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第2話

 2年生になって、2週間が過ぎた。

 新学期特有のちょっとふわふわした雰囲気が落ち着いてきて、クラスメイトたちはグループを作ったり作らなかったりとそれぞれの居場所が出来上がっていた。


 もちろん、クラスの中心は中条だ。


 中条の周りには、男女問わずいつも人が絶えない。


「なぁ、今日みんなでカラオケ行かね?」


 昼休み、みんな食べ終わって各々がまったりと過ごす中、中条のグループの一人が言い出した。それはもちろん、俺に掛けられた言葉ではない。


「いいね~、佑太朗も行くだろ?」

「そうだなぁ、行こうかな」

「あ、じゃぁあたしらも行く~」

「おい、じゃぁってなんだよ……なんて現金なヤツら!」


 中条が行くと決まった途端に、それまで会話に入っていなかったはずの女子がすかさず反応する。


 すごい……、磁石みたいだな。


 中条が磁石なら……、周りの人たちは、磁石に吸い寄せられる砂鉄といった所だろうか。

 いや、それはいくらなんでもちょっと失礼か。


 などと頭の中で思っていると、


「中条くんて、コバエ〇イホイみたいだよね」


 俺よりひどいやつがいた。


「ぶっ」


 ぼそりと呟やかれたそれに俺は思わず噴き出す。


「蝿に例えるって、お前……」


 誰かに聞かれてやしないか、キョロキョロしてしまう。


 発言者の今田太一いまだたいちは、こっちを向いて座って俺の机の上で小説を読んでいた。

 1年の時に同じクラスだった太一は、この高校で唯一俺が友だちと呼べるレベルのクラスメイトだ。

 『片瀬』と『今田』で席が前後だったのが始まり。俺に同じ匂いを感じたのか、太一の方から話しかけてくれて、それからずっと行動を一緒にしている。


 だから2年のクラス替えでこいつの名前を見つけた時はちょっとほっとした。もしかしたら、俺があまりにも友だちがいないのをずっと心配していた担任の采配かもしれない、と思ったほどだ。


「しかも、すごい効果抜群なやつ」

「確かに」


 笑いながら、俺はその光景を思い浮かべる。

 甘い匂いに釣られて迷い込んだ蝿は、どうなるんだろう。

 蜜の甘さに溺れて抜け出せなくなるのだろうか。


 それは、幸せなことなんだろうか……。


「佑太朗もリンスタやろうよぉ」


 女子の声に思考が強制シャットダウンされて、我に返る。ぼーっとしてたせいで、手元のスマホ画面は真っ暗だ。


「んー、俺三日坊主だからやめとく」


 中条は、ごめんねと誘ってきた早川さんに謝った。


 あぁ、こういうところなんだよなぁ。

 中条の、柔らかな物腰とその丁寧さが、人を惹きつけているのだと、この2週間で感じたことだ。


 中条の存在は1年の時から知っていたけれど、クラスも違うし接点も無かったから、彼がどういう人なのか全然知らなかった。


 噂でしか知らなかった『中条佑太朗』という人は、この目で実際に見てはじめて俺の中で架空の人物から実在するものとして認識された気がする。


 なんだ、中条ってリンスタやってないんだ。


 って、なに俺残念がってんだ。


「尊は、リンスタやってたっけ?」


 小説読んでるくせに、さっきからちょいちょい彼らの話題に乗ってくる太一に、「うん」と短く返す。

 というか、コバエ〇イホイとか言っといて、太一もその一人になっちゃってるんじゃん。

 まぁ、聞き耳を立ててる俺もその人のこと言えないんだけど。


「でも俺は見るだけで投稿はしてないよ。太一は?」

「やってる」

「え、マジで? 意外なんだけど」

「読書アカな」

「あぁ」


 納得。趣味読書だもんな。


「おすすめ本とか紹介してる人の投稿見て、次読む小説決めてる」

「活用してるねー」


 俺は、miccoのアカウントの反応を見たり、可愛いグッズやお気に入りのブランドの新作チェックしたりする程度。


「かーたせー!」


 突然呼ばれて、俺は声の出所を探す。


「こっちこっち」


 廊下の窓からクラスの女子が手招きしているのが目に留まり、俺は慌てて席を立った。


 えっと、確か……、笹本さん、だったかな。


 2週間経ってもまだ顔と名前が一致しないなんてコミュ障か。


 廊下に出ると、(たぶん)笹本さんの隣にもう一人、見知った顔がいて納得。


「ごゆっくりー」

「あ、ありがとう」


 一応、呼んでくれたお礼を言って、俺は残ったもう一人と向き合った。


「へへ、来ちゃった」


 まるで彼氏の家におしかけてきた彼女が言うようなセリフを口にしたのは、家が近所の臼井ひより(うすいひより)だった。いわゆる幼馴染ってやつ。


「ひより……」


 ひよりがここに受かったというのをすっかり忘れていた俺は、面食らう。

 すっかりJKになったその姿が見慣れなくて、なんだか直視できない。


「つか、呼び出すならMineマイン使えばいいだろ」

「だってぇ、みっくんのこと驚かせたかったんだもん」

「あそ、で、なんか用?」

「ひっどーい! 久しぶりの再開にその塩対応はないんじゃない?」


 と言われてもなぁ……。


「合格おめでとう。制服似合ってるよ」


 少し考えて、なんとかそれらしい話題を出してみる。

 昔から可愛かったひよりは、何を着ても似合うんだよな。


「ネクタイずれてる」


 言いながら、手を伸ばして整えてやる。


「うん、これでおっけ」

「あ……ありが、とう」


 うーん、さっきから通り過ぎる生徒がチラチラと視線を向けてくるのが、気になった。

 なるほど、その視線の的はひよりか。


 一つしか違わないひよりは、姉ちゃんとも仲がよく、家族ぐるみの付き合いで俺にとっては妹みたいなもんだけど……。こうして改めて見れば、ひよりの可愛さはちょっとレベチかも。


 大きな二重の瞳と小さな鼻、薄い桜色の唇がバランスよく配置された、まだ少し幼さを残した『可愛い』と『綺麗』の狭間にあるような顔は、控えめに言っても美少女と呼ぶにふさわしいだろう。

 いつの間に染めたのか、明るい茶髪はツインテールに結ばれ、ウェーブを描いて肩に触れるか触れないかのところでふわふわと揺れていた。

 既に膝上10センチに仕立てられた真新しい制服のスカートから覗く足は、スラリと細い。


 この洗練された美少女と、ぼさぼさ頭の黒縁眼鏡男子というアンバランスな組み合わせもまた注目される一因となっているのだろう。


「ほ、ほら、そろそろ予鈴鳴るから教室戻りな」


 視線にいたたまれなくなって、ひよりの肩を持ってくるりと向きを変えて背中を押した。


「えっ、ちょっと、みっくん」


 振り返るひよりは不服そうだけど、今はそれどころじゃない。これ以上ひよりと一緒にいるのは、危険だと、俺の中で警鐘が鳴った。

 俺の平和な高校生活が危ぶまれるのだけは、ごめんだ。


「ほら、鐘鳴ったから帰れー」

「んもー!」

「じゃぁ、またな」


 ぶーたれながら教室に戻っていくひよりを見送って教室に戻った俺は、一瞬固まる。


 ひぃっ!


 クラスメイト達がこぞって俺を見てる!

 気のせいかと思って後ろを振り返ったけど、誰も居なかった。


「なぁっ! 今の誰?」

「めっちゃ可愛かったー! 1年生だよね?」

「何組?」


「えっと……、中学の時の後輩で、何組なのかはごめん知らない」

「なぁ、片瀬、お前まさか……、いや、ないか」


 あーはいはい。

 付き合ってるのかって聞こうとしたんでしょうよ。

 聞くまでもなく、ないですよね。


「なにしてんだ? 授業始めるぞー」


 次の授業の先生が現れて、その場は収まる。まだ情報を聞き出そうとする男子から逃れられたことに、俺はほっと胸をなでおろした。


「尊……お前まさか……、いや、ないよな」


 席に戻った俺に、太一がさっきの言葉をこれ見よがしに繰り返す。

 俺は、お礼に舌打ちを返しておいた。





 Mineにひよりから『一緒に帰ろう』というメッセージが入っていたが、『用事があるから無理』と丁重にお断りしておいた。


 美少女と地味男子が一緒に帰っているところを見られでもすれば、翌日学校で面倒なことになるのは明白。


 俺は、極力目立たずひっそりと、平和に過ごしたいんだ。

 それは、miccoのこともあるけど、もともとの俺の性格によるものでもある。人とのコミュニケーションは、できるだけ最小限に留めたい平和主義者(またの名をコミュ障という)なんだな俺は。


 用事がある、と言った手前、すぐに帰って鉢合わせするのも嫌だった俺は、教室で小一時間過ごしてから動き出した。


 すっかり人気のなくなった廊下を進み、昇降口へと向かう。

 聞こえてくるのは、かすかな話し声と運動部の掛け声、それと、特別棟から管楽器の退屈そうなロングトーン。


 こんな時間に帰るのは久しぶりだな、と思いながら俺はスマホを取り出してなんとなくリンスタを開いた。


 俺のTLにはフォロー中のファッションブランドの投稿がずらりと並ぶ。

 もうすでに夏服の新作が投稿されている。


 スクロールして目に留まったものをタップする。


 可愛いけど……、ちょっと露出が多いな。


 夏は、俺にとってはあまりいい季節じゃない。

 いくら華奢だと言っても、俺は男で……、声も変わった今の体は昔と違いごつごつした男らしさが目立ってしまう。

 自分の体に嫌悪感があるわけでもないけど、「かわいい」を追及するためには、できるだけ露出を避けたかった。


 まぁ、その辺は、姉ちゃんが小物やポーズでうまいことちょろまかしてくれるんだけど。


「――うわっ」

「っ?!」


 そんなことを考えながら歩いていたせいで、俺は自分以外の足音に気づかず、丁度廊下と階段の曲がり角、出会い頭に誰かと衝突してしまった。


 相手は走ってきていたようで、俺は後方に吹っ飛ばされた。

 衝撃でぎゅっと瞑った目の中に火花が走る。


「ったー……」

「悪いっ! 大丈夫か!?」


 打ち付けた体の痛みに耐える中、聞こえてきた声に、俺はハッとする。


 この声、中条だ。


 だけど、顔をあげても景色がぼんやりとぼやけていて、中条の顔を認識できない。

 眼鏡が、ない。


 あ、やべ。


 0.1を切る俺の視力を舐めてもらっては困る。床を見ても眼鏡がどこにあるのか全然見つけられなかった。


「だ、大丈夫……、だけど、眼鏡が……」

「ここにあった。……良かった、壊れてはなさそうだけど……、ホントごめ、――あぁっ!」


 なんだ、なににそんなに驚いているのか。

 差し出された眼鏡を受け取ろうと手を伸ばしたが、それは空を切る。


 ――カラン


 と乾いた音は、きっと俺の眼鏡だろう。割れてないことを祈るしかない。


「片瀬、血が出てる!」

「え……?」


 声と一緒に、俺の両頬が中条の手に挟まれた。


「ちょっと見せて!」


 抵抗する間もなく、中条は俺の前髪をかき分けたのだった。




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