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ノヴォ・アスターテ:女神の箱庭。あるいは閉ざされた星。  作者: 白煙モクスケ
序章:隔絶された星の文明なき土地で。
4/16

4:夜の静寂を引き裂いて。

 隔壁扉を開けたら未知の怪物が現れたり、元技術者のゾンビが飛び出したり、イカレたセキュリティロイドが襲ってきたり、といったお約束はなく。


 ユーヒチとウォーロイド達は目標のサーバールームに侵入し、アクセス用端末を起こして目的のデータを大容量の多積層型ホログラムメモリに落とす。


 端末のホログラムディスプレイ上で、正二〇面体のクリスタル状記録メディアに情報が書き込まれていく様を眺めながら、ユーヒチは思う。


  この星が発狂する前の情報か。先人達は自分達が汗水垂らして拓いた入植地が宇宙世界から隔絶されると知ったら、何を思うだろう。


 詮無いことを考えているうちにダウンロードを完了。

 ユーヒチは端末からメモリを取り出し、保護容器に収めて最も防護が厚いタクティカルギアの胸部内側ポケットに収める。


 端末の火を落とし、ユーヒチは通信を入れた。

「1よりアクチュアル。ダウンロード完了。撤収する」

『了解。こちらで後始末をしておくから、エレベーターシャフトから脱出して』

「野良“ムト”は?」

『今のところ、南に3ブロックの辺りをお散歩中』


 奴さんのお散歩ルートがこちらに向かわないと良いんだが。ユーヒチは五眼式多機能フルフェイスヘルメットの中で小さく息を吐き、手信号でウォーロイド達を指揮する。


 背後で隔壁扉が閉ざされ、システムが眠りに落ち、地下施設は再び暗闇に呑まれていく。これから持ち帰るデータが本当に有用で有益なら、そう間が空かずこの施設は起こされるだろう。起こす者が惑星再生機構か下請けの民間軍事会社か、そこまでは分からないけれど。


「移動開始」

 ユーヒチは戦闘人形達を引きつれてエレベーターホールへ向かう。


 瓦礫を簡単に撤去して作った侵入口からシャフト内へ。地下道に排水パイプに次は瓦礫と建材に埋もれた縦坑登攀だ。おまけに滑落防止のペグ打ちもロープも無し。使えるものは手足だけ。


 シャフト長は30メートル足らず。しかし、決して短い距離ではない。

 自身の身体強化とレイヤードスキンスーツのパワーアシストのおかげで、数十キロの装備と荷物を抱えていても、苦も無く垂直登攀を進められる。が、問題は登攀ルートの難解さと狭隘さだ。


 崩れ易い劣化建材。掴む場所や爪先を掛ける場所がないコンクリ塊。茨の棘のように生える鉄筋の群れ。ぬるぬると滑る苔や泥。一見頑丈そうな突起も自身の体重と荷物の重さで『ボロッ』と崩れかねないし、狭さはもう説明の必要がないだろう。


 ユーヒチより大柄で重たいウォーロイド達のことも考慮すれば、このシャフト登りのルート作りは肉体作業というより頭脳労働の部類だ。


 かくして、ユーヒチはカタツムリのように時間をかけ、慎重に少しずつ縦穴を登っていく。

 目を皿にして信用できる手足の置き場を探し、なければ作り。

 時に邪魔なコンクリ塊や建材や鉄筋を穿ったり削ったり。

 場合によっては引き返して別ルートを登り直したり。

 時折何かの拍子で落石のように建材や瓦礫片が降ってきたり。


 強化した身体能力はこの程度の運動と作業に疲弊しないが、疲労感は生じている。スキンスーツは汗を吸収分解するけれど、それでも肌を汗が伝う感覚が絶えなかった。

 魔法染みたハイテクでも人間の本能的な部分までは変えられない。


 HMD上に移る時計表示は深夜に差し掛かっていた。視界の端に表示される周辺街区のミニマップには、トリシャがマーキングした野良無人戦車がうろちょろしている。


 たっぷり時間をかけてシャフトの地表部に近づいた。コンクリ塊と建材が折り重なった隙間から、光帯が輝く夜空が覗く。


「ようやくか」ユーヒチが微かに疲れを滲ませる。肉体感覚でも神経でもなく気分から。


 そして、念願の地上へ。

 草木の根が絡みついた強化プラスチック製のデスクを静かに押し退け、ユーヒチは瓦礫の山からひょこっと頭を出す。


 湿り気のある夜の空気は地下と違って新鮮で心地良く、周囲の草木が放つ濃密な青臭さも生命の匂いのようで好ましい。

 ユーヒチは慎重に周囲を観察した後、穴倉から這い出た。そのまま匍匐前進して物陰に移り、ブルパップ式突撃銃を構える。続いて穴倉から出てくるウォーロイド達の援護に当たった。


 傍の瓦礫や草木の陰で虫や小動物達が蠢く気配がする。

 遠くから金属が擦れる不快な音色と歪な駆動音が聞こえてくる。例の野良無人戦車だ。無支援状態が長いし、損傷もしているから、あちこち不具合が生じているのだろう。


 HMD上のミニマップを一瞥。野良無人戦車は2ブロック南西。このままいけば、かち合うことなくこの場を立ち去れるはず。


 まぁ、そうは問屋が卸さない訳で。


      ○


 廃墟都市ラ・シャンテの外を目指し、ユーヒチがウォーロイド達とY字隊形で廃墟の通りを幽霊のように音もなく進み――


 不意に夜の廃墟都市に爆発音が響いた。


 廃墟のあちこちから、叩き起こされた鳥達がぎゃあぎゃあと喚きながら夜空へ逃れていく。獣達の吃驚も少なくない。凪いだ水面に波紋が広がるように、夜の廃墟が徐々に騒がしくなっていった。


「近い」ユーヒチは脊髄反射的に物陰へ身を隠し、突撃銃を構えながら「今のは?」

『7時方向、距離約800で小型爆発物の爆発を確認しました』

 同じく即応したウォーロイドが、女性的な機械音声で音響探索の分析情報を寄こす。


『現確。廃墟内から粉塵。周辺に人間はいない。動物がブービートラップに掛かったみたいね』

 上空に居る飛翔艇から魔女が告げた。

 対人用の罠に動物が掛かることも、その逆も、珍しくはない。罠は掛かる獲物を選り好みしないから。


 トリシャが不快そうに喉を鳴らし、報告を続けた。

『……不味い。今の爆発音に誘われて、野良無人戦車がそちらへ向かい始めたわ。それと、8時方向、爆発発生ポイント付近の廃墟内から熱源反応複数。昼間潰したレイダーより装備が良い。小汚い服に手製のギア。得物は皇国軍の古い突撃銃。多分タイプ38か派生シリーズ。それと、お手製らしいパイプ銃。これはおそらく散弾銃ね』

 官能的な美声でテンポよく告げられていく情報。


「どっちも関わりたくないな。パターンBで街から離脱を図る。RVは4」

 隠密性より速度を重視した移動へ切り替え、合流地点を予定候補4番目に変更。

『了解。周辺状況をモニタリングしておくわ。気を付けて』


 ユーヒチはウォーロイド達と共に物陰から出て、一列縦隊を取る。銃を構えたまま、足音や物音を隠すことなく速足で通りを進んでいく。幽霊染みた隠密移動から廃墟の獣のように素早く。

 あくまで走らない。走ると即応射撃の精度が鈍る。


 HMDのミニマップに投影される無人戦車と敵性集団のプリップが、互いに近づき合う。無人戦車のセンサー系が生きているなら、もしくはこの集団がバカの集まりなら、あるいは両方ならば――


 複数の銃声と熱光学兵器の照射で生じる蒸散爆発の音が、夜の街区に轟いた。


 始まったな。

 背後から届く戦闘騒音から少しでも離れるべく、ユーヒチ達が速度を上げた、刹那。


 斜め前約80メートル。古い墓石染みた有様の雑居ビルから音響反応と熱源が生じ、草木が伝う窓口にぬぅっと大きな影が現れる。


 泥濘に汚れた黒い体毛と濃緑の苔と菌類が生した外殻。丸太のように長い両腕。長い爪と剥き出しの牙はプレデターである証拠。テナガザルとグリズリーを混ぜ合わせたようなミュータント。

 らんらんと輝く双眸が既にユーヒチ達を捉えていた。睡眠を邪魔されて酷く怒っているらしい。


「エンゲージ」

 化物としか言いようがないミュータントを前にしても、ユーヒチの適応調整された精神は不安も恐怖も怯懦も抱かない。機械染みた冷静さと昆虫染みた冷徹さで、為すべきを成すだけ。


 ユーヒチの宣言と共に2機のウォーロイドが左右に広がり、即座にY字隊形へ変更。ユーヒチと展開したウォーロイド達がブルパップ式突撃銃を発砲する。


 消音機によって発砲音は酷く小さく、機関部のボルト作動音の方がよほど大きい。銃口からこぼれるわずかな青緑色の発砲光。


 3丁の突撃銃が放った6・5ミリ高速軟頭弾の嵐がテナガグマに着弾するも、テナガグマは動じることなく、羆並みの体躯とは思えぬほど軽やかに通りへ飛び降りた。


「硬い」

 ヘルメットの中でユーヒチは双眸を鋭く細める。

 おそらく体毛と皮膚が防弾ゴムのように硬度と靭性を持っている。脂肪と筋肉もかなり分厚いに違いない。高速軟頭弾では力不足だ。


「5、前に出ろ。制圧射撃、近寄らせるな。2、3はARの弾倉を二重弾芯徹甲弾(ブルーケース)へ交換して牽制に加われ。4は引き続き後方警戒」


 ユーヒチが淡々と矢継ぎ早に命令を飛ばし、汎用機関銃を抱えたウォーロイドがテナガグマへ向かって牽制射を開始する。機関銃には消音器がないため、中口径弾と高い連射速度の派手な発砲音が街区いっぱいに響き渡り、派手な発砲光が夜闇を切り裂く。


 流石に小銃弾による分間800発の弾幕はテナガグマにも通じた。丸太のように太く長い右腕が大きく抉れ裂け、血飛沫が舞う。


 テナガグマは猛々しく吠えながら、俊敏に瓦礫の陰へ飛び込んで弾幕から逃れた。さらには射線を避けるように遮蔽物を機敏に伝い、なおも襲撃を試みてくる。


 そのまま逃げてくれれば良かったんだがな。ユーヒチは無機質に鼻息をつき、突撃銃の前把に装着した35ミリロケットグレネードの短い発射筒に高性能榴弾を前込めした。


 後方の戦闘騒音が近づいてくる。HMDに投影されるミニマップ上で、無人戦車のプリップに蹴散らされた集団が()()()()逃げてくる様が見えた。


 ――こっちの戦闘騒音を聞きつけたな。野良戦車を押しつける気か。

 愉快な企みしてくれる。


 弾倉を貫通力の高い徹甲弾に変えたウォーロイド達が、テナガグマへ牽制射を始めた。

 小銃弾と徹甲弾の斉射に、さしものテナガグマが動きを止め、錆びて朽ちかけている自動車の陰へ逃げ込む。


 それは悪手だな。

 ユーヒチはロケットグレネードの引き金を引く。


 榴弾のケツにあるロケットモーターが起爆し、発射筒から35ミリ高性能榴弾が勢いよく高速飛翔。自動車に着弾するや弾殻内の高性能爆薬を起爆させた。


 真っ赤な爆炎の華が咲き、朽ちかけの自動車が爆ぜる。衝撃波と砕けた自動車の車体片が飛散する。至近爆発の影響からユーヒチを守るべくウォーロイド達が盾となる。

 衝撃波と爆炎と破片をたらふく浴び、テナガグマの巨躯を吹き飛ばされた。


 それでも死なない辺り、実に怪物らしい。

 血達磨になったテナガグマがよたよたと通りから小路へ逃げていく。


 テナガグマに足止めされた時間はごくわずかなものだった。

 しかし、そのわずかな間に、通りの数百メートル後方に小汚い服に手作りのギアを装着したレイダーだか貧乏スカベンジャーだか分からない連中が現れ、そいつらを追って機械仕掛けの怪物が姿を見せた。


 野良無人戦車“ムト”のエントリーだ。


      ○


 第三次ララーリング半島戦争は惑星再生機構(ニューオーダー)とアシュタロス皇国がガチンコで殴り合った戦争であり、両陣営が完全独立型自律無人兵器をたらふく投入した戦争だった。


 同時に、無人兵器に対する対抗手段として熾烈な電情戦が繰り拡げられ、広域大出力EMP兵器がじゃんじゃか投入された戦争でもあった。


 この結果、電脳や人工知能を半端に損傷し、相当数の自律無人兵器が野良化した。

 もちろん軍事機密上の理由と再資源化のため、これらの野良化した兵器は能う限り回収が試みられた。が、やはり全ては回収されていない。


 ちなみに、民間軍事会社や武装回収業者(スカベンジャー)の中には、こうした野良無人兵器を専門に請け負う連中が居たりする。


 ともかく、野良無人兵器達はこの街を徘徊する無人戦車“ムト”のように、今も人知れず戦争を続けている。


 ラ・シャンテ市を根城にしている無人戦車“ムト”114号もまた、今でも『任務』を続行していた。

 市の南西部街区を守るという任務を。


 それだけなら敵味方識別装置に反応しない脅威存在を排除するだけでよく、非戦闘員を撃つことはない。はずなのだけれども、”ムト”114号は戦時中、惑星再生機構が皇国軍のネットワークにぶっ込んだ論理爆弾でちょっとばかりパッパラパーになっていた。


 そのため、“ムト”114号は街区を守る――如何なる者の侵入も許さない、という非常に迷惑な『任務』を延々と続けていた。


 目の前を危険なミュータントが徘徊しても『あれは野生動物だからオッケー』と無視する一方で、人間なら非武装の子供でも『街区に入ったから絶対殺す』と容赦しない。

 まさしく殺人マシーンである。


 そんな“ムト”114号は今宵も熱烈に任務を遂行している。高出力の熱光学兵器をぶっ放し、街区に侵入した脅威を熱心に駆逐していく。


 反応融合電池から供給される大電力によるレーザーは、古びたアスファルトやコンクリートを一瞬で蒸発爆発させるほど強力で、人間に直撃しようものなら跡形なく焼尽させてしまう。

 実際、“ムト”のレーザーをまともに浴びたスカベンジャーは骨すら残らない。


 手持ちの古い突撃銃や自作散弾銃の弾など、戦車たる“ムト”には全く通じない。せいぜい外殻に貼りついた埃と塵と泥や、表面や隙間に生えた苔や地衣類を多少剥がす程度だ。


 根性を見せたスカベンジャーが爆薬を投擲してきても、砲塔上部にある全周近接防御レーザーシステムがピカッと光れば無問題。お返しにレーザー砲をぶっ込み、小癪なスカベンジャーを周囲の瓦礫ごと吹き飛ばす。


 “ムト”114号の劣化が進む電脳が誰に知られることもなく吠える。

 友よっ! 我が友514号よっ! 彼岸から見ているかっ!? 我は今も崇高な務めを果たしているぞっ! 我が身が稼働する限り、何者も街区を侵させぬっ!

 アシュタロス皇国に栄光あ――むむっ!?


 快進撃を続ける“ムト”114号の捜索追尾系システムが、新たな脅威を捕捉した。


 侵入者め、まだ居たかっ! 人間1、アンドロイド4……ややっ! あのアンドロイドは皇国の仇敵たる惑星再生機構(ニューオーダー)のものではないかっ!? ついに現れおったな、惑星再生機構めがっ!

 我が守る街区には決して立ち入らせぬぞっ!


 夜の静寂を引き裂くように、殺人マシーンは機関駆動音を意気軒高に轟かせた。

クレクレ中です('ω' )


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[一言] ポンコツ戦車たん可愛いなぁ……
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