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第11話

 美術室で授業の開始まで暇を持て余していた俺の目に、一人で教室に入ってくる今田の姿が入った。

 片瀬は、途中でトイレにでも寄っているのかもと深くは考えなかったものの、いくら経ってもやってくる気配がなくて、俺はトイレに行ってくると周りに告げて来た道を戻る。


 そして、一年生の教室がある階段の踊り場でイノシシ女につかまっている片瀬を見つけた。


「ひよりは可愛いからモテるだろうなぁ」


 片瀬のつぶやきのような言葉に、顔を真っ赤にさせるイノシシ女を見た瞬間、体の奥底からどろどろとした感情が沸き起こる。

 コールタールのような、黒い液状のものがどこからともなく染み出てくるようだった。


 こんな感情、俺は知らない。


「も、もう一回、言って! みっくん」

「だから、ひよりは、」


「――――はい、そこまで」


 片瀬の唇が「可愛い」とつむぐよりも先に、俺は二人の間に割って入る。

 考えるよりも先に、体が勝手に動いていたんだ。

 なんで、こんなもやもやするんだろうか、と俺は自分で自分の気持ちを持て余していた。


 ギャーギャーとうるさいイノシシ女を適当にあしらって、その場を去る頃には、廊下には人気はなくてとても静かで……、でも俺の心はちっとも鎮まらない。


 抱き寄せた片瀬の肩はやっぱり男のそれだけど、か細くてほんの少しの力で折れてしまいそうなくらい頼りなかった。


「――で、イノシシ女がお前に構う理由ってのはわかったのか?」

「いや、それがわからないんだ」

「好きだから以外ないだろ」


 可愛いって言われて真っ赤になってるイノシシ女を見れば、そんなの一目瞭然なのに。片瀬はなぜだか、頑なにそれを認めようとしない。――というより、その選択肢が端から存在しないかのような思考回路を不思議に思っていると、片瀬が驚きの一言を放つ。


「どこの誰が女装癖のある俺を好きになるんだよ」

「は? お前がmiccoってあいつ知ってるのか?」


 思わず止まる足。

 「あれ、言ってなかったっけ?」とのんきに首をかしげる片瀬に対して、理不尽な怒りを覚えた。

 そりゃ、聞いてもないんだから、片瀬はなにも悪くない。

 なんとなく、片瀬の秘密を知ってるのは俺だけだと勝手に勘違いして優越感に浸っていた自分が悪いんだ。


 でも、その秘密を共有しているのが、よりにもよってあのイノシシ女とか……。


 行き場のない怒りや不安が、さっきまでのもやもやと一緒にごちゃまぜになって俺を支配していく。

 気づけば、先を行く片瀬の肩を掴んで、力任せに廊下の壁に縫い留めていた。


「な、なにすんだ――」


 突然のことに驚いた片瀬は、俺から逃れようと身じろぐがそうはさせない。


「片瀬は、あいつのことどう思ってんの?」

「あいつって、ひより?」

「そう、お前のことが好きなイノシシ女」


 黒い瞳を見開いて長い前髪の隙間から俺を見上げた。けれど、それも一瞬のことで視線はすぐに逸らされる。

 瓶底眼鏡の奥の瞳は、実際より二回りも小さく見えて片瀬を残念な顔にしている。


 素顔は、こんなにも綺麗で可愛いのに。


 その可愛さをまわりに見せびらかしたいのと、俺だけの秘密にしたいのと、相反する感情が存在していた。

 秘密にしてくれという片瀬の頼みがなかったとしても、結局俺は、自分だけが片瀬の可愛さを知っているという優越感に浸る幸せを選ぶだろうけど。

 そこにあのイノシシ女が加わっているのが気に入らない。


「だから、それは誤解だって……」

「お前はどうなんだよ? もしイノシシ女に告白されたら付き合うのか?」


 それは、片瀬とイノシシ女との問題であって俺には関係ないのに、気づけばそんなことを問い詰めていた。


「な、ないない! あいつは妹みたいなもんで、恋愛対象にはならないよ」


 片瀬の口から聞きたかった言葉を聞き出して、俺は胸をなでおろす。


「そっか……よかった……」


 安堵感から、思ったことがそのまま口に出ていた。






 今日は、待ちに待った撮影の日。

 佑子ちゃんが拝める日だ。


 普段、miccoの撮影は月に2回ほどレンタル撮影スタジオを借りて行うのだが、今日はいつもとは違うスタジオに来ていた。


「えらい奮発したな、姉ちゃん」


 スタジオ入りした俺の第一声に、姉ちゃんはふふんと胸を張る。

 以前来た時に、久しぶりの新作だから特別だと言っていた所だ。

 マンションの一室を右と左とで雰囲気をガラリと変えた内装になっていて、それぞれに高級感漂う家具が配置されている。


 なんていうんだっけ、なんとかデコ調? アンティークを思わせる革張りのソファや足がくるんとしてて、絶対足ぶつけるだろこれっていうようなテーブルなんかがシャレオツ。


「おぉ、すげぇ。スタジオとか久しぶりだなー」


 俺の背後から覗くように顔を出した中条が興奮気味に言った。

 スタジオの最寄り駅で待ち合わせをして、既に姉ちゃんとも顔合わせ済み。中条を見た姉ちゃんのあの興奮の仕方といったら半端なかった。


 俺の肩をバシバシと叩いて、「ちょ、待って! 顔面偏差値高すぎ!」「ヤバい、創作意欲が溢れてくる……! 源泉が開発されてしまった……!」とか意味不明なことを口走っていた。


 中条は、「片瀬とはまた違う美人さんだな」といつものパーフェクトスマイルを浮かべてへらへらしていた。


「そっか、佑太朗くんはモデル経験あるんだもんね。今日は期待してるよー!」

「俺も期待してるからな! よろしく先輩」


 ふふふ、佑子ちゃんをスマホに納めて弄ってやるんだ。

 姉ちゃん、頼んだぞ!




 俺がmiccoの準備をしている間、中条はずっと嬉しそうにこちらを見ていた。

 それはそれはもう、俺が恥ずかしくなるくらいに。

 姉ちゃんは俺のメイクアップに夢中で気づいていないが。


「おい、中条こっち見すぎ」

「ちょっと、喋らないの。見てたっていいでしょうが」


 叱られて、俺は黙り込む。

 姉ちゃんひでえ。

 どうせ世間はイケメンの味方だよな。


「こら、ふてくさるな。やりづらい」


 怒られる俺を見て中条はくすくすと笑ってる。

 やっぱり、中条は自然に笑った顔が可愛い。

 顔がくしゃっとなって、幼く見えるんだ。


 いつものよそ行き用のパーフェクトスマイルだってカッコいいけどさ。俺は断然こっちの笑顔のが好きだな。


 俺の『可愛いコレクション』の仲間に入れてやらなくもない。


「はい、これでいっかなー。あとは撮りながら調整するか」


 ようやく解放された俺は、鏡を覗いて全身チェック。


 うん、上出来。


 撮影の三日前から毎晩パックを施したおかげもあって、肌はぴちぴち。化粧ノリも抜群。

 自分で言うのもなんだが、姉ちゃんの作ったゴテゴテのゴシックロリータの衣装を完璧に着こなしている。

 まぁ、俺はなにもしていないんだけど。


「超可愛い」


 いつの間にか俺の後ろに立っていた中条と鏡の中で目が合う。


「化粧とカラコンだけでも雰囲気変わるんだなー。この前のmiccoとも全然違う」


 こう、なんていうんだ。

 miccoを見る中条の目はいつも優しいというか……、マジなやつな。


 あぁ、こいつホントにmiccoが好きなんだなーってひしひしと感じるっていうか。


 一言で言うと、モーレツに恥ずかしい。


「あんま見んな」

「いいじゃん、減るもんじゃないし」

「減る! 俺の気持ちがすり減る!」

「え、なにそれ? 照れるってこと?」


 今気づいたのだが、撮影中ずっとこいつに見られることになるんだよな……?


 拷問か。


 佑子ちゃんにばかり意識が持っていかれてそっちにまで気が回らなかった。


「ほらほら、いちゃつくのはあとあと! 先にmiccoだけピンで撮っちゃいたいから、佑太朗くんは、ちょっと待っててくれる?」

「了解です」


 ごめんね、と謝る姉ちゃんはテキパキと準備を進めている。俺は座てろと指示された革張りのソファに座ってスタンバった。


 カメラマンは姉ちゃんだ。


 miccoの販売を始めた当初はスマホで撮っていたが、そのうち写真の出来栄えにもクオリティを求めだしたと思えば一眼レフを購入。カメラの勉強も並行してしだした。


 何度も言うが、好きこそものの上手なれ。


 努力家の姉ちゃんは、マジで尊敬に値する。


「じゃぁ、撮るよー」

「ん、ポーズはどうする」

「そうねぇ、膝を揃えて背筋伸ばしてちょこんと座って目線こっち」


 ――パシャ


「ちょっと笑って」


 ――パシャ、パシャ


「ひじ掛けに手置いて、目線外して」


 言われるままポーズを取っていれば、次々にシャッターが押されていく。この小気味のいいシャッター音が好きだ。まさに『切り取られた』感覚を俺に与えてくれる。


「あとは適当にお願い」


 姉ちゃんの希望のポーズを一通り撮り終えると言われるのがこれ。

 適当ってのが一番ムズイんだって。


 それでも動かなければ怒られるから、俺はファッション雑誌で研究した「可愛い」ポーズをまねたりしてこの場をしのぐ。


「はい、休憩ー」


 姉ちゃんのシャッター音を合図にいくつかポーズを変えてようやくOKがでた。


「――――すっっげぇ! 片瀬かっけー!」


 あ、こいつ居るの忘れてた。

 すっかり姉ちゃんのペースに乗せられて集中できたおかげだ。


「お前、すげぇよ。マジでかっけー! 尊敬だわ」

「お、おぉぅ、……どうも」


 すごいのは、姉ちゃんだけどな。


「そうでしょ、そうでしょー。尊カッコいいでしょぉ」


 なんで、カッコいいってなるんだ?

 どっからどうみても「可愛い」だろ。


「環さん! miccoを生み出してくれてありがとうございます!」

「miccoを愛してくれてありがあとう佑太朗くん!」


 意気投合する二人を尻目に、俺はペットボトルの水をちゅるちゅると飲んだ。口紅が取れるからとラッパ飲みさせてもらえないのが地味につらい。


「よし、じゃぁ、二人とも着替えちゃってー。佑太朗くんは、これね」


 なにやら一式渡され脱衣所へと消える中条。


 いよいよ佑子ちゃんが拝めるぜ!


 にやけそうになる顔をなんとか押さえ、衝立の向こうで姉ちゃんに着脱を手伝ってもらい、次の衣装に着替えた。2着目もまたゴスロリだ。さっきのやつは黒ベースだったが今度のやつは白の縁取りがよく映えるブルーグリーン。

 裾がアシンメトリーで金ボタンがアクセントの軍服チックのカッコいいデザインだ。



「これ、いいね」

「気に入った? 今シーズン一番の自信作」

「うん、生地も薄いから夏でもイケる」


 カッコカワイイ衣装にテンション上がりながら、衝立から出た俺は先に着替え終えていた中条の姿を見て衝撃を受けた。


「はあぁあ?」




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