23 迷子
僅かな明かりを頼りに暗闇の中を歩いていく。
目指すのは二つ隣の領土にある叔母の家だ。
本当は馬車に乗りたいところだったけれど、さすがにこの深夜の時間に都合よく走っている馬車は無いわけで。
仕方なく、エルステリアまでは徒歩で行き、そこから先は馬車を探す予定だ。
「大丈夫かい、リリィ」
「ええ、大丈夫」
暗闇に足を取られながらも、着実に一歩一歩進んでいく。
僅かな月明かりが不気味に光り、私たちを不安にさせた。
月は時折雲に隠れ、世界がより一層暗くなる。
僅かに光る明かりが、ふっと消えそうになる度に、「あ!」と声を上げそうになる。
父の前では強がって見せたけれど、胸の奥では不安が鋭い刺のように何本も刺さっていた。
一夜にして罪人になってしまった混乱もさることながら、一番私の心を蝕んでいたのは、
”番”拒否されたという事実だった。
その事は大きな石のように重く心にのしかかり、心臓は常に死んだように息をせず。
ズキズキと痛む胸はその痛みは治まるどころか時間が経つにつれ稲妻が走る様な痛みへと変わっていく。
辛い。悲しい。と心が深い悲しみで声にならない叫び声をあげていた。
「ネルの嘘つき」
嘘つき、嘘つき。信じてたのに!
文句を言う相手もいないのに、ずっとその言葉が頭の中で繰り返されていた。
ネルなら信じても良いかなって。”番”も案外悪くないなって思ってた。
それなのに、ネルはあんなにもあっさり私を裏切ったのだ。
腹が立つのも、悲しくなるのも当然だ。
「”番”なんて、もう二度と信じないわ」
苦い顔で吐き捨てる様に呟く。
泣いて謝って来たって、もう許してなんかあげない。
頭を地面に擦り付けながら、「許してくださいリリィ様」と懺悔するなら考えてもあげても良いかもしれない。
やーい、やーいと指差して笑ってやるのも忘れないようにしないと。
いや、今のネルを甘やかしちゃいけないわ。断固として拒否しよう。
エルステリアまでの道を歩きながら、ネルと花祭りに行った時の事を思いだす。
カタコトと馬車に揺られながら、ネルと共に花冠を買い、花占いやお揃いのブレスレットを買ったことが、もう遥か昔の事の様に感じられた。
「あの時は幸せだったなぁ・・・」
花祭りのあのジンクスは嘘だったのか。と残念に思うと同時に、花占いの出来事が頭の中で鮮明に浮き上がって来る。
はじけ飛んだ黒い花。「気を付けなされよ、強い裏切りの証だ」と言った占い師のあの真剣な眼差し。
あの花占い。当たったわね。
ただの露店の花占いだと思っていたのに、思った以上にあの占い師は優秀だったのかもしれない。
でも、そうなら、もっとちゃんと教えてくれたっていいんじゃない?
これがこうだから、危ないって。
今度会ったら占い師にも文句を言うわ。もっと詳しく教えなさいよ!って。
あと、あの椅子も早く直した方が良いわ。
楽しかったあの時の思い出が悲しい記憶に変わって行ってしまう前に、この街を出たい。
早くエルステリアで馬車を見つけなくちゃ。
自然と早歩きになる。
「もっと急ぎましょう」
返事は、帰ってこなかった。
あれ・・・?おかしいわ。
「お父さん?お母さん?」
心臓がバクバクと痛いくらい跳ね上がる。
しまった!と思った時にはもう遅かった。
考え事をしている間に足が遅れたか、道を間違えてしまったらしい。
気づけばいつの間にか父と母の姿が見えなくなっていた。
さっきまで隣にいたじゃない!雲隠れでもしたの?
もしかして、私の親は東洋に住んでいると言われる忍者だったの?
月は雲に隠れたままで、心の支えであった、父の持つ小さなランタンの光も、暗闇に溶けるように消えていた。
どれだけ目を凝らしても、明かりは見つからない。
黒い布で覆われてしまったかのように、世界は暗かった。
(どうしよう)
思わずその場で足を止める。
「きゃっ」
小枝を踏んでしまったのか、パキリと音がして大きく肩が飛び上がる。
いやだわ、びっくりさせないでよ!追っ手かと思ったじゃない。
「冷静に、冷静になるのよリリィ」
胸に手を置き、必死に跳ね回る心臓を落ち着かせる。
記憶によれば、もう少し先に深い森が見えてくる筈。
濃霧の森と呼ばれるその森を越えたすぐ先に、エルステリアがあるはずだ。
「大丈夫。私なら一人でも行けるわ」
拳を握りしめ、自分自身を奮い立たせる。
そう、女は度胸よ!
これくらいじゃ負けないんだから!
馬車で何度も通った道だ。道も舗装されている。
運悪く濃霧にさえ出くわさなければ、間違って崖に行ってしまう事は無いはずだ。
「唯一の慰めは、追われる身が私だけになったって事ぐらいね」
父と母だけなら、もし検問があったとしても、不審に思われることなく叔母の家にたどり着けるだろう。
再び足を進め、濃霧の森を目指して歩いていく。
運が良ければ途中で父と母に出会うかもしれない。
希望はまだ消え去っていない。
「きっと会えるわ。突然飛び出して、びっくりさせてやるんだから」
驚きのあまり腰を抜かす父を思い浮かべる。
私を置いて行った罰よ。
小さな丘を越えていくと少しずつ視界が明るくなっていくのを感じた。
長い夜が終わりを迎えたらしい。
ムカつくほどに綺麗な朝日が、淡く光りながら地平線の向こうから顔を出している。
まるでいつもと変わらない日々が始まるとでも言いたげなまぶしい朝日だ。
心のなかで悪態を吐く
光が指し示す方へ眼を向けると、少し先に、濃霧の森の入り口が大きな口を開けているのが見えた。
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