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おとどけマーケットのひみつ

作者: 上山藤緒

「お疲れさま」

職場の人に声をかけて、OLのみさ子さんは会社をあとにしました。


今日は仕事で遅くなってしまい、最終の電車に乗って帰ることになりました。

「食べるものがないなあ。」

家に帰っても冷蔵庫になにもないことに気づいたみさ子さんは、近所のスーパーに寄ることにしました。

駅から歩いて5分くらいで、みさ子さんのマンションにほど近いその店は、深夜1時まで開いているのを知っていたのです。けれどもそんなに遅い時間に行ったことは、今まで一度もありませんでした。

スーパーの近くまで来ると、まぶしいくらいの明るさがみさ子さんを迎えてくれました。ふと上を見ると「おとどけマーケット」という看板が目につきました。

「あれ?こんな名前だったっけ?」

みさ子さんは首をかしげ、まぶしさに目を細めながらも店内に入りました。

「いらっしゃいませ。」

どこからかいっせいに、元気よくいくつもの声がかがりました。

「こんな遅い時間なのに、ずいぶんやる気がある店ね。」

みさ子さんは心の中で思いながら、お弁当の他にもいくつか品物を見て回ることにしました。

すると店内では『春の新潟物産展』のコーナーが設けられていました。

「まあ、懐かしい。」

みさ子さんは新潟県の生まれで、高校生の時にこの横浜に出て来たのでした。

「しばらく帰ってないからなあ。」

そこで笹だんごや地酒とかを手に取って、

しばらく眺めました。

しかしカゴには入れず、野菜売り場に向かったのです。

そこでは「タネタネフェア」なるものをやっていました。よく見ると、ひまわりのタネやかぼちゃのタネといった、動物がよく食べるようなものが、仕切られたワゴンの中で山盛りになっていたのです。

「こんなの買う人いるのかな?」

みさ子さんは手に取ってみましたが、やはりペットショップとかでよく売ってるような動物のエサみたいでした。

そのあと玉子や牛乳といった必要なものをカゴに入れて、レジに向かったのです。

「サルがいる!」

4台くらいあるレジの前には台があり、1匹ずつサルが乗っかって客を待っていたのです。サルたちはみさ子さんを見ると、声を合わせて店に入るときに聞こえたのと同じように元気よく「いらっしゃいませ。」と叫びました。

みさ子さんはその場に立ち止まりましたが、時間も遅いし買って帰りたいので、こわごわカゴを持ってレジに近づきました。

サルはあたりまえの顔でカゴを受け取ると、慣れた手付きで一つ一つバーコードを通していき、

「1260円です。」

と言ってみさ子さんがお金を出すのを待ちました。

みさ子さんはあわてて財布から出すと、サルの小さな両手のひらにこぼれないように置きました。

みさ子さんはなんだかわけがわからないまま台でエコバッグに入れて、何気なくレシートを見ると「レジ担当もん吉」と書いてありました。

「やっぱりサルよね。」とレジを振り返ると、サルは平然と次の客が来るのを待っていました。

「なんなんだろう、この店。」

みさ子さんはとにかく急いで店を出て、すたすたとマンションの自分の部屋へと帰りました。そしてお弁当を食べると、疲れてあまり考えることもせずにベッドにもぐり込んだのでした。

その時みさ子さんのバックの中でカサっとなにかが音を立てましたが、みさ子さんはもう夢の中で気がつかなかったのです。

あくる朝みさ子さんは少し寝坊して、あたふたと支度するとすぐにまた仕事へと出かけました。

なにか忘れているような気もしましたが、思い出せずに通勤電車に乗ったのです。

実はみさ子さんが忘れていたのは、お母さんからの手紙でした。昨日出かけるときに郵便受けに入っていたのを、よく見もしないでバックに突っ込んだままだったのです。それはまだ封も切らない状態で入っているのでした。

「みさ子君、今日も少し残業してくれるかな?」

上司の言葉には逆らえず、しぶしぶまた遅くまで残って仕事をすることになりました。

「はあ。」

みさ子さんはようやく残業を終えると、

家に帰ることにしました。

「あっ、今日も食べるのないや。昨日買っておけばよかった。」

そうつぶやくと、ふいに昨日のスーパーでのできごとを思い出したのです。

「サルがレジを打ってたっけ?でも夢だったかな?なんとかマーケットとかって書いてあったわね。」

みさ子さんは買い物もあるし、昨日見たことを確かめようとこわいもの見たさであのスーパーへ向かうことにしました。

ドキドキしながら歩いていくと、前方にまばゆいほどのあの店の明かりが見えてきました。

「あ、そうだ。『おとどけマーケット』だ。なんかおかしな名前だとは思ったのよね。」

みさ子さんは声に出して言ってから、それでも迷わず入りました。そして立ち止まって店内を見渡すと、いくつか変わった光景が目についたのです。

まずレジにはあの4匹のサルが座っていて、お客さまカウンターにはネコ、買い物カートのかたづけはイヌ、商品を台車で押すのと、魚の加工のコーナーではなんと大きなクマがいました。

「まるでサーカスじゃない?どうなってるのここ。店長はこのぶんじゃゴリラかなんかね。まあいいわ。とにかく買うだけ買って出るから。こっちはお客なんだからあのクマだって襲ってはこないでしょ。」

みさ子さんは店内を回り、食パンやチーズといったものをカゴに入れました。そして今日もやっている新潟の物産展の横を通り、あの『タネタネフェア』のワゴンにちらっと目をやりました。すると今日はだいぶタネが減っていて、よく見ると何匹かのハムスターやリスたちが、自分のほお袋にため込んでいたのです。

「あれじゃどろぼうじゃない!」

みさ子さんがなおも見ていると、ほお袋がいっぱいになったハムスターやリスたちは、

いっせいにレジへと走り出しました。そして次々にカウンターによじ登ると、並んでそれぞれ小さなトレイの中にタネを出して、レジ係のサルに数えてもらっていました。

「なるほどね。」

みさ子さんは妙に感心して別のレジに向かい、お金を払ってレシートを受け取りました。そこには昨日とは別の、「もん次郎」という名前が担当者として書かれていました。

カゴを受け取りエコバッグをバックの中から出すと、封筒がカサっと床に落ちました。拾ってみると、それはいなかの母親からの手紙でした。

「あっ、これ昨日来てたんだわ。お母さんからだったんだ。」

その一言でなんとなく店内が静まり返り、動物たちがみさ子さんを見ていることにも気づかず片手に手紙を持ったまま店を出ました。

するとその瞬間「届いたぞ!」と動物たちが口々に叫び、拍手するものやジャンプして喜ぶものまでいて店は大騒ぎになりました。そしてまたたく間にスーパーの電気は消え、ひっそりとしたのです。

みさ子さんは自宅の台所のテーブルに買い物袋を置き、「今どき手紙とはねえ。」とひとり言を言いながらイスに座って封を開きました。

すると見慣れたお母さんの字が目に飛び込んできて、中身はふるさと新潟のなつかしい話であふれていました。

「時間ができたら一度帰っておいで。笹だんごふかして待ってるよ。あんたの好きなかきのタネも買ってあるしね。」

みさ子さんはここまで読んで、「あれっ?」と思いました。

「あの店、新潟の物産展やってたっけ。『タネタネフェア』?なんか私に縁があるものばかりじゃない。」

みさ子さんはどうしても気になって、もう一度スーパーに行ってみました。

「あれ?違う。あの店じゃないわ。」

あの看板はどこにもなくて、営業時間が終えシャッターが閉まったスーパーは、まったく違う店に見えたのです。

その時従業員出入口から出て来たらしい中年の男性と目が合いました。

「あのここ、『おとどけマーケット』じゃないですか?」

「はっ?『おとどけ』?いやうちはスーパーみよし屋ですよ。」

男性は不思議そうに言うと頭をさげて行ってしまいました。

「『おとどけ』じゃない?『おとどけ』、『お届け』?手紙?、手紙のことだ!それを届けるため?じゃあ、私のためだったのね。」

ようやくみさ子さんは気がつきました。

「ありがとうって言えばよかった。スーパー開いてくれてありがとうって。」

シャッターの前でそう言って立ちつくしたみさ子さんでしたが、それを暗がりで、

あのレジ係のもん吉が聞いていたのです。

そしてもちろん仲間たちのもとへ走って知らせたのは言うまでもありません。

それから一週間後、お休みをとったみさ子さんは荷物を詰めて部屋を出ました。

『おとどけマーケット』に背中を押されて、ふるさと新潟でしばらくのんびり過ごすことにしたのです。

みさ子さんの心は夏の青空みたいに晴れ渡っていました。

あの動物たちはきっと今度は、ふるさとの山でみさ子さんを迎えてくれることでしょう。


おわり




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