私の母親は統一協会の信者でした
私の母親は、統一協会の信者だった。
しかも、わりと熱心な方だ。
母は家にいなかった。
仕事が忙しかったわけでも、病気だったわけでもない。
神と世界を救うのに忙しかったのだと思う。
私が子どもの頃、自宅はだいたいゴミ屋敷のように散らかっており、兄と2人きりの時間が多かった。
母親と一緒に夕飯を食べた記憶はほとんどないし、「今日どうだった?」と聞かれた覚えもない。
今の言葉で言えば、ネグレクトだ。
当時の私は、それを異常だとは思っていなかった。比較対象がなかったからだ。
たまに母が家にいると、空気は一気に重くなった。
宗教の教えでは「愛」「感謝」「許し」が大切らしいが、我が家に持ち込まれたのは、だいたい「イライラ」と「悪口」だった。
近所の人はだいたい性格が悪く、
親戚はだいたい頭が足りず、
テレビに出ている人はだいたい堕落していた。
どうやら世界は、神に救われる前に、まず母に嫌われる必要があるらしかった。
私はよく考えていた。
愛を説く宗教に、なぜこんなに機嫌の悪い人が集まるのだろう、と。
救われたいはずなのに、誰よりも不満そうだった。
清らかさを語る割に、言葉はずいぶん濁っていた。
この矛盾を、子どもの私は毎日眺めて育った。
もちろん、今になって思えば、母も大変だったのだろう。
生きるのがしんどくて、家庭の中に居場所がなくて、「正しい答え」を外に探しに行った人だったのかもしれない。
神のもとに行けば、人間関係のストレスも、子育てのしんどさも、まとめて解決できると思ったのだろう。
ただ一つ、はっきり言えることがある。
母が信仰に近づけば近づくほど、私は母から遠ざかった、ということだ。
神に捧げられた時間は、そのまま家庭から消えた。
信仰が深まるたびに、家は静かになり、私は勝手に大きくなった。
最近、宗教について考えることがある。
宗教そのものが、そんなに悪いものなのだろうか、と。
もし、
しつこく勧誘せず、
献金もほどほどで、
信者同士で張り合わず、
「しんどいですね」と言うだけで許される場所だったなら、
もう少し役に立つ存在だったのではないか。
少なくとも、家庭を犠牲にする必要はなかったのではないか。
子どもを置いてまで、神に会いに行く必要はあったのか。
神様も、そこまで忙しい母親を求めていなかったのではないか。
私は今でも、はっきりした答えを持っていない。
母の信仰を否定する資格もないし、肯定する気もない。
ただ私は、
「信じる人の子ども」として育ち、
信仰よりも先に、人間の矛盾を学んだ。
母親が統一協会の信者だった。
そのおかげで私は、神を信じる前に、人間をあまり信用しなくなった。




