第36話 脱獄
本日は朝からマリアの家に城からの使者が来て、マリアとロゼニアに床に頭を擦り付けて謝罪をしていた。
「あんたが頭を下げたってなんの詫びにもなりゃしないよ。そんなに謝罪したけりゃ陛下が直接来て同じように謝罪をしな!」
死者を見下ろしながら、ロゼニアがそう暴言を吐いた。
なぜこの家に使者が来たのか。それは終身刑として離宮に幽閉予定だった第一王子ハインツが脱獄、失踪したからであった。
「ただいま陛下はその事に対しての会議を開いておいででして……」
「ったく、なんでそんなに簡単に脱獄されるんだい!」
「お母様、過ぎた事を言っても仕方ありません。私はハインツ様がどうなったかよりも失われた保証がちゃんとなされるかどうかの方が重要ですわ」
使者を責めるロゼニアの言葉に、マリアがそう言って割って入った。
「陛下はハインツ様の事で忙しいのは分かりました。しかし、そのせいで民への保証が遅れたりはしませんよね?」
怒っている雰囲気はないものの、威圧感のあるマリアの言葉に使者は息を飲んだ。
今日までにイザベルの所に保証が届いたという事はない。
「そちらも準備は進めております。しかしなにぶん昔の事ですので死亡者のリストの確認に時間がかかっておりまして……」
「だったら早く帰って仕事に取りかかりな!」
「は、はい!」
ロゼニアに怒鳴られて、使者は勢いよく家を出て行った。
ハインツの脱獄には複数の貴族が関与している。その筆頭になっているのはハインツの妻であった。
もちろん女性1人で脱獄の手引きは無理であり、他にも数名の貴族が関与している。
その貴族達が問題であり、そのため城では朝から会議が開かれている。
「早く見つけませんと大変な事になるのではないか? シュピーゲル卿」
「申し訳ありません。見張の兵士達は全員殺されておりハインツ殿下がどちらへ逃げられたかは検討がついておりません」
「たく、それで次の軍務卿が務まるのかね? 民への保証に金がかかるというのに余分な捜索にまで金がかかる」
「……今は、そのような言い合いをしている場合ではない」
財務大臣がチクチクとシュピーゲルを刺すように話していると、ルドルフが割って入って終わらせた。
財務大臣は口を噤んだものの不満そうに鼻息を吐く。
「必要であれば冒険者にも依頼をしよう。ダンジョンで大事があった時には騎士団に依頼が来るのだ、その逆も有りであろう」
「陛下! それはまた予算がかかります! 財源は無限ではないのですよ!」
「ターナー卿、今は財源の話をしている場合ではない事は分かろう。ハインツを手引きした貴族はエルガー王国の血を引く者達なのだぞ!」
ハインツの妻は停戦協定の際に嫁いできたエルガー王国の姫であった。
もちろん人質という役割であり正妻になれず、子供が継承権を持つこともない。
そんな敵国の姫がハインツの脱獄を手引きした。
そしてそれに協力したのが過去にエルガー王国の血が混じっている者達であった。
その貴族達はポルニッカ伯爵派閥の貴族達でもある。
ポルニッカ伯爵も祖母にエルガーの血縁を持っているし、ハインツを使った国の乗っ取りを計画していた可能性は大いにある。
それが失敗した今、ハインツをどう使うのかは分からないが、停戦協定をやぶり戦争が再開される恐れもある。
うちうちの問題で済ませるため、ハインツと脱獄に関与した貴族の捜索は急を要するのだ。
「陛下、しかし冒険者はこの国出身の者達ばかりではありません。今回の場合は余計なトラブルを避けるため、我が国の騎士団と魔法師団のみで対処すべきかと思います」
財務大臣ターナーが歯軋りする向かいからシュピーゲルが意見を言う。
「むう、しかし、急を要するというのに……」
「城の警備を信頼できる冒険者に手伝ってもらいましょう。その分、騎士団を捜索に回します」
「それしかないか」
会議を急ぎで済まし、大至急追加の捜索隊を組織する。
その後、マリアの家から戻ってきた使者の言葉を聞いて板挟みになったルドルフが頭を抱えることになるのだが、それはまた別の話である。




