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8 花祭り

「リリィ、隣の領地で花祭りがあるらしいよ。一緒に行こう」


ネルが庭に咲いた花を魔法で花冠に変えながら私を誘う。

そういえば、もうそんな時期なのね。とふと思った。


ネルが来てからというもの、毎日が慌ただしくて、季節を感じる余裕も無かった気がする。


花祭りは、初夏の訪れを祝う大きなお祭りで、露店も少し並ぶ。

毎年花冠をつけながら花で飾られた街を歩くのが密かな楽しみだった。


「いいわね!」


たまにはいい事言うじゃない。とネルを褒めちぎりながら雑草を引く手を止める。

手に残った土を払うが、湿った土がなかなか手から落ちてくれない。


あら、この土しつこいわね。まるでネルみたい。


出会った頃はボロ雑巾でその次は土かしら?

 

心の中でネルをボロクソに言いながら、私は立ち上がる。

ネルの目に似た、雨上がりの澄んだ空が広がっていた。

 

「良いお天気」


「また雨でも降らそうか?」


ネルが自分の手が汚れるのも気にせず、私の手に自分の指を絡めてくる。


ネルは、以前、雨を降らせたとき、私が「恵みの雨よ!」と喜んでいたのを見て以来、私が雨が好きなのだと勘違いしている。


私は雨が好きなわけでは無い。


たまに降る恵みの様な雨が好きなのだ。


間違ってでも永遠と続く曇り空を眺めるような趣味は無い。雨だと畑仕事も出来ないし。


「なんでよ雨を降らすのよ。雨ばかりじゃ作物は育たないの!いい、全ては適度が重要なの適度が」


絡んだ指をもう片方の手で指差しながら言う。


(平常心。平常心よ)


ネルを拒絶しないと心に決めたが、それはネルを受け入れるという訳ではない。

向こうから勝手にやって来る災害(ネルからの溺愛)を、ただひたすら受け流す。それが私の決めた道だ。


「準備してくるから大人しく待ってて」


そう言って、家に帰り花祭りへ行く準備を整える。


百合模様が入った白いワンピースに、可愛い黄色の靴。

お気に入りの百合のブローチ・・・はネルに貸し出し中か。


「よし、出来た」


準備万端で家を出ようとすると、農機具を担いだ父と出くわした。


「やあ、リリィ。可愛い私の娘。おしゃれしてどこに行くんだい?」

「花祭りよ」


くるりとワンピースをはためかせながら父に言う。

それを見た父がすっと青空を眺め、感嘆の息を付きながら、そういえばそうだったね。と言った。


「もうそんな時期か。いいね。お父さんも一緒に連れて行ってくれるかい?」


「無理」


「うるさいから駄目ね」


ネルは私と二人きりが良い。

私は、父の延々と続く、意味不明の、怪奇文の様な詩を聞かされるのが嫌で拒否する。


祭り好きな父は街を歩くだけで「みて御覧!なんて素敵な花々なんだろう。詩の一つでも読まないと気が済まない!」と大声で自作の詩を披露するのだ。



文才が一切ないくせに、何故か祭りになると張り切り出すのよね。

その口、いつか縫い合わせてやろうかしら?


案の定、子供の様に両手をばたつかせながら父が駄々をこね始めた。


「酷い!お父さんも一緒に行きたいもん!」


もん!じゃないわよ。可愛く言ってもキモイだけよ!


しくしくと涙を流す父を家に放置し、私はネルと隣の領地へと向かう。


フローレンス領は小さな土地だけれど、隣の領地に行くには少し遠い。

馬車に乗り込み隣の領地、エルステリアへと向かった。


「お手をどうぞ」


紳士の様にネルが手を差し出す。


くぅ、顔が良いってだけで、こんなにも罪深いのね。

顔だけは好き。顔だけは・・・。でもどうしよう、素直にこの手を取っても良いのだろうか。


ふと迷いが生まれる。


いやでも、私はもうネルを拒絶しないと決めたのだ。

だって、いちいち拒絶していたらキリが無いんだもの!


「あ、ありがとう」


バクバクと脈打つ心臓をなだめながらネルの手を取る。

グッと引き寄せられ、私とネルの体が近づく。


(好き・・・じゃない!)


何とか持ちこたえながら、馬車に乗る。

勿論、貸切る様なお金は無いので乗合馬車だ。


コトコトと軽快な音を立てて馬車が走り出す。

軽やかに揺れる馬車の中はまるでゆりかごの様に眠気を誘った。


こつんと私の肩にネルの頭が寄りかかる。


「眠いの?」


「いや?甘えたいだけ」


すり寄るネルからは相変わらず百合の香りがする。

この間、私のシャンプー使い切ったわね!許さないんだから!


すると、右隣に座った軽薄そうな男が口笛を吹き、私たちを揶揄っていく。

 

「ヒュー、ヒュー、良いね。嬢ちゃん彼氏かい?」


「違います!」


向こうの片思いです!困ってます!と怒りをあらわにして言い返す。

が、男は笑いながら私の肩をバシバシと無遠慮に叩く。


不敬罪で訴えるわよ。


「そんなこと言って、嫌よ、嫌よも好きの内ってね」


「それ以上言ったら、領地から追放するわよ!」


「おお怖い!領主様の娘さんだったか」


男はわざとらしく肩を竦めた。その表情は愉快でたまらないといった感じだ。


舌を引っこ抜いてやる!


パンチの一つでも返しておかないと気が済まない。と拳を握ったその時、ふわりと風が吹き、男と私の間に空間が生まれる。

距離を詰めようとしても、全く近づく気配はない。


「何よこれ、これじゃあ殴れないじゃない」


と思いながらふとネルの方を見る。

彼は酷く不満げな表情で私を見つめていた。


「俺以外の男と、そんな風に楽しそうにしないで」


イケメンからの嫉妬、これはポイントが高いです!百点満点中90点!と心の声が聞こえたが、無視を決め込む。

好きになんてならないんだから!・・・多分。


「私の勝手でしょ」


本音とは裏腹な言葉が口を出る。


本当はちょっとだけ嬉しかった。ちょっとだけ。


それを見たネルが何か言いたそうな顔で私を見つめるけれど、あえて気付かないふりをした。



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