第48話 なんでもない日
朝日が差し込む中、マリアはパンを一口サイズにちぎって口に放り込んだ。
向かいではイザベルがスクランブルエッグをフォークで掬い、イザベルの母ミーナが紅茶を淹れてくれている。
先日の砦とは違うのんびりとした朝にマリアは優しく微笑んだ。
「この普通の朝食がとても幸せですわ」
「普通ねぇ、だいぶリッチな朝食だと思うけどね」
マリアの呟いた言葉を聞いて、イザベルがくすりと笑って眉尻を下げる。
マリアの稼ぎは普通ではないので、朝食のメニューは貴族のものと比べても遜色はないのだ。
「そうではありませんわ。砦の殺伐とした雰囲気よりも、こうしてのんびりした朝が素敵だって事ですわ」
マリアの解説を聞いて、イザベルは「なるほどね」と言いながら紅茶を口に運ぶ。
「でも、この平和はマリアが手に入れてくれた平和よ。もし戦が酷くなってたらこんな日常は無かったはずだから」
マリアが帰って来た日、イザベルは夕食を食べながらマリアが砦でどう過ごしたのか、何をやらかして来たのかを聞いた。
マリアの無茶苦茶具合に呆れながらも、戦争を最小限で終わらせた活躍ぶりに感謝をした。
そして、そんな無茶苦茶をしたマリアが傷一つなく無事に帰って来た事を喜んだ。
だから、口にするのは恥ずかしいが、マリアの言う素敵な朝には完全に同意である。
イザベルの言葉にニヨニヨとしながら、マリアもカップを両手で持って紅茶を口に運ぶ。
マリアに気持ちを見透かされていそうな気がして、イザベルは照れ隠しに口を開く。
「き、気の抜き過ぎには気をつけなさいよね? あんたどんどん奥へ進んでっちゃうらしいから」
「はい、気をつけますわ!」
マリアはと言うと、イザベルに心配されるのが嬉しくて、更に笑みを深めたのであった。
◇◆
本日はイザベルの仕事が休みのため、朝食を終えた2人は街へと出かけた。
活気ある平民街の街並みを歩くマリアの姿もだんだんと住民達が違和感を覚えなくなって来ている。
2人並んでウィンドウショッピングをしながら歩いていると、ある店の前でマリアは足を止めた。
「どうしたの? なんか気になるものでもあった?」
「これ、イザベルさんに似合いそうですわ!」
マリアがそう言って指差したのは銀細工の髪飾りであった。
「確かに可愛いけど——」
「イザベルさん、入りましょう!」
イザベルがまだ話しているにも関わらず、マリアが手を引いて2人は店の中へとはいった。
「やっぱり、似合いますわ!」
「そう? 可愛すぎない?」
マリアが髪飾りをイザベルの頭に当てて絶賛するのを、イザベルは苦笑いで返事をした。
「そんな事ありませんわ。御店主、こちら買わせていただきますわ!」
「ちょっと! マリア?」
平民街の店とはいえ、髪飾りは贅沢品であり少々値が張るものである。
店主はニコニコとしているが、これまでそんな物に縁の無かったイザベルは素っ頓狂な声を上げる。
「私からのプレゼントですわ! いつもお世話になっているお礼です、受け取ってくださいまし」
「そんなこと言われたら受け取るしかないじゃない……それに、そんな事言ったら私の方がマリアにお世話になりっぱなしよ」
イザベルのボソリと呟いた言葉はマリアに届くことはなく、マリアは店主に髪飾りの料金を支払っている。
「なにかおっしゃいました?」
料金を支払った後、振り向いたマリアがそう質問をする。
「ありがとうって言ったのよ!」
それを聞いたイザベルは、照れ隠しをするように髪をかきあげてぶっきらぼうに言った。
「ふふふ、どういたしましてですわ」
マリアは微笑んだ後、イザベルの髪に購入した髪飾りをつけたのであった。
◇◆
夕方、2人が屋敷に帰ると、城からの伝令が来ているとニーナに伝えられた。
伝令を持って来た使者は今、応接間で待っているらしい。
マリアが部屋へ向かうと、初老だが身なりのきっちりとした使者がすっと立ち上がってマリアの方を向いて書状を開いて読み上げる。
「マリア殿、この度はエルガー王国との戦で上げた功績により、国王陛下ルドルフ様より勲章が授与される事を伝えに参りました。つきましては後日、指定した日にちに登城して頂きたく思います!」
マリアは伝令の内容を聞いて考える素振りをした後、にっこりと笑って返事をする。
「辞退させていただきますわ!」
心配して覗きに来ていたイザベルが「え⁉︎」と大きな声をあげた。
「マリア、いいの? 勲章って凄いんじゃないの?」
「いいのですわ! 私はただのマリア。名誉があっても何にもなりませんわ。平和で今日のようにイザベルさんとお出かけできればそれで満足なのです!」
「そ、そう」
マリアのストレートな物言いにイザベルは顔を真っ赤に染め、使者は2人を見て笑顔を作ると頷いた。
「陛下が言っていた通りですな。了解致しました。そのように伝えさせていただきます」
使者はそう言って腰を折ると、屋敷から去っていく。
勲章を断るなど、陛下への無礼を咎められてもいい事だが、そんな言葉は一言もなかった。
「あれ、もう帰られたのかい? マリア様の分のお茶も淹れたんだけどねえ」
「リビングでいただきますわ。行きましょう、イザベルさん」
その後は、何でもない平和な夜が更けていくのであった。




