26…女神ネフレテ
「――誰?」
思わず眩しさから逃れるように顔の前で両手を光を遮りながら呟くと、光から現れた人物はセシリアを慈愛の籠った微笑んでみつめる。
「やっと…あなたと話ができるのですね。セシリア。」
「え?!―――あなたは!!」
光から現れた人物は、魔神とそっくり同じ顔をしていた。
しかし、髪の毛は透き通るような白金の髪の毛、瞳は澄み渡る空のようなスカイブルー、そして同じように上質な薄布を纏ったどこからどう見ても女性だ。
「私のせいでこんなことになってしまいごめんなさい。」
「…女神様…なのですか?」
「…はい。私があなたをセシリアの体に呼び寄せました。」
(―――!!!)
どうやら魔神の言っていたことは本当だったらしい。
セシリアは幾度となく他の魂によって輪廻転生を繰り返していた。
そしてそれを行っていたのは女神であったのだ。
「女神様、教えてください!何故魔神を封印するだけでは転生が終わらないのですか?すでに魔神をハリアス殿下と聖女が封印を成し遂げたことがあったはずではございませんか?!何故…何故私はこの世界に転生する必要があったのですか?!」
女神は悲し気な表情を浮かべた後、話しを始めた。
「確かに魔神を封印は最初の時点で成功はしました。しかし、その後この世界は滅亡に向かったのです。」
「滅亡?!何故封印が成功したにも拘わらず滅亡するのですか?!」
「魔神を王太子と聖女が再封印したことでこの世界に平和が訪れるはずでした。…しかし、現実はそう上手くはいかなかったのです。
王太子はセシリアを殺してしまったことで心を病んでしまったことで滅亡したのですから。」
「…ハリアス殿下が病む??セシリアを殺したことがそんなに辛かったのですか??でも…何故それで滅亡になるのでしょうか…」
「――長くなりますが、私の話を聞いてくれますか?」
「…はい。」
女神は悲痛な表情を浮かべたままセシリアの同意を得てこの世界の始まりから話始めた。
「――まだこの大陸に人が誕生する前、私は自分の持つ愛の力をこの世界に満たしたいと考えていました。
自分ともう一人の神であるグリムディアと同じ形をした【人】を2人生み出し、加護を与え生きるすべを与えました。彼らが生き続けられるように様々な植物を増殖させ、生物を増やし、何もなかった大陸には生命が満ち始めました。
私はこのかけがえのない世界を愛し、2人を愛しました。成長を遂げ、2人は愛し合い子孫を作り次第に村ができ、町ができ、国が生まれ、このローランド王国を中心に周りにも幾つもの国が誕生していきました。
この大地は私の子供そのもの。しかし、片割れである神であったグリムディアはそんな私を許しませんでした。
グリムディアは私の愛だけを望み、私の全ての愛を自分に求めました。
しかし、私はこの世界をグリムディアと同じくらい愛してしまったのです。
そんな私をグリムディアは許しませんでした。怒り狂い、尊いグリムディアの力は闇に染まり神の力が変化して魔神となってしまいました。
その力を以って天変地異をこの世界に引き起こし、生命を全て奪いつくそうとしたのです。
しかし、私の愛した子供たちは必至に自分の愛する者たちを守ろうと抗いました。
その愛はとても大きく尊く、私の力と呼応したことで私は彼らに力を与えることができたのです。
その子供たちの中に、私の加護を多く受け継いだ者たちがいました。
―――それがローランド王国の王族の者たちです。
特に直系の王子や王女たちには私の力だけでなく、親和力が強かった為対話することもできたのです。私の【愛の力】(聖魔力)を得ることができた者たちは、人々を平和へと導くために【愛の力】(聖魔力)を以ってグリムディアの【負の愛の力】(闇魔力)の力を遠ざけようとしました。
その戦いは約千年程前からずっと続いています。これまでは、私の力を溜めることができる魔法石をうまく利用して魔神を封印し平和をお取り戻してきました。
本当ならば魔神となってしまったグリムディアを消滅させるべきでした…。
それでも、魔神となった片割れであるグリムディアを、この世界と同じように愛していたのです。消滅させることなんてできず、子供たちには魔神を消滅させるだけの力を与えませんでした。
そのことで魔神はすでに今回で3回目の復活を遂げようとしています。
今までは何とか抑え込んでいましたが、封印を繰り返すごとに私への執着は増していき、魔神の闇魔力も増しているのです。
力が戻ってくると封印され本体が実体化しないにも拘わらず、闇魔力は暴走し魔獣を生み出すようになっていました。
もう魔神を消滅させることも覚悟しなければこの大陸は滅亡してしまうと私は感じ、3回目にして他の世界から私の聖魔力を多く扱うことができる器を持った少女を召喚させたのです。」
「――消滅?…封印ではなくですか?…でも…実際は封印したんですよね?」
「その通りです…これは私の想定外でしたが、あの子(王太子)はセシリアを愛していました。…心から…」
「…え?愛していた???…セシリアを??」
突然信じられない言葉が女神から紡がれたことで、今までとんでもないスケールの話を聞かされていたというのに頭が真っ白になってしまう。
「そうです。あの子(王太子)はセシリアを愛していました。どの転生したセシリアに対しても、しっかりと愛を芽生えさせ、それぞれにひたむきな愛を向けていたのです。」
「――…でも聖女にばかり優しくしていたし…愛しているような描写は…」
「確かに表向きはあの子(王太子)は皆の前では平等に接し、時にセシリアに苦言も呈してはいましたが、妻に娶るのはセシリアしかいないと心に決めていたのです。
それは悲しいほどに何度セシリアを転生させても変わりませんでした。
――そして悲劇は起こったのです…
あの子(王太子)はセシリアを自分の手で殺めてしまったことで、自身を責めて壊れてしまったのです。ただひたすらにセシリアを殺めてしまったことに苦しみ愛否定し…私の加護を失いました…」
「―――加護を失う?!!そんなことあるのですか?!」
「あります。今までは私の聖魔力と加護によって魔神に魅入られることはありませんでした。しかし弱り切ったあの子(王太子)は愛を否定したのです…
【否定】それは自分が与えられた加護、聖魔力を拒絶する行為でした。結果…グリムディアに器として利用されてしまったのです。」
「な?!…ハリーが魔神に憑依されたのですか?!」
「…そうです。よってローランド王国が滅びるだけでなく、この世界までが滅亡の危機にさらされ、私はこの世界を救うために3度目の魔神との戦いを何度もやり直しているのです…」
「…そんな…でも聖女は?聖女がいたではないですか!ハリーを支えなかったのですか?!」
「聖女ですか…あの子(聖女)も元々優しい子ではありましたが、心が弱い子供でしたから…王太子に愛されない日々で自分の存在価値を見失い…魔神封印後に自分を否定し続けて力を失ってしまいました…」
セシリアには想像すらしなかった結末に、驚愕して固まることしかできなくなっていた。
きっと結末は、自分の想像した小説のようにハッピーエンドで終わるものかと思っていたのだ。それなのに結末はとんでもないバッドエンドだった。
セシリアが魔人となったことでそんな悲劇になるなんて…まさかそこまでハリアスの想いがセシリアに向いていただなんて想像もできなかった。
「…それなら…今憑依されそうになっている私に…できることなんて…」
「そんなことはありません。
――私はこれまであの子(王太子)が愛したセシリアに似た魂を幾度となく転生させました。…しかしもう私にはもう一度やり直しをする力は残っていません。」
「残っていない?…まさか魔人が言っていた女神様の力が弱まっているというのは、やり直しを繰り返してきたから…ということですか?」
「…その通りです。すでに魔人も気づいているのでしょう。私は貴方を転生させるときにこのことを伝えるつもりでした。…しかしすでに力は足りず、私は貴女を転生させた直後から眠りについてしまっていたのです。」
「それならどうして今…」
女神はセシリアの言葉に微笑み胸元のネックレスを指さした。
「あの子(王太子)の渡したその石の力のおかげです。貴女への愛が詰まった聖魔力と貴女の叫びが私を目覚めさせたのです。」
「――このネックレスが?」
「あの子(王太子)は相当貴女の事を愛しているのでしょうね。少しではありましたが、私を目覚めさせるだけの力を戻してくれました。愛の力は私の源。
私は貴女を選んで正解だったようです。」
「何故そう思えるのですか?…私は今までのセシリアとは違うのですよね?」
「違いますね。貴女は自分で自分の歩く道を決める強さを持っている。セシリアのように、表面の事に囚われず、あの子(王太子)と共に歩めるだけの意思の強さがある。」
「――そんな…私は自分がやりたいようにやってきただけで…王太子妃になろうだなんて思って生きてきませんでした…むしろ婚約解消すら望んでいたのに…」
「でも愛してくれたでしょう?
私は確かにあの子(王太子)の聖魔力で目が覚めましたが、その時にあなたのあの子への愛もしっかりと感じましたよ。
今の私には、力などほとんど残っていません。なんの役にも立てないでしょう。
それでも貴方達であればきっとのり超えられるはずです。消滅できなくても構いません。封印でも良いのです。この世界を諦めず、貴方達が生き残って皆を導いて欲しいのです。
魔人の力は強大ですが、信じる力、愛する力はきっと闇魔力にも負けないはずです。
もう貴女にしか託せないこの世界を、どうかあの子(王太子)と共に救ってください。」
微笑み告げる女神の姿は次第に透けていく。まるで霞がかったようにあたりが白む。
「え?!…女神様?!」
消えゆく女神を必死に呼び止めようと手を伸ばすが、女神の身体に手が届く前に姿は消えてしまった。
―――ザンっっ!!!
突然霞がかった空間に突然斜めにまっすぐ亀裂が入った直後その裂け目はぐわっと広がってゆく。
亀裂の先には見覚えのある景色が…そして見知った人々の姿が映るのだった。
「―――リアっっ!!!」




