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第23話

「だいたいみっくんもみっくんだよ! イケメン先輩がいくらイケメンだからってハジメテを捧げちゃうなんて……!」

「は、ハジメテ……?」


 いや、なんの話だ。俺はまだ貞操は守ってるぞ……!

 さては、中条のヤツ、ひよりになんかいらんこと吹き込んだな?!


 俺は視線で中条を睨むが、やつは肩をすくめて目を逸らしやがった。


「どうせみっくんのことだからイケメン過ぎる顔に絆されちゃったんだよね……? ねぇ、そうでしょ?」

「あ、いや、ひより、なにか誤解があるような気がするんだが……。俺と中条はそんな仲じゃ……」

「じゃぁどんな仲なの?」

「そ、それは……」


 言えない……、miccoが中条のタイプどんぴしゃで、彼女になってって言われたんだなんて、言えない……、俺の口からは言えない……!


 お前が言えよ、なかじょぉぉ!!


 願いも虚しく、中条はだんまりを決め込んでいる。


「みっくんは、好きでもない人と平気でキスできちゃうような人だったの⁉ じゃぁ私ともできるってことだよね? ねぇっそうでしょ?」


 なんでそうなるかな……。呆れてものが言えない。

 つーか、さっきから論点がズレてやないか……?


「わっ、ひより⁉」

「あっ、コラ、イノシシ女!」


 突然ひよりは俺に詰め寄ると、頬を両手で挟みこんできた。そしてあろうことか、そのまま強引に引っ張られ、不意打ちを食らった俺はバランスを崩してしまう。


 ぎゅっと目を閉じる美少女の顔が、目の前まで迫っていた。


「んむっ……」


 間一髪……!

 唇同士が触れそうになる一歩手前で、俺はひよりの口を手で覆うことに成功。俺は自分の手の甲にキスをするという間抜けをかましていた。


「いい加減にしろって! ひよりこそ、好きでもない俺となんで無理やりキスしようとすんだよ。意味がわからない」


 中条に迫るならまだしも、なんで俺なんだよ。


「なによ……、好きでもない相手にハジメテまで捧げといて、私にはキスの一つもしてくれないんだ……。優しいみっくんのことだから、イケメン先輩に強引に押し切られてるだけだと思ってたのに……。まさかみっくんまでノリノリだったなんてぇ……うわぁぁぁん――」


 ひよりはその場にへたりこんでまた泣き出してしまった。


 泣きたいの、こっちなんだけど……。ひよりと中条のいざこざに巻き込まれてる被害者俺だよな……?

 なんで全部俺が悪いみたいになってんの?


 いや、確かに、ひよりが中条に思いを寄せているのを知ってて、中条とこうなってるのは、自分でもどうかと思ってるけど……。そこは、確かに、俺も悪い。


「ひよりは、なにをどうしたいんだよ……」


 しくしくと泣き続けるひよりにほとほと疲れた俺は、早くこの話を終わらせたかった。ひよりがなにを望んでいるのか、はっきりさせようと俺は覚悟を決める。


 たとえ、ひよりが中条に告白して、俺と中条との関係が壊れようとも、それはもう致し方のないことだし、いずれ来ることは覚悟の上だったはずだ。


「ふぇ? わたし……?」

「そうだよ、なにに怒って悲しんでるのか、教えてもらわないとわかんないんだよ」


 きょとんと俺を見上げて、ひよりは真っ赤な目をぱちぱちと瞬いた。ややして、なにか納得したような表情をして「そっか、みっくんは筋金入りのコミュ障だもん、仕方ないわよひより、ここはコミュ力では上をいく私が我慢してあげなくちゃ」とぶつぶつと呟きだす。


 いや、全部聞こえてますけどね。


 喉まで出かかった言葉を飲み込んで俺は待つ。


 ひよりは少し考えた後、俺を見上げた。


「私が怒ってるのは、イケメン先輩がみっくんのハジメテを奪ったから。あと、みっくんがそんなイケメン先輩につけ込まれて浮かれてるのが気に入らない。悲しいのは、好きな人が私のことなんか全く眼中にないって思い知ったから」


「好きな人っていうのは……つまり……」


 中条のことだよな? って本人の前で聞いていいんだろうか……?

 いや、それはさすがにだめだよな、と思いつつ視線をそっと中条に向けて言外に示唆するが、


「言っとくけど、イケメン先輩じゃないからね」


 と、否定されてしまった。


「えっ⁉」


 違うの⁉


「みっくんさぁ、私とイケメン先輩のことくっつけようとしてたけど、的外れもいいとこだよ」

「え……じゃ、じゃぁ……」


 ――二人の中心にいるのは誰かしら?


 姉ちゃんの言葉が、また頭に響いた。




 あの日――ひよりと中条が家に来た日、ひよりに「私が好きなのは、みっくんだよ」と告げられた。

 俺は、頭が真っ白になって、その後のことは、よく覚えていない。


 その後食べた夕飯の味も、その時になにを話したのかも、記憶になかった。


 それくらい、衝撃だったんだ。

 ひよりが、俺を好きだなんて、なにかの間違いじゃないか?


 何度も何度もそう自問して、でも結局本人から面と向かって言われたのだから、間違いないんだ、と自答する。


 あの時――ひよりが俺に告白した時、俺の頭を過ぎったのは、中学時代のあの記憶。


 一番仲良かった友だちの好きな子が俺を好きだった、っていうあれだ。


 あの時の、足元がすくむような感覚に襲われて、俺は中条の顔を見れなかった。

 俺のせいで、傷つけてしまったかもしれないから。そしてその顔を見るのが怖かった。


 中条本人の口からひよりが好きだと聞いたわけではないけれど、好きじゃないという確証もどこにもない今、俺の中では中条がひよりを好きだという説は有力なことに変わりはない。


「おはよう」

「おはよー。尊がこの時間に登校って珍しいじゃん」

「うん、ちょっと……」


 いつもより早い時間に登校すると、既に登校して本を読んでる太一が居た。さすが本の虫。今日も今日とて一番乗りなんだろう。

 どうして時間を早めたのかというと、ひよりと顔を合わすのが気まずいという単純な理由だ。昨日の今日で二人きりになるのは避けたかった。


「あのさぁ……」


 教室は、そこそこ人が居て賑やかだった。「ん?」と太一が振り返る。


「たとえばの話なんだけど……」

「うん」

「それまで恋愛対象として見てなかった相手から突然告白されたら、どうする……?」

「――お前さ、聞く相手間違えてるだろ。彼女いない歴=年齢の俺に聞くことじゃない」


 たぶんそう言われるだろうな、と思った。

 俺は「まぁ、そうなんだけども……」と続ける。


「だってさ、こんなこと聞ける相手お前以外いないじゃん」


 コミュ障の地味メン舐めないでもらいたい。

 伊達にじめじめしてないぞ、俺は。


 ひよりには、すぐに返事しないでよく考えてほしい、と言われている。


 ひよりのことを恋愛対象として見たことは一度もないから、正直なにをどう考えればいいのかわからない。

 中学の時にあの事があって、今の今までずっと顔を隠して人ともあまり関わらないような生活をしてきたから、誰かのことをそもそもそういう目で見たこと自体がなかった。


 仕方ない、コミュ障たる所以だ。


 それでも、やっぱり中条のことを抜きにしても、ひよりのことはちゃんと真摯に向き合おうと思う。


 太一は、うーんと唸った後、口を開いた。


「人間的に好きなら試しに付き合ってみたりもありなのかなー? んー、でもそれで上手くいかなかったら気まずくなるしな……断わっても気まずくなるんか? 悪い、ホント全然想像つかねぇ」

「だよなぁー、俺も全くだよ……」

「ところで」

「うん?」

「――美少女と美男子、どっちに告られたの?」

「……ん?」


 ワンテンポおくれて太一が言わんとすることを理解した俺は固まった。

 美少女=ひより、美男子=佑太朗ってことだろう。

 冷や汗が背筋を流れた。


「な、なんの話?」

「正直に言ってみ」


 これは……隠せないな……。

 もう確信してる太一の顔を見て諦めた俺は、誰にも言うなよと念を押してから「美少女」と答える。


「つーか、美男子のほうはあり得ないだろ」

「え、なんで? 同性だからって恋愛対象にならないとは限らないじゃん」


 太一が同性愛に肯定的なのが意外だった。いくらLGBTQが広がりつつある世の中でも、偏見の目を持つ人の方が多いような気がしていたから。


「それに、どちらかと言えば美男子の方が有力候補だったけど」

「えっ、だってアイツ彼女いるって……」

「ただの女除けって可能性もあるし?」


 はたまた予想外の鋭さに俺は目を見開いた。けれども、どうして彼女がカムフラージュだからといって俺に気があることになるのか。そこが理解できない俺は、「ないない」と全否定する。


「美男子が好きなのは美少女って相場は決まってんだよ」

「そうか? じゃぁ逆もまた然りだよな? ってことは尊は美男子ってことになる」

「おま、揚げ足取るなよなー。ひよりは例外なんだよ、きっと」


 そうに違いない。こんな地味メンを好きになる物好きなんだから。


「幼馴染のフィルターがかかってるんだよ。言うじゃん、ブスは三日で慣れるって」

「いやお前な……、そもそも人を好きになるって見た目だけじゃないだろ」

「あーまぁなー」

「で、どーすんの」

「……わかんない」


 考えてと言われたし、考えようとも思っているけど、なにをどう考えれば良いのか、全く分からない。コミュ障と言われてきた俺だけど、それで特段困ったことはなかった(はず)なんだが……。

 ここにきて初めて自分がコミュ障なのを恨んだ。


 ひよりは確かに俺にとって、大切な存在であることは間違いないのだ。

 だから、傷つけたくないのが本音。

 いい加減な対応だけはしたくなかった。


 太一は、俺がそれ以上話す気がないと踏んだのか、「だよな」と言って前に向き直って本を開いた。それをなんとなく眺めつつ、俺は窓の外に目をやる。


 校門からぞくぞくと登校する生徒たちの中に、ひよりと中条を見つけてしまった。

 本当になんとなく見ただけなのに、目立ちすぎなんだよな、アイツら。相変わらず二人とも仏頂面をかまして言い合っているようなのが遠めでもわかるほど。周りもなんとなく二人と距離を取って歩いてる感満載だし。

 どっからどう見てもお似合いの美男美女カップルなのに。なんであんなに喧嘩ばっかするんだ……。


 ――中条は、昨日、俺に告白するひよりを目の当たりにして、どう思ったんだろうか。


 傷つけてしまっただろうか……。

 きっとそうだよな……。


 ひよりの隣で眉間に皺を寄せる中条を見て、胸が痛んだ。



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