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三日目 十一体目

 食堂は陰鬱な空気の底に沈んでいた。ときおり誰かが探るように顔を上げるが、すぐに伏せる。そんなことを繰り返す。そこに、ティーポットと理容鋏が戻って来た。やり場のない視線が集まる。


「布を掛けて参りました。そのまま放置するのは、その……、可哀想だったので……」


「なんで、こんなことが……」馬マスクの呟きに答えたのは、鳩時計だった。


「決まっているだろ。この中の誰かが、アイツを壊したんだ」投げつけられた言葉に、息を呑む。『そんなわけない』と言えるほど、わたしは他のモノたちのことを知らない。


「ありえない!」新参者のわたしとは、過ごしてきた時間が違うのだろう。馬マスクは『バンッ』とテーブルを叩いて立ち上がる。荒い息づかいが聞こえる。


「なら、ブラウン管テレビが自ら風呂に飛び込んだとでも言うのか?冗談も大概にしろ」


「他のモノに壊されたなんて話より、よっぽど現実的だ!」馬マスクが怒鳴るが、鳩時計はニヒルな態度を崩さない。


「アイツはゲームさえできれば、それで満足する単純なやつだ。自壊するほど、思い詰めるタイプじゃない」


「そうとは限らないだろ!誰にだって、他人に言えない悩みの一つや二つあるはずだ」馬マスクは自分を説得するように、声を張る。


「これが自壊ではない根拠もある。アイツの画面が粉々に砕かれて、筐体にも殴られたような凹みがあった。それをどう説明する?」


「それは……」馬マスクは反論しようと口を開くが、いつまで経っても、言葉は出てこない。


「ようやく理解できたか、ポンコツが……。誰かが、害意を持ってブラウン管テレビを壊したのは明らかだ。俺は自分の部屋に籠るぞ」鳩時計は立ち上ると、ホールへ繋がる扉に向かって歩きだす。


「待つんだ!」馬マスクが伸ばした手は、容赦なく振り払われる。


「その、臭い体で俺様に触れるな!吐き気がする」 


「ひどい!」馬マスクは固まる。


「この中にブラウン管テレビを壊したモノがいるのは確実だ。そんな奴と一緒に過ごせるか」そう吐き捨て、鳩時計は行ってしまった。扉の閉まる音が、虚しく響く。


「これ、死ぬやつね」この状況を楽しむかのように、理容鋏が言う。 


「縁起でもないことを言わないで欲しいですわね」わたしもシャンデリア嬢と同じことを思った。


「閉ざされた館。そして、事件。刺激的でしょう?興奮するでしょう?」理容鋏は平然と言い放つ。


「え……」艶っぽく身悶える理容鋏に、引いた。


「よし、じゃあ彼が壊される前に、僕が華麗に事件を解決してあげよう」帽子は赤い蝶ネクタイを見せつけるように引っ張って、放す。『パチンッ』と乾いた音が鳴る。


「なんやい?お前は、ブラウン管テレビを壊したのが誰か、分かっとる言うんか」スペードの3が訝しげに言う。


「そうだよ、ワトソン君」


「誰がワトソンやねん。助手になった覚えはあらへんで」


「なら、いま任命してあげるよ」


「漫才をしている場合ではないですわ。犯人は誰ですの?」シャンデリア嬢が問いただす。


「ふっ、犯人?違うね。僕たちは人じゃなくて、モノでしょ。だから、ブラウン管テレビを壊したモノは殺人鬼ならぬ『壊物鬼』と呼ぶべきじゃないかな?」


「呼び方なんて、どうでもいいですわ」


「怪物と壊物を掛かけた、このセンスが分からないなんて。お嬢の感性はどうなっているんだい?」


「いいから、質問に答えなさい!」シャンデリア嬢は、帽子に向かって扇を投げた。帽子は不機嫌そうに膨らむと、もったいぶるような間をあけて、立てた人差し指を天井に向けた。


「壊物鬼は、この中にいない!」きっぱり断言した。だが、意味は分からなかった。


「意味が分かりませんわ。引っ込みがつかなくなったのなら、正直におっしゃりなさい」帽子はシャンデリア嬢に『分かってないな』と指を振る。帽子の言葉を 反芻してみる。『壊物鬼はこの中にいない』、ということは……。一つの可能性が頭をよぎる。


「鳩時計さんが壊物鬼ってことですか」割と自信があったのに、帽子は『そんなわけないだろう』と指を振る。ウザい。ほんとうにウザい。


「はやく、言いなさい」シャンデリアに怒鳴られ、やっと話し始める。


「鈍い君達のために、言い換えてあげよう。壊物鬼はもうこの世にいない。すでに壊れてしまっているんだ」頭の中が『?』で埋まる。


「どういうことや?」


「昨日のできごとを、よく思い出してごらん」記憶を辿ってみる。朝起きて、桃鉄して、散髪されて、ヌイグルミが現われて……。彼女が溶けていく様子がフラッシュバックして、ますます気分が沈む。


「昨日の食事会で、ブラウン管テレビはヌイグルミに殴られていたでしょ。それが全ての原因だったんだよ」帽子は足を組みかえると、尊大に鍔を持ち上げた。


「あのとき受けたダメージのせいで、ブラウン管テレビは立ちくらみを起こしてしまった。そして、浴槽に転落してしまったんだ。実に悲しい事件だよ」残念そうに、鍔を振る。


「いや、殴られた跡はどう説明すんねん」


「きっと、ヌイグルミが叩いた跡だよ」帽子はリボンの先を、落ち着きなく指先に巻きつける。


「昨日は、そんな傷あらへんかったで」


「そうだっけ……?」わたしは、無残に破壊されたブラウン管テレビの顔を思い出す。画面は割られ、筐体には円形の窪みが無数にあった。拳で殴った跡とは すこし違う気がする。


「探偵役がしたいんやったら、そのくらい観察せい」


「僕は探偵役になりたいわけじゃない。生まれながらの探偵なのさ」


「よろしいでしょうか?」いままで沈黙を守っていたティーポットが手を挙げる。


「発言を許可するよ」


「なんでお前が議長みたいなっとんねん」


「男性で浴場を利用されるのは馬マスク様と帽子様だけです。ブラウン管テレビ様は、利用されたことはありません」


「水没してまうから、当然やな」


「ですので、『ふらついて湯船に落ちた』というの不自然です」


「反論あるまっか?」スペードの3が詰問すると、帽子はうつむく。


「あう……」


「ないようですわね。なら、次は壊物現場について話し合いましょう」主導権を取り戻したシャンデリア嬢が話題を変える。


「きっと、ブラウン管テレビは昨日の夜、浴室に呼び出されたんだ。そして、浴槽に突き落とされて水没したんだ」名誉挽回とばかりに、帽子が言う。


「それなら、水に落ちた時点で壊れません?水没した後にブラウン管テレビを殴る意味なんて、ないと思います」わたしが言ってやると、「うっ!」と言葉を詰まらせる。快感だ。


「ブラウン管テレビ様を浴場に呼び出すことも難しいかと思います」ティーポットが言った。


「どういうことか、聞かせてもらおう」


「電子機器が水に弱いことは、ブラウン管テレビ様自身がよく知っておられことでしょう。そんな彼が、呼び出されたからといって無警戒に浴室へ行かれるでしょうか?」


「行ってもいいじゃないか!」帽子は叫ぶ。


「いや……。あいつは、興味ないことにはホンマに興味ないさかいなぁ。食事も忘れて、ずっとゲームしとるくらいや。呼び出しなんか無視する思うで」スペードの3が言うと、帽子はいじけて、リボンを弄りだした。


「壊物現場が風呂場ではないのでしたら、ワタクシは容疑物から外れますわね」


「どういうことや?」スペード3が訊くと、シャンデリアはドレスの袖をまくる。蝋燭のように細く、白い腕があらわになる。


「いくらブラウン管テレビがヒョロがりとはいえ、ワタクシの細腕で彼を運ぶことができるとお思いですの?」


「せやな。お前さんに限らんと、女性には難しそうや」


「理容鋏は例外だけどね」帽子が言うと、鋏の鋭い音が鳴る。


「いぎゃぁぁああ、壊されるぅぅ!」


「壊物鬼は男性か理容鋏さんってことでいいですわよね」シャンデリアの言葉に、曖昧に頷きながら『本当にそうだろうか』と考えてみる。そして、一つの考えが頭に浮かぶ。


「たしか、食器を運ぶワゴンがありましたよね。あれなら女性でも、ブラウン管テレビを運べます」すごいことを思いついた。エジソンかアインシュタインになった気分。


「それで、どうやって階段を上るんだい」渾身の一撃はあっけなく、帽子に打ち返された。ゾウリムシになった気分。


「まさか、そんなことも考えないで発言したのかい?」よりによって、帽子に言われたのが悔しい。

「容疑物はかなり絞られてきたみたいでね。この調子で、ちゃちゃっと解決しちゃおう!」


「ちょっと、待ってくれ!」議論に加わろうとしてこなかった馬マスクが、突然、咆哮を上げるように言った。あまりにも大きな声量に身が竦む。


「俺は、みんなのことをよく知ってる。この中に壊物鬼がいるだなんて、どうしても信じられないんだ」馬マスクは心のうちを探るように、わたし達の一体一体を見つめる。


「なるほど。一理あるね」意外なことに帽子が賛同した。訝しい視線が彼に集まる。


「みんなが、すっかり失念していることがある。つまり『11体目の住人』という可能性さ」


『11体目』。この言葉は、苦々しい空気を噛み続けるわたし達には甘すぎた。この世にある全ての不条理を押しつけてしまえる魔法の呪文に、わたし達は飛びついてしまう。


「館の仕組みがいまいち分かっとらんのやけど、ありえる話なんか?」


「ありえますわね。皆様もご存じのはずですわ。廊下の白いキャンバスが不意に掛けかわること。そして、その度に館の住人が一体、増えることを」わたしはご存じなかった。


「そういや、109号室もぬいぐるみの絵になっとったな」廊下を何往復もしておきながら、ぜんぜん気づかなかった。わたしは探偵に向いてないようだ。


「空室は101号室だけだよね。行ってみようよ!」帽子が言う。


「そいつを見つけて、とっちめれてやればええんやな」スペードの3が肩を回す。


「ブラウン管テレビの仇、絶対に討ち取ってやる!」馬マスクが指の関節を鳴らす。そして、わたし達は101号室に向かった。そこにあったのは、予想だにしない物だった。

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