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三日目 捜索 下

 この後、わたし達は残りの部屋を調べた。ブラウン管テレビの部屋、馬マスクの部屋、空っぽの101号室、そして、たくさんの絵が積み上げられたギャラリー。他の客室も調べ直したが、11体目はいなかった。食堂に戻ると、お互いに捜索結果を報告するが成果はない。わたしは食卓を囲む7体のモノを見渡す。『この中に壊物鬼なんていない』という幻想を捨てなければいけない。


「それにしても、誰がユリちゃんを閉じ込めたのかしらね」理容鋏は愉しそうに刃を輝かせて言う。


「待つんだ!」馬マスクが叫ぶ。


「なにかしら?この期に及んで、きれいごとを言うつもり?」


「年季が入った建物だ。建てつけが悪くて、ドアが開かなかったという可能性もあるはずだ!」馬マスクが叫ぶ。


「冗談でしょう?今朝も普通に開いたわよ」


「せやけど、扉は塞がれてるわけやなかったで。壊物鬼はどうやって、ユリちゃん達を閉じ込めたんやろうか?」


「単純に鍵を掛けただけだと思います」わたしは回そうとしたドアノブが途中で止まったことを思い出す。


「ほー?そんなもんあったんやな」


「何のために鍵穴がついているとお思いで?」シャンデリア嬢は言う。


「今回は、みんなペアになって動いてたよね。ということは答えは明快。壊物鬼の正体は鳩時計だよ」断言する帽子に、ティーポットが首を振る。


「それが、そうでもないのです」


「どういうことだい?」


「ワタシはブラウン管テレビ様のお姿を見るのが恐くて、男性浴場に入ることができなかったのです。なので、馬マスク様が浴場をお探しになる間、ワタシは女性浴場を探しておりました」


「つまり、二体はずっと一緒だったわけじゃないんだね」


「はい。申し訳ありません」


「なら、ワタクシ達もそうですわね」シャンデリア嬢が顔を上げる。蝋の受皿から吊り下がるクリスタルが微かに揺れる。


「しっかり、調べようとしたのですわよ。あんなところに、チェスが置いてあるのが悪いのです」


「どういうことだい?」帽子が訊く。


「娯楽室の捜索を行っているときに、チェス板を見つけましたの。そして、一局指すことになったのですわ。思いのほか長引いてしまって、時間短縮のために手分けして探すことにしましたの」


「筋はいいけど、詰めが甘いわ。優位に立った途端、驕りが出たわね」理容鋏が言う。


「試合を楽しむために、手加減してあげたのですわ」シャンデリア嬢が炎を赤くする。


「そんな、かりかりせんと。二体とも、ええ勝負やったで」


「お嬢様……」ティーポットは呆れたように煙を吐く。白い湯気は、溶けるように空間に混じって、消える。わたし達も、仕事をさぼって遊んでいた彼女に非難の視線を向ける。


「なによっ!一局した後、しっかり調べましたわよ」


「勝負は見えてるのに粘るシャンデリアちゃんが悪いのよ」


「わかります。諦めが悪いですよね」ティーポットは理容鋏に頷く。


「うーん。つまり、ペアで行動していたのは、僕とユリちゃんだけってことかい?これじゃあ、誰が壊物鬼なのか絞り込めないじゃないか!」


「それは残念ね」


「君達のせいだよ!」他物事みたいに呟く理容鋏に、帽子は文句をつける。


「ですけどその後で、しっかり調べましたわよ」


「怪しいなぁ」


「失礼ですわよ。貴方たちの疑いだって、完全に晴れたわけではないですわよね。貴方達が共謀すれば、自作自演もできるのですから」シャンデリアは閉じた扇をわたしに向ける。


「だが、扉は閉まっていたぞ!」馬マスクが唾を飛ばす。


「ドアノブを引っ張って、内側から押さえつけていたのかもしれないですわよ」


「せやけど、帽子とユリちゃんの細っこい腕で、馬マスクの腕力に勝てる思うか?」スペードの3が言った。


「それもそうですわね」シャンデリア扇を仕舞う。


「そこで納得しないでよ。僕は全帽子アームレスリング大会で優勝経験のある実力者だよ」


「なら、馬マスクと腕相撲をしてみなさい」


「遠慮しておくよ。彼の骨を折ってしまうと申し訳ないしね」彼は腕を、テーブルの下に隠す。


「誰が扉に鍵を掛けたのか閉じ込めたかは分からないとして、どうして壊物鬼はユリちゃん達を閉じ込めたのかしら」シャンデリアの問いに答えたのは、帽子だった。


「ずばり、証拠隠滅のためだよ。壊物鬼は僕たちを閉じ込めている間に、壊物現場を特定する重要な手掛かりを持ち去ったんだ」


「その『手掛かり』ってなんや?」


「ずばり、レッドカーペットだよ。ブラウン管テレビは廊下で壊された。きっとそのとき、破片がカーペットに飛び散ってしまったんだ。そのことに後から気づいた壊物鬼は、なんとかカーペットを処分したかったけど、その前に捜査が始まってしまった。だから、僕たちを閉じ込めて、その隙にカーペットを持ち去ったんだ。


「自分の部屋で壊したのでしたら、その痕跡を隠す必要はありますわ。ですけど壊物現場が廊下なのだとしたら、壊物現場の特定を妨害する理由はないですわよね」


「捜査の攪乱のためだよ」


「苦しいですわね」


「ということで、他に手がかりはあるかい?」帽子がさりげなく匙を投げると、馬マスクが「そうだ!」と、叫んだ。


「いや……、やっぱり忘れてくれ」彼は視線を落とす。


「どんなくだらない情報でもウェルカムだよ!ドントウォーリーだよ」視線はしばらく宙を漂った後、帽子に向く。


「話が戻るが、男性浴場のことなんだ。湯船に液体が溜まっていたのは、覚えてるか」わたしは思い出す。水面に漂うプラスチック片。底に沈んだブラウン管テレビ。


「もちろんだよ」


「湯船に張られていたのは、お湯じゃなくて酸だと思うんだ」


「酸?」馬マスクは窓の外に視線を移す。降り止む気配のない雨が、ガラスを洗い流している。ヌイグルミの存在も洗い流されたみたいで、地面に張りついていたホットケーキミックスは消えている。


「この館に初めて来た日、間違って外に出てしまって雨に打たれたんだ」


「大丈夫だったんですか」まぁ、今ここでピンピンしてるわけだから大丈夫なんだろうけど、念のため心配しておく。彼は毛並み豊かな頭をさすった。


「すぐに戻ってきたからな。だが、動物の毛は酸に弱いんだ。天頂部が禿げて、生えてこなくなってしまった」彼が頭を垂れると、汚い地肌が見えた。


「ご愁傷様です」わたしは彼の頭皮に合掌する。


「つまり、誰かが浴槽に酸を溜めたってことかい?」帽子は自信なさげに訊く。


「浴室のガラスは割れておりました。外から吹き込んできたのではありませんか?」ティーポットの言葉に帽子は頭をひねる。


「たった一晩で、あんなに大きい湯船が満杯になるかな?不思議だね」


「おかしいところは、他にもあるで。お前さんの言う通りやとすれば、『壊物鬼は廊下でブラウン管テレビを壊して、風呂場に運んで、風呂桶に放り込んで、その後でわざわざ雨を溜めた』ってことになる。意味わからんわ」


「壊物鬼の気持ちなんて、知りたくなね」帽子がぼやく。


 議論が混乱の沼に沈み始めた、そんなときだ。一筋のひらめきが、救いの糸のようにわたしの頭に降りてきた。


「それこそ、証拠隠滅じゃないですか!」注目が集まる。


「どういうことや?」


「壊物鬼はブラウン管テレビを溶かしたかったんですよ」満を持して、推理を披露する。


「なるほど。殺人事件の立件には死体が必要だし、器物損壊事件の立件には残骸を見つけなければいけない。一理あるかもね」帽子は偉そうに言う。


「褒めるなら、素直に褒めてください」


「でも、壊物鬼に繋がるような手掛かりじゃないね」


「悪かったですね」言葉に苛立ちを込める。


「まったく、さっきから碌な手がかりが出てこないね。しっかりしてよ」


「お前も、他人のこと言えんやろがい」スペードの3は語気を荒げる。


「それが、そうでもないんだよ。まずはこれさ」帽子は頭の中から金槌を取りだす。


「倉庫で見つけたんだ。もしかすると、これがブラウン管テレビを壊した凶器じゃないかい?」


「比べてみなわからへんけど、金槌の頭とブラウン管テレビの凹みは、おんなじくらいの大きさや思う」


「なら、ワタシは彼を壊した凶器で釘を打っていたってことですか」ティーポットは困惑したように顔を手のひらで覆う。


「そういうことだね。次はこれさ」


 帽子は頭の中から五枚の紙を取りだし、テーブルに並べる。さっき見つけた『取扱説明書』だった。それぞれ、こう記されている。


『テッポウユリ:毎日、日光に晒してください。

        毎日、水やりを欠かさないでください。

        適度に肥料を与えてください。

上記の事が遵守されない場合、枯れますのでご注意ください

※開花から6ヶ月が経過しても枯れますが、不良品ではありません』


『ヌイグルミ:毎日、綿を詰めてください。

       毎日、薬を投与してください。

       首を、もぎ取らないでください。

上記の事が遵守されない場合、壊れますのでご注意ください』


『スペードの3:曲げないでください。

        燃やさないでください。

        切断しないでください。

        マークが薄くなることがあります。

その場合、消える前に書き足してください。 

上記の事が遵守されない場合、壊れますのでご注意ください』


『帽子:燃やさないでください。

    切断しないでください。

    毎日、毛玉取りを行ってください。

上記の事が遵守されない場合、壊れますのでご注意ください』

    

『ブラウン管テレビ:液体に沈めないでください。

          常に電気を供給してください。

          テレカードを切らさないでください。

上記の事が遵守されない場合、壊れますのでご注意ください』


「これは、なんなんや?」スペードの3は、紙の一枚を握る。


「そこに書いてある通り、取扱説明書さ」


「あら?ユリちゃん、6ヶ月したら枯れるの?」理容鋏が心のデリケートなところを突いてくる。


「そうみたいです」


「ご愁傷様。けれど、モノはいつか壊れるわ」


「帽子さんにも、似たような事を言われました」


「なんか嫌ね」


「さぁ、姐さんと馬マスクの説明書も見せておくれ?」


「嫌よ。この中に、壊物鬼がいるかもしれないのよ。みすみすと弱点を晒すようなことできないわ。それに、わざわざ見せる必要ないでしょう?ブラウン管テレビがどのようにして壊されたか知るには、彼の説明書だけあればいいのだから」理容鋏が拒むと、全員の視線が彼女に集まる。


「互いに弱点を晒すことで、お互いに牽制し合う。相互確証破壊ってやつだよ」


「住人の弱点を集めたいがために、わざわざ説明書を広げたわけじゃないでしょうね」


「チ、違ウヨ」片言だった。


「私は観客でありたかったのだけれど仕方ないわね。特別よ」胸元から『説明書』を取り出す。


「えらく落ち着いておりますわね。状況を理解しておありですの?誰も傍観者ではいられないのですわよ」シャンデリア嬢が言う。


「それが、そうでもないのよ」


『理容鋏:ネジを外さないでください。       

上記の事が遵守されない場合、壊れますのでご注意ください。

     ※長時間、水に曝されると錆びることがあります。』


 三行だけだった。


「ええなぁ、壊し方が一通りしかないやんか」


「羨ましいでしょう。私を壊したいのなら、いつでも掛かってきなさい。返り討ちにしてあげる」理容鋏は不敵に刃を鳴らす。


「馬マスク、次は君の説明書を見せるんだ」馬マスクは、血管の浮き出た長い首を、大きく左右に振る。

「ないんだ」


「しっかり探したはずなのに、見つけ損ねたのかな?」帽子が唸る。


「いや、もうないんだ。食べてしまったから」


「へ?」理解できずに、わたしは思わず聞き返した。


「すまない。腹が減ったところに、あの紙を見つけてしなったんだ」


「ヤギですか」


「馬だ!」彼は断言した。


「内容、覚えてないんですか?」期待せずに訊いてみた。


「こいつの頭に『記憶領域』なんて、大層な代物があると思うかい」帽子が諦めの口調で言った。


「ないですね」


「読まずに食べてしまったんだ。面目ない」馬マスクは項垂れる。禿げ跡が見えるから、顔を上げて欲しい。


「やましいことがないなら、君達の説明書も見せてくれないかい」帽子はシャンデリア嬢とティーポットに頭を向ける。


「取りに行って参ります」彼女達は立ち上がる。


「俺もついていこう。女性二体だけでは心配だ」馬マスクの提案に、帽子が賛成する。


「なら、みんなで向かおうよ!固まって動いたほうが安全だからね」彼の言葉に頷いて、わたし達は席を立った。


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