@期待されないモブ王女がいつの間にか主役に
神の悪戯であろうか。
確率の偏りとはしようのないもので。
セルティア王国では第一王子ニコラスが生まれた後、王の子として生まれたのは七人連続で王女だった。
ニコラスが頑健とは言えぬ体質だったから、一刻も早く第二王子が望まれていたにも拘らずだ。
セルティアでは男児にしか王位継承権がない。
第三側妃から八人目の王女が誕生した際に、『また女か……』と落胆の声が漏れたのは、これまた仕方のないことだった。
その二日後、第二側妃から待望の男児が生まれた。
第二王子の誕生に王都はお祭り騒ぎとなった。
フーリンと名付けられると、セルティア王国に安定と繁栄をもたらす名であると、その日の内に王都市民に知れ渡った。
二日前に生まれた王女の名がリマイダであることは、父親の国王ですらしばらく知らなかったくらいだ。
全く存在感がなかった。
しかしリマイダはとても賢かった。
未だ小児の年齢に過ぎぬ内、リマイダはこう考えた。
王子は貴重だが王女は多いです。
多産の家系ということだけで側妃となった母様の身分が高いわけではないですから、わたしは王女の中でも政略的価値が低いと思われます。
というかわたしはどうでもいい存在なんじゃないですかね?
父である国王陛下と話したことすら数度しかないくらいですし。
わたしの立場は推して知るべし。
男児を生めという有言無言の圧力に押し潰されそうだった母様が、女児の自分を大事にしてくれるはずはありません。
二歳年下の同母弟、第三王子サイモンを慈しむのは当たり前なのです。
王位継承権のある大事な男児なのですから。
よってわたしは両親の愛を期待してはいけません。
しかしわたしは愛を知らないわけではないです。
ねえたまねえたまとニコニコしながら寄ってくる弟サイモンは、可愛くて仕方がありません。
サイモンといる時だけは母様もわたしを気にかけてくれます。
それで十分ですね。
わたしはどうすべきでしょうか?
幸い名も知られていないとは言っても、一般的に王女の身分は軽くはないです。
贅沢でさえなければ、大概の望みはかなえられます。
欲しいものは……優秀な教育係ですね。
◇
――――――――――リマイダ及び第二王子フーリン一二歳時。フーリン視点。
「驚きました」
最近話題の通称『サイモン殿下のサロン』が気になる。
何が気になるって『サイモン殿下の』というところだ。
セルティア王国の王太子の座は、まあ本命はニコラス兄上だ。
唯一の正妃様の王子であるしな。
ただニコラス兄上の身体は強くない。
万一の際はオレと異母弟サイモンで王太子を争うことになる。
サイモンとしょっちゅう顔を合わせるわけではないが、ニコニコと感じのいい弟以外の印象はない。
オレの方が年長であるし、母の身分が高いのだ。
サイモンとの勝負ならば、普通に考えてオレの勝ちだと思っていた。
ところがサイモンは教育係やその知人らを集めて、自由な議論の場を設けたのだ。
王宮ではさすがにできないことだが、側妃とその子に与えられている離宮なら平民を招くことも可能。
正直よく考えたものだと思う。
素直に感心した。
……知識人や学者の間でサイモンの評判が高まると、オレの強力なライバルになり得る?
問題はサイモンが僅か一〇歳にして知的な学術サロンを主催できるほどの英才なのか? という点。
あり得ないと思う。
ならば知恵の回るブレーンがいるのだろう。
サイモンを担ごうとするやつが。
警戒しておくに越したことはない。
オレは配下の者から一人、サイモンのサロンに潜り込ませた。
そいつからの報告を聞く。
「何に驚いた?」
サイモンはやはりできるやつなのか?
あの無邪気な笑顔は仮面なのか?
「サロンを実質的に運営しているのはリマイダ王女殿下でございます」
「リマイダ?」
その名前と顔を頭の中で一致させるのに少々時間がかかった。
そうだ、サイモンの同母姉。
オレと同い年だったはず。
今まで全くノーマークのリマイダがどうした?
何ができるって言うんだ?
「リマイダ王女は大した才覚をお持ちでございます。サロンを開いて影響力を行使する目的であったわけではありません。王女が知的好奇心を満足させるために、自然とそういう形式になったと」
「オレと同い年の女がか?」
「はい。王女の教養は、年齢を考えるとちょっと信じられないほど広範にございます。かつ、主催と言うに相応しい積極性もございます」
「ふうむ、今までリマイダの名が表に出たことなどなかったのだが」
「女性でようございました」
「……それはリマイダがもし男だったら、オレより上ということか?」
「とは限りませぬ。フーリン殿下は剣術も馬術も達者でございますゆえ」
つまり頭では勝てないということか。
来年入学の王立アカデミーでは、皆にオレの優秀さを存分に見せつける予定だったのだが。
とんだ伏兵が現れたものだ。
リマイダはさておき……。
「……サイモンの印象はいかに?」
「賢く穏やかな少年ではあるのでしょう。しかしそれだけですな。存在感は圧倒的にリマイダ王女の方が上にございます」
「ふうむ? ではどうして『サイモン殿下のサロン』などと呼ばれているのだろう?」
『リマイダ王女殿下のサロン』でいいような?
「さて? リマイダ王女は自分が目立ちたくはないのか。あるいはサイモン殿下を立てようという気があるのか」
「不自然は不自然なのだな? リマイダがそう呼ばせている?」
「おそらくは」
しかしこれで決まった。
オレのライバルはサイモンではない。
サイモンを操っている可能性のあるリマイダだ。
「アカデミー入学が楽しみだ」
◇
――――――――――アカデミー入学の日。リマイダ視点。
「おい」
「はい?」
王立アカデミー入学式の後、配属されたクラスを確認して帰ろうとしたところ、異母弟フーリンに呼び止められました。
異母弟と言っても、誕生日は二日しか違わないのですが。
「同じクラスですね。よろしくお願いいたします」
「そうではなくてだな」
「はい?」
クラスは入学前の予備試験の成績によって振り分けられます。
わたしもフーリンも最優秀クラスです。
しかし何故かフーリンの目が険しいです。
王族には珍しい赤毛と鋭い眼差しですから、睨みつけられると威圧感があるのですけれども。
「予備試験でオレの成績は二位だったそうだ」
「はい、そう伺いました」
「リマイダが一位だったのだと」
「らしいですね」
「ダントツだったんじゃないか! 何故オレに新入生総代挨拶を譲った!」
ああ、わたしが総代挨拶を辞退したことが気に入らないのでしたか。
フーリンとは表面上の付き合いしかありませんでしたから、性格は知りませんでした。
意外と潔癖なんですね。
「損得の問題です」
「損得?」
「わたしには王位継承権はありません。モブ王女です」
「……王位継承権がないことだけは同意しよう」
「ならば王位継承権を持つフーリンを立てておくべきではないですか。それが我がセルティア王国のためでしょう?」
「つまり王家の求心力を高めるために、君は身を引いたと」
「わたしが出しゃばったところでメリットがありませんから」
理解しやすい理屈だと思いますけどね。
少しフーリンの表情の険が取れましたか?
「あの『サイモン殿下のサロン』も同じ理屈か?」
「サイモンの名前を前面に出していることが疑問ですか? 同じ理屈ですよ」
「サイモンを押し立ててオレに対抗する、という意味ではないんだな?」
「は?」
ああ、なるほど。
ニコラス兄様がもし亡くなるようなことがあれば、フーリンとサイモンは玉座を争う敵同士ということですか。
「サイモンは素直ないい子ですよ。皆に愛される素質がありますから、将来王になったとしても、うまくやっていけると思います」
「ふむ?」
「同時に争いは嫌いです。大貴族のナップイェイツ辺境伯家出身の生母を持つフーリンを追い落とそうなんて、冗談でも考えない子ですよ。フーリンもサイモンの気質は調べているのでしょうけれども」
「しかし策謀を巡らすことのできる姉がいるだろう?」
策謀って。
わたしのことを何だと思っているのでしょう?
わたしは世の中の様々なことを知りたいだけなのですよ。
「もしわたしがフーリン以上にサイモンの存在感を増そうと考えているなら、今日の新入生総代の挨拶をフーリンに譲るメリットはなかったですね」
だって優秀な同母姉がいると印象付けるべきですから。
フーリンに手を貸す理由がないでしょう?
でも実際に総代の挨拶をしたのは誰でした?
わたしとサイモンに玉座への野心がないからですよ。
「よくわかった。今後もよろしく頼む」
握手します。
いい笑顔ができるのではないですか。
フーリンは覇気がありますねえ。
サイモンと比べてどちらが王に向いてるかと言われれば、フーリンの方だと思いますよ。
◇
――――――――――リマイダ及びフーリンがアカデミーに入学して半年後、前期終業の日。フーリン視点。
半期が終わってわかったことがある。
無論リマイダについてだ。
あのオレより二日だけ姉である女はおかしい。
王女という身分、金髪の輝くような美貌、座学でトップを誇る成績、にも拘らず誰とでも交友しようという姿勢。
入学時に知名度が低い、本人が言う『モブ王女』であったことは確かだと思う。
が、淑女でありながら気さくなリマイダは瞬く間に人気者になった。
だけでなく、座学で並ぶものなきスコアであるのに、総合ではオレがトップなのだ。
どうしてか?
リマイダはダンスと芸術体育選択科目が壊滅的なのだ。
オレもダンスで何度足を踏まれたかわからん。
リマイダが芸術科目で絵画を選択した理由を聞いた。
とにかく描いて提出すれば単位をくれるから、だった。
『明るい未来』という課題のテーマで描かれたリマイダの絵はオレも見た。
というか、全生徒の間で評判になったのだ。
悪い意味で鳥肌の立つ代物だったから。
美術教師が『根源的恐怖』と改題し、王都の絵画コンクールに出品したところ、見事入選を勝ち取った。
しかしリマイダの絵画科目としてのスコアは最低点だった。
何故なら課題に即した絵とは到底認められなかったから。
恐るべし。
優秀で気の使える美人で、しかもポンコツ。
こんなのモテないわけがない。
どうしてリマイダほど目立つ王女が、アカデミー入学までほとんど注目されていなかったか。
不思議で仕方がない。
正直姉でさえなかったら、オレだって惚れている。
「あら、フーリン。今お帰り?」
リマイダだ。
淑女の仮面に隠れているが、喜んでいることはわかる。
「ダンスと絵画の単位を取れたことがそんなに嬉しいか?」
「わかります? やっぱり気が変わったとかで、絵画の単位をくれなかったらどうしようかと」
「……後期も芸術科目は絵画を取るのか?」
「絵画か彫塑、カリグラフィーのいずれかですね。提出しさえすれば単位はもらえるという話ですから」
「音楽系は?」
「楽器の心得はありませんし、声楽は皆に迷惑がかかってしまいます」
声楽は皆に迷惑って。
想像でき過ぎて怖い。
歩く音響兵器。
「刺繍は? 女子では一番人気だろう?」
「血だらけになってしまうのですよ。わたしには向いていなくて」
「怖い」
つくづくおかしい女だ。
「フーリンの剣術は美しいですよね」
「む? 強いでなくてか?」
「強いのは明らかではないですか」
控えめな笑顔を見せるリマイダ。
ああ、その顔は美しいな。
「女子が剣術を選択してもいいのだぞ?」
「わたしは運動音痴ですからムリです」
「相手の足を踏みまくってバランスを崩せばいいではないか」
「まあ! 後期のダンスを楽しみにしてらっしゃい。休業時間中に特訓して、わたしの進歩を見せてあげますからね」
ステップが鋭くなって、踏まれた時余計に痛い未来しか見えない。
◇
――――――――――リマイダ及びフーリンがアカデミーに入学して三年後。リマイダ視点。
大事件です。
元来身体の強くない王太子のニコラス兄様が体調を崩し、亡くなってしまいました。
御冥福をお祈りいたします。
ニコラス兄様に子供はおりませんでした。
普通ならばフーリンが新たなる王太子になるところです。
しかしここで複数の者から待ったがかかりました。
フーリンが王族の血を引いていないのではないかという疑惑です。
言われて見ればフーリンは精悍ですし運動神経もいいですし、わたし達とあまり似ていないなあとは思っていました。
どうも今までも疑惑はあったようですが、ニコラス兄様が王太子として健在ならば問題はない。
下手につついてフーリンの母である第二側妃様の実家、ナップイェイツ辺境伯家の不興を買うのはよろしくないということで、穿り返そうとする者がいなかったようです。
しかし次代の王となる身ならば当然事情は異なります。
血統をハッキリさせることは重要ですから、何人もから物言いがついたのでしょう。
ナップイェイツ辺境伯家は田舎貴族と揶揄されることはありますが、大貴族には違いありません。
また常に魔物退治に従事している関係上、精強な軍隊を持っています。
万が一反乱でも起こされたら大変なことになってしまいます。
困ったことになりましたね。
フーリンがこぼします。
「母が自供したんだ」
「何をですの?」
「オレはおそらく当時母の護衛騎士だった者の子だろうと。まあ魔道検査すればハッキリすることだが」
最近父子関係のあるなしを明らかにする魔道検査が発明されたそうです。
第二側妃様が不貞関係にあったことまでは事実ですか。
王子を生めとのプレッシャーが強かったのでしょうね。
しかし……。
「第二側妃様はともかく、フーリンは悪くないではありませんか」
「そう言ってくれるのはリマイダだけだ。最近は汚物を見るような目で見られることも多い。いささか気が滅入っている」
まあ、自信家のフーリンがこんなことを言うなんて。
よっぽど弱っているようね。
「オレは……王族の地位を捨て出奔するか、さもなくば命を絶った方がいい気がする」
「愚策ね。フーリンとしたことがどうしてしまったのかしら?」
「希代の天才王女には名案があるのか?」
「あるわ」
「頼む、教えてくれ!」
フーリンが縋ってくる。
ああ、快感ですわ。
「まず、セルティアの王になることは諦めなさい。疑惑の子が王では統治できないですから」
「それはもう。次の王はサイモンのものだ」
「第二側妃様とフーリンの扱いには、陛下や宰相閣下だって困っていると思うのよ」
「わかる。大スキャンダルだ。オレの父親が誰であろうと母の不貞の事実は消えない。が、重い罪にすると母の実家ナップイェイツ辺境伯家がどう出るかわからん」
「第二側妃様については、側妃の座剥奪の上、王都追放処分で間違いないと思うわ」
「つまり実家に帰されるということだな? そこまでは納得だが、オレはどうなる?」
一番難しい部分ですが……。
「フーリンは魔道で陛下の子か否かを判別しなさい。陛下の子であることが証明されたなら、第二側妃様の罪のため王太子にはなれないけれども、王子としての地位は確保されるでしょう」
「今までと変わらんということか。問題はオレが父陛下の子でないケースだが」
「その場合はわたしの婚約者になってくださらない?」
「えっ?」
ポカーンとしていますね。
きょうだいでないのなら、わたしの夫で構わないではないですか。
「よく考えてくださいな。フーリンは王になれないかもしれないけど、将来の王の同母姉が配偶者ですよ? 辺境伯様は十分に配慮されていると考えるのでは?」
「ま、まあな」
「王家だって嬉しいでしょう? モブ王女を活用することによってナップイェイツ辺境伯家を宥め、繋ぎとめることができるのであれば」
「お、おう」
「わたしだって嬉しいですわ。フーリンは優秀で凛々しい殿方ですからね」
さて、フーリンの結論はいかに?
「いいのか?」
「ベストだとわたしは考えますが。フーリンはどう思っていて?」
「もちろんリマイダが優秀で美しいことなんてようく知っている。婚約者になってくれるならば、こんな嬉しいことはないが」
「あら、まず魔道検査が先ですよ。その結果を見て陛下に具申です。フーリンはせっかちさんなんですから」
◇
――――――――――後日談。
結論としてフーリンは国王の子ではなかった。
王家とナップイェイツ辺境伯家の不和は決定的なものとなるだろう、セルティア王国内乱の危機だと断じる有識者も少なくなかった。
しかしここでリマイダの奇策が発動する。
第二側妃は追放され、これまで第三王子と呼ばれていたサイモンが立太子する。
ナップイェイツ辺境伯家に配慮し、第二側妃は軽い処分か。
問題は第二王子とされていたフーリンの処遇だ。
フーリンはどうなる?
フーリンとリマイダの婚約が発表されると、非常な関心を呼び起こした。
王太子サイモンの同母姉を婚約者にするとは上手い手だ。
これで王家とナップイェイツ辺境伯家の対立はなくなり、緊張は緩和する。
領主貴族達に大いに歓迎された。
フーリンとリマイダには何らかの姓が下賜され、公爵家となることが予定された。
その領地は王家とナップイェイツ辺境伯家の双方から提供されると見込まれている。
フーリンとリマイダはセルティア王国の平和の象徴となった。
「リマイダが婚約者か」
「やることが多くて大変ですよ。陛下と辺境伯様をうまく働かせないと」
「ハハッ、リマイダは知恵が回るだけでなくて大物だな」
フーリンのリマイダを見る目は優しい。
以前は随分剣呑とした視線だったけれども、とリマイダは思った。
「リマイダはオレの恩人だ」
「大げさですね」
「それだけ感謝しているのだ。リマイダはオレに望むことはあるか?」
「わたしは……いらない子だったでしょう?」
「えっ?」
いらない子?
華やかなリマイダにあまりにもそぐわない言葉だ。
フーリンは面食らった。
「存在価値のほぼない八番目の王女で、しかも母様の身分も低いですから」
「言われてみれば。今では最も知名度の高い重要な王女だろうが」
「母様も弟のサイモンばかり可愛がってましたし」
「……想像はできる」
「子供の頃、父親である陛下に声をかけてもらったことなど、ほとんどありませんでした。自分でも身内の愛情が薄いなとは思っていたんです」
「つまりオレに愛せよということか」
「お願いできますか?」
「もちろんだ。得意分野だ」
フーリンはリマイダを抱きしめた。
リマイダは愛情を満喫できて嬉しかった。
「……裏切ったら許しませんからね」
「試みに問うが、裏切ったらどうするつもりだ?」
「わたしの芸術的才能を食らわせます」
「は?」
「枕元にわたし作の粘土細工を置いて、ララバイを聞かせます」
「本当にやめてくれ! 悪夢が脳にこびりつく!」
アハハと笑い合う二人は幸せ。
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