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第25話

「あ、中条センパイだ」

「ご尊顔を拝めるとはなんという幸運……!」

「え、こんなとこに何の用? てか、誰に?」

「あれが噂の国宝級イケメンか」

「俺もあんな顔に生まれてぇ」


 ひそひそ、ちらちらと声と視線が飛んでくる中を、俺は気にせず目的の教室まで進んでいく。幼いころから人の注目を集めていた俺は、いつしか人の目を気にしなくなっていた。というか、いちいち気にしてなんていたら身が持たないから諦めたっていうのが正解。


 こんなのは、もう慣れっこだ。


 好奇の目を流しながら辿り着いた1年3組の教室の前。ちょうど出てきた女子生徒に「ちょっといい?」と声をかける。もちろん、笑顔を忘れずに。

 そうすれば、女子は顔をぽっと赤らめて俺を見上げた。


「は、はい……」


 女の子は、可愛いと思う。

 細くて小さくて、柔らかくて抱き心地もいいし、普通に好きだ。

 でも、最上を知ってしまったら、もう後には戻れない。

 より輝いて見えるほうを手に入れたいと思うのは、誰だって同じだろ。


「えーっと」


 あれ、あいつの苗字なんだっけ?


 どうにも思い出せない俺は仕方なく「ひより、居る?」と訊ねた。


「あ、います! ひよりちゃーん!」

「んー?」

「な、中条センパイが呼んでる!」

「……あー」


 なんとも失礼極まりない、やる気のない返事にイラっとしながら、俺は呼んでくれた女子に礼を言ってイノシシ女が来るのを廊下で待った。


「――なんの用ですか」

「ちょっと顔貸せよ」


 俺は、仏頂面のイノシシ女を人気のない裏庭まで引きずって行く。


 コイツの俺に対する悪態は思いのほか気分の悪いものじゃなかった。

 女子からは大抵好意的な眼差しや態度を向けられる俺にとって、逆に新鮮というか、面白くもある。


「で、決着ついたのか」


 裏庭の花壇に腰かけて、俺は話を切り出した。昼休みの今は、ベンチやそこらに人がちらほらいるが、みんな周りなど気にする様子もなくそれぞれ喋って時間を過ごしていた。イノシシ女は、俺の向かいに突っ立ったまま、俯いて地面を無言で睨みつけている。


 その様子だけで、聞かなくても結果はわかったが、本人の口から聞く必要があった。


「俺は、ちゃんと約束守って1週間距離置いたぞ」


 コイツが尊に告白したつぎの日、学校の最寄り駅で俺を待ち伏せていたイノシシ女。なにかと思えば、「告白の返事を聞くまで、一週間みっくんに近づかないで」というもの。

 そして、告白の結果を俺に報告するという交換条件のもと、コイツと約束を交わし、この一週間尊とは挨拶しかしてない。


 だからもう尊不足でたまらない。

 キスはもちろん、触れるのも会話すらできないのがツラくて一週間がものすごく長く感じた。

 さっさと結果を聞いて、接触禁止令を解除しなくては、どうにかなってしまいそうなんだ。


「振られたっ! 聞かなくたってわかるでしょーよ!」

「そっか……残念だったな……」

「ふんっ、そっちはどうせみっくんは自分のものだって自信満々でしょうけどね!」

「……自信なんかねーよ」


 好きだと伝えて断わられるくらいなら、尊の優しさに付け込んでそばに居ようと気持ちを言わずにいる卑怯なやつだ俺は。自信なんか、これっぽっちもない。


『あのさ、俺が好きなのは――』


 イノシシ女に「付き合ってないなら私にだってまだチャンスはあるわよね」と言われて焦った俺は、あの時衝動的に気持ちを伝えてしまいたいと思った。

 結果的にイノシシ女に阻まれたわけだが、まぁ、邪魔されなかったとしても、その先を伝えていたかどうかは正直なところわからない。


 こんなヘタレだから、振られる覚悟で面と向かって尊に思いを伝えたコイツのこと、本気ですげぇと思った。

 そして、そんなまっすぐなコイツを尊が受け入れたら……って、ずっと不安で過ごした一週間だった。


「でも振られてスッキリした! 最後のお願いにキスしてもらえたし、悔いはないかな」

「は?」


 思わぬ話に顔をあげれば、にたぁっと挑発的に笑うイノシシ女の顔。

 コイツ、ほんと俺の癇に障る天才だな。

 男を見る目だけは褒めてやるけど、それ以外は全くもって相容れない。


「なんだよ、キスって」

「キスはキスよ。もちろん無理やりじゃなくて、みっくんからしてもらったの! イケメン先輩には関係ないからこれ以上は教えないもん。あ、そうそう、みっくんは今誰とも付き合う気はないんだってー。残念だったねイケメン先輩」


 あっかんべーを置き土産に、イノシシ女は去っていった。


 尊からキス?

 誰とも付き合う気はない?


「なんだそれ」


 口からこぼれた声は誰にも届くことなく虚しく消えていった。






 一難去ってまた一難とは、まさにこのことだろう。

 俺は今、自分の置かれている状況に混乱していた。


「はぁ……」


 盛大なため息が耳元で吐かれた上、密着した体からはじわじわと熱が伝わってきて、俺は一体どうすればいいのかわからなかった。


『今日尊んち行っていい?』


 突然、昼休みに中条から送られてきたメッセージに、俺は食い気味に『いいよ』と返す。同じ教室内にいるのに、わざわざスマホでやり取りするなんて、なんだか秘密の関係みたいで無駄にドキドキしてしまった。

 そして放課後、久しぶりに挨拶以外で会話をし、一緒に下校した。当然、クラスメイトはなんだなんだ、と目を丸くして教室から出ていく俺たちに視線を注いでいた。

 そりゃそうだ、この1週間と少しの間、まるでクラスメイト以下の扱いを受けてきたんだから、俺だって訳が分からない。


 ――なんで、ずっと避けてたんだよ。


 そう聞きたいけど、なんとなく聞けないまま家に着いた俺は、部屋に入るなり中条に抱きしめられたのだった。


 そして、思い知る。


 ――ずっと、こうしたかった。


 中条に、触れたくて、触れてほしくて、たまらなかったんだって、思い知った。何日も何日も砂漠の中をさまよってやっとたどり着いたオアシスのような、乾ききった体に水が染みわたるような感覚だった。


 喉から手が出るほど、欲していたんだと、与えられて初めてわかるそれ。


 変わらない中条の匂いに安堵感を覚えつつも、心拍数はどくどくどくと上がっていく。相反する感情がぶつかり合って、忙しかった。


『好きな人には触ってもらいたいし、触りたいって思うんだよ』


 あぁ、俺、中条のことが好きなんだ。


 ひよりに言われた言葉と一緒に、自分の気持ちが乾いた体に染みて広がっていった。

 

 好きな人に抱きしめられている。

 ただそれだけで、この上ない幸せを感じる一方で、心の中は複雑だった。


 中条が好きなのは、きっとひよりで、俺はひよりの代わりのようなもの。こうして抱きしめたり、キスしたりするのも全部「俺に」じゃないんだと思うと胸をぎゅっと鷲づかみにされたように苦しくなった。


 誰かの代わりは、もう嫌だ。


 中条への気持ちを自覚した途端、その思いが加速していくのを止められなくて、気づけば中条の胸を両手で押していた。もくもくと膨れ上がる負の感情に心が支配されていく。


 自分に、こんな汚い感情があったなんて知らなかった。


「尊?」


 きっと今、自分はすごくひどい顔をしている。

 嫉妬と欲にまみれた醜い顔だ。


 触れられるのは嬉しいのに、中条が見ているのは自分じゃないという嫉妬。自分だけを見てほしいという欲。代わりでも構わない、と受け入れていたくせに、勝手につらくなって耐えられなくなって、拒むなんて調子のいい態度を取る自分は


 そんな顔、見られたくなくて、覗き込もうとする中条から逃げるように顔を背けた。 


「なん、で……」

「中条……、俺もう誰かの代わりは嫌だ……」


 どうせひよりと付き合ったらお払い箱だから、と言うつもりのなかった言葉を放つ。


「代わりって、どういうこと? 俺、お前のこと誰かの代わりなんて思ったこと一度も――」

「いいよ隠さなくたって、俺知ってるから……、お前がひよりのこと好きだって……ひよりの代わりに俺にこういうことしてくるんだろ?」

「は? ……あー……、そっか……そうだった……」


 そうだった、ってなんだよ。

 俺は傷ついてるのに。大真面目なのに。

 一人で勝手に納得してて、面白くない。


「あのさ、それ尊の思い違いだから」


 中条がそう言いながら、俺の手に指を絡ませてきた。指と指の間にするりと滑り込んでくる中条の指を拒めずに、なすがままになる。


「俺、あいつのこと、恋愛対象に見たこともないよ」

「うそ……」

「ウソじゃない。つか、いつも喧嘩しかしてないじゃん、俺とあいつ」


 だって、それは……喧嘩するほどなんとかって言うし。


「俺に気使ってるとか……」


 俺が、中条に対して罪悪感を持たないようにそう言ってるんじゃないかって勘ぐってしまう。中条は、優しいから。


「――なぁ、どうしたら信じてくれる?」


 ふわりと、中条の香りに包まれる。絡めた指はそのままに、また抱きしめられた。中条の腕の中は、苦しいけど、ツラいけど、たまらなく嬉しい。信じてほしいと懇願する中条がウソを言っているようにも思えなくて、俺はこてんと頭を中条の肩に押し当てた。


「……信じるよ」

「ホント?」

「うん」

「尊は代わりなんかじゃないからな」

「うん」


 さっきまでの不安が噓みたいに消えていく。

 俺って、単純だな……。

 なんて思ってると、抱きしめる腕に力が込められてより体が密着する。もう片方の絡めたままの手は、指をすりすりと上下させたり親指で掌をくすぐったりと弄ばれていた。


「この一週間、尊に触れられなくてマジで地獄だった」


 そんなことを言いながら俺の頭に頬をすり寄せたかと思えば、くんくんと匂いまで嗅ぎ出した。とっさに離れれば、眉間に皺を寄せた不満げなイケメンと目が合う。


「汗かいてるからやめろ」


 さすがに頭の匂いを嗅がれるのは、抵抗が……。


「良い匂いだから大丈夫」

「いや、そういう問題じゃない……」

「尊欠乏症だから」

「なにそれ」

「俺の中の尊が足りてないの」

「……つーか、避けてたのはお前だろ」


 そうだ、ひよりに告白されたつぎの日から避けられて、もう嫌われたんじゃないかと怖かったのに……。


「まぁ、それはそうなんだけど……俺だって好きで避けてたわけじゃないから」

「……」


 よくわからないけど、中条が話を濁すのは珍しい気がして、なんとなくそれ以上深追いするのは躊躇われた。

 それに、俺にも非はあったわけだから、強くは出れない。


「俺、一人で勘違いしてて……その、色々ごめん」

「俺とイノシシ女のこと?」

「そう、二人が両想いだと思って、くっつけようとしてた……」


 今思えば、恥ずかしい話だ。これじゃまるでピエロだ。


「もういーよ。終わったことだし。それより、今めちゃくちゃキスしたい。キスさせて」

「なっ……」


 そんな恥ずかしいこと、いちいち聞いてこないでほしい……。どうせヤダって言ってもするんだし。


 あぁ、でも、もうあれこれ考えずに済むんだ。

 罪悪感を持たなくて良いんだ……。


 そう思ったらすっげー気が楽になって、近づいてくる中条を俺は拒むどころか心待ちにして目を瞑ったのに……。


 全然来なくて目を開ければ、またしても眉間に皺を寄せて考え込むイケメンの度アップが視界いっぱいに入る。


 え、キスするんじゃないの?

 目を瞑って待ってたのが恥ずかしくて、顔に熱が集中する。

 そんな俺なんか、目に入ってないのかなんなのか、中条は渋い顔のまま口を開いた。



「――なぁ、尊からキスして」

「……は?」





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