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三日目 食事会

 わたし達は食堂に戻り、ブラウン管テレビの損壊について話し合った。議論は同じ道を往復し、前に進むことはない。途中でその不毛さに気づき、議論をやめた。それから、会話はない。雑談すらない。どんな話題も、壊れたヌイグルミと壊されたブラウン管テレビに行き着く気がして、わたし達は黙っていた。また、柱時計の鐘が鳴る。鐘の音が増える度、焦燥感が膨らむ。


「気晴らしに、遊ばないかい?」帽子が言った。


「とても、そんな気分にはなれへんな」スペードの3は、アルコールを自身の頭に染み込ませる。


「この重苦しい空気のまま、ずっと過ごすおつもりですの。気が触れない自信がおありかしら?」シャンデリア嬢は煙草を燃やす。渋いにおいが、わたしのところまで届く。


「麻雀はどうだい?」


「ルールがわかりませんし、覚える気もありませんわ」煙草をガラス皿に押しつけ、火を消す。


「覚える気にならないのは、君の問題でしょ!」


「違いますわ」


「違わないよ!」


「でしたら、こちらは如何でしょうか?」ティーポットはエプロンドレスのポケットから、小さな『樽』のような物体を取り出す。


「なんで、そんなもの持ってるんだい?」


「いつでも、お嬢様の『遊び相手』ができるように、準備しているのです」ティーポットはその物体をテーブルの中央に置いた。


 

 震える指で、赤い短剣を握る。力を込めると、嫌な手応えをともなって、刃が沈む。今すぐ、この剣を引き抜たい。だが、もう手遅れだ。もう、引き返すことは許されない。わたしは短剣を深くまでめり込ませる。すると、『カチッ』と音が鳴る。樽から海賊の人形が飛び出して、わたしの頭にぶつかった。


「ユリ様の敗北ですね」ティーポットはテーブルから転がり落ちた海賊を拾い上げると、再び樽に差し込む。いまいち盛り上がらないのは、ゲーム内容のせいではなく、今の状況のせいだろう。この中に、ブラウン管テレビを壊した壊物鬼がいる。常にそのことを意識せざるを得ないのだ。けれど、何もしないで静かに猜疑心をぶつけ合うよりかはましだ。


 再び、順番が巡ってきて黄色い剣を樽に刺す。人形は出てこない。帽子が海賊を飛ばしたところで、六時の鐘が聞こえた。 


「夕食の準備をして参ります」ティーポットが席を立ち、厨房に入る。わたしは彼女を追いかける。



 整然とした厨房に生活感はない。クッキングヒーターは焦げ目の一つもなく、シンクにも水滴一つ落ちていない。調理台の上にはオーブンや電子レンジの他に、ホットプレート、タコ焼き器、ジュースミキサー、流しそうめん機などが並んでいるが使用された形跡はない。


 業務用の製氷機、背の高い冷蔵庫、天井の換気扇が、『ゴウゴウ』と唸っている。縄張りに入ってきた『わたし』を威嚇するように吼えている。壁には給湯器、ガス探知機、分電盤、そして『消火設備制御盤』とシールが貼られた鉄製の箱が取りつけられている。


「どうしたの。お腹すいた?つまみ食いはダメだよ」ティーポットはいつもの口調に戻っていた。背伸びをして、食器棚から皿を取り出す。


「何か手伝うことあるかなって」


「気持ちはありがたいんだけど、ないんだよなぁ。日を跨ぐと冷蔵庫に食事が出てくるんだよね。だから、ワタシは皿に盛りつけるだけ。調理とかはしなくていいの」作業台に皿を並べながら答える。


「どういう仕組なの?」


「さぁ?疑問に思ったこともなかった」彼女は冷蔵庫を開ける。中を覗いてみる。異次元に繋がっている、ということもなく普通の冷蔵庫だった。ただ、中身が変だった。お酒や、ミネラルウォーターの他に、蝋燭、干し草、マジックペン、乾電池、……。冷蔵する必要がないだろう物まで冷やされている。


「調理しなくていいって言っても、馬マスクの牧草だけは洗わなきゃだめなんだけどね」シンクの蛇口を捻ると、流水にかざす。まっすぐ伸びた草が、気怠そうに項垂れる。


「農薬がダメなんだって。食べると、痒くなるみたい」ぐしょぐしょに濡れた草を、皿に置く。皿の上に水溜まりが広がる。


「あんな筋骨隆々とした野郎なのに、デリケートなんだ。なんかちょっと……」


「キモいよね」ティーポットがわたしの言葉を引き継いだ。わたし達は顔を見合わせると、同時に笑った。


「今日のメニューは……、有機肥料か」


「嫌い?」彼女は不安そうに訊いてきた。


「好きの方。メニューは毎日、違うの?」


「5日で1サイクル。1ヶ月もすれば飽きると思うよ」


「そりゃ、飽きるわ」わたしが愚痴ると、ティーポットの頭の中の茶葉が残念そうに沈む。


「これでも、レパートリーを増やそうと頑張ってた時期もあったんだよ。電池を茹でてみたり、蝋燭を煮てみたり、干し草を炒めたり……。でも草を焦がしたときに、スプリンクラーが大変なことになって、『お前は洗い物以外、何もするな』ってなったんだ。


「大変だったんだね」と適当に相槌を打つと、彼女は頭を激しく縦に振る。少し、紅茶が溢れた。


「用意は終わったから、持ってくのだけ手伝って。」


「わかった」わたしはワゴンに積みきらなかった皿を持って、食堂に戻った。


 

 今日はシャンデリアの号令はなく、各々が勝手に食事を始める。10脚の椅子に、8枚の皿、そして7つの空席。テーブルの何も置かれていない場所が、砂漠のように広い。


 わたしも銀の蓋を取る。コップに水を注ぎ、肥料の粒を摘まみ入れる。スプーンでかき回すと、丸い粒がぽろぽろ崩れて水に混じる。おいしそうな茶色い液体に根に浸そうとしたところで、扉が軋だ音を立てた。驚いて、コップを倒してしまう。


「安心しろ、俺だ」扉を開けたのは鳩時計だった。外が恐いのか、小窓は閉ざされていて、鳥は中から出てこない。


「まだ生きてたんだ。とっくに壊れてると思ったよ」帽子が言う。


「あれから事件は起きたのか?」首を振ると、鳩時計は「残念だ」と呟いた。


「どういう意味ですの!」シャンデリアは炎を大きくする。


「俺はずっと自分の部屋にいた。ここで壊物事件が起きれば、俺の無実が証明される」


「そんな身勝手な主張、通らないですわよ。貴方の部屋をずっと見張れるような暇なモノは、ワタクシ達の中にいないのですから」


「チッ、使えない奴等だ」


「なんですって!」


「それで、何しに来たんだい。とうとう寂しくなったのかい。いま入会するなら、特製ステッカーもつけてあげるよ」


「断る。貴様らと一緒に行動するリスクの方が高い」


「なら、用は何だよ!」帽子の顔が歪んで、しわくちゃになる。


「食事を取りに来ただけだ」彼は自分の席に向かうと、皿に被さる蓋を外し、乾電池を拾う。


「用は済んだ。俺は部屋に戻る。疑心暗鬼でとち狂ったお前らに壊されては、目も当てられんからな」そう言うと、彼は食堂から出て行った。扉の閉まる音が、長く響いた。


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