44:老商人はかく語りき
マーシャル・ラムスタット。
惑星再生機構の東海岸でも有数の大実業家は齢70を過ぎた地球ゲルマン・アメリカ系男性だ。アンチエイジング・チューニングもサイボーグ化もしておらず、顔には年輪のように深い皺が幾重にも刻み込まれている。いや、刻まれているものは皺だけではない。顎先から左耳元までナイフで斬られた痕が走っている。
豊かな白髪をオールバックになでつけ、上等な三つ揃えを着こんだ体は背筋がピンと伸びており、歩みも力強い。そして、目だ。
大洋より深い青色の瞳は意志の力にギラついていた。
付き添いの淑女は40代後半。こちらもアンチエイジングもサイボーグ化もしていない。が、誰の目にも“美しく年を重ねて”いる。年相応に濃くなった金髪は肩口で整えられ、優艶な肢体をシックな色合いのスーツで包んでいた。顔立ちがマーシャル・ラムスタットに似ている。年齢的に娘かもしれない。
護衛達は室内に入らず廊下に待機したようだ。
スイートのメスホールに着席したラムスタットと淑女の手元へ白磁のカップが置かれる。
卓に向かい側に座る者は王国の若き英雄と令嬢将校、惑星再生機構の若い女性部員とインド民族装束を着た眼帯の魔女。
四人の背後に首狩人と無人機遣いと性別不明サイボーグが並ぶ。
ラムスタットは儀礼的挨拶を済ませた後、カップを口に運び、小さく頷く。
「ニューセイロン島産のオレンジペコですな。貴国王室御用達の品をいただけて光栄です」
「紅茶通でいらっしゃる」感嘆をこぼすリリア。
「妻が喫茶に凝っていました。それに仕事柄いろいろな方とお会いしてきましたので、喫茶にはそれなりに利きます」
微かに口元を緩め、ラムスタットはもう一度紅茶を嗜んでから、
「単刀直入に申し上げましょう」
告げた。
「私どもは貴国に起きた不幸――サフィアリ動乱に用いられた武器弾薬などの物資および傭兵、これらに付随する情報を提供する用意があります」
雑談による腹の探り合い、本題の小出しによるジャブの応酬、そういったものを全て抜きにしたいきなりの大振りパンチ。
ハルトとリリアは明らかに驚愕し、アンリエットも紺色の瞳を真ん丸にしているし、トリシャは小麦肌の美貌を強張らせた。彼ら彼女らの背後に立つヒナコも唖然となり、テイラーはメカメカしい腕を組んで微動にしない。
ユーヒチは思う。
主導権を握られたな。こりゃ大変だ。
ラムスタットはテーブルの向かい側で当惑する若者達を鋭く見据えながら、言葉を続ける。
「むろん、ただ提供すると申し上げても信用できますまい。一端を御披露しましょう」
老商人の目配せを受け、淑女が傍らに置いていたハンドバッグから紙片を出す。
20字の多言語記号と数字の羅列。
「これは?」アンリエットがおずおずと問えば。
「先ほど我が社のクラウドにアップロードした情報資料、そのアクセスキーです。どうぞ御確認ください」
「分かりました。確認させていただきます」
トリシャは紙片を受け取り、眼帯のクラウドへアクセス。一瞬で接続して開示された資料を確認。艶やかな唇の端が微かに歪む。しかし、トリシャは何も言わず、各人のタブレットや拡張現実視覚に情報資料を表示させた。
そして表示された内容に目を通した各人の口から吃驚や呻きが溢れる。
無理もないな。ユーヒチは鬼灯色の瞳を細めて思う。これは衝撃的だ。
そこに記された情報はサフィアリ動乱の、いや、動乱に至るまでの膨大な物資と金の動きをタイムラプス化したしたものだった。世界中の公開情報でも似たようなものは作れるだろう。だが、内容には明らかに非公開情報も含まれていた。
ウガリタ大陸やケイナン大陸、ムルーディン小大陸、ポエニカ小大陸、アースティル諸島、各地の復興地域や文明喪失地域などオフライン・エリアで行われる取引と流通の情報など、公的機関や諜報組織ですら把握してないものが、このタイムラプス資料に含まれている。
その情報を見る限り、サフィアリの女凶徒――ジェーン・ドゥズの一人オリガが少なくとも動乱の随分前から、巧妙な偽装と隠蔽の下に物資や人員の調達を行っていたことが分かる。
「……貴方はサフィアリの戦が起きることを知っていたというんですかっ?」
リリアは沸騰し、美しい翠眼が老練な商人を射る。隣のハルトも黒い双眸を黒曜石のナイフのように尖らせていた。アンリエットは眉間に皺を刻み、紺色の瞳を動かして幾度も情報を読み返している。トリシャも気品ある胸元を挟むように腕を組み、酷い渋面を浮かべていた。
「誤解のないよう申し上げる。これは事後調査で判明した情報です」
マーシャル・ラムスタットは静かに告げ、再びカップを口に運ぶ。苛立たしいほどに落ち着き払った所作だった。音もなくカップを置き、説明を始める。物知らずな若者に先達が知恵を授けるように。
「私の会社はシンクタンクを私設しています。貿易と海運を軸としている我が社の経営は、世界情勢と密接な関係にあります。当然、この星で起きているグレートゲームの情勢を常に正しく把握し、展開を能う限り把握しなければ、とてもやっていけません。これは我が社に限りませんよ」
ラムスタットはどこか超然として微笑む。左頬の大きな傷が歪んだ。
「大企業と呼ばれる組織ならば、大なり小なり情報収集と分析に特化した部門や組織を持っているものです。御社なら分かるでしょう?」
水を向けられたトリシャとユーヒチは、大手民間軍事会社ブルーグリフォンの社員として是認の沈黙を返すしかない。
「我が社はマギ・ネットの普及していない地域でもビジネスをしているため、現地の非デジタル情報の収集に力を入れてきました。はばかりながら、我々は蛮地で些か不品行な振る舞いもしています。それゆえに、御上が知り得ぬ情報を得ることが出来るのです」
これもまたラムスタットの言葉は真実味が濃い。なんせ民間の情報収集能力とその“努力”は侮れない。自社の損得に直結する場合は特に。
「ここに公開されている以上の情報をお持ちだと、理解してよろしいでしょうか?」
アンリエットの探りに、ラムスタットは頷く。
「皆さんが満足される情報かどうかは判断しかねますが、けして無駄にならないものと考えております」
「ミスター・ラムスタット。情報の対価に何をお望みですか?」
トリシャが問う。
百戦錬磨の老商人がどんなことを要求してくるのか。見知らぬ人間を前にした子猫のように身構える若者達。
ラムスタットはゆっくりと瞬きしてから、口を開く。
「私の望みを語る前に少し……長くなる話をさせていただいてもよろしいかな?」
許可を求めているようで、その実、否などと言わせる気がない。そんな圧の宿る声音。
室内の空気に密度と重さがこもり、張り詰める中、ラムスタットは話を始めた。
○
「私は人道的救済保護移民です。王国人の貴方達には縁のない言葉でしょうな。惑星再生機構軍とその隷下軍事組織は軍事作戦中、人道的見地から危機的状況にある人民を救済、保護しても良いという法律があります。私はその法律によってケイナン大陸中部の文明喪失圏で保護され、この国に来ました。7つの時にね」
ラムスタットは王国の若者達へ語って聞かせ、青い瞳を諜報員と傭兵へ向けた。
「これは御国が持っている私の記録にもあることです」
たしかにその通りだった。
今日、この場を訪れる前の“予習”で確認した個人情報によれば、マーシャル・ラムスタットは今から約60数年前にケイナン大陸中部の文明喪失圏競合地域にて、民間軍事会社の長距離浸透偵察隊によって保護され、惑星再生機構に人道的救済保護民として受け入れられた後、国営孤児院で教育を受け、市民となった。
「しかし、記録には載っていないこともある」
ラムスタットは目線を組んだ手元に落とし、続けた。言葉に暗い響きがあった。
「私は競合地域に逃れる前、カルカソニアに住んでいた。祖父母と両親と妹と」
カルカソニアと聞き、惑星再生機構市民の三人が顔を引き締めた。
ケイナン大陸中部の中規国家カルカソニア。惑星再生機構と諸国連合という大陸二大列強の干渉も介入も一切受けない完全独立勢力だ。なぜそんな真似が出来るかといえば、カルカソニアにはカタストロフィ以前の遺産――旧統一連合政府の軍事基地とテラフォーミング規格のマギ・セルプラントがあったからだ。
つまり、カルカソニアは極超音速弾道弾やステルス巡航ミサイルを保有し、その弾頭にマギ・セルを詰めた転用兵器は、プログラム次第で地域単位の大量殺戮と不可逆的汚染――大災厄の再現が出来る。
そんな切り札を持つカルカソニアは70年ほど前に政変が起き、一応の民主議会制からクーデターによって軍事政権に化けた。大国のグレートゲームに関わることを拒絶した鎖国的性格の軍事国家に。
此度の中部侵攻においても、カルカソニアには手を出さない予定だった。必要なら反応弾をぶっ放すような惑星再生機構も、本土を射程に収めるマギ・セルの大量破壊兵器には警戒せざるを得なかった。
「では」アンリエットが言葉を選びながら「貴方が文明喪失圏で保護された経緯は……」
「御想像の通りです」
ラムスタットはカップを両手で包むように持ち、口元に運んで喉を湿らせた。そして、揺れるカップの中の水面へ仄暗い眼差しを注ぐ。
「約70年前、クーデターで権力を握った軍閥は、国内統制を強化する過程で粛清を始めました。人口200万人程度の国で20万人が殺され、40万人が国外へ逃亡しました。私の家族も逃亡者だった」
そっと深呼吸し、瞑目する老人。そんな老人へ気遣う様子の淑女。卓の向かい側に座る面々はうっすらと予感する。これからきっと酷い話を聞かされるのだと。
「クーデターを起こした軍閥はムルトラと呼ばれる準軍事組織を擁していました。軍閥の支持母体である富裕層の私兵共です。金持ち共のドラ息子や軍に入れないような、学も教養も品性も無いクズ共が中心の連中で、奴らは国境周辺の無人地帯で脱出を図る市民を狩っていた」
老人の言葉選びが荒くなり始めていた。
「私達家族も粛清候補だった。それもクーデターで処刑された高官と父がかつて同じ学校を卒業したという理由でな。私達はわずかな手荷物だけを持って逃げ出した。幾つかの家族と共に国境を目指し……奴らに襲われた」
ラムスタットの青い瞳に感情がこもる。
「私は深藪の中に隠れ、全てを見た」
恐怖。後悔。慙愧。悲哀。
「祖父母が野良犬のように撃ち殺されるところを。父が強化外骨格に生きたまま頭を踏み潰される様を。母が他の女性達と共に凌辱されてから、喉を切り裂かれる一部始終を。まだ4つだった妹が泣き叫ぶ他の子供達と共に連れ去られるのを。家族の死体が他の人達と一緒にゴミのように路肩の溝へ投げ込まれ、分解消毒剤を掛けられ、骨すら残らなかったことも、全て。私は全てを見届けた。血の涙というものが本当に流れることを知った」
それらをはるかに、圧倒的に上回る憤怒と憎悪と怨恨。
「私は一人で国境を越えた」ラムスタットの拳が堅く強く握られ「何としても生き抜かねばならなかった。私を深藪に隠すために囮となって撃たれた祖父母の為にも。私から注意を逸らすために踏み潰された父の為にも。私が助けられなかった母と妹の為にも、絶対に生き抜き、生き延びねばならなかった。泥水を啜り、草を齧り、虫を食って、ひたすらに歩き通した。レイダーやミュータントの目を避け、獣から逃れ、歩き通した。そうしてスカベンジャーに捕まり、私は惑星再生機構の傭兵に売られ、この国に来た」
「売られ、た?」
思わず息を呑む王国人の若者達。
「……かつての国外保護活動には報奨金が出ていたんだ」アンリエットが心底苦りきった顔で「それで一部の不埒者がヴォイド・エリアのスカベンジャーや民兵組織と組んで、現地コミュニティの子供を攫って報奨金を得ていたんだよ」
アンリエットの説明にハルトが眉目を吊り上げ、正義感を露わにする。
「そんなの人身売買じゃないか……っ!!」
「まったくその通り。事が明らかになって逮捕された者はこれを『人道的人身売買』とか『合法的人攫い』と言われていた。性的搾取や天然臓器取りをするわけじゃない。少なくとも子供を蛮地の地獄から文明的な惑星再生機構に救ってるとね」
「当然ながら大スキャンダルになったんで報奨金は即刻廃止、受け入れ審査も厳しくなった。人道的救済保護自体は現在も行われているが、救済保護される人間は激減したよ。金にならないからな」
トリシャとユーヒチの接ぎ穂に、ハルトとリリアとヒナコが青い義憤で顔を険しく強張らせる。顔貌の無いテイラーはただただ無言で腕を組んだままだ。ただその手は固く握りしめられていた。
「批判は多かったが、私は感謝している。おかげで私は生き延び、成人するまでは衣食住を保証され、教育も与えて貰えた。何より列強惑星再生機構の正規市民になれた」
ラムスタットは皺と細かな傷だらけの両手に目線を落とす。
「幼い頃は軍人か傭兵になろうと思っていた。家族の仇を取るために。この手でカルカソニアの者達を一人でも多く殺してやろうと思ってね」
ハルトとリリアとヒナコはサフィアリ動乱で家族や仲間、恋人を失った経験を持つ。ゆえに、老人の心境は痛いほどに共感し、表情を曇らせる。
「だが、学生の間に考え直したよ。惑星再生機構も諸国連合も、カルカソニアが持つマギ・セルの転用兵器を酷く警戒し、手出しを控えていた。軍人や傭兵になっても奴らを殺せる機会はほとんどないと知ったからだ。同時に、この国に救われなかった同胞達が中部の復興圏やヴォイド・エリア集落に苦境に耐えていることや、反カルカソニア組織があることも知った」
老人は固く握りこんだ自身の手を見つめながら、
「貿易と海運の世界へ入ったのも、事業を進めて会社を大きくしてきたのも、社会的に成功したことも、全ては彼らを救うためだ。彼らを援けるためだ。カルカソニアの軍事政権を倒し、あのクズ共と、クズ共を支持する奴らを一人でも多く殺すためだ」
言葉に宿る呪詛の濃度。隣の淑女が目を伏せる。
「惑星再生機構が大陸中部方面に領土を拡大する度、私はあらゆる伝手を使って政府や軍に働きかけた。カルカソニアを倒すべきだと。奴らをこの地上から滅するべきだと」
老人は昏く険しくしていた顔を自嘲的に歪め、
「残念ながら私の訴えは一度も届かなかった。今回の中部侵攻にしてもカルカソニアまでは達しない。まぁ期待はしていなかった。これまで半世紀以上叶わなかったことだ。もう落胆も失望もしない」
言った。
「ただ、今回の中部侵攻は作戦完遂線がカルカソニア領の鼻先だ。惑星再生機構の航空艦隊なら半日かからず襲撃できる距離だ。これにカルカソニアのクズ共も慌てたらしい。脇が甘くなった」
大きく、とても大きく深呼吸し、ラムスタットは言葉を編んでいく。
「カルカソニア内の同志がこれまで手の届かなかった機密を入手した。軍事拠点やマギ・セルプラントなどの現状実態。惑星再生機構が懸念しているマギ・セル兵器関連情報。だが、私にとって最も重要な情報は別にあった」
血の気が失せるほど固く拳を握り込み、血を吐くように告げた。
「あの日、生き別れた妹のことだ」
老商人は懺悔するように、
「クズ共に連れ去られた後、妹は他の子供達と共に特別養護院とやらに収容された。反動分子や政治犯の子供達を集めた施設で、子供達は様々な人体実験に使われたり、人身売買組織に売り飛ばされたりしていたそうだ。妹は幸いにも生き延びたが……」
それ以上は口にするのもおぞましいと言いたげに顔貌を激しく歪め、
「後に妹は子供を出産したらしい。クズ共の血を引く子供を。その子供……私の甥も消耗品のように扱われ、既に死亡していた。ただ……孫が一人生き残っているそうだ。私の従甥孫に当たる孫だ。どういう状況にあるかは不明だが、良い扱いを受けているとは思えない」
大きく深く俯く。
「同志が見つけた情報によれば、妹が亡くなったのは、ほんの五年前だったと。たった五年前まで、妹は生きていた。クズ共に弄ばれ、望まぬ子を産まされ、その子供も孫も奪われ、収容所で死んだ。家族と同じく墓すらない」
ぽたり、と卓に雫が落ちる。
「私がこの国に逃れ、愛する女性に出会い、素晴らしい子供達に恵まれ、成功と幸せを掴んでいた間、妹はたった一人で地獄を生きていた。私は復讐を誓っていながら何一つ成し遂げられず、妹を救うことはおろか、生きていたことさえ把握できていなかった。
なんたる無様か。泉下の家族にどの面下げて会いに行けば良い? 冥府で待つ妹に合わせる顔がない。天国にいる妻はこんな愚かな夫を恥じるだろう。このままでは死んでも死に切れん……っ!」
震える声。みしみしと軋む拳。卓上に落ち続ける雫。隣の淑女が慰めるように老父の肩を抱く。
懺悔する老人に若者達は言葉を発せられない。嗚咽を堪える姿に憐憫や同情すら向けられなかった。
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