21 大国の戦況
「ネルの馬鹿」
ネルが出て行ったあの日から、一か月が経った。
胸の奥がずっとキリキリと痛み、”番”を呼んでいるのが分かる。
私は、ネルが使っていた枕を握りしめながらリビングのソファで頬を膨らませて不貞腐れていた。
私は嘘つきが大嫌いだ。
行かないって言ったのに。
私の傍を離れないって言ったのに。
あれは嘘だったの・・・?
誰もいない隣を見つめながら心の中で問う。
約束したじゃない。嘘を吐いたら針を千本飲んでもらうって。
それに、ブローチの修理代だって貰ってない。
「ネルにもきっと事情があったんだよ。もしかしたら、私たちを庇う為にあえて嘘を吐いたのかもしれない」
コーヒーを入れながら父は言うが、その顔には困惑がはっきりと浮かんでいた。
「だとしても、私に言わないのは気に入らないわ!」
枕をぐしゃりと潰しながら叫ぶ。
”番”なんだから、隠し事も無しにしたい。なんて、わがままかしら?
そうかもしれない。
ネルは饒舌そうに見えて案外無口だ。
過去に関してもあれが全てだとは思っていない。
あえて言わなかったか、言いたくなかったか・・・。
私はネルの全てを知りたいのに。
勝手に出て行ったことも含め、彼にはまだ秘密がある気がする。
ミステリアスを気取っているのかしら?私、素直な方が好みなんだけど。
「きっとすぐに帰って来るわよ」
私の頭を撫でながら母が言う。
「もう入れてあげないって決めたんだから」
ネルの馬鹿。またボロ雑巾になったって、今度は助けてあげないんだから。
なんて思いつつも、きっと、私は何度だってネルを助けるし、玄関の扉を開けるだろう。
いつまでもネルを待つ自信があった。
私、ネルと同じくらいしつこいのよ。覚悟して頂戴!
帰ってきたら、うんと恨み言を言ってやるんだから!
ぷんぷんとネルへの恨みを募らせていると、玄関で音がした。新聞が届いた音だ。
「リリィ今日の新聞だよ」
父が私に新聞を差し出す。
ネルが出て行ってから私は毎日新聞を読んでいる。
ネルの事が少しでも書かれていないかと、期待して。
「貸して頂戴」
私は父の手からひったくるように新聞を奪い取る。
かの大国の戦況はこの国でも新聞の一面を飾るほど注目されていた。
それもそうだろう。どちらが勝ったとしても、明日は我が身だ。
この戦争はもはや、対岸の火事ではない。
出来るだけ長く、そして両国共に疲弊して欲しいというのが各国の気持ちだろう。
けれど、そんな事はどうでも良かった。
私としては、ネルが無事なら他はどうでもいい。
私に嘘を吐こうが、誰にも言えない秘密を抱えていようが、ネルさえ、無事でいてくれれば。
(誰より強くて優しくて・・・私の大好きな人。どうか無事でいて)
胸の前で手を組み、神に祈りを捧げてから、ゆっくりと新聞のページをめくっていく。
1枚、2枚・・・ページをめくる手が止まった。
『大魔法使いアルヴィス、わずか一週間で大国レバンテを勝利に導く!』
ネルの国が大きな勝利を収めたと報じる見出し。
そこでは、いかにアルヴィスが強かったかを伝える言葉が並べられていた。
その功績を称えて、「英雄」の称号を与えるとも。
「・・・勝ったのね、ネル」
無事でよかった!本当に良かった・・・!
思わずポロポロと流れ落ちる涙を新聞で隠しながら呟く。
「勝ったのか!ネルは?無事か!?」
お父さんが慌てて駆け寄ってくる。
途中、テーブルの角に足をぶつけて、「ぬぅ!」と情けない悲鳴をあげていたが、その足は止まらなかった。
「無事よ」
父と抱き合いながら答える。
次いで、母も優しく私を抱きしめてくれた。
この新聞にはネルは擦り傷一つ負わなかったと、そう書かれていた。
「そうか、良かった。良かったなぁ、リリィ」
私より大きな声でわんわん泣きながら父が言う。
ちょっと、鼻水まで出てるじゃない!私の服に付けたらしばくからね!
でも、良かった。ネルが無事で。
心の奥にポッと小さな明かりが灯る。
「さぁ、お祝いの準備をしよう!ネルが帰って来た時にびっくりさせてやらないといけないからな!」
鼻水をまき散らし、大きく手を広げながら父は言った。
待って、まずその鼻水を拭きなさい!!汚いわ!
クスリと笑って、軽快な足取りで倉庫へと向かっていく父を見送る。
野菜と花で家を飾ったら、ネルは驚いてくれるかしら?
いっそ、ペンキの入ったクラッカーでも作ってやろうかしら?
私に嘘をついたことを後悔させてやるわ。
腰を抜かしたら、指差して笑ってやるんだから!
魔女のようにヒヒヒと笑いながら、腰を抜かして驚くネルを想像する。
「ネル、早く帰ってきてね」
小さく呟やく。
この時の私はまだ、ネルがまたひょっこり帰って来るだろうと信じていた。
祈りを捧げ、私は再び新聞に目を落とす。
(ねるはどんな功績を残したのかしら?)
並んでいる文字をなぞっていくと、段々私の表情が険しくなっていくのが自分でもわかった。
手が震え、今にも新聞を引きちぎってしまいそうだ。
「何これ、どういう事?」
そこには、信じられない言葉が並べられていた。
『アルヴィス、王女と婚約か!?偉大なる大魔法使い”番”を見つける』
思わず新聞を二度見する。
何度瞬きしてみても書かれた文字は変わらないままだった。
”番”ですって!?
「ネルの番は私でしょ!!」
思わず立ち上がって叫んだ。
一体全体どうなっているの!!
全部、全部嘘だったの・・・?
番だと言ったことも、好きだと言ってくれたことも、実は全て最初から嘘だったのかもしれない。
そんな気持ちが湧き上がる。
もうネルはこの家に帰る気は無いのかも。
ズキリと胸が痛んだ。
「きっとこれは何かの間違いよ。そうに決まってるわ」
自分に言い聞かせる様に何度もそう呟く。
でも心の中で、ネルが出て行く前に放った言葉が反響していた
『お前は”番”じゃない』
心臓にピキッとひびが入ったような音がした。
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