7 本当の”私”
「よし、これで終わりっと。ネル―!雨を降らせて!」
「ん」
畑に種を蒔き、ネルに雨を降らせてもらう。
なんて便利な魔法使い。一家に一台欲しいわ。お礼を要求しないのであれば。
「リリィ、ハグ」
「はいはい」
お礼とばかりにハグをねだるネルを仕方なく抱きしめる。
そうしないと、ネルの嘆きが魔法に伝わるのか、雨が雷雨へと変わってしまうのだ。
「素晴らしい魔法だ」
降り注ぐ雨を手に取りながら、父は感心したように声を上げる。
フローレンスの領地は雨が少ない。
だから、この雨は私たちにとって待ち望んでいた恵みの雨だ。
「俺の事、好きになった?」
子犬の様に首を傾げるネル。私の答えは決まっている。
「好きじゃない」
冷ややかな目でネルが私を見つめる。
「嘘つき。ほんとは好きなくせに」
心の中を見透かされたような気がして、言葉に詰まった。
≪本当は好きなの≫
”私”のものじゃない誰かの声が胸の奥で響く。
(やめて)
≪好きって言ってしまえたら楽なのに≫
(黙って)
≪もう気付いているんでしょう?≫
「うるさい!!私の事は”私”が決めるの!!」
突然叫び出した私にネルがたじろぐ。
それを無視して私は走り出した。
向かった先は、小さな領地の端にある林の中だった。
「私は”私”、誰のものでもない」
自分に言い聞かせる様に呟きながら私は走った。
静かに降り注いでいた雨はいつしか、雷雨へと変わっていた。
雨宿り出来そうな場所を探した。
そうして、昔よく遊んだ木のうろを見つけ、転がり込むように中に入る。
「もう、ぐちゃぐちゃね」
私は、自分の事が分からなくなってしまった。
”番”だからネルが好きになってしまうのか。
番だからどうしても彼を求めてしまうのか。
私はいつまでも番と言うものに振り回されてしまうのか。
不安で不安で仕方が無かった。
「私、どうすればいいのかしら・・・」
小さな呟きは雨音でかき消されていった。
悩むのは性に合わないのに。
そう、普通ならこんな事で悩みはしないのだ。
いつもの私なら、嫌いだと、嫌だとネルを拒絶し続ければいい。と結論付けただろう。
でも、何故か、このままでいるのが嫌になった。
誰とも言えない、私の本心を騙る「何か」に惑わされ続けたままでいるのは。
しとしとと悲し気に降り注ぐ雨を見ていると、段々と眠くなってくる。
誰かさんのせいで、昨日全然眠れなかったし。
ちょっとだけ。ちょっとだけ寝よう。
マイナス思考になっているのも寝不足のせいだ。
と、うろに寄りかかる様にしてひと眠りしようと考えたその時、荒い息遣いと共に足音が聞こえた。
「リリィ!」
ネルだ。
声を聞かなくても分かった。
今にも閉じそうな瞼を開けると、びしょ濡れになり、肩で息をするネルの青い瞳と目が合う。
澄んだ空の様な青色。
必死に私を探したのだろう。珍しく彼の息が荒い。
「ネル、ごめん」
口をついて出た謝罪の言葉。それは”番”のものか、”私”のものか。
もう、どちらでも構わなかった。
「リリィ。良かった」
ネルはうろの中に入って来る。
拒絶しようか悩んだが、余りにも眠かったのでやめた。
「ごめん。もう急かしたりしない」
ネルが私の方にすり寄りながら言葉を紡ぐ。
甘くて優しい。子守歌の様な声。
「(安心する)」
うろに体を預けるのを止め、すとんとネルに寄りかかる。
彼が息を止めた音がした。
「眠い」
甘いムードをぶち壊す様に本音が漏れる。
眠い。眠すぎる。
「少し寝たら?俺が家まで運んであげる」
「魔法で?」
スィーっと平行移動する仰向けになった自分を想像する。
なかなか面白い絵面だ。
きっと父は驚くだろう。
「リリィ!死んでしまったのかい!?」
死体の様な私の姿を見て、慌てふためく父の様子が夢の中で浮かぶ。
生きてるわ!!
夢に突っ込みながらも、徐々に視界がフェードアウトしていく。
「魔法使わなくても、それくらい出来るから」
「そう。じゃあ、お願いするわね」
番とか私とか、難しい事を考えるのはやはり性に合わない。
私はそのままの私で突っ走ればいいのだ。
ネルはネルだし、私は私だ。
私はその日から彼を拒絶する事を諦めた。
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