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第4話


「尊が撮影以外で女装したいなんて、どういう風の吹き回しかと思えば……、そんなことがあったのねぇ……」


 かくかくしかじか。

 次の日、俺は昨日の学校での出来事を話した。これは、俺だけの問題ではなく、姉ちゃんにも関わってくることだから。



『俺の彼女になって、片瀬』


 俺=miccoというのがバレたあの日、お礼をするという俺に、そう言った中条。

 訳が分からず戸惑う俺に、『とりあえず、明日miccoとデートしたい』と言ってきたのだった。


 なんでもやる、と言った手前断われなかった俺は、その提案を渋々了承し、今日に至る。

 その『デート』に挑むべく、姉ちゃんにコーデとメイクを手伝ってもらっているという訳だ。


 一通り黙って聞いていた姉は、なるほど、と頷く。しかしその間も手は止まらない。手際よくメイクを施していく。俺も一通りは自分でできるが、やはり姉ちゃんのほうが格段に上だ。


「ごめん、姉ちゃん。でも、中条はきっと黙っててくれると思う」

「バカねぇ、もう。ばらされたって良かったのに……。いい、尊」


 姉ちゃんは、アイライナーを持った手のまま両肩をがしっと掴むと、正面から見つめてきた。


「う、うん……?」


 俺は、服にアイライナーが付きやしないか内心冷や冷やだ。


「もしその中条ってやつに嫌なこと言われたりされたり襲われたりしたら、バラされることなんか気にしないで一目散に逃げていいからね!」

「お、おそ……⁉ えっ? あ、う、うん、大丈夫だよ、中条はそんな奴じゃないから」


 いや、その前に俺男だし!


「さ、これで良し! 鏡見てみて」


 くるりと横を向けば、姿見にmiccoが映っていた。





 待ち合わせの場所は、この辺りで一番大きな駅前の広場。

 目の前にはロータリーがあり、車や人の行き来で賑やかだった。


 俺は、スキニーのジーンズにちょっとフリルのついたブラウス、オーバーサイズのカーディガンを羽織り、レースアップブーツを合わせた。

 顔があまり目立たないよう、ストレートロングのかつらにして、黒のキャップを深めに被った。


 普段、リンスタにあげるのは、割とごてごてのゴスロリやThe女子といった可愛らしいコーデばかりだが、どうしても人目を引いてしまう。

 ボーイッシュに仕上げてくれた姉ちゃんに感謝だ。


 それにしても、落ち着かない。


 それもそのはず、miccoになってから女装姿で外に出かけたことがないのだから。

 それに相手はクラスメイトかつ男。


 デートって……、なにすりゃいいんだ?


 まぁ、男同士で遊ぶだけだと思えば……、って、俺男友達と遊びに行ったことあったっけ?


 記憶を辿るがこの高校生活中には少なからず無かった。せいぜい、太一と放課後にファストフード店で食ってだべるくらいだな……。


 考えるだけ無駄だ。

 大丈夫、相手はあの中条だ。デートなんか慣れっこだろう。


 ……大丈夫、なのか?


 なにも考えていなかったけど、不安がもくもくもくと膨らんでいく。

 いや、大丈夫じゃないってあり得ないだろ。どう大丈夫じゃないんだよ。


 もうこれ以上考えるのはよそう、と頭を振った時。


「ごめん、待たせたっ」


 広場の噴水の縁に座っていた俺の目の前に、すらっとしたイケメンが現れた。

 膝に手をついて肩で「はぁ、はぁ……」と息をしている。まるで走ってきたみたいだ。


「だ、大丈夫か?」


 駅ビルにある電子表示の時計は、待ち合わせの時間から3分しか過ぎていなかった。


「ほんっと、ごめん! 初デートに遅れるとか、最悪だ……」


 額に滲む汗を拭う中条から、なんだかキラキラが見える。

 俺の目がおかしいのか?

 目を何回かしばたたかせるも、キラキラはなくならない。


「なに着てこうか、迷いだしたら決まらなくなっちゃって」


 か、カワイイかよ!

 しかも初デートって!


 キュンが止まらねぇ!


「だ、大丈夫だって、そんな待ってないし、気にすんなよ、な? と、とりあえず座れば」

「あぁ、ありがと……」


 中条は、俺の隣に座って呼吸を落ち着かせる。俺は、黙ってそれを待った。


 俺は、隣の中条をちらりと盗み見る。


 私服姿のこいつを見るのは初めてだ。


 黒のプルパーカーとベージュのチノパンに、薄手のコーチジャケットを合わせてウェストバッグを斜め掛けしている。雑誌の中からそのまま出てきたかのような着こなしだった。


 くそ、なんでファッションセンスまで抜群なんだよ。

 イケメンはなに着ても様になるのに、こんなバッチリ決められたらもうけちのつけようがないじゃないか。だっさい格好できたら笑ってやろうと思ってたのに。


「あのさ……」

「あ、もう落ち着いた?」


 控えめな声に見上げれば、目がぱっちりと合ってしまう。しかも、予想よりも遥かに近い位置に中条の顔があってドキッとした。


「片瀬、マジで可愛い……。可愛すぎるんだけど」


 そう言って、中条は両手で口を押さえる。隠しきれていない頬は真っ赤に染まっていた。


 え、照れてる……。


 く、くぅっ……。


 可愛すぎるのは、俺じゃなくてお前だよ、中条……!


 可愛い、なんて言われ慣れている俺なのに、中条の照れが伝染して顔が熱くなった。


 お、落ち着け俺。

 忘れちゃいけない。こいつは学年一、いや学校一のイケメンで女たらしだ。

 こんな女の扱い慣れてるヤツに振り回されてたまるか!


「ま、まぁ、姉ちゃんが気合入れてやってくれたから可愛くて当たり前だかんな」


 なに言ってんだ俺。

 シスコン丸出しじゃんかよ。


「片瀬の姉ちゃん、マジ天才だよな。今度会わせてよ。お礼が言いたい」

「お礼? なんの?」

「miccoをこの世に生み出してくれたお礼」

「なっ……」


 な、なんだ、その殺し文句は……っ!


「……中条そんな好きなの、miccoのこと」

「うん、一目惚れ」

「っ」

「だから、今、すげぇ嬉しい」


 その言葉の通り、すげぇ嬉しそうな顔の中条を見て、俺は自分の軽はずみな発言をものすごく後悔した。






「ってかさ、お前昨日学校でリンスタやってないって言ってなかった?」


 俺たちはアクション映画を見た後、駅地下にあるイタリアンレストランに来ていた。店内は、ビストロ風で樽とかワインの瓶とかコルクとかが飾られていてすごくおしゃれだけど活気があって俺たちみたいな学生でも居心地が良い。


「あ、聞かれてた? んー、リンスタは見る専門だから知り合いとは繋がりたくないんだよな」


 ふーん、そんなもんか、と思っていると、料理が運ばれてきた。

 俺はたらこクリームで中条はアマトリチャーナとかいうトマトベースのパスタにシェア用にマルゲリータを一枚。


「うわ、うまそ」


 湯気を立てるそれらに、思わず声がデカくなる。


「見た目と声のギャップ、うける」


 口を押えた俺に、中条が笑った。


「悪かったな、miccoが男で」


 俺は言いながら、パスタをくるくるとフォークに巻きつけて口に放り込んだ。たらこのぷちぷちとクリームが絡み合って絶妙だ。こんな洒落た店を知ってるなんて、さすが中条。


「いや、それが不思議なんだけどさ、全然ショックじゃなかったんだよなー」


 中条は、夢が壊されたとか、思ってないのか不安に思っていたから、意外だった。


「嘘だろ?」


 俺だって女だと思ってた好きなアイドルやモデルが実は男でしたーなんてなったら……。


 絶対嫌だ。


 裏切られたって思うかもしれない。なのに、目の前のイケメンはケロっとした顔でさりげなくピザを取り皿に取り分けている。俺の分も。


「ホントだって、むしろこうしてリアルで会えただけでも奇跡だと思ってるし、さっき言ったじゃん、すげぇ嬉しいって」


 はいどうぞ、とマルゲリータの乗った皿をこちら側に置いてくれるものだから、俺はサンキュ、とありがたく受け取った。中身もイケメンとか、やめてくれ、頼むから。


「まぁ、そう言ってもらえるなら、俺としてはありがたいんだけど……」

「それより俺は、そのかわいい顔を傷つけちゃった方がよっぽどショックだった」


 俺は顔が熱くなるのを隠す様にパスタをもう一口頬張った。熱いのは、パスタが熱いせいだ。


「中条さ、かわいいとか普通に言えるよな」

「だって事実だし」


 いや、そうだとしても、俺は言えないぞ。服とか物にはいくらでも言えるけど。目の前の中条がいくらイケメンだからって、カッコいいとかイケメンだなとか言えない。


「あ、片瀬、俺のパスタ味見する?」

「えっ、良いのか?」


 実はうまそうだなーって気になっていた俺はテンションが上がる。俺はピザの皿に少し入れてもらおうと、手にしたのだが、中条はパスタの皿ごと持ち上げてコチラによこした。


「片瀬のも、味見させて」

「あ、うん、はい」


 ううむ。

 皿ごと交換したは良いが……。

 フォークも皿に乗っけたままなのはどうすれば良いのか。


 躊躇する俺とは反対に、中条は俺のフォークを掴んでそのまま食べだしたではないか。


 か……か、間接キス……!


「あーやっぱたらこクリームは失敗ないな。……ん? 片瀬食べないの?」

「あっ、いや、食うよ、いただきます」


 はっず……。

 意識してるの俺だけみたいだ。顔から火が出そうになるのを必死に耐えて俺はパスタを味見させてもらう。


「どう、美味い?」

「うん、美味い。さんきゅーな」


 聞かれてそう返したけれど、正直味なんか全然わかんなかった。


 心臓がバカみたいにうるさい。





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