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第24話


 ひよりのこと、ちゃんと向き合う。

 そう決めた俺だったけど……。


 なんで……?

 なんで全然会わないんだ?


 朝も逃げずにいつもと同じ時間に登校して、学校でも逃げ隠れせず過ごしてるっていうのに、ひよりに全く会わない。


 いつもならすれ違ったり、移動教室の時に待ち伏せしてたり、昼休憩に顔見せにきたりと一日に数回は必ず会ってたのに。

 ひよりに告白されて以来、一度も顔を合わすことなく週末になってしまった。




「――な、なんで……?」


 インターホンに映った人物を見て、俺は口をあんぐりとさせた。とりあえずカメラを切って、一呼吸していると、二階から姉ちゃんが鼻歌交じりに降りてきて「来た来た~」と言いながら玄関へ向かっていった。


「お邪魔しまーす」


 戻ってきた姉ちゃんの後ろから、長身の美男子が姿を現した。


「なんで中条が……?」

「私が呼んだのよ、フィッティングしてもらいたくて」


 いつの間に連絡先を交換してたんだ……?

 んで、なんで俺に知らせない?


「いや……聞いてないけど……」


 それもそのはず、俺を避けていたのはひよりだけではなかった。


 そう、中条もまた、あの日から俺を避けるように過ごしていた。

 避ける、と言うと語弊があるかもしれない。以前のように、俺に絡んでくることがなくなっただけの話だ。


 挨拶は交わすが、それ以上の会話や接触はない。

 あまりに寄り付かない中条を見た太一に『美男子と喧嘩でもしたのか?』と聞かれたぐらいだ。


 こうなって初めて、俺がいかに自分から二人に関わろうとしていなかったかを思い知らされた。


 そして、それを「寂しい」と思う権利はきっと俺にはない。


「うん、言ってないから」


 久しぶりに向けられたイケメンの笑顔は、どこかよそよそしく乾いているように感じたのは俺の気のせいだろうか。


『あのさ、俺が好きなのは――』


 あの日、透き通る紅茶のような茶色い瞳で俺を見つめてそう言いかけた中条。

 その続きを聞かされるのが、怖くもあり知りたくもあった。


「尊ー、後で麦茶持ってきてー」


 長年しみついた主従関係により、気づけば「うん、わかった」と了承の返事をしていた。そして、二階へ向かう二人を見送ってから俺は戸棚からガラスのコップを三つ取り出す。手に取ったそれをしばし見つめた後、一つを戸棚へと戻した。





 結局、麦茶を届けてすぐに退散した俺は自室で暇をつぶしていた。

 どうせ、そのうち向こうから顔をみせるだろう、と踏んでいたのに、用が済んだ中条はそそくさと帰っていった。


 帰るの一言もなしに、だ。

 俺に、怒ってんのかな……。

 それだけショックを受けてるってことだよな。

 あーもう、どうしたらいいんだよ。


 って、違う!

 俺が今考えるべきは、中条じゃなくてひよりだ。考えるって、そもそもがわからなくて詰んでるんだけど。


「――ねぇ、入るよー」


 悶々と頭を悩ませていると、ノックも無しにガチャリと開かれたドアから姉ちゃんが顔を覗かせた。にやける顔に嫌な予感しかない。


「佑太朗くん用の服できたらまた撮影するから付き合ってね」

「俺はいいけど……あいつはいいって?」

「うん、快く引き受けてくれたよー」

「……そっか」


 ちょっとほっとした。

 俺のせいで姉ちゃんの楽しみが減るのは心苦しいのと、撮影まで避けられてしまっていたらもう立ち直れなかったかもしれない……。


「で、尊くんはなにに悩んでいるのかな?」


 お姉さんになんでも話してくれていいんだよ、と何のキャラかわからん口調で言ってきた。


「……俺、そんなにわかりやすい?」

「私を誰だと思ってるんだい?」


 いや、だから誰だよ。


「ほらほら、言っちゃいなさい。話すだけで解決はしないかもだけど、スッキリするんだから」


 なんだかなぁ、と思いつつ、藁にもすがりたい程行き詰っていた俺は、姉ちゃんに全部を話してしまいたい衝動に駆られる。けれど、ひよりはこのことを姉ちゃんに知られたくないかもしれない、と俺は躊躇った。


「――まぁ、そうよねぇ、あんたももう高校2年生だもんね、お姉ちゃんに言えない悩みの一つや二つはあって当然よね」

「あ、でも、姉ちゃんだから言えないってわけじゃないんだ……、なんかごめん。……ってかさ、中条なんか言ってた?」


 ちょっと気まずい空気になったのをごまかすように、話を逸らす。


「白状するとですね、なにを隠そう佑太朗くんから頼まれたのでした。尊が悩んでるから気にかけてあげてって」

「え……」


 中条がそんなことを……。


「誠に面目ないことに、私は作品作りに集中してて可愛い弟君の苦悩に気づけなかったのだよ……」


 だからいったい誰なんだ……。


 内心で突っ込みつつ、俺は落ち込んでる姉ちゃんに「そんなこと気にしなくていいから」と励ましの言葉をかける。


 なんだか立場が逆転しているようにも思ったけれど、そこはスルーして姉ちゃんの面目をこれ以上潰すことの無いよう、いい弟を演じることにした。


 すると、来客を知らせるインターホンが鳴り、姉ちゃんが「私見てくるねー」と部屋を後にする。再び訪れた静寂の中、胸のざわつきが落ち着いていくのを感じていた。


 中条……、俺のこと気にかけてくれてたんだ……。

 ってことは、俺に怒ってるわけじゃない、んだよな?


 避けられているのは、中条も俺にどう接したらいいのか戸惑っているだけなのかもしれない。


 そう思えたことは一歩前進だ。

 おかげで、このまま縁を切られてしまったらどうしよう、という底知れぬ不安が和らいでくれた。


 ――カチャ


 ドアが開く音がしたから、俺は振り向きもせず「ピンポン誰だった? 宅急便?」と聞いた。ノックなしで入ってくるのなんて、もう慣れっこで怒る気力などもはやない。


「ひよりでしたー!」

「うわぁあっ!」


 文字通り飛び跳ねた俺。

 ドアの方には、にししと小悪魔な笑顔を顔に湛えるひよりがいた。


「ひ、ひより……! びっくりしたなもう……」


 心臓が飛び出るんじゃないかと思った、マジで!


「ドッキリ成功~!」

「……勘弁してくれ……」

「ごめんって! だってこうでもしないとみっくん普通に話せないかなーって思って」

「ぐっ……」


 痛い所をつかれてしまった。

 ひよりにこんなに気を使わせてしまってホント申し訳ないと思うけど、俺のこれはもうどうしようもないんだ。

 ポンコツっぷりを認めた俺の口からは「面目ない……」と、記憶に新しいどっかの誰かのセリフが零れ落ちる。


「みっくん、久しぶり」

「ひ、久しぶり……、とりあえず、座る?」


 ベッドを背にちゃぶ台の前に座っていた俺は、近くにあったクッションをひよりに差し出す。促されたひよりは、その上にちょこんと座った。


「なんか飲む?」

「ありがと。でもいいや。長居するつもりないから」


 それは、どういう意味だろうか。

 告白の返事を聞きに来たんじゃないのか、と浮かんだ疑問を俺は飲み込んだ。ひよりがなにをしに、俺を訪ねてきたのかは、俺が決めることじゃないから。視線をひよりに移すと、彼女はちゃぶ台の上でぎゅっと握りしめた両手をじっと見つめていた。


 その思いつめたような不安そうな姿を見て、俺はハッとした。

 そうだ、不安なのは、俺だけじゃないんだ。

 この1週間、俺からの返事がどっちに転ぶかわからない状況で、きっとひよりこそ不安だったに違いない。


 俺のそれなんか比じゃないくらいに。


 そんな当たり前のことに今さら気づいて、俺はものすごく申し訳ない気持ちになった。


 まるで悩んでるのは自分だけだ、みたいに被害者面して……、ひよりの気持ちなんかこれっぽっちもわかってやれてなかった。


「――この1週間、私のこと考えてくれてた?」


 ひよりは、不安気に揺れる瞳をゆっくりとこちらに向けてそう聞いてきた。


「考えてたよ、もちろん」


 それは、ひよりの望むような内容ではないかもしれないが、俺は俺なりに精一杯考えていたつもりだ。


 俺の返しに、ふっ、とひよりの顔の緊張が解れたのがわかった。

 たった一言で、ひよりを一喜一憂させてしまうんだ。

 それが、すごく、怖い。


『私は、片瀬くんが好きだから』


 あの日のクラスメイトの女子の声が頭に響いたのと同時に、それを聞いて俺の横で固まる親友・洞口の表情がはっきりと蘇った。


 一緒に帰ろう、と誘った洞口に女子が放った言葉だった。


 「好きな人」の言葉は凶器にもなり得るのだということを、あの時知った。


 彼女のたった一言で地に落とされた洞口の、傷ついた表情は二年以上経った今も忘れられない。


 そんなこと、いくらでもあるじゃんと言われてしまえばその通りなんだろうけど。俺にとっては忘れられないくらいショッキングな出来事だったことは間違いなくて、できることなら自分が誰かにとってそういう「影響力」のある存在にはなりたくない、とすら思っていたんだ。


「結論、出た?」

「あ……いや、そのさ、俺、誰とも付き合ったこととかないから、正直、好きとか付き合うとかピンとこなくて……」


 ウソを言っても仕方がない、と俺は正直に心の内を話した。


「やっぱりねー! そんなことだろうと思ったよ」


 ひよりは、「あーあ、緊張して損したー!」と天を仰ぐ。

 ホント、ポンコツですみません。


「みっくん、手、貸して」


 言われるがまま、右手を差し出せば、ひよりが包み込むようにして両手で握ってきた。

 そしてそれを見つめてしばし固まっていたひよりは、ややして俺をまじまじと見た。


「な、なに?」

「みっくんさぁ……、私に触られてドキドキしてないでしょ」

「え……っと……」


 言われて、そういえば、と気づく。ひよりは、俺にとって家族みたいに近い存在だからだろう。なんて言葉を選べばいいのかわからないでいる俺に、ひよりは続ける。


「みっくんて、私のことふつーにさわれるよね。しかも、それってほぼ無意識だから質が悪い」

「す、すまん……」

「私は、今ドキドキしてるよ。――だって、好きな人にれてるから。好きな人には触ってもらいたいし、触りたいって思うんだよ」


 もう結論は出ているんだよ、と言われたも同然のその言葉にどうしようもないほどの自責の念に駆られる。


 ――最低だな、俺。


 わからない、なんて言って逃げて、結局ひよりに答えを言わせてしまった……。

 これ以上、情けなさを晒すわけにはいかない、と俺は慎重に言葉を選んだ。


「……ひよりごめん。ひよりは俺にとって大切な存在だけど……、付き合えない」

「そんなの、わかってたわよ。ただ、最後くらい私のことで頭いっぱいにして欲しいって思って告白しただけだから」


 だから気にしないでね、とひよりは笑う。その取り繕った笑顔に、胸がぎゅっと締め付けられた。

 俺が傷つくのは、間違ってる。

 きっと、ひよりの痛みは俺の痛みの比じゃないはず……。経験したことがない俺に、その痛みを理解することはできないけど……。


「でも、最後に一つだけお願い聞いてくれる?」

「う、うん? 内容によるけど、俺にできることならいいよ」


 なんだろう、とちょっと構える俺にひよりはとんでもない事を言った。


「最後にキスして! お願い!」

「……は?」





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