、青い羽飾りがはためいた。彼の拒絶を受けて、馬マスクは無謀にも、理容鋏に熱い視線を向ける。


「お断りね。疲れることは嫌いなの」


 次はティーポットに視線を送る。


「ごめんなさい。ちょっと、疲れちゃいました」


「ユリちゃん、君はどうだ?」彼は捨て犬のような黒い瞳を、わたしに向けた。どこまでも哀しく、寂しげな瞳だった。


 わたしは馬マスクの筋トレに付き合うことにした。彼の誘いを断り切れなかったからではない。もし、シャンデリアが壊物鬼でなかった場合、襲撃が続く可能性がある。ならば、一番強そうな馬マスクと一緒にいれば安全だという打算があった。馬マスクは扉を閉め、鍵を鍵穴に差し込む。錠が降りると、虚ろな瞳をわたしに向ける。


「ユリちゃん、俺はダメなやつなんだ」いつになく、弱気な声だった。声には咎人が牧師に罪を告白するみたいな、後ろめたさが籠もっていた。


「昨日の夜、結局、鍵を手にとってしまった。協力や友情がなんだとか言っておきながら、俺はみんなを信じ切れていなかったんだ。本当に、すまない……」馬マスクはがっくりと項垂れる。


「それはみんな同じです。気にすることないですよ」そんなこと言うなら、わたしも他の住人達も『悪者』になってしまう。


「それに、ダメなところはまだある。こんな状況なのに、次々にみんなが壊れていって、それを悲しまなければいけないのに、俺はずっと、シタくて、シタくて仕方がなかったんだ」


「えっ?」わたしは、迂闊に男の部屋に上がったことを後悔した。彼の鼻息は荒く、目も血走っており、堅く閉じられた口は、欲望を抑えているようだった。浴場でみた巨大なアレがフラッシュバックする。


「昨日からずっと、筋肉がうずいて、うずいて、しょうがないんだ!」馬マスクは雄たけびをあげると、バーベルを担ぎ上げスクワットを始めた。激しい息づかいは、飢えた獣のようだった。


「ああ……、そうなんですか」変態かと思ったら、ただの脳筋だった。いや、ある意味、変態でもあるのか。わたしは視線を、熱の籠もった馬マスクの瞳から、壁に掛かるボディービルダーのポスターに移す。どちらにせよ、暑苦しいのは一緒だ。50回ほどスクワットを繰り返すと、衝動が落ち着いたようだった。


「ふぅ……、取り乱してしまなかった」彼はバーベルを下ろすと、わたしの靴先から花弁の先まで眺めまわした。厭らしい感じはなく、あっさりとした視線だった。


「体力に自信はあるか?」


「ないです」即答する。


「なら、腕立て伏せから始めよう」


 馬マスクがマットを引いてくれたので、試しにやってみる。一回も腕を曲げていないのに、腕がぷるぷる震え出し、そのまま崩れ落ちた。


「腹筋をやってみよう」


 わたしは仰向けに寝転がる。腹に力を込めるが、上半身は持ち上がらない。


「ダンベルはどうだ?」


 右手で持ちあげようとするが、だめだった。両手を使っても持ち上がらない。


「ランニングマシーンは?」


 すっ転んだ。


「はっはっは、誰でも最初はこんなもんさ」ポンと肩を叩く手には、哀れみが入っている気がした。


「だが、毎日トレーニングを欠かさず行えば、いつか俺のような筋肉が手に入る」


 必要なかった。


「でも、馬マスクさんって本当にトレーニングが好きですね」前から不思議だった。馬マスクはパーティーグッズのはずで、筋肉が関わる要素はない。


「ああ、俺は競走馬だったからな」


「そうだったんですか!」さらっとした、爆弾発言だった。


「馬マスクさんの持ち主は、マスクが剥がれなくなって窒息死したって聞きましたけど」わたしが言うと、彼は辛そうに目蓋を閉じる。


「あれは嘘だ。俺はレースで成績が上がらず、殺処分が決まったんだ。それが嫌で暴れた。大暴れした。それで、蹴り上げた足が騎手の頭に当たった。即死だったよ。そんなこと、正直に言えるはずがないだろう」閉じた目蓋のすきまから、大粒の涙が溢れる。

 

「さぁ、暗い話はここまでだ。筋トレを再開しよう」


「体を動かしすぎて、疲れちゃいました。もう少し、休んでてもいいですか?」


「確かに君の言うとおり、いい筋肉を作るには、いい休息が必要だ。だが、休むのは全ての力を捻り出した後だ!気合いだ!辛いときこそ、根性を捻り出すんだっ!」


「筋トレ部、退部します。今までお世話になりました」このままでは身が持たない。壊物鬼に壊される前に、壊れてしまう。わたしは体育会系のようにシャキッと頭を下げると、彼の部屋から逃げだした。

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