第1話 仕事探し1
エンリエット伯爵家の令嬢マリアは家族に蝶よ花よと可愛がられて育てられた。
兄弟でただ1人魔法の才能がなくとも、他の兄弟と同等、いや、弱いのだからとより可愛がられていた。
そんなマリアが15歳の時、エンリエット伯爵家は没落した。
降って湧いたような莫大な借金、父エンリエット伯爵の左遷。
周りから見ればハメられたのだと分かるものだったが、政治の世界では仕方がない事であった。
『武』の家として有名であったエンリエット家は、借金を返すために戦場に散り散りになり、王都に残ったのはマリアのみ——
「お嬢様、本当に、本当に大丈夫でしょうか? なんでしたら、私だけでもお残りして——」
「婆や、いけないわ。エンリエット家にはもう人を雇う余裕はないもの」
屋敷の玄関で、荷物をまとめた老婆の言葉にマリアはいつもと同じようにニコニコと笑いながらゆっくりと首を振った。
「うう、おいたわしや、お嬢様……」
「大丈夫よ。雇う余裕は無いけれど、お母様やお兄様達が仕送りをしてくれるわ。ほら、婆やに最後のお給金だわ」
マリアは泣き崩れそうになる老婆に心配するなというようにお金の入った革袋を渡した。
「そんな! 頂くわけにはいきません。これはこれからのお嬢様の生活に使ってくださいませ!」
「ダメよ。エンリエットに恥をかかせないでちょうだい」
「……分かりました」
「それじゃあ元気でね、婆や」
マリアの言葉に涙ぐみながら頭を深々と下げると、老婆は何度か後ろ髪を引かれるように振り返りながらも屋敷を去っていった。
老婆が見えなくなるまで笑顔で手を振っていたマリアは、眉尻を下げながら「ふう」とため息を吐く。
「さて、ああは言ったもののこれからどうしようかしら?」
マリアはそう言いながら屋敷を見上げる。
「それではマリア様、よろしいでしょうか?」
「はい。婆やの見送りまで待っていただいてありがとうございました」
屋敷の影から現れた男にマリアは綺麗なお辞儀をする。
実は没落し、家族が散り散りになった後、使用人達の給料を払うために屋敷を売ってしまったのだ。
そして、先程婆やに渡した給金が残りのお金全部である。
「また困った事がありましたらご相談ください。勿論タダ、と言うわけには行きませんが」
男はマリアの事を舐め回すように見るが、マリアはその視線の意図に気づく事なく、言葉通りの意味として受け取る。
「その時はよろしくお願いします。では、私はそろそろ行きますわ」
そう言ってマリアは貴族街から去り、平民街へ降りてくる。
マリアは貴族街では見ない人混みに目を丸くした。
「すごく沢山の人ですわ」
普通に歩けば誰かにぶつかりそうな人混みだが、貴族らしいドレスを着ているマリアにぶつからないように人々が避けるため、マリアは難なく歩く事ができた。
「お嬢さん迷ってるなら案内しようか?」
マリアがキョロキョロと人や建物を見回しながら歩いていると、ガラの悪そうな2人組が声をかけてきた。
「まあ、親切にありがとうございます」
貴族ならば人相の悪い2人組の平民に顔を歪める者もいるだろうが、マリアは『武』のエンリエット家としていかつく人相の悪い騎士達が父や兄を慕って家に来ることもあった。
父や兄もその騎士達を可愛がり、庭で稽古をつけることもあったため、警戒心無く、親切を受け入れた。
騎士達はガタイがよく、人相が悪くとも紳士だったのである。
「へへへ。お嬢さんはどこに行きたいんだ?」
「そうですわね……とりあえず仕事を探していますわ」
マリアの言葉を聞いた男達がニヤリと笑った。
「女が働きやすいとこなら娼館だな」
「そうだな。お嬢さんかわいいから俺達が最初の客になってやろうか?」
「まあ、親切に教えていただいてありがとうございます。その娼館というのはどこにあるのでしょうか?」
「こっちだ、着いてきな」
男達に案内されて、マリアは娼館へとやってきた。
「オーナー、新人を連れて来てやったぞ。ついでに俺が買う!」
「あ? 俺が先だろうが!」
娼館の中に入った男達は、マリアを紹介した後に言い合いを始めてしまった。
「お前らうるさいぞ! 順番ならコインで決めておけ! それで、ウチで働きたいってのはどの子だ——」
眠たげな雰囲気で受付に現れた娼館の店主は、綺麗なドレスを着たマリアを視界に知れて言葉を失った。
「お2人にここを紹介いただきましたマリア・エンリエット……いけません、今はただのマリアですわ。よろしくお願いしますわ」
マリアがカーテシーをしながら挨拶をすると、店主は小声で「エンリエット……」と呟いた。
「わ、悪いがお嬢さん、ウチではお嬢さんを雇うのは無理だ。すまないが他を当たってくれるますか?」
「はあ⁉︎ なんでだよ!」
顔をぎこちなく痙攣らせながら店主がそう言うとコイントスで勝利してガッツポーズをしていた男が文句を言った。
店主は手招きをして男達を部屋の隅へ呼び出すと「お前らウチを潰す気か! あのお嬢さんはどこの娼館もお断りだろうよ!」と叱りつけた。
その言葉は受付で待たされているマリアには聞こえておらず、仕事が決まらなかった事で「これからどうしましょう」と頬に手を当てている。
「そう言うことだ。すまないね、お嬢さん」
店主と不貞腐れた顔をした男達が戻ってくると、再度店主がマリアに断りを入れた。
就職を断られたマリアと案内してくれた男達が娼館から出てくると、男の1人が何かを閃いたようにポンと手を叩いた。
「ほうだ! 俺達がやってる仕事を教えてやるよ!」
「はあ?」
「ちょっと耳貸せよ」
不貞腐れていた男は相棒に耳打ちされると口角が釣り上がり、嬉しそうに相棒の背中を叩いた。
「本当ですの?」
「ああ、ダンジョンは少し危険だが俺達2人がいれば大丈夫。手取り足取り教えてやるぜ!」
「そう! 手取り足取りな!」
「それではよろしくお願いしますわ!」
マリアは渡りに船といった様子で2人に感謝し、ダンジョンへと案内されるのであった。