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第6話


 みっくんは、私のお気に入りのおもちゃだった。


 家が近所で幼稚園も一緒の彼は、物心ついた頃からいつもそばにいて、ちっちゃい頃から目がくりくりで女の子みたいに可愛くて、いや、そこら辺の女の子よりも可愛い顔をしていた。


 私が小学校に入る頃には、私のが背が高くなって、自分の方がちょっと上になったみたいに優越感に浸ってた時期もある。

 みっくんの姉のたまちゃんはいつだって私の憧れだったし、彼女と一緒にみっくんを着せ替え人形にして遊ぶのは最高に楽しかった。

 それはそれは可愛いみっくんが出来上がるたびに、これぞ、女子の極みって感じだった。


 けど、そんな楽しい時間も、みっくんが中学生になった頃からパタリと減ってしまう。たまちゃんも受験だなんだと遊んでもらえなくなって、だんだんと疎遠になっていった。


 それでも学校や近所で会えば話したり、母からのお使いついでにみっくん家に行って遊んだりと交流が途絶えなかったのは、私にとってせめてもの救いだったと言える。


 幼馴染でおもちゃのみっくんが、好きな人に変わったのは、私が中学1年の夏休み明けのことだった。



 夏休みが終わって始業式の日、通学路で出くわした私とみっくん。


「あ、おはよう」

「……⁉ だ、誰⁉」


 私の知る人なのに、知らない声を発したことに面食らった私に、みっくんは「声変わりしたんだよ」と恥ずかしそうに頬を染めた。


 声変わり……声変わり……。


 自分とは無縁だったそのワードを、心の中で何度か復唱する。


「へ、へぇ……そうなの……」


 別々に行くのも変だから、ちょっと気まずい空気の後、私たちは並んで歩いた。


 そう言えば……、とちらりと隣を盗み見る。

 手や肘など間接という間接はちょっと骨ばっているし、筋肉の付き方も私の知るみっくんのそれじゃなかった。


 これまで可愛い可愛いと愛でていた私の人形は、一瞬で変身を遂げ、異性になったのだった。


 そのことが無性に恥ずかしくなってドキドキしたのを今でも覚えている。


 まだ幼さの抜けきらない可愛い顔に、どこがどう変わったとは言えないくらいまろやかな男らしさを身に纏ったその姿は、ともすれば均衡が崩れてしまいそうなくらいアンバランスで危うい。


 と同時に、魅惑的な雰囲気を醸し出していた。


 それ以来、今までおもちゃとしか認識していなかった彼を異性として意識しだしたら恥ずかしくて仕方なくて、中学校ですれ違っても挨拶すらできなくなっていった。


 人とのコミュニケーションにもともとそんなに積極的じゃないみっくんは、そんな私に自分から話しかけるようなこともしてこなかった。


 みっくんと関りが薄かった間に、みっくんは髪を伸ばしその可愛い顔を隠し、前にもまして地味なキャラに磨きがかかっていて、気づいた時には今のスタイルがフォーマットになってしまっていた。


 彼の中でどういう心境の変化があったのか、私は知らない。


 けれど、みっくんが卒業した後もみっくんのことが忘れられないでいた私は、みっくんと同じ高校を受けてこうしてまたみっくんの世界に入ろうとしている。


 家にまで押しかけて。


 地味メンを装っているのは、私としては好都合だ。

 だって、おかげで変な虫が付かなくてすむから。


 この前クラスに押しかけた時だって、教室の端っこでこれまた地味メンと二人でひっそりと話していただけだったし。


 みっくんのクラスには、かの有名な国宝級イケメン先輩がいるおかげでみっくんに当たるスポットライトは無いに等しいだろう。


 しめしめ。


 この胸も膨らんできて成長真っ盛りの可愛いひよりんが、これからじっくりコトコトみっくんを料理してあげようじゃないの。


 あの頃の、色気もへったくれもない小娘じゃないんだからね。


 覚悟してよね、みっくん。






 結論から言えば、俺の完敗だった。


 あの手この手でひよりから逃げようとしたのに、ひよりはそれも織り込み済みかのようにあの手この手で俺の作戦を阻んだ。


 信号が点滅しそうな時に走り出そうと思えば、「あっ、信号変わっちゃう、急いでみっくん」と反対に腕を引かれるし、電車に駆け込もうとすれば、それよりも早く鞄を掴まれて動きを封じられた。


 俺は学校に着く頃にはげっそりとして、上履きに履き替える。周りでは、次々と生徒たちが挨拶を交わしながら元気よく通り過ぎていった。


「じゃぁ、またあとでね、みっくん」

「ん? あとで?」


 なんのことだ? と顔をあげたが、もうそこにはひよりの姿はなかった。気にはなったが、俺はやっと解放された安堵感でいっぱいになり、追うことはしない。


 いつものように、人にぶつからない程度に地面を見つめつつ、教室へと向かい、俺は自分の席に着く。それまで挨拶を交わすのはほんの数人。教室に、中条の姿はまだなく、女子も男子も割と静かだった。


 俺は、思い出したようにスマホを取り出して、中条にMainでメッセージを打っておく。


 ――今日どこかで少し話したいんだけど。


 そうすれば、『昼一緒に食べれる?』と返ってきた。


 昼……、またなんでこう、ハードルをあげてくるんだ、こいつは。できるだけ学校では関わりたくないのに。休み時間にちょっと話せればそれで良かったのに。


 ただ、お願いしている側というのもあり、俺は仕方なく了承しておく。但し、場所は目立たない所がいい、と思い指定しておいた。あいつのことだ、昼休みになった途端机を寄せてくるのが目に見えている。


――キーンコーンカーン……


 そして、昼休みの鐘が鳴るや否や、俺は準備していた弁当と水筒を手に一目散に教室を抜ける。太一には、今日一緒に食べられないことはあらかじめ伝えておいた。勝手に何かを察した太一は、ニヤリといやらしい顔をしていたがそこは敢えてスルーだ。


 ふぅ、脱出成功。


 俺は一足先に待ち合わせの場所へと到着。ここは、普段は使われることの無い外階段で、人が来ることはまずないし、階段に座ってしまえば外から見えることもないから安全。


「へぇーこんなとこあったんだなー」


 のんびりとした声に振り向けば、コンビニの袋を片手に中条が立っていた。物珍しそうに辺りを見回している。


「つか、片瀬いつの間にか居なくなってて焦ったんだけど」


 俺の隣に座りながら、声かけてくれればいいのに、としょんぼりと言った。


 やっぱりな。

 俺の予想は的中。


 今日だって、中条から視線を感じることが度々あった。俺はそれに気づかない振りをしつつ、極力中条の近くは通らないように心がけていたからか、声をかけてくることはなかったからよかったものの……。


 昼を食べに二人でどこかへフェードアウトするなんて、クラス中の視線が俺に突き刺さるだろう。


「目立ちたくないって言ったろ」


 それだけ言って、俺は膝の上でお弁当の包みを開くと「弁当いいな」という声が隣から降ってきて見れば、中条はコンビニの袋に手を突っ込んでいる。

 カサカサと音を立てながら袋から出てきたのはコンビニのおにぎりだ。


「そうか? 俺は買い弁が羨ましいけどな。好きなもの食えんじゃん」


 その日の気分ってあるし。


「まぁなー、でも毎日コンビニってのも飽きるぜマジで」

「じゃぁ、交換する?」

「え、良いの?」

「いいよ」


 お互いの昼飯をそっくりそのまま交換すれば、中条は何度も何度も、うまっ! と声をあげて喜んで食べていた。俺は俺で、久しぶりのコンビニのおにぎりと菓子パンというジャンキーな昼食を喜んで食べた。


 隣の芝生は青く見えるってやつ。


「ごちそうさまー」

「ごちそうさまでした」


 二人ともあっという間に完食して、腹いっぱいになった。

 教室の開いた窓からは、生徒たちの賑やかな声がBGM程度に聞こえるくらいで、春のうららかな風が二人を優しく撫でていく。


 なんだか、不思議だった。


 言葉を交わさなくても、全然気まずくないなんて。


 中条とは、同じクラスでも全くと言っていいほど話したことはなく、ついこの間ぶつかったのがきっかけで一緒に出かけただけという浅い関係なのに、まるで旧知の仲のようだ。


「で、話って?」


 直球で来られて、俺はあぁとかうんとかどもってしまう。いざ聞こうと思うと、すごく恥ずかしい。


「あのさ……、俺に彼女になれって、ど、どういうこと?」


 この前から気になっていたのに、聞きそびれていたことをようやく口にできた。


 あの日――中条にmiccoのことがバレた時――俺はこいつの意図も思惑も確かめることなくわかったとだけ言って返ってきてしまったから、知りたかった。


「そのまんまだけど」

「いや、だから、」

「miccoを彼女にしたいだけ」


 その言葉とリンクするように、土曜日の中条の言葉が思い出された。


『彼女にしたいなーって思える子に出会えなかったから、かな?』


 そっか、miccoがこいつの理想だから。


「じゃぁ、俺はどうすればいいの?」

「この前みたいに、デートしてくれれば、俺は嬉しいんだけど」

「それだけ?」

「それだけ」


 ふむ。


「お前の考えてること、わからん」

「たまに言われる。――なぁ」


 頬に冷たい感触がしたと思ったら、視界が開ける。冷たいソレは、中条の手だった。


 レンズ越しに鮮明に映る涼し気な双眸は、ちょっと伏し目がちに俺を捉えている。びっしりと瞳を縁どるまつ毛は長く、頬に影を作っていた。


「痛くない?」


 一瞬なんのことだ? と思う程に忘れていた傷のことを言われ、俺はうんと頷く。


「よかった。この感じなら傷跡残らなそうだな」


 ドキドキとうるさい心臓が、まるで俺の喉を締め付けているかのように声が出せない。


 手……、離してほしい……。


 中条の指が髪を梳いて、親指で傷跡を優しく撫でていく。さっきまで冷たいと感じた指先は熱源でも孕んでいるんじゃないかと思うくらい熱い。

 顔も近くて恥ずかしいのに、目を逸らしたら負けな気がして俺は中条の透き通るこげ茶色の瞳を見つめ返してしまう。


「片瀬、顔真っ赤だけど、熱い?」

「えっ、あっ、う、うん、熱い、すっげー熱い」


 バッと顔を逸らした俺は、両手で扇いで火照った顔に風を送ってふーっと息を吐く。


「あ、そうだ、姉ちゃんが、今度撮影に付き合って欲しいって言ってたんだけど、土曜日暇? あ、いや、用事あるならそっち優先してくれて」

「暇! ちょー暇! 撮影って、miccoの?」


 中条の目が好奇の色に染まる。まるで、早く散歩に連れてってくれとしっぽをフリフリする犬みたいだ。


「そ、そう……、あ、でも……」


 ――女装させられるかもよ。


 と、言うべきか、言わぬべきか俺は迷った。

 しかし、中条を連れてこいという姉の「命令」に逆らうという選択肢がなかった俺は、ぐっと押し黙る。


「でも?」

「あっと……、けっこう時間かかるかもだけど、いい?」


 適当なことを言って薄ら笑いを浮かべてごまかした。


 ごめん中条、許せ!




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