三日目 説明書
わたし達は玄関ホールで、シャンデリア嬢とティーポットが個室から戻ってくるのを待つ。彼女達はすぐに戻って来た。取扱説明書にはそれぞれ、こう記されていた。
『シャンデリア:炎を絶やさないでください
上記の事が遵守されない場合、壊れますのでご注意ください』
『ティーポット:割らないでください。
毎日、洗浄してださい。
高いところから落とさないでください。
上記の事が遵守されない場合、壊れますのでご注意ください』
いいな、と思う。弱点が少ないし、なにより耐用年数が書いていない。他のモノ達は壊れない限り、永久に生きられるのだろうか。
「あとは、鳩時計だけだね。さくっと、終わらせよう!」帽子は意気揚々と、彼の部屋の扉まで歩いて行く。そして……。
「さぁ、出てくるんだ!」扉を乱暴に叩く。
「開けんかい、ゴラァァ!」スペードの3も扉を殴る。
「いい音が鳴るわね」理容鋏が扉を蹴る。
あまりにも、みんなの気迫が凄くて『わたし』は怯える。
「しょうがないなぁ。馬マスク、君の出番だ。扉を蹴破っちゃってよ」
「任しとけ!」馬マスクが自身の厚い胸板を打ったところで扉が僅かに開き、隙間から鳩時計の顔が覗く。そして、鳩時計の小窓が開き、その中から青い鳥があらわれる。羽は恐怖で逆立っていて、震えた嘴はガチガチ音を立てる。
「なんだ、騒々しい」強がる声は、憐れになるほど細い。
「お前さんの部屋に、取扱説明書があるやろ。それを取りに来たんや」
「……断る」
「そんな権利、君にあると思うかい?最有力容疑物は、集団行動から外れた君だよ」
「……、チッ。待ってろ」負けを惜しむように嘴を鳴らすと、彼は部屋に戻る。
「鳩時計さんが怪しいなんて話、ありましたっけ?」わたしが首をかしげると、帽子はわたしの肩を二回、ポンポンと叩く。
「嘘と鋏は使いようだよ」
「いろいろ混ざってますね」
しばらくすると扉が開き、隙間から紙が投げ捨てられる。
「これで満足だろ。さっさと失せろ」わたしは床から取扱説明書を拾い上げると、それを広げた。
『鳩時計:液体に沈めないでください。
常に電気を供給してください。
上記の事が遵守されない場合、壊れますのでご注意ください』
他のモノ達も、説明書を覗き込む。
「テレカードの条件がない他は、ブラウン管テレビと一緒やな」スペードの3の呟きに、帽子が反論する。
「それはどうかな?」
「どうもこうもあるかいな」
「見損なったよワトソン君。そんなんじゃ、僕の助手は務まらないよ。免許皆伝はまだ先だね」帽子が頭を振ると、サイドに巻きつくリボンが揺れた。スペードの3は不機嫌そうに腕を組む。
「確かに君の言うとおり、文面は似ているよ。だけれど、鳩時計を壊すのはブラウン管テレビを壊すより遙かに難しいのさ」帽子は説明書を人差し指で弾く。
「どういうことかしら」興味を持ったのか、理容鋏が訊いた。帽子は得意げに語る。
「ブラウン管テレビの電気を遮断するのは簡単さ。彼がいつも持ち歩いてる延長コードのプラグを引っこ抜けばいい。でも、鳩時計はそうはいかない。後ろのカバーを外して、電池を抜いて、さらに頭のてっぺんのソーラーパネルも隠さなきゃいけないんだ」
「驚いたわ。日本語が話せたのね」理容鋏は豊かな胸に手を当てた。
「じゃあ、僕が今まで話していた言語は何だったんだよ」
「C言語よ」
「喋れないよ。むしろ、そっちのほうが凄いよ!」
「しかし、鳩時計様が無事でよかったです。不謹慎ですが、もしかしたら……、と思っておりました」ティーポットは安心したように湯気を吐き出す。
「予言するよ。次に壊されるのは鳩時計だ。僕のゴーストと探偵の勘が、そう囁くのさ」帽子は指先を鳩時計の描かれたキャンバスに向けた。




