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ノヴォ・アスターテ:女神の箱庭。あるいは閉ざされた星。  作者: 白煙モクスケ
第2章:壊れた世界にも花は咲く。

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31/45

31:押しつけられる厄介事

文字数多め。ごめんなさい。

 第9大管区の一角。往来の人々や住民が晴れ渡った碧色の空を見上げている。


 大型の運搬飛翔船が街区の低空に浮かんでいた。

 運搬飛翔船は重力制御機関と推力機関を巧みに操り、『ウォーターナイン・ワーカーズ』の敷地上空に滞空、腹の下に懸架していた中型海上船を敷地内の離着陸スペースに降ろしていく。

 強い潮風が吹いている中、飛翔船は微動にせず、降ろされる中型海上船はぴたりとスペースに降ろされた。


「良い腕だ、が……ダフネとシドニーの方が上手いな」

 作業服と装具ギアを着こみ、安全ヘルメットを被ったユーヒチは呟く。バツイチエルフ女と赤毛のドワーフ娘が脳裏をよぎった。


 飛翔船の船長と『ウォーターナイン・ワーカーズ』“マネージャー”のアンリエットが映像通信で引き渡し手続きを済ませ、“事務員”のトリシャが決済関係のあれこれをテキパキと片付ける。人足頭のユーヒチが型落ち中古のポンコツアンドロイド4機を指揮し、降ろされた海上船の揚降ワイヤーフックを解除させていく。


 ユーヒチはアンドロイド達の作業を監督しながら、うーむと唸る。

「こういう生活も悪くないな……」


 トリシャは御茶のお代わりを入れるついでに窓辺へ立ち、眼帯(データバンデージ)越しに表を窺う。お気に入りの首狩人(ワイルドハントが)が運搬飛翔船へ軽く手を振っていた。

「楽しそうにしちゃって」


 クレオール系ハーフエルフなアンリエットは手元から顔を上げ、上品に微苦笑するトリシャをちらりと窺う。

 ……どういう関係なんだろう?


 人事記録には、トリシャ・パティルとユーヒチ・ムナカタは『親密な関係』と書かれていたが、恋仲の浮ついた雰囲気はなく、情を交える男女特有の空気もない。

 ここ幾日かの様子を見るに、トリシャは明らかにユーヒチを『自分の男』として扱っているけれど、ユーヒチはトリシャと親しみながらも明確な線を引いている。


 どういう関係?

 情報部員的関心と女子的興味(野次馬心)が刺激される。が、プライベートへ踏み込むにはまだ早かろう。


 と、その時。

 目に装着しているスマートグラスが拡張現実で着信を伝えた。民間回線だが盗聴困難な高度暗号化が施されている。SIWGからの連絡だった。


「トイレに行かせてもらうわ」

「ごゆっくり」

 トリシャの返事を背に受けつつ、アンリエットはトイレへ赴いて鍵を施錠。便座に腰を下ろしてポケットから西暦時代のスマートフォンに似た情報端末を出す。スクランブルを掛けてから通話する。

「セラーズです」


『セラーズ君。ルッソだ。通話に問題は?』

「対策済みです。問題ありません」

 美しいテノールの問いかけへスパッと答えれば、通信端末の向こうでイタリア系伊達男が満足げな鼻息をつく。

『では、早速本題に入ろう。君のチームにSIWGの任務から少々離れた仕事を頼みたい』


 なんとも不安を誘う入り口。アンリエットの眉根が寄る。

「少々離れた仕事、ですか」


『うむ』管理官ルッソは数瞬の間をおいてから『我々情報部と関わりの深い外国有力者から“相談”が持ち込まれた。相談内容は本来なら統括保安部や治安維持局が担当すべき内容だったが、先方と築いたこれまでの信頼関係と今後の展望から、情報部はこの”相談事”を受諾した。そして私の許にオーダーが下され、こうして君に伝えている』


 ……つまり専従班を立ち上げたばかりで忙しい管理官――組織内上級職を使えるほど高位権力者からの命令。

 間違いなく特大の厄介事。


 自分に白羽の矢が立てられた理由は、きっと良い意味ではない。

 組む予定の三冠王国人達がまだ到着していないため、チームは未稼働。AAA級ウィザードとスパーブな現場要員が遊んでいる状態。実に好都合。


 しかも、チームリーダーは後ろ盾もコネもない貧困層出身の小娘。

 面倒事を押しつけるに格好の対象。上手く行けば素直に褒めてやり、失敗したら全ておっ被せて“使えない新米”として切り捨てれば良い。ますます好都合。


 アンリエットの眉間に刻まれた皺が深くなった。舐めやがって、と反骨心が燃える一方で、野心が煮え立つ。

 ……確かに厄介事だ。“だけど”、この厄介事は新米情報部員の私に委ねても良いと判断される程度のことでもある。


 貧民街から這い上がってきたタフな野心が、押し付けられた厄介事を好機と捉え直す。

「分かりました。すぐに動きます。内容を伺えますか?」


 満点回答だったらしい。管理官ルッソの声に弾みが加わった。腹立つくらいテノールが輝いている。

『詳細はデータで送る。報連相は絶やさないようにな。頼んだぞ、セラーズ君』

「はい、管理官。全力で当たります」

 通話を切り、アンリエットはスマートフォン型通信端末をぎゅうっと強く握りしめた。


     ○


 アンリエットはトリシャとユーヒチを会議スペースへ呼び、持ち込まれた『厄介事』の情報を拡張現実映像で視覚共有した。


『厄介事』の内容を要約すれば、惑星再生機構に有益な外国有力者の娘が行方不明になった、というもの。


 重要な点は行方不明の娘ではなく、話を持ち込んだ『外国有力者』はケイナン大陸中部西岸のエイヴォナール州――現・復興圏独立国キャッスルラントの人間で、情報部管理官へ命令を与えられるレベルの高位権力者とつながりがある『有力者』だったこと。


 そして現在、惑星再生機構は南部国境に戦力を移動・集中させており、国境南部を越えてケイナン大陸中部地域へ侵攻した場合、中部西岸のキャッスルラントが惑星再生機構に転べば、戦略的にも政略的にも非常に有益だということ。


 この要点を『外国有力者』も惑星再生機構のお偉方も承知しているからこそ、統括保安部や治安維持局ではなく情報部で処理することになった。


 一方で、この案件を新米情報部員の少人数チームに委ねている。

「失敗に終わっても良いと思っているのか、それとも失敗に終わった方が都合の良い連中が嘴を差してきたか。いずれにせよ面倒なこと押し付けられたわね、マネージャー」

 トリシャは冷ややかにアンリエットを一瞥し、ミルクティーを口に運ぶ。


 作業服姿のユーヒチは両目のスマートレンズが捉える拡張現実の資料へ目を通し、

「行方不明の娘はコレル・ダンウッド。地球カルフォニア系。18歳。健康目的の軽度チューニング。カルニオン大学一回生……君の後輩だな、セラーズ。夜遊び癖と些か問題のある交友関係を除けば、普通の娘だな」

 “迷子”の情報を口にし、鬼灯色の目が細められる。

「第6大管区のクラブで失踪。遊び仲間や護衛は事態にまったく気付かず、店や周辺カメラに失踪時の映像無し。都市管理AIのシステムも捕捉してないとなると……電情戦に長けた奴の拉致誘拐かな」


 惑星再生機構では諸条件(人口、産業や物流、地政学的など)を満たす都市に都市管理AIを導入しており、システムが街の端から端まで目を光らせ、耳を澄ませ、鼻を利かせている。個々の耳鼻目を誤魔化す手段はいくらでもあるけれど、護りの厳重な首都で全てのシステムを同時にかわすとなれば、電情戦でシステムそのものを相手取るしかない。


「ムナカタの見解に異論はない。でも、今のところ身代金その他の要求はないわ」

「電情戦に長けているというより、悪知恵が働くみたいよ」

 アンリエットが話しているところへ、トリシャが横から言葉を被せた。


 手元のタブレットをパーティション向こうの高性能端末につなぎ、壁に貼られた薄膜型ディスプレイへ複数のウィンドウを表示させる。

 無数の街灯と看板照明が輝き、多種多様なホログラム看板が浮かぶ夜の繁華街。件のナイトクラブ周辺の映像が早送りで流される。平日の夜ながら若者を中心に往来が多い。


「都市管理AIのシステムと繋がる公設カメラは弄られてないわ。周辺店舗でネットと繋がっているカメラの映像も取り寄せたけど、こちらも加工されたり上書きされたりしてない。で、最後にクラブ店内の映像」


 ナイトクラブの間取りは普通だ。

 立派な正面玄関エントランス。広々としたメインホールは真ん中にライブフロア。そこを見下ろすDJブース。メインホールの“外周”にはテーブル席が並ぶ。


 カウンターバー。その裏の厨房。短い通路の先には三つのVIPルーム。男女別トイレ。スタッフルーム。スタッフルームの奥にオーナーオフィス。


 極彩色のカクテルビームが煌めき、若者達が派手な音楽に合わせて思い思いに踊り、酒を飲む。歓楽街では珍しくないナイトクラブだ。


「VIPルーム、トイレ、スタッフルームに監視カメラが無いことを踏まえて、迷子の足取りを追ってみましょう。早回しでね」

 “迷子”コレル・ダンウッドの学生証写真を元に顔認証を掛けると、数秒後にターゲットボックスでロックされた。


 午後10時半過ぎに入店。

 地球カルフォニア系(バレー)白人少女(ガール)コレル・ダンウッドが遊び仲間とサイボーグの女性護衛を伴って来店。


 ボックス席で仲間と酒杯を交わし、テンションを上げてから仲間と共にライブフロアへ。護衛はボックス席に留まり、荷物番をしながらコレルを見守る。


 早回し映像の中で、コレルは幾度か酒盛りと踊りを繰り返す。


 カウンターやVIPルームに近づいたり、他の客と揉めたり、といったことは一切なかった。3人は十代半ばの少女が盛り場で刹那的な享楽に耽る様へ感想を持たず、顕微鏡を覗くような目付きで黙々と早回し映像を観察し続ける。


 午前2時過ぎ。コレルはハンドバッグを手にトイレへ。当然、護衛も同行する。


 10分後に護衛がトイレから出てきた。コレルは出てこない。


 営業時間が終わりを迎えて客が去る。遊び仲間と護衛はコレルがいないことを気にすることなく退店。従業員とオーナーも閉店作業を終えて帰り、店が施錠される。


 コレルは二度と映像に現れなかった。

 今現在まで消息不明のままだ。


「どういうこと? 護衛はなぜ警護対象を放ってトイレから出てきて、探すことなく退店した? 護衛が拉致誘拐に関与しているのか?」

「護衛の関与は無いみたいよ」

 アンリエットの指摘を聞き、トリシャは薄膜ディスプレイの端に別の映像が浮かべた。

「有力者様は大事な娘を護れなかった無能者に大層ご立腹だったようね」


 別の映像にはコレル・ダンウッドの女性護衛が映っている。病院らしきベッドの上で横たわるその姿は、脳機能を破壊された廃人状態だった。


「サイボーグは単純な拷問が効かないからな。制裁が過剰になりがちだ」

 ユーヒチが小さく鼻息をつく傍ら、アンリエットは端正な細面を強張らせる。


 護衛の映像を消し、電子の魔女はナイトクラブの映像を解析に掛けた。答えはすぐに出る。

「コレル・ダンウッドがトイレに入ったところで店内のシステムが干渉(ハック)されたわね。映像を普通に視聴しても分からないけど、ほら。ここで映像信号の出力が変化してる。リアルタイムの生成映像ね。映像の出力元は……」


 タブレットの上で超絶技巧曲でも奏でるように指が激しく踊る。事務所のスーパーグレード端末を通じ、件のナイトクラブの端末へ侵入。魔女にしてみれば、民生の電子防壁など障子紙より薄く脆い。

 もちろん違法捜査に当たるけれど、この場の誰も気にしない。


「アクセス・ログと映像の元データは“清掃”済みか。加工映像の信号を誤魔化し切れなかったくせに、こういうところは気が付く……電情犯罪を仕事にしてる二流クラッカーね。そういうことなら」

 トリシャはナイトクラブの映像をフィルムのように細かく切り分け、正面玄関とVIPルーム、トイレ付近の映像と店外の公設カメラの映像を相互参照して識別に掛けた。


「何をしてるの?」訝るアンリエット。

「全入店者と全退店者をチェックする。二流クラッカーには都市管理AIの目を誤魔化せない。店内の加工映像と公設カメラの映像に齟齬が生じるから、拉致誘拐犯を特定できるわ。高度管理社会様々ね」

 さらりと皮肉交じりに語り、トリシャはディスプレイに違うウィンドウを表示させ、バーカウンターの映像を流し始めた。


「識別検索が終わるまで別口を調べましょうか」

「……今度は何を?」

 勝手に作業を進めるトリシャに、アンリエットは眉間に皺を刻む。


「なぜ護衛と遊び仲間達がコレル・ダンウッドが消えたことに気付かなかったか。答えはこれ」

 トリシャは映像を停め、ウィンドウを拡大してバーテンダーの手元を映した。

「彼らへ提供する飲み物のグラスへ、素早く一瞬だけバーテンダーの指先がグラスの水面へ向けられている。そして、バーテンダーの人差し指の爪の間に一ミリ前後のホールが確認できる」


 バーテンの男が手先が機械化されていたなら、義指内に薬物なり何なりを仕込み、一瞬の間にドリンクへ注入することは容易い。


「混ぜ物か。護衛の味覚センサーで異常を捉えられなかったなら、薬物じゃない。おそらく脳神経系に作用するナノマシンだな」

 ユーヒチの指摘に頷き、トリシャはミルクティーを口に運ぶ。

「コレル・ダンウッドが居ないことに気付かないはずよ。誘拐時、護衛と遊び仲間達はナノマシンで意識を恣意的に操作されていたんだもの」


 宇宙技術文明においても、ナノテクは非常に高度な先進的技術だけれど、扱うハードルは西暦時代より大幅に低くなった。今や多種多様な目的でナノマシンが製造、利用されており、当然ながら違法で犯罪目的のものも存在する。たとえば、スコポラミン服用に似た症状――記憶障害や認識障害、急性痴呆など――を引き起こすものとか。

 デートレイプ・ドラッグならぬデートレイプ・ナノマシン。

 人類という奴は本当にどうしようもねえ。


 アンリエットは腕組みしながら顎先に右手の指を当て、難しい顔つきを浮かべた。

「今回の拉致誘拐に、この店も関与しているの?」


「クラブの端末経由でオーナーやスタッフの個人情報を探った限りでは、バーテンダー以外は白。まあ、オーナーは節税と脱税の判断ぎりぎりを攻めているみたいだし、スタッフには些か下品な趣味の持ち主もいるようだけれど、コレル・ダンウッドの件とは無関係ね」

 電情戦に天賦の才を持つ魔女が優雅な微苦笑を浮かべたところで、相互参照の識別検索が完了した。

「この男女4人組は店内カメラだと4人で退店しているけれど、周辺公設カメラには5人で退店していて、追加の女性は入店する映像が存在しない。誘拐犯とコレル・ダンウッドで確定よ」


 薄膜ディスプレイに映る4人組。男三人に女一人。30代後半から20代半ば。

 がっしりした体格の地球オーストラロイド男性が追加の女性――意識がはっきりしないのか大きくふらつく女性を支え、一行は駐車場に向かっていく。


「この女性がコレル・ダンウッドだという証拠は? 顔は別人だし、衣装も違う。それに識別検索の適合値は高いが、100パーセントじゃない」

「着替えをあらかじめ用意しておけばいい。顔はアンドロイドかバイオロイドのフェイススキンを被せれば、誤魔化せる。だが、体型までは簡単に誤魔化せない。手足の長さ、腰の位置、それにふらついていても、足運びの癖は出る。俺はコレル・ダンウッドと見做していいと思う」

 挑むように疑問で突くアンリエットへ、ユーヒチが言った。次いで、トリシャに水を向ける。

「店外に出た後の足取りは?」


 ユーヒチの諮問にトリシャは唇の口端を微かに曲げつつ、薄膜ディスプレイに都市管理AIが御する治安維持システムと公設カメラの映像を流した。


 コレル・ダンウッドを含む男女5人はクラブ近くの駐車場で電気自動車に乗り、管区内道路から管区間高速幹線道路へ入り、第6大管区から出ていく。


 同時上映された高速幹線道路図の上を進んでいくマーカー。その行先は――

「まさか……本当に?」「こんなことあるんだな……」

 アンリエットは紺色の瞳を瞬かせ、ユーヒチは怪訝そうに灰色の眉をひそめる。


 トリシャはくすくすと上品に喉を鳴らしている間に、マーカーが地図上で停止した。その場所は第9大管区の水没地域傍の建物。すなわち。

「拉致誘拐犯達がコレル・ダンウッドを連れ込んだ先は、私達の目と鼻の先よ」


      ○


『映像情報の分析だけで拉致犯と連れ去り先を特定したのか。素晴らしい。実に迅速で見事な仕事だ、セラーズ君』

 通信端末の向こうから、上機嫌なテノールでお褒めの言葉が届く。

「優秀な人材を配していただいたおかげです」アンリエットは本心半分、おべっか半分で賞賛に応じ「報告を続けさせていただきます」


『うむ。拝聴しよう』

 アンリエットは視界に浮かべた拡張現実のウインドウへ目線を向ける。

 ナイトクラブから捜索対象コレル・ダンウッドを連れ去った4人の男女。全員が補導歴や逮捕歴に服役記録を有し、治安維持局の警戒人物リストに載っていた。いわゆる職業的犯罪者。


「特定した拉致誘拐犯達はマリナーズと呼ばれる者達でした。第9大管区の水没地域内に隠れ住んでおり、統括保安部や治安維持局、水没地域管理所も実態を把握していない危険な者達です」

 管理官ルッソの喉から不快そうな唸り声がこぼれた。

『ああ……知っている。水没を免れた廃墟内に隠れ住み、遺棄資産や水没資源などを違法に回収・採取しているゴロツキ共だな』


 第9大管区の水没地域内には、半魚人(マリナーズ)と揶揄される違法滞在者がいる。

 司直に追われる犯罪者達。何らかの事情で街に居られなくなったワケアリ達。ライフラインの無い廃墟内で自給自足暮らしに価値を見出す変人達。街から出つつも首都を離れられない連中。

 その総数がいくらになるのか、誰も知らない。その実態も実情も、誰も分からない。これがどれほどの問題なのかも、誰も正しく認識していない。


 アンリエットは淡々と報告を続ける。

「捜索対象コレル・ダンウッドを誘拐した者達は、管理官の仰ったマリナーズのいちグループで“フラッド・ボーイズ”を自称し、自前でサルベージ会社を保有しています」


『ふむ。違法回収・採取したものを合法的にさばいていたわけか。悪知恵が働くな。そのゴロツキ共の拠点は判明しているのかね?』

 その問いかけは『当然突き止めているよな?』という確認口調だった。アンリエットはトリシャが突き止めたサルベージ会社について述べる。

「我々の拠点から通りを数本跨いだ先にサルベージ会社を構えています。ですが、フラッド・ボーイズがなぜコレル・ダンウッドを誘拐したのか犯行理由及び動機は不明です。また今現在も拉致誘拐されたコレル・ダンウッドが件のサルベージ会社社屋に囚われているか、分かりません」


『どういうことだ?』

 訝る上司へ、新米情報部員は説明する。

「御報告させていただいた通り、フラッド・ボーイズは水没地域内にも拠点を有しており、彼らのフロント企業であるサルベージ会社は本日の午前中――我々が管理官よりご連絡を頂き、捜索を開始する前に水没地域内へ船を出していました。出港時の映像を確認しましたところ、サルベージ船には人一人を十分に隠し得る揚陸機材が持ち込まれています」


『つまり……コレル・ダンウッドの身柄が水没地域内に移送された可能性があるわけか』

「はい、管理官。もちろん会社社屋内に監禁されている可能性もありますし、移送された場合にしても奴らの水没地域内拠点等の情報を得る必要があります。なので――」

 アンリエットは密やかに肚へ力を籠め、“本題”に入った。

「管理官の許可が頂けるなら、これより速やかに同会社社屋を急襲したくあります」


 予期せぬ強行案の意見具申に、管理官ルッソは咄嗟に回答できなかった。だが、情報部という伏魔殿で上級管理職に出世し、今回のような厄介事を任せられる男は、この程度のことに動じない。


 数十秒の思案の下、管理官ルッソは美しいテノールをいくらか固くし、言葉を編む。

『……聡明な君なら分かっていると思うが、この件は非公式の機密作戦だ。保安部や維持局の協力は得られない。それどころか、彼らにこの件を知られることも許されない。加えて、コレル・ダンウッドの無事救出が絶対条件だ。既に死んでいるならともかく、急襲によって死んだとなれば大問題になる。それでも、やるかね?』


 この口頭試問の主題は二つ。

 上手くやれ。絶対にヘマをするな。

 人質となった娘が死んだら、お前が全ての責任を取れ。


 勇敢なるアンリエットは逡巡する素振りも見せず、力強く告げた。

「はい、管理官」


 数秒の沈黙。そして、管理官ルッソは言った。

『よろしい。君の責任において十全に尽くしたまえ』

「承知しました。全力を尽くします」

『何か必要なものはあるかね? 難題を委ねているんだ。こちらも能う限り支援しよう』

 管理官ルッソの声色は真剣だった。そりゃそうだ。全ての責任をアンリエットに被らせたとしても、上役である以上は管理官ルッソも無傷では済まないのだから。


「有難くお言葉に甘えさせていただきます。それでは――」

 アンリエットは“お願い事”にまったく遠慮しなかった。

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