37…目覚めの時
―――ここはどこだろう
瞼は閉じたまま自分がどこか違う場所にいることだけは感じる。
先ほどまで自分に話しかけていた声の主が導いたのだろうか?
しかし先ほどまで感じた温もりは感じられなくなっていた。
…気のせいだったというのだろうか
セシリアには身に余るほどの暖かさだった。
――ずっと包まれていたい。
この温もりがあったら何もいらない
そう願いたくなる程に幸せを感じられた。
――それなのに今は凍えるな寒さが自身を包み、瞼を開ける事さえ億劫でしかたない。
眠る前に悩んでいたことすらも考えることができない程に、寒さはセシリアを追い詰めてゆく。
「――セシリアよ。我に器を差し出す気になったか?」
寒々しい空気の漂う暗闇に良くとおる少し低めの声音はどこかで聞いた覚えがある…
それでも身も凍りそうな寒さから瞼を開ける気になれない。
――誰…もうそっとしておいてほしい…今は何も考えたくない…
「考える必要などない。――ただ我に委ねればよいのだ。我はお前の冷え切った心も苦しみも取り除いてやりたいだけだ。早く安息が欲しいのだろう?」
――安息…この寒さから解放されたい…何も考えたくない…私…何か悩んでいたかしら…
自分に話かける声の主が誰かなどセシリアにはどうでもよかった。
まるで誘惑するかのように甘く囁きかける声音は媚薬のようにセシリアを惑わせようとする。
今セシリアの頭にはどうしたら寒さから楽になれるか…それだけだった。
…でも眠りにつく前に感じた温もり…。
あの温もりが恋しい…
声の主に身を委ねなかったのはその温もりを感じてしまったからだった。
「…忌々しい…余計な事を…」
魔神は舌打ちをしてセシリアの胸元に灯る聖魔力を気づかせないように闇の魔力で包み込もうと抗い続ける。
今この時も、聖魔力と闇魔力は戦い続けていたのだ。
しかし石碑は魔神の魔力が一番高まる場所であり、魂の封印される場所でもあった。故にハリアスの聖魔力よりも魔神の魔力が勝ってしまうのは致し方のないこと。
それでもアイが聖魔力で闇の魔力を浄化し続けることにより、闇魔力を弱める力が確実に強まり少しずつではあるがセシリアに灯は宿りつつあったのだ。
復活しきっていない魔神にとって非常に厄介なことである。
ほんのあと少しでセシリアは器をあけ渡しそうであるにも拘わらず、聖魔力が邪魔をする。
苛立ちは増すばかり、魔神はそもそも制御するつもりもない。我慢などしない。だからこそそこに隙が生まれる事は必然だった。
ほんの小さな隙間に少しずつ…
「温もりなど一時のものに過ぎぬ。お前の安息は常闇なり。さぁ、我の手を取るのだ。」
魔神は負けじとセシリアを誘惑する。
――安息…楽になりたい…でも…なんだかそれも違うような…なんだろう…この気持ち…
魔神の押さえつける闇魔力を少しずつ少しずつすり抜けて微弱の聖魔力が集まっていく。
――光?…灯?…これはあのぬくもり?
声の主の与えてくれるものとは違うその存在は少しずつセシリアの身体を闇魔力から守り薄い灯の光の膜が少しずつ守ってゆく。
――これは声の主の暖かさ…じゃない…よね?…もっと違う…この暖かさを知っている気がする。
時間が過ぎれば過ぎるほど次第に胸に灯る光が大きくなってゆく。
魔神がどんなに苛立とうと、妨害しようとも、ハリアスもアイもリュシードも、自分のやるべきことから目を逸らすことはなかった。
ひたすら全力で魔神に立ち向かうのだから。
その信念は着実にセシリアに届いていた。
――あぁ…なんでだろう…私は何故ここにいるの?…大切な何かを…何かを私は‥
「――腹立たしい!!やめぬか!!もうお前たちにできることなどないのだ!我の邪魔をするなど許さぬぞ!!」
途端に魔神は一瞬で闇魔力を一度セシリアから解き放ち、その魔力をハリアスに向かって放つ。
ハリアスは一瞬遅れて間合いを整えて闇魔力に抗うべく聖魔力のシールドを展開する。
「――そんな付け焼刃程度の聖魔力の防御で我の魔力を防ぎきれるとでも思ったのか?
闇に飲まれるがよいわ!!」
先ほどまで覆っていた闇魔力の黒い靄は、ハリアスをあっという間に覆いつくしてゆく。
「――殿下!!!」
浄化を続けていたアイが叫ぶがあっという間にハリアスの居た場所は黒い靄に覆われている。
「ふふふ…女神の加護など大したこともないものよ!我の闇に飲まれ永遠に眠り続けるがよいわ!!」
「――そうはいきませんよ。」
魔神の声に明らかな反意を翻す凛とした声が響き渡る。
「!!!!!」