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三日目 捜索 上

「なんやこれ?」


「気色悪いですわね」101号室の前に、シンバルを持った猿の絵が掛かっていた。恐ろしいほど目を見開き、狂ったように歯をむき出して嗤っている。


「よし、行くぞ!」猛り立つ馬マスクが扉を開ける。いったい、なにが待ち受けているのかと気を引き締める。しかし、拍子抜けだった。部屋の中には何もなかったのだ。壊物鬼どころか椅子の一脚すらなく、ただ四角い空間だけが不気味に存在していた。


「誰もおらんやないか」スペードの3がぼやく。


「でも、キャンバスに絵が描かれてましたよね」わたしは鋭い指摘をした。


「もしかして、壊物鬼は館のどこかに隠れてるんじゃないかな?」わたしは息を呑み、周囲を見渡す。見慣れた顔が並ぶだけだった。



 一度、食堂に戻って方針を決め直ことになった。この中に壊物鬼がいない可能性が出てきたおかげで、雰囲気が少し軽くなる。


「どうやって探すもなにも、一部屋ずつしらみつぶしにすれば、ええだけやろ?」


「わかってないなぁ。僕が壊物鬼なら、入れ替わりを狙うよ。僕たちが部屋を探してる間に、壊物鬼は探し終わった部屋に入るんだ」


 結局、わたし達は分担して館内を調べることにした。一人だと危ないので、三組に分かれて捜索を行う。

  

「僕は理容鋏とペアがいいな」


「わしは、シャンデリア嬢と一緒がええわ」


「くだらないことで、争ってる場合じゃないだろ!」馬マスクが吼える。


「それなら、いい案がございます。少々、お待ちください」争う男どもに向かって、ティーポットが言った。彼女の姿は娯楽室の中に消え、しばらく待つと、紙製の抽選箱を持って戻ってきた。


「これで決めるのは如何でしょうか」


「いい案だね!採用だよ」帽子は親指を立てる。わたしは差し出された箱から、クジを引く。


『①』と記されていた。他のモノ達も次々にクジを引く。その結果、二階の個室、一階の共用スペースをシャンデリア嬢、理容鋏、スペードの3の三体が。玄関ホール、浴場をティーポットと馬マスクの二体が。そして客室とギャラリーをわたしと帽子が調べることになった。  


「安心して、何かあったら僕が守ってあげるからね」


 わたしの隣で、信頼できないモノが、信頼できないことを言っていた。馬マスクか理容鋏と一緒なら、心強かったのに。


 まずはヌイグルミの部屋に向かう。壊れたモノの部屋を漁るのは気が進まないが、彼女の尊厳より自分の身が大事だ。ヌイグリミの部屋に鍵は掛かっていないようで、ノブはすんなり回ってくれる。わたしは部屋に踏み入る。


 イメージ通り、彼女の部屋はファンシーだった。カーペットはピンクで、カーテンは淡い水色。床にはバンドエイドの箱が転がっていて、ベッドの上にはハート型のクッションが乗っている。飾り棚の縫いぐるみはクマ、ウサギ、エビフライの尻尾など生物多様性に富んでいて、ローテーブルには錠剤をモチーフにしたキーホルダーが散らばっている。


 わたしは猫足の生えたクローゼットを開ける。巨大な黒いリボンの結ばれた、桃色のワンピースが掛かっていた。帽子は床に這いつくばって、ベッドの下を覗き込む。


「誰もいないようだね」


「ですね」


 帽子はドレッサーの引き出しを開け、「誰かいないかーい」と呼びかける。


「普通に考えて、そんなところに、いるわけないですよね。頭、沸いてるんですか」


「いつになく辛辣だね。ストレスで気が立っているのかい?それとも、生理かい?」わたしは帽子をひっぱたく。


「痛いじゃないか!公務執行妨害だよ。せっかく真面目に探してるんだから、邪魔しないでおくれよ」タンスに話しかける彼は、とても真面目には見えない。正気にも思えない。


「もう十分探しました。次の部屋に行きましょうよ」


「まぁ、待ちたえ。秘密はこういう、何でもなさそうなところに隠れてるもんだよ。僕に流れる一流ゴシップ記者の血が騒ぐんだ」


「ゴシップ記者の時点で三流ですよね」そもそも、わたし達に血なんて流れていなかった。彼はタンスの引出しを開けていき、ようやく最後の引出しを開ける。


「これで、満足しましたか?」彼は引出しに腕を突っ込むと、一枚の紙を取り出した。


「これなんだろう?あっ!」帽子からそれを取り上げ、二つ折りになった紙を開く。無機質なフォントで『取扱説明書』と記されている。その下には細かい活字で、こう書いてあった。



『ヌイグルミ:毎日、綿を詰めてください。

       毎日、薬を投与してください。

       首を、もぎ取らないでください。

上記の事が遵守されない場合、壊れますのでご注意ください』



「なんでしょうこれ」わたしは紙を睨む。


「どうやら、取扱説明書みたいだね」帽子は紙を奪い返す。


「それは分かるんですけど……」言葉の意味は理解できる。ただ、その内容と現実が上手く繋がらない。車の絵と、『くるま』の文字を繋げられない子供みたいに。


「これ、僕も持ってるよ」帽子は、自分の頭に右手を突っ込み、一枚の紙を取り出す。そこには、こう記されていた。



『帽子:燃やさないでください。

    切断しないでください。

    毎日、毛玉取りを行ってください。    

上記の事が遵守されない場合、壊れますのでご注意ください』



「でも毎日、理容鋏さんに切られてますよね。あぁ、だから頭が壊れたのか」


「IQ300超えの僕の頭がおかしいだって!僕ほどの切れ者は、そうそういないよ」


「切れてるのは鍔だけですし、その数値自体が頭悪そうなんですけど……」帽子は『分かってないな』と、溜息を吐く。そして偉そうに胸を張る。


「切断っていうのは文字通り『切って』、『断つ』ことなんだ。つまり、先っちょに切り込みを入れるだけじゃ、『切る』ことにはなっても、『断つ』ことにならないんだ」


「なら、『切断』って何ですか」


「もちろん、一刀両断に『ズバッ』とぶった切ることだよ」


「こんな感じですか?」わたしは人差し指を刃に見立て、彼の顔をなぞる。


「ヒィ、なんて残酷なことを!」そう言う割に嬉しそうだ。


「さぁ、ついておいで、ワトソン君。次は、君の部屋を調べるよ」非常事態とはいえ、彼に部屋を見られるのは嫌だった。


 わたしの部屋からも説明書が見つかった。花瓶の下にそっと敷かれていた。そこには、こうあった。



『テッポウユリ:毎日、日光に晒してください。

        毎日、水やりを欠かさないでください。

        適度に肥料を与えてください。

        茎を切り落とさないでください、

上記の事が遵守されない場合、枯れますのでご注意ください

※開花から6ヶ月が経過しても枯れますが、不良品ではありません』



 確定死だった。いつか散る運命なのは分かっているが、突然の余命宣告にショックを受ける。  


「そう落ち込むことないよ。どんな人だっていつか死ぬし、どんなモノだって、いつかは壊れるもんさ。そんなことより壊物鬼を探そうよ。僕の命が掛かってるんだよ」


 デリカシーのないやつだと思うが、下手に同情されるより遙かしましだ。それに、彼の言うことも間違いではない。壊物鬼に壊されるのは今日かもしれないのだ。次はスペードの3の部屋に向かう。


 彼の部屋は紙で満ちていた。壁には絵画や掛け軸が飾られ、部屋の奥には虎の屏風が立っている。机も椅子もテレビテーブルも段ボール製で、紙じゃないのはテレビとCDプレーヤーくらい。床にも本、グラビア写真、スポーツ新聞、ティッシュペーパー、……、色んな紙が散乱している。


 この部屋に壊物鬼いないのは見れば分かったので、説明書を探す。床を埋め尽くす紙の中から、たった一枚の説明書を見つけるのに骨が折れたが、なんとか掘り当てる。


「そういや、なんでわたし達は説明書なんかを回収してるんですかね?」壊物鬼を探しているはずだった。


「考えてごらん?これが11体目に渡ればどうなるか」


「あっ」


「きっと、いいことにはならないよ」


 帽子の部屋には、たくさんの帽子が陳列されていた。少年が夏の暑い日に被るようなキャップ、少女がひまわり畑で被るような麦わら帽子、絵描きが自己と向き合うときに被るようなベレー帽、そして、どのような場面で被られるのか見当もつかないシルクハット。隠れられそうな場所はない。説明書はもう見つかっているのでサラッと調べて、次の部屋に向かう。

 

「えっと、105号室って……」


「鳩時計の部屋だね」帽子はドアノブを握る。ノブは回らず、ガチャガチャと音を立てる。


「あれっ?」彼はノブを押したり、引いたり、逆に回したりしたあげく、最終的に扉を叩く。内側から不機嫌なノックが返ってくる。


「扉を開けておくれよ!」帽子が喚くと、ノックの音が強くなる。


「このビビり、弱虫、臆病モノ!」帽子は低レベルな罵詈雑言を浴びせるが、ノブが動く気配はない。わたし達は鳩時計の部屋の捜索を諦めて、次の部屋に向かった。


 104号室、理容鋏の部屋には一度、来たことがある。部屋の様子は、そのときから特に変わっていない。強いて変化を挙げるなら、わたしの根や葉が片付けられてることくらいか。


「壊物鬼に告ぐ!無駄な抵抗はやめて、大人しく出てくるんだ」帽子はシャワー台の排水口に向かって叫ぶ。


「そんなところに、壊物鬼がいるわけないですよね」


「それはどうかな?こういう、ジメッとしたところが好きかもしれないよ」


「カタツムリじゃあるまいし……。まず、11体目を探すことに専念して、後で説明書を探すほうが、絶対に効率いいですよ」


「分かってないなぁ。君は僕のもとで、何を学んできたんだい?僕が探しているのは、11体目や説明書だけじゃない。武器になりそうな物や、ブラウン管テレビを壊した凶器も同時に探してるんだ」


「えっ、まとも」わたしは驚いて、花弁を広げる。


「僕がまともじゃなかったことが、あるとでも言うのかい?」むしろ、まともだったことがないと思う。


「それはいいとして、理容サロンっぽい部屋なのに『鋏』ないんですね。武器になると思ったのに」


「『あの子が使った鋏はこの私、一本だけ』って前に理容鋏が言ってたよ。だから、ないんじゃない?まぁ、後で訊けばいいや。さぁ、次の部屋に向かうよ」


 わたしはドアノブを回した。ノブは回りきらずに、途中でつっかえる。もう一度ひねるが、やはり扉は開かない。わたしの心が冷えていく。


「なにをしてるんだい?はやく扉を開けなよ」


「開かないんです」


「僕を怖がらそうとしたって無駄だよ。この僕が壊物鬼に閉じ込められるなんて愚を犯すわけないからね」帽子はドアノブに手を掛ける。シリンダーが不機嫌そうに呻く。


「ホントに開かないじゃないか!」


「だから、さっきからそう言ってますよね」


「誰か、誰かっ!開けておくれよ!出しておくれよ!」そう叫ぶと、帽子は扉を叩く。『わたしを守ると言った口はどこに行った』と思いかけるが、口なんて元々ついてなかった。


 しばらくの間、叩いたり、叫んだりを続ける。すると、扉の向こうに気配があらわれた。そして、『ドアから離れろ!』と声がした。


 わたし達は、それに従う。扉が吹き飛んだのは、その直後だった。砕けた木片が窓ガラスを割り、鏡を割った。そして、部屋の入り口には館の住人達と四つん這いになった馬マスクがいた。


「だいじょうぶか!」馬マスクは立ち上がる。


「無事みたいやな」


「まったく、救助が遅いよ。遅すぎるよ!」


「やかましいねん」スペードの3が、帽子の胸にツッコミを入れる。帽子はわざとらしく咳き込む。


「どうして、みんながここに?」わたしは住人達を見渡す。理容鋏が前に出る。


「待ちくたびれたから、様子を見に来たのよ。そうしたら、悲鳴が聞こえてくるじゃない。いったい、何があったのかしら?」


「急に、扉が開かなくなったんです!」


「きっと、壊物鬼のせいだよ!」帽子が言うと、愕きが波紋のように広がる。住人達が周囲を見回す。


「気をつけるんだ!まだ、近くにいるかもしれない」馬マスクがボクサーのようにファイティングポーズを取る。わたしは帽子に続いて、廊下に出た。そこに、ぼんやりとした違和感が落ちていた。


 綿密に観察してみる。扉のデザイン、ランプの数、飾られた絵。いずれも変化はない。絞った焦点を緩めると、違和感の正体がわかった。


「あ!」


「どうしたんや」


「カーペット……。廊下に敷いてあったカーペットがなくなってるんです!」


「驚かすなや。壊物鬼がいたかと思うやろ」


「すみません……」せっかくの大発見だが、タイミングが悪かった。わたしは縮こまった。

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