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ノヴォ・アスターテ:女神の箱庭。あるいは閉ざされた星。  作者: 白煙モクスケ
第3章:オペレーション・ジャバウォック

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47:拉致誘拐――陽動

今回は短め。

 惑星再生機構のケイナン大陸中部侵攻軍は攻勢区分の後半区分Dゾーンや最終区域Eゾーンに進攻し、本格的な抵抗と遭遇。まともな戦争を行っていた。


 諸国連合の援助なのか自助努力の成果か、民生飛翔船艇を改造した武装飛翔船や短距離離着陸機(COIN機)など航空戦力を持つ相手も登場し始めた。が、これに航空機群と航空艦隊が喝采を上げる。


「ボーナスゲームだっ!! キルマークを稼げるぞっ!!」

「稼ぎ時だっ! 野郎共、逃がすんじゃねえぞっ!!」

 特に制空戦闘の機会に餓えていた戦闘機部隊、元より意気軒高な戦闘飛翔艇達は獰猛だった。なんせ前者にとって船艇撃沈レコードは別格の名誉であるし、後者の場合、飛翔艇艇長を始めとする士官は出世に重要な功績になるし、下士官兵には高額な撃沈賞与や拿捕賞金を得る好機だったから。


 名誉。出世。金。人間にとって現世的利益の欲望ほど強力な動機と活力はない。


 ウォーメック部隊と敵性飛翔艇が交戦し、巨人と空飛び鯨がドンパチし合うという珍しい光景も生じたりしたけれど。敵性航空戦力は素早く狩り尽くされ、Dゾーンの空は惑星再生機構が支配した。


 圧倒的な空の戦いと違い、侵攻軍地上部隊は熱烈な歓迎を受けていた。

 惑星再生機構を迎え撃つDゾーンやEゾーンの武装勢力や国家には、相応の戦力を有しているところや諸国連合の支援を受けているところが少なくない。


 彼ら『歓迎委員会』はあの手この手で惑星再生機構を迎え撃つ。

 列強製兵器のモンキーモデルや中古品。カタストロフィ以前の年代物兵器。遺棄された品で組み上げられた自作兵器。修理や補修がされて動くガラクタ兵器。

 地面に埋められた『死の卵』達とそこかしこに仕掛けられた罠。次々と迫るカミカゼドローン。巧妙に偽装された野戦築城陣地、拠点化された街や集落。身を潜めた待ち伏せ部隊が構える携帯式対戦車ミサイルやロケット砲、対装甲レーザー砲。


 “熱い”歓迎に、惑星再生機構の主力戦車(MBT)や装甲車は車体前方に取りつけた対地雷ドラムで地面を地雷ごと耕し、飛び掛かってくる自爆ドローンや対戦車ミサイル、撃ち込まれる対戦車ロケットを砲塔上部に装備した近接レーザードームで撃墜し、車体両側に装着した金網防盾で防ぎ、複合装甲でレーザーに耐え、前進する。


 多脚戦車やウォーメックもまた、近接防御システムと装甲で浴びせられる鉄と炸薬と熱光線を防ぎ、耐え、前進する。

 装甲部隊が切り啓いた後を歩兵部隊が(なら)していく。生き残った敵陣や敵拠点へ陸戦ドローンが先陣を駆け、強化外骨格と重サイボーグの装甲兵が突撃し、歩兵が続く。


 損害は発生する。

 もうもうと黒煙を上げて燃え盛る戦闘車両や無人機。戦場に倒れ伏す多脚戦車や重装人型機動兵器。瓦礫や廃墟の中に横たわる重サイボーグやウォーロイド。被弾孔から搭乗者の血と機体のオイルを流す強化外骨格。戦場に骸を晒す人間。


 大局的に見れば微々たる被害。些少な犠牲だ。

 失われた車両や兵器は例外なく回収されて修理やリサイクルに回され、人間は死んでさえいなければサイボーグ化や再生治療で命を取り留め、復帰する。

 惑星再生機構の戦死者は、まだ1000名にも届かない。


 いまだ終わらない戦禍は、カルカソニアにも影響を及ぼしている。


 カルカソニアは北部国境周辺に常から国境警備部隊と民兵組織を配置し、国外逃亡を図る裏切者と国外から襲撃を企てる反体制ゲリラに備えていた。


 惑星再生機構の中部侵攻が始まってからは軍の部隊を国境付近へ送り込み、戦禍が及ばぬよう神経を尖らせている。侵攻軍の先鋒がEゾーンに到達してからは、警戒態勢を一層強めていた。


 カルカソニアの警戒は被害妄想とは言えない。

 国外の反体制派は戦火から逃れてきた難民や脱走兵を庇護する代わりに、物資や武器弾薬を受け取っていた。つまり、反体制ゲリラは惑星再生機構の中部侵攻によって戦力を充実させていたのだ。カルカソニアには傍迷惑な玉突き事故と言えよう。


 それでも、カルカソニアの北部国境周辺に送られた兵士達や民兵達はどこか弛緩していた。

 惑星再生機構の侵攻軍が定めた作戦完遂線はカルカソニア国境からゆうに100キロ以上も離れていたから、姿かたちはまるで見えないし、砲声すら聞こえない。悪名高きカルカソニアへ逃れようとする難民も皆無。国境に戦力が集められた関係で国外逃亡を図る連中も国外のゲリラ達もまったくいなかった。現れるのは精々が獣やミュータントくらいだ。


 軍の兵士や準軍事組織の民兵達は退屈に厭いていた。

 少なくとも、その夜までは。


 ・・・


 ・・


 ・


 夜色に染まった空に光帯が煌めく。領土の内と外を分かつ分離壁が夜光を浴び、影を伸ばしている。

 分離壁は大きく厚いコンクリート壁が主だけれど、地勢上の問題や資材の不足などから鉄骨と有刺鉄線に地雷で済ませている場所もあった。

 そして、分離壁の一定間隔ごとに安普請の監視塔や詰所が設けられ、自動射撃装置が据えられていた。

 監視塔や詰所の夜勤兵士達は大抵が退屈な監視業務にうんざりしている。


 真面目に侵入検知システムへ向き合っている兵士はごくわずかで、大抵の兵士は配給のタバコや甘味を賭けたカード遊びに興じたり、持ち込んだ雑誌や本とクロスワードパズルに数独などで時間を潰している。酷いところになると酒と娼婦を持ち込んでいる体たらくだ。


 そんな有様だから、むしろ夜間パトロールは歓迎される。退屈には変わりないけれど光帯の輝く夜空の下を散歩できるだけマシだ。


 分離壁に沿って哨戒行進する兵士達は普通の軍服を着こみ、バケツみたいな多機能ヘルメット――増幅と熱探しかない――を被っている。手には惑星再生機構や諸国連合から流れてきた型落ち品や中古品の突撃銃。


 コンクリート壁の辺りを担当するチームは気楽な散歩だけれど、鉄骨と有刺鉄線の辺りを担当する班はそれなりに警戒している。なんせ偶に国境外側から狙撃されるから。


「この辺りも早くコンクリ壁にして欲しいな」

 哨戒班の兵士が大雑把に並ぶ鉄骨の列や鉄骨の間に張り巡らされた有刺鉄線に異常がないことを確認し、鉄骨の間から覗く国境外へ顔を向けた。


 夜間暗視の視界に映る景色は起伏の目立つ荒野だ。乾いた大地にまばらに生える低木やぽつぽつと生える葉肉植物。野鼠一匹いやしない。動物や虫の声はなく、風音すらない。

 カルカソニアがあるヌーベル・オクシタニー地方の内陸部は標高の高い段丘台地で、アビニョン大湖という大水源があるにもかかわらず、乾燥した環境だった。砂漠が日中と夜間で寒暖差が激しいように、カルカソニアも夜は昼間の暑気が嘘のように気温が落ち込む。


「さっさと行こうぜ」

 班の面々が立ち止まっている兵士に声を掛け、先に進む。彼らはどたどたと足音を立て、装具や銃をカチャカチャと鳴らし、練度の低さを宣伝していた。


 哨戒班の兵士達がしばらく歩いていくと、225と書かれた自動射撃装置付監視塔が見えてきた。

「今夜の定期便は終わりだな」

 パトロールのゴールが見え、班長が鼻息をついた。


 その時。

 監視塔の自動射撃装置が動く。侵入検知センサーが何かを捉えた反応だった。


 哨戒班の兵士達はぎょっと驚き、慌てて散開。国境外へ銃を構える。目を大きく見開き、ヘルメット内ディスプレイに映る増幅と熱探の映像を凝視した。班長が通信機で225監視塔へ『どうなってんだ』と連絡を取り、班員達へ命じる。


「二時方向に動体反応だ」

 兵士達は言われた方角へ銃口を向ける。緊張でヘルメット内や背中、脇に汗が滲む。

「……大袈裟だよ。野犬かなんかさ」誰かが呟き「黙れ」と班長の叱責が飛ぶ。


 耳が痛くなるほどの静寂。自分達の呼気や心拍がうるさい。急速に口腔内が乾いていく感覚。自動射撃装置はまだ歌わない。


 夜空を雲が流れ、煌めく光帯の夜光が遮られ、闇が濃くなる。


 無音の時間が続く。自動射撃装置はまだ射撃待機を解除しない。


 静寂が続く時間に比例し、兵士達の緊迫感が強まっていく。小さかった不安が徐々に大きくなっていき、想像力が恐怖を形成し始める。用心鉄に添えるべき人差し指を無意識に引き金へ掛ける者も出始めた。


 鉄骨の合間から覗く荒涼とした景色へ銃口を向け、命の気配が乏しい荒野の起伏を睨み続ける。


 兵士達が息を飲んで銃を構える中、不意に荒野の起伏から影が現れた。


 兵士達が反射的に引き金を引き掛けた矢先。班長が「まだ撃つな」と声を張る。掣肘されねば、引き金を引いた奴がいただろう。

 朧げな影が徐々に形をはっきりさせる。


 その影は、人の姿をしていた。


 が。何かおかしい。

 左腕の肘から先がなく、酔っぱらいのようによたよたと千鳥足で歩いている。何より全裸で――


「なんだありゃ。ゾンビロイドか?」

 誰かが怪訝そうに呟く。


 何らかの理由で電脳がイカれて徘徊する野良のアンドロイドやサイボーグは、その見た目からゾンビロイドと総称されていた。多くは文明喪失圏の廃墟都市や戦場跡地にいる。


 不意に現れたゾンビロイドは顔や体の皮膚がかなり剝げ落ちていて、顔や胸の人造骨格が剥き出しになっており、裂けた腹部からエネルギーパックが覗いていた。


 自動射撃装置のAIは脅威度の判断がつかないのか、射撃しない。

 兵士達は緊張して損したとばかりに銃を下げ、笑い始める。よたよたと分離壁へ近づいてくるゾンビロイドを囃し立てる者さえいた。


 班長が225監視塔へ連絡して対処を話し合い、自動射撃装置がゾンビロイドへ照準を合わせて、ビッと赤い可視光線を放った。

 熱光学兵器の熱光線を浴びた隻腕のゾンビロイドは一瞬で上半身が融解し――


 カッと激しい閃光を放って大爆発した。


 あまりにも暴力的な熱圧衝撃波が、兵士達をボーリングピンのように薙ぎ倒す。

 もうもうと立ち込める爆煙と粉塵。苦痛に悲鳴を上げ、呻き喘ぐ兵士達。殺虫剤を浴びた蠅のように四肢を振り回す者。飛散したゾンビロイドの破片に喉を抉られ、窒息にもがく者。安い作りの軍服が引き裂け、血塗れのケツを晒す者さえいた。


 班長はヘルメットを脱ぎ捨てて胃液混じりの粘つく血を吐いた。衝撃波で内臓を損傷したのかもしれない。鼓膜が破れたらしく自分の吐息と呻き声が骨を伝ってメゲた聴覚に届く。部下達の悲鳴は聞こえない。

 三半規管が痛めつけられたせいか、視神経を損傷したのか、酷く歪み曲がった視界の中で班長は見た。


 鉄骨の間から覗く分離壁の向こう。荒野の起伏から数十体に及ぶゾンビロイド達がぞろぞろと現れる様を。


「ひぃっ」

 鼓膜が破れていたため、班長は自分の口から洩れた悲鳴を聞かなかった。


 監視塔の自動射撃装置がゾンビロイドの群れに向かって熱光線を放つ。再び爆発を予期した班長が頭を抱えて地面に伏せた。が、爆発は起きない。焼き潰されたゾンビロイドが荒野に倒れ伏し、後続のゾンビロイド達に踏みつけられ、砕かれる。


 爆発しない? 班長が恐る恐る頭を上げかけた矢先、別のゾンビロイドがレーザーを浴び、再び大爆発を起こし、付近のゾンビロイドもまた誘爆するように爆炎の火球を生じさせた。


 爆薬が入っている奴と入ってない奴がいる――班長はその発見を伝えられなかった。

 二度目の爆発が生じた際、飛散したゾンビロイドの破片が彼の頭蓋を破砕したから。


 ゾンビロイドの連鎖爆発による激烈な高熱圧衝撃波は、分離壁の鉄骨を押し倒し、いくつかの地雷を殉爆させ、倒れていた哨戒班を完全に吹き飛ばし、ついには監視塔の自動射撃装置を沈黙させた。


 濃霧のように立ち込める爆炎と粉塵の中、残存したゾンビロイド達が分離壁の許へ到達。幾体のゾンビロイドが地雷を踏み、爆発を生み出して。その爆発が別の爆薬入りゾンビロイドの爆発を招き。再び連鎖爆発を生み出す。


 いくども強烈な高熱圧衝撃波を浴びた分離壁の鉄骨が傾ぎ倒れた。

 分離壁が開啓されて突破口が出来上がると、第二波のゾンビロイドの群れがカルカソニア内へ侵入していく。


 そして、怪物達がゾンビロイド達の開けた突破口から国境を越え、熱光学迷彩を起動させて闇の中へ消えていった。


 ・・・


 ・・


 ・


 カルカソニア国境から1000キロ以上離れた惑星再生機構の首都カルニオン。

 地球アングロ・インド系のデミサイボーグ魔女は水没地域傍のサルベージ関連業者『ウォーターナイン・ワーカーズ』のスーパーグレード端末に両目と両手を接続させ、電脳をシステムと直結。広大な電子情報の海に意識を浸している。


 惑星再生機構がカタストロフィ後に敷き直した通信ケーブルと高高度滞空通信プラットフォームを介し、侵攻軍の空中要塞を経由し、作戦地域に設営された通信機を経て、現地で活動中のウォーロイド・ストーカー達が持つ電情戦装備の観測情報を解析。


「国境周辺の通信量増加と部隊移動を確認。食いついたわ」

 紅を塗った唇を薄く歪めるデミサイボーグの魔女。その傍らでクレオール系ハーフエルフ娘がディスプレイを窺い、呟く。

「陽動にしてはケレン味が強すぎないか……?」


「相手の注意を引きつけることが目的なんだから、このくらいで丁度良いでしょ」

 トリシャの指摘に『そうかなぁ……?』と小首を傾げつつ、アンリエットはディスプレイ上の別ウィンドウへ紺色の瞳を向けた。

「ムナカタの方はまもなく作戦海域に到着か。上手くいくと良いが」

Tips

 ゾンビロイド

 天蓋膜がグレイグー化した大災厄、惑星内秩序が崩壊したカタストロフィ、グレートゲームエイジの戦争や紛争、動乱。これらによって電脳のイカレたアンドロイドやウォーロイドがゾンビ映画のように文明喪失圏の廃墟や戦場跡を徘徊している。


 民生用アンドロイドだったゾンビロイドは率先して殺人行為へ走るわけではないけれど、タガが外れているので危険なことには変わりない。

 ウォーロイドだったゾンビロイドは大抵が無差別攻撃モード状態。ヤベェ。

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