25…再接触
朝食後本当であればすぐにでも出発するべきだったのかもしれない。しかし、国の中心人物の誰かが魔神の下僕かもしれない現状で、そう簡単に動き出すこともできない。
4人はランチを食べてから王都に戻ることにして、それまでは各々自由時間とした。
「リア、部屋で話してもよいかい?」
「――勿論です。」
食堂から戻る際ハリアスは歩くセシリアの横へやってくると微笑みながら言う。
部屋のソファに腰かけようとすると、ハリアスはポンポンと膝を叩いて座る場所を指定する。
「――え?」
「ここに座って♡離れたくない。」
ぎゅっと腕を掴まれ腰かけたハリアスに、当たり前のように上目遣いで促され見つめられると断りづらい…
仕方なくおずおずと膝の上に腰かけると、ぎゅっと隙間がなくなるように後ろから抱きしめられ、甘えられてドキドキと鼓動が早くなっていく。
「…ごめんね。嫌な仕事を押し付けて…」
(――??)
黙ったまま抱きしめていた力を少しだけ緩め、謝罪を口にする声音は少し苦し気で憂いも帯びていた。
「どうしたんですか?」
「…リアが一番きついだろう?…自分の父親を疑って見張らないとならないのだから…」
(―――そのことね…)
恐らく彼は、今回私の父親であるバトネ公爵を一番に疑っているのだろう。
公爵は魔神と対話ができるし、今回の選抜隊の把握も一番最初に知ることができた。その直後の魔獣襲撃であったのだから疑われても仕方ないかもしれない。
18歳以降に行う予定だったセシリアの【守り人】の継承を勝手に行ったのも公爵の一存だった。
セシリアのいる場所に幾度も魔獣が出現していることも考えるとどうしても魔神の下僕と疑わざる負えない。
私の大切な家族だからこそ王太子は心を砕いている。朝食前にも先に話してくれたし、今も傍にいてくれるのはその為だろう。
「――すごく心配なんだ。影はつけているけれど…もしリアに何かあったら私はきっとおかしくなってしまう。」
「ハリー…」
私を気遣う声音は悲痛さを秘めていて、そっと包み込んでくれる彼の胸の暖かさが心を落ち着かせてくれる。
「ありがとう。もしお父様が下僕になっていたとしても私は向き合うわ。それにまだ下僕になったとは決まっていないのだから、しっかり私が傍で判断するから。」
「あぁ、私はリアを信じているよ。魔神に負けたりしない。
私も今年からリュシードとアイ嬢と共に石碑の定期調査に参加するから。――必ずリアを守ってみせる。」
「――私も信じてる。」
見つめある2人の距離は近づき、啄むような口づけを繰り返した後も時間いっぱいまで抱きしめ合い、心が温かくなるのを2人は感じ合ったのだった。
***
結局チェオリア湖の魔獣は、何故現れたのかは突き止めることはできなかったが、新たに選抜隊も石碑の定期調査隊に加わることが王命で下された。
――そして今はその石碑の定期調査の真っ最中である。
昨年の魔獣増加の報告よりも今年は更に数が増えており、更にチェオリア湖の時と同じように多頭での出現が増えていた。
調査隊だけでは手が回らなくなっており、王国第2騎士団も加勢している。
魔獣が多頭出現だけでも厳しい状況なのに、更に高ランクの魔獣出現が加速していることから、魔神の復活が迫っているのではないかと、すでに調査隊の中では不安の声が上がっている。
恐らく皆これからの事を案じているのだろう。
これでもし私が憑依されるかもしれない事をしってしまったら、セシリアが魔獣に憑依されないよう塔に幽閉されるだろう。
今は私も封印魔法を使う術者として必要だからこそ選抜隊としても守り人としても戦いに参加できている。
(――もしバレてしまったらどうなるのだろう…)
まるで調査隊の者たちの不安に煽られたかのように、セシリアの中に不安が渦を巻いていく。鼓動がどくどくと嫌な音を立てているように感じる。
「―――なんだ?もう私に器をささげたくなったのか?」
突然あたりが暗転し、今まで傍にいたはずの調査隊の仲間たちや、ハリアスたちの姿まで消えている。そして真っ暗闇の中から現れたのは美しい女性とも男性とも言えない不思議な魅力を持った者だった。
美しいにもかかわらずそれは神々しいようなものではなく、禍々しい雰囲気を醸し出している。髪の毛は漆黒の闇のように暗闇に溶け込みそうなのに、その者の纏う禍々しいオーラで長く美しい髪の毛だとわかる。瞳は鮮血のような真紅、体には明らかに高級な薄布を纏っていて女か男かはわからないが惹きつける魅力を感じる。瞳は切れ長ではあるがまつ毛は非常に長く可愛らしいというよりも圧倒的な美女感がすごい。
人間であれば感嘆してしまうところだろう。しかし、セシリアには目の前にいる者が人間ではないと感じ取っていた…。
「魔神…ですね?」
「――ほぅ?我の身体も見えるようになったのか?…ということはお前が我に近づいたのか、それとも我の力が復活しつつあるのか…どちらであろうのう?」
にやりと口角をあげる姿ははっとするほどの美しさなのにも拘わらずぞっとして思わず後ずされたくなるオーラを発している。
「――そんなこと私は知りません!」
昨年対話した時よりも更に強くなった魔神の魔力は、セシリアを侵食しようと纏わりつくように周りを覆っている。
きっと少しでも気が緩めば絡めとられるに違いない。
「あなたは下僕まで使ってどうしようというのですか!」
「――下僕?…はて何のことを言っておる?」
「貴方が人間を下僕にして私へ魔獣を襲わせているのでしょう!」
魔神は顎に指をあてて何のことかわからないようで逡巡しているよう。
「…我が下僕にお前を襲わせるだと?
ふふふ…それは勝手な憶測というものよ。我は下僕になれなど命令はせぬ。勝手に我のところへ来て我の魔力にあてられただけであろう。」
「あてられただけ?!」
「そうだ。心が我に近ければ近いものは我のそばによれば勝手に感化されそして魔力を吸収したのであろう。その者には自分だけのものにしたい何かがあるのであろうな。ははは…我の魔力を吸収できるような人間がお前以外にいるのだとしたらそれなりに魔力を持っているのであろうな。」
「…勝手に感化されただけ…まさか…今までのセシリアも勝手に器を差し出した…というのは…」
「おや気づいたか?そうだ。抗うことなどなく勝手に我魔力にあてられて器をあけ渡したのだ。お前も我に差し出しに来たのではないのか?」
愉快そうに笑う魔神に嫌悪感しか感じられない。
「――勝手なことを言わないで!!私は差し出したりしないわ!!」
「そうなのか?なら足掻いてみよ。まだ期は熟してはおらぬ。ここから出られるのであれば勝手にするが良い。しかし我の魔力は高まっておるからな、ここからお前が出ること自体もう叶わぬと思うぞ?ふふふふふ…疲れ果てて我に器を差し出したくなるまで存分に抗うがよいわ!」
あざ笑うかのように高らかに笑う魔神はすうっといつの間にか闇の中に消えていった。
「…ここから…戻れないですって?!」
あたりを見回してもすべて真っ暗闇が続いていて何も見えない。何も感じない。何も聞こえない。
魔神の声が聞こえなくなっただけで急激に心細くなってしまう。
(…この空間から出なきゃならないのに…)
下手に魔力の消費はできないと察したセシリアは、暗闇の中を走り回る。ほんの少しでも誰かの魔力を感じ取れないか探してみても何も感じられない。
(――怖い――寂しい――逃げ出したい…)
弱い自分が顔を出し、体の中を暗い感情が這い回り増殖しているようにすら感じる。
必死で走って出口を探しているはずなのにどんどん体が重くなって自分が走っているのか藻掻いているのかわからない。
「――…いや…ハリー…みんな…」
辛くて苦しくてたまらず胸元のネックレスを握りしめた瞬間
ぱぁぁぁぁ――――――
あたりが急に眩しくなり目の前には誰かが佇んでいた。




