18…やっと ハリアスside
―――あぁ、やっと手に入れた。私の可愛いリア。
熱に翻弄されて、もっと欲しいと強請るような瞳を向けるセシリアに、ハリアスは叫びたくなるほど歓喜していた。
***
私とセシリアは政略結婚のための婚約者として10歳の時に王宮で出会った。
10歳であってもすでに周りから一目置かれていた私は、異性には特に色目を使われることが多かった。
子供である自分に、情欲を孕んだ色目を向けるなど汚らわしいとしか思えず、当たり障りのない微笑みでかわし続けた。
当然婚約した令嬢も色目を使ってくると思っていたのに、拍子抜けするほどにセシリアは私には興味を持っていなかった。
…いや…持ってはいたが、人形を見て「素敵!」という程度の好意しか感じられなかったのだ。
「ねぇ!!殿下はなんでそんなにきれいな魔力を持っているんですか?」
初めて2人きりになって発せられた彼女の言葉は、私の魔力についてだった。
どうやら魔力センスのある子どもは、時として魔力がオーラのように色として見える者もいるらしい。
まさにセシリアはその見える者だった。
「…私には見えないからわからない。」
「そうなんだ?可哀そう…すっごくきれいな色しているのに見えないんだね!」
(――同情?!…私は今可哀そうと言われたのか??!)
初めての言葉を投げかけられて、プライドを傷つけられショックで固まってしまったハリアスを、セシリアは【見えない事】にショックを受けたのだと勘違いしたらしく、よしよしと頭を撫でてくる。
「殿下、大丈夫ですよ。
見えなくても死なないから♪」
屈託のない微笑みが眩しくもあり憎らしくもあった。
そして私は小さな少女相手に【負けたくない】と思ってしまったのだった。
――それからの私たちは何にしても競うようになっていた。
勉強・運動・魔法…どんなことでも一緒にいるときは競争していた。それが思いのほか楽しくて、心地よかった。
すべてただ学ぶだけであった感覚が、学ぶ楽しみに変わっていた。
やればやった分の結果が出て、セシリアに勝つと嬉しかった。
――でもなぜだろう。
学園に入学してから物足りなさを感じた。
私は公務を任されるようになり、自分のやるべきことに追われていた為、月に1度のお茶会でセシリアと会っていても以前のような距離感で話しをすることは叶わなくなっていた。
――淑女教育の一環なのだろう。
異性との距離感も淑女として求められる品性の1つだからだ。
私が好きだったセシリアは、距離感なんて感じずに負けん気が強くて体当たりして挑んでくる少女だった。
その彼女にもう会えないのかと思うと、ぽっかりと心の中に穴が開いたようにも感じられた。
――しかし転機は訪れた。
女神の使いが降臨すると教会から連絡が入り、神殿へ向かうと祭壇の上には見たこともない光の渦が巻いていた。
最初は冗談かと疑っていたが、目の当たりにして本当に聖者?聖女?がこの地にやってくるのだと実感が沸き、高揚感に満たされる。
しかし、たとえ聖女であったとしても、自分は深く関わりたいとは思っていなかった。
節度ある交流に留め、後はセシリアとともに聖者?聖女?をサポートできたら良いと思ったからだ。
――ただでさえ距離感を感じているセシリアに、たとえ神の使いであろうと異性問題で誤解されるなんて絶対御免だった。
予めリュシードにそばに控えさせて、私が挨拶した後のサポートは丸投げする指示までだした。
――これで問題ないはずだ。
神殿内を光が包み込みそこから現れたのは聖女だった。
私は想定していた通り、聖女をリュシードに任せようとしていたその前に、まさかの出来事が起こってしまった。
――きゃぁぁぁぁぁああ!!
「大変だ!セシリア嬢が倒れたぞ!!」
(―――なんだと?!!)
「セシリア!!」
自分の体は考えるより早く駆け出していた。
冷たい石造りの床に横たわっていたセシリアを抱き起すバトネ公爵に近づき跪くと、セシリアの力の入らない小さな手をぎゅっと握りしめていた。
「バトネ公爵…一体セシリアに何があったのですか…」
「…私にもわかりません。突然倒れてしまったものですから…一度侍医に見せるしかないかと。」
「…わかりました。私はここから離れることができませんが、状況が分かり次第教えていただけないだろうか?」
「承知いたしました。娘がお騒がせして申し訳ございません。」
「――いや…セシリアの命の方が大事だ。…気にしないでほしい。」
「―ありがとうございます…」
名残惜しむようにセシリアの手を離すと、私は気持ちを切り替え聖女の元に戻った。
一体セシリアに何があったのか?
聖女が降臨したことと関係があったのだろうか?
考えても答えなどでないのに、彼女が目覚めるまでの3日は気が気ではなかった。
こんなことなら自分と一緒に居る時くらい、今までの距離感で楽しもうと素直に言えばよかった。
忙しくてももっと会いに行けばよかった。
こうすればよかった。ああすればよかったと後悔ばかりだ。
「――殿下、大丈夫ですか?」
聖女を送り届けたあと報告にくるリュシードを、自分が無意識で部屋に招き入れたことさえ気づかず、うっかり怪訝な目を向けてしまっても、リュシードの態度は変わらなかった。
「…すまない…セシリアがまだ目覚めなくてな…」
「――御傍にいかれたらよいのでは?」
「…そうしたいが…セシリアは仕事を放って会いに行っても後で怒りそうだからな…」
「あ――…確かに。真面目な方ですからね。」
「あぁ、彼女のような完璧な令嬢は他にはいないだろう」
「それじゃいつ会いに行かれるんです?」
「目覚めたらすぐにだ!」
自分の中ではもういつ目覚めても行けるように仕事はいつもより早めにおわらせている。
見舞いの花束だけは連日贈っているが、明日で3日経とうとしている。
――目覚めないなんてことは…ないよな?
毎日不安でなかなか寝付けない。
しかし、翌日の夕刻【セシリアが目覚めた】と連絡が入った。
すぐに訪問する旨を記した手紙をバトネ家の侍従に渡すと、リュシードに聖女へ明日バトネ家へ訪問する旨を伝えるよう指示を出し、終わらせることのできる仕事を片っ端から必死で片付けるのだった。
バトネ公爵の邸へ着くと、セシリアの部屋ではなく別の部屋に案内された。
当たり前だが聖女は自分の向かいに座らせて、いつセシリアが訪れても問題ないように静かに待った。
セシリアが入室するとすぐに招き入れ、すかさず自分の横に腰かけさせたが、3日ぶりの彼女は元気そうでホッとした。
しかしすべてが愛おしく感じられて、少しでも離れたくなかった。
…それなのにセシリアは驚いたような表情でこちらを見てくる。
――戸惑っているのが可愛い!
紹介してほしいとセシリアに頼まれて、アイ嬢を紹介したが…何故だろう?
会話の距離感が異様に近いように感じる…
初対面でいくら同性であっても、こんなに砕けた話をするものだろうか??
胸の中をもやもやしたものが漂っていて、今すぐセシリアだけを自分の部屋に閉じ込めたくて仕方ない。
「二人は初めて会ったとは思えない程打ち解けるのが早いね!なんだか妬いてしまうな」
思わず思っていたことを口に出してしまった。
自分はいつからこんなにセシリアに執着していたのだろう?
彼女が他の人間と仲良く話しているのが堪らなく嫌だ…
――今までのような距離感でなんていられない!!
ハリアスはこの日からセシリアへの距離感を考慮しなくなった。
――特にアイとはべったりくっついて話している姿が見ていられない。…友人でも関係ない。
――婚約者である私よりくっつくなんて絶対許されない!
奪われたくない一心で、数か月に1度行っていた城下町の視察を口実に、セシリアをデートに誘うことに成功した。
――最初は順調だった。
馬車の中でじっと私を見つめるセシリアは、明らかに見惚れてくれているように感じたからだ。
「もしかして・・セシリアは私のことが好きになってくれたのかな?」
指摘しても否定しないから、本気で好きになってくれたのではないかと思ってしまった。
しかし、彼女からの返事は「愛を望みません!」「友愛」というとんでもない言葉の数々だった。
「・・・そうか・・・それは・・・困るね・・・」
――このままではまずい。
今は婚約者だからいずれ結婚は確約されてはいても、セシリアは有能な魔法使いだ。嫁ぎ先など山ほど見つかるだろう…
――解消なんてされたら私は死んでしまう!!
ハリアスはセシリアと近しい関係を築くためにニックネームで呼び合うことを求めた。
【リア】と呼ぶことを許されたが、他の誰にも呼ばせたことがないという事実に堪らなく嬉しかった。
デートは楽しすぎて時間を忘れるほどだったが、そんな時に何故か魔獣の邪魔が入った。
――何故王都ど真ん中の公園に?!
どう考えてもありえないが考えている余裕はなかった。
人々の避難を終わらせるために、魔法で駆けまわり護衛にも指示を出して避難させた。
セシリアに魔法で魔獣に耐えてもらっていたはずが、駆け付けた時には跡形もなく魔獣は消えていた。
初めて魔獣との対峙だったのにも拘わらず、魔法を使う場面を見る暇もなく終わらせるほど、彼女はあっという間に魔獣を消滅させたのだ。
とんでもない実力の優秀な魔法使いであったとハリアスは初めて知ったのだった。
…セシリアの代わりはいない。
たった一日で理解できた。
――何があっても手放せない。自分のためにも王国のためにも…だ。
学園が長期休暇に入り、セシリアは魔神グリムディアの石碑の定期調査のため自領へ戻ってしまった…
少なくとも1週間以上は会えないと覚悟はしていたが、定期調査中にバトネ公爵から書信が届き、セシリアが指定した者に協力を仰ぎたいから場所を提供してほしいと記されていた。
すぐにバトネ家の侍従に返信を渡したが、セシリアからの協力のための話は身も凍るようなとんでもない内容だった…。
「――実は近い将来、私の体に憑依すると魔神グリムディアに宣言されました。」
――冷静でなんていられるわけがなかった。
セシリアの体が魔神に憑依されればどうなるかなど皆知っている。
――【魔人】になるのだ。
きっと人間には戻れないだろう…そうなったら私は彼女を自分で手にかけなければならなくなる。
その想像をしただけで吐きそうだった。
きっと話している本人が一番辛かったはずなのに…
しかし私の聖魔法が封印に役立つと言われて思い出した。
…確かに魔神を封印したのは王族だったと。
自分がどれだけ役に立てるかわからないが、セシリアを守るためならば何でもやれると思えた。
それから選抜隊を結成し、報告会では反発する大神官を丸め込み、聖魔法の特訓に励んだ。
使い方のコツがわかればなんてことはなく、今までセシリアとともに競い合って学んできた結果がすべて身を結んでいた。
アイも本気で聖魔法の習得に取り掛かっていたので、2人で力を合わせれば王宮を包み込むくらいの聖魔法の魔力の塊を展開できるようになった。
ただそれがどこまで魔神に通用するかは、魔獣で試すしかなさそうだが…
力をコントロールできるようにもなってきたので、セシリアの誕生日に王家の秘宝の1つでもある魔法石を使って、自分の入れられるだけの聖魔法を付与してネックレスにしてセシリアにプレゼントした。
小さい魔法石だが、かなりの聖魔力を込めたからすぐに位置がわかるし、きっと魔神から何かしら守ってくれるはずだ。
そんなネックレスを2人っきりでいる目の前で指でなぞられたらゾクゾクするに決まってる。
思わず触ってしまうほどネックレスを気に入ってくれるなんていじらしくも可愛らしい。オロオロしているセシリアがあんまりにも愛おしくて、思わず隣に座ってしまった。
それなのに他人行儀な呼び方をするなんて…
まだ好きだと告げる前に唇を奪ってしまったが、予想以上に物欲しそうに見つめるセシリアが、もう以前の【友愛】を語っていた彼女ではないということを証明していた。
――あぁ…今日から合宿なのに…命がけの訓練なのに…愛を確認しあいたい…君は許してくれるだろうか…
ハリアスを見つめ返すのぼせ上ったセシリアを見つめながら、これからどうしようかと微笑みながら舌なめずりをして逡巡するのだった。