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第15話


「――イケメン先輩はみっくんをどうしたいんですか?」


 イノシシ女と出かけるからと言って俺を誘った尊。なにか企んでいるとは思ったが……、まさかこいつと俺をくっつけようとしてるとは思わなんだ。


 なにがどうなったらこのカップリングが上手くいくと思ったのか……、尊の思考回路が全くもって理解できない。


 にしても、イノシシ女のヤツ脈無しもいいとこだな。


 さすがの俺も、哀れに思えてならないが、当の本人は開き直っているようなので放っておいて問題なさそう。


「――どうしたい……ねぇ……」


 正直、深く考えてなかったんだよな……。別に今が楽しければいーじゃん、みたいな。ずっと恋焦がれていた白雪姫を見つけて舞い上がってたのもある。


「恋愛対象、同性なんですか?」


 ずけずけと聞いてくるイノシシ女にちょっとイラっとしながらも、俺はいい機会だと「いんや、女の子大好き。……だけど……」と間をおいて、目の前のちっこい女を見る。


「だけど?」


 美少女だと周りからもてはやされるのも納得の、大きな瞳を俺はまっすぐ見つめて言った。


「尊は俺の特別なんだよ」


 このイノシシ女にも誰にも渡したくないくらいに、特別だ。

 どうしようもない独占欲が、俺の中にあった。


 それを、今更だけど、イノシシ女にも釘を刺しておこう、とはっきりと伝えれば、生意気にも鋭い双眸で睨み返された。幼馴染として長い付き合いの尊との間に、俺が突然入り込んできたんだから、イノシシ女からすればたまったもんじゃないだろうな。


 悪いが、そんなの、俺の知ったことではない。


 自分でも、尊への独占欲がなにからくるものなのか、正直わからない。

 あいつは男なのに、こんなにも惹かれるなんて、不思議でしかたなかった。でも、しょうがないじゃないか、好きなものは好きなんだから。


 恋だの愛だの友情だのなんだのと、名称を付けなきゃいけない決まりなんてどこにもないだろ。


 俺は、内心開き直りつつ、ついこの間、外階段で尊を抱きしめたことを思い出す。


『なんか、俺にできることあれば言って』


 リンスタのことで質問攻めにあう俺に責任を感じた尊が、罪滅ぼしで言ったそれに乗じて抱きついた。

 半ば衝動的にとった行動だったけれど、尊のやわらかな香りに包まれた瞬間訪れた幸福感に、それまでの疲労感なんか一瞬で吹っ飛んだ。


 尊は、見た目はそりゃ文句なしにかわいいけど、中身だって知れば知るほど憎めないかわいいやつだ。真面目でちょっと冗談が通じなかったり、恋愛事情に疎かったり、からかいがいがあって面白い。


 あと、姉ちゃん思いの弟で、イノシシ女のことでさえ大切にしている優しいやつ。

 miccoになれば、人が変わったように真剣にmiccoになりきっているし、この前の撮影なんか、俺に対抗心むき出しで向かってきてた。その一生懸命さがまたなんともいじらしいんだ。


 気づけば、いつも尊のことばかり考えてる自分がいる。


 今日だって、イノシシ女が一緒だとわかっていたけど、楽しみで仕方がなかった。


 目の前でにこにこと満足そうにコーラを飲む尊を見て、俺まで幸せな気持ちになる。隣で目を吊り上げて俺を睨むイノシシ女なんか視界に入らない。


 例え、言い出しっぺが今日のプランを何一つ考えてなかろうと、許せてしまうだけのかわいさがあるんだ、尊には。






 ファミレスで昼食を済ませた俺たちは、中条の提案で近くにあるスポーツやアミューズメントが楽しめる大型レジャー施設へと足を運んだ。


「さぁ、食後の運動と行こうじゃない」


 無駄に張り切るひよりと、それに悪乗りする中条を遠目に見ながら俺は観戦を決め込もうとしていたのに、二人ともなにをするにも俺を引っ張って……。


 今日のデートは、キューピッド作戦なのに。


 俺は影を潜めて二人だけにしてやろうと思っていたのに、そんな俺の思惑とは裏腹に二人は俺を離してくれなかった。


 頑なに俺を引っ張りまわす二人を見て、そうか、二人きりになるのが恥ずかしいのかもしれない、と思った俺は、仕方なく付き合うことにする。こうして三人で過ごすうちに慣れていくだろう。


 こう見えて、長期戦は得意だ。


 なんてたって、生まれた時から姉ちゃんのままごとに付き合わされてきたんだからな。こう言ってしまえば姉ちゃんに怒られそうだが、現在進行形と言っても過言ではない。


 長年培ってきた忍耐力がこんなところで役に立つのは喜ばしいことだ。


 だけど、俺は、中条とひよりがわーわー言い争うのを、微笑ましいなと思う一方で、フクザツな気持ちで見ていた。


 俺を間に挟んで楽しそうに笑い合う二人は、こうしてみると本当に美男美女のお似合いカップルだし、こうして地味さマックスの俺が居るのもなんだか場違いで不釣り合いだと思い知る。


 なにより、俺を落ち込ませる原因は……、もしこの二人が付き合ったら、俺と中条の関係がなくなってしまうのではないか、という不安だった。


 ひよりとは、長い付き合いというのもあって、その不安はなんとなくない。

 けれど、中条は別だ。

 俺と中条はmiccoをきっかけに急接近したものの、関係自体は1カ月も経っていないのだ。ましてや俺は中条の想い人であるひよりの幼馴染という、いやーなポジションでもある。


 そんな男と、仲良くしたいと思うだろうか……。


 今でこそ利用価値があるだろうが、晴れて付き合えたなら俺はお払い箱だろう。


 そう考えたときに、このままの関係がいいなんて思ってしまう、薄情で心の狭い自分がいて心底辟易した。


 中条の、心を許したような、あのなつっこい笑顔がひよりに向けられるたびに、お腹のなかにもやっとした気持ちがもくもくと膨れていく。


 あの笑顔は、俺にだけ向けられていたはずなのに……。


 なんなんだろうか、この気持ちは。


 俺の目の前で仲良く笑いあう二人を眺めながら考えていたけれど、答えなんか見つからない。


 俺は、今までに感じたことのないその感情に、言いようのない不安を覚えていた。







 俺の週末キューピッド作戦は成功に終わった。


 ――と、言えるのか?


 あの日以来、顔を合わせれば前にも増して飛び交う言い合いに拍車がかかっているようにすら思う。


 しかも俺を間に挟んで、だ。

 いくらなんでも、恥ずかしがり屋が過ぎるんじゃないか?


 でもまぁ、喧嘩するほど仲がいいって言うしな……、多分大丈夫。と自分に言い聞かせる俺。


 相変わらずのもやもやを胸に抱きながらも、俺はふたりをあたたかく見守り、時にそっと背中を押してやろうと思っていた。


 そんな、平和(?)で穏やか(?)な日常を送っていた矢先、事件は起こった。


「miccoとのリンスタの件、だいぶ落ち着いてきたよな」


 掃除当番でじゃんけんで負けた俺は、ごみ捨てに来ていた。重たいごみ袋を持って……と言いたいところだが、それは今隣を歩く中条が持ってくれている。(俺は自分で持つと言ったのに、頑なに返してくれなかった。)


 最近、なぜか俺と一緒に下校したがるこいつが、「暇だから」と勝手についてきたのだった。


 俺たちは昇降口から靴に履き替えて、ゴミ捨て場のある校舎裏へと進んでいく。体育がなかった今日は、外気が頬に心地いい。


「そうだなー、まだ呼び出しあるけど」

「あー……」


 呼び出し、それは告白の呼び出しだ。前から人気だったこいつが、リンスタグラマーとコラボしたことで株が高騰。ワンチャン狙った女子生徒たちの特攻隊が後を絶たない。身を投げた隊員たちが戦場で屍と化したのは言うまでもない。――冥福を祈る。


「モテる男はツラいなー。……まぁ、振られた女子たちも哀れだけど」


 なにを隠そう、こいつはひよりに想いを寄せているんだから、致し方ない。


「人の好意を拒むっていうのも、結構しんどいんだけどな」

「あ、そ、そうだよなっ、悪い、責めてるわけじゃないんだ」


 慌てる俺に、中条は「わかってるよ」と微笑みを返してくれる。その笑顔が優しくて、俺の心臓がとくんと鳴った。イケメンの笑顔って、心臓に悪いな。


「半分というか、大半は尊のせいなんだぞ?」

「そうだよな、俺と姉ちゃんが写真を投稿したのが元凶だもんな、」

「――じゃなくて」


 静かな校舎裏、俺と中条は歩を止めて向かい合った。俺はこいつの言わんとすることがわからなくて次の言葉を待つ。


「俺、お前以外のヤツに興味持てないんだもん」

「……ん?」


 俺以外のヤツに興味が持てない?


 どういう意味だ?


 あれ?


「えっと、中条……?」


 miccoのことを言っているのだろうけれど、miccoは俺だし、俺は男だし。

 だから今は、ひよりに想いを寄せてるんだよな?


「だから、責任とってよ」

「せ、責任って……? え? なに、を」


 ひよりとの間を取り持てってこと?

 今、ひよりのひの字すら出てないのに?

 全くもってわからない。


 けれど、俺を見つめる熱のこもった目に釘付けになる。

 なにかを強く訴える深い茶色い瞳には、俺だけを映していた。


「ちょっと試させて?」


 俺は、会話の前後から、その言葉の意図を理解できないまま、横にいるそいつを見上げる。

 俺よりも10センチは遥かに高い所にある顔は、とても綺麗で……、男に向かって綺麗だと言うのはあまり喜ばれないかも知れないけど、俺の目にはそう映った。


 明るく染められた茶髪と、耳に飾られた幾つものピアス。そのどれもが見劣りすることなく、よく似合っていると思う。


 試すって、何を?


 俺たちは今、掃除当番でごみ捨てに来ているだけなのだ。何を試す必要があると言うのか、疑問に思ってそう言おうと口を開いたとき――――


「んんっ?!」


 俺の口はなにか、柔らかいもので塞がれていた。

 言うまでもなく、それが中条の唇で、ぬるっと差し込まれたのは舌であることにはすぐ気づく。

 何度も漫画やテレビで見ては、どんな感じなんだろうと想像していたキスだ。


 自分の身にそれが起こっていることに驚いた俺は、条件反射のように中条の胸を押しのける。しかし、腰をがっちりとホールドされていてびくともしない。顔を逸らそうにも、後頭部をがっしりとつかまれていてそれも無理だった。


「ん……ふぅっ……はっ」


 あ、やば……。


 ――キスって、こんなに気持ちいんだ……。


 初体験からの発見。

 なにがどうなってこうなっているのか、わからないけど。

 抵抗なんか忘れるくらいの快感に支配され、俺の頭にはそんな感想だけが浮かんでいた。


 甘い刺激に、脳が蕩けてしまいそうだ……。


「……っ……ふ……ん……」


 どのくらい、キスしていたのか。

 ようやく頭が現実を見始めた頃、俺は解放される。


「――はっ……はぁ……っ」


 しかし、俺は突然与えられた刺激的すぎる快感と酸欠とでふらついてしまう。


「大丈夫か?」


 ――しっかりしろ、俺!


 俺は男で、こいつも男だということを忘れてはいけない。

 しかも、ここは学校。


 恥ずかしいのに、朦朧とする頭で見上げれば、こちらを見下ろす中条と目が合った。


 頬を上気させ恍惚とした表情に、不覚にも胸がドクン、と跳ねる。


 あぁ、忘れてた。

 こいつが、学年、いや学校一のイケメンだってこと。


 そのせいで、俺のファーストキスを奪ったこいつを怒るべきなのに、そんな感情はなぜだか沸き起こってくる気配がない。


 それどころか、「そんなに良かった? 俺のキス」と言わんばかりのドヤ顔に、見惚れてしまう。


 くっそ……。

 悔しいけど、言い返せない。(言われてもないけどな)


 俺がなにも言えないでいると、国宝級イケメンはとんでもないことを口にした。


「あー……やば……、その顔めっちゃそそる、もっかいしてい?」


「いっ、いいわけないだろ! バカやろぉぉぉおおおお!」


 俺は走って逃げだしていた。




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