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ノヴォ・アスターテ:女神の箱庭。あるいは閉ざされた星。  作者: 白煙モクスケ
第2章:壊れた世界にも花は咲く。

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30/30

30:海辺の町に潜り込んで。

 内海に面する第9大管区はグレイグー・カタストロフィ時に大津波を被った新管区で、沿岸部の多くが冠水、水没しており再建されず放置されている。


 旧海岸線に近い場所ほど津波の圧倒的エネルギーで破壊されており、ほとんどの建物が瓦礫と化して水面に沈んでいた。かつて第9大管区のランドマークだったポートタワーやシーサイドモールは倒壊し、その巨体の多くを海中に横たえている。


 反比例して現海岸線へ近づくほど建物の姿が残っており、アパートやマンション、ビルなどが水面から生えている。疑似陽光を浴びて煌めく水面の下には家屋や自動車、海岸線から押し流されてきた無数の建材やらなんやら積り、礁と化していた。


 この第9大管区の水没地域は基本的には立ち入り禁止で、高い侵入防止壁と自律型哨戒監視ロボットで封鎖されている。例外は水没地域管理所と認可を受けた資源回収(サルベージ)業者だけ。


 ――なのだけれども、どういう訳か、水面から生えている建物には真新しい落書きがあったり、半水没した建物内でキャンプした跡があったり、屋上にプランター栽培がしてあったり、なんなら死んだばかりの亡骸が見つかったりする。


 聡明な諸賢はもうお分かりだろう。

第9大管区の水没地域はある種のフリーエリアと化していた。街に居られなくなった小悪党とワケアリの隠れ里で、悪ガキとバカアホマヌケの遊園地で、それに――怪物(ミュータント)の巣だ。


 そんな水没地域へ出入りできる管理所ゲートに近いヤマモト街区。

 小口ながら宝探し(サルベージ)が産業化している関係で、サルベージ会社とサルベージ屋を相手にした商売が目立つ。


『ウォーターナイン・ワーカーズ』

 アンリエット・セラーズがユーヒチ達を案内した建物は、そうしたサルベージ行関係の建物だった。それなりに広い敷地は有刺鉄線付防犯塀で囲まれている。くたびれた平屋の事務所施設、背が高く大きなかまぼこ型の作業場兼倉庫。使い込まれた大型のクレーンやリフトなどを見るに、小中型飛翔艇・会場船舶の整備・解体商売をしていた町工場らしい。居抜きなのか工具その他も一式揃っていた。


 事務所脇の駐車スペースに停めた贋作シェルビーから降り立ち、トリシャとユーヒチはあれこれと見回して感想をこぼす。

「これはまた随分と胡乱なところだこと」

「けれん味が効いてるなあ……」


 ユーヒチは顎先を撫でながら作業場兼倉庫を見上げた。

「これ、どういう偽装(カバー)なんだ?」


「表の顔は廃船の買い取り処分と資源リサイクルよ」

 セダンのトランクを開けながら、アンリエット・セラーズは言った。

「近いうちにガラクタが運び込まれて、作業用アンドロイドも用意される」


 トランクケースを手に持ち、アンリエットは手振りで2人に事務所へ入るよう促す。

「ここの敷地ならオルキナス級は無理でもポーコイス級なら離着陸できるし、諸々の装備も隠匿し易いわ」

「国内、それも首都で荒事の備えか? 物騒だな」ユーヒチが渋面を浮かべた。


 アンリエットは事務所の電子錠を解き、入室。続くユーヒチがドアを抑え、トリシャの入室をエスコート。トリシャはユーヒチの振舞いを当然のものとして受け入れる。


 事務所内はこざっぱりしており、一見すると整理整頓が行き届いた普通の事務所に見える。いくつかパーティションで区切られており、防音室化された区画には、AAA級ウィザードのトリシャが万全に能力を発揮できるよう、直結システムが組み込まれたスーパーグレードの端末が用意されている。奥のドアを開けば簡単な調理室に宿泊室、シャワールームまで完備。


 トリシャは目ざとく事務所端に置かれた小型冷蔵庫とケトルを発見。冷蔵庫からペットボトルのミネラルウォーターを取り出し、ケトルへ注いで湯を沸かし始める。

「ミルクはクリーマーだけ? 信じられない。なんて野蛮なの」

 紅茶のティーバックと紙コップを用意しながら、紅茶狂いとチャイ好きの遺伝子を持つアングロ・インド系娘はぶつくさと本気の不満をこぼす。


 そして、パーティションで区切られた会議スペースの長卓に、黒々とした濃い紅茶の紙カップが並ぶ。


 アンリエットがトランクケースからあれこれ出していく中、トリシャはミルクではなくクリーマーが注がれた紅茶を渋面で口へ運び、盛大な不満顔を作る。無言で遺憾の意を訴える魔女を横目にしつつ、ユーヒチは安物のオフィスチェアの背もたれに長身を預けた。

「管理官が言っていた三冠王国のチームと合流はいつです?」


「敬語も敬称も使わなくていい。私も貴方達に使わない」

 民間軍事会社の2人が首肯し、アンリエットは続ける。

「三冠王国のチームの到着は近日中、としか言えない。私もSIWG本部も詳しい日程を把握してない」


「まぁグレートゲームのライバルだからな。スマートに運ばないか」とユーヒチが頷く。

「でも、先方の情報は届いている」

 取り出したタブレットを操作し、アンリエットは壁に貼られた薄膜ディスプレイへ表示させる。パッと映る4人の王国人。


 一人は黒髪黒目の地球東アジア系少年。

 一人は薄紫髪に翠眼の地火混血(ハーフエルフ)系白人美少女。

 一人は赤髪金眼の金星系美女。

 一人は非人間型完全サイボーグ。


「……パッと見、王国秘密情報部のエージェントには見えないな」

 ユーヒチが所感を呟き、長卓に頬杖をついてディスプレイを見つめる。

「彼らの素性は?」


 アンリエットはタブレットを操り、4人の王国人を順番に表示させていく。

「東アジア系の少年はハルト・クサナギ。18歳。NACCP特別調査員」


 黒髪黒目の少年。名前からして日系らしい。ディスプレイに表示された身体情報は平均的中肉中背。顔立ちは美少年・美青年へ届かない程度に整っている。ラノベの主人公みたいな小僧だ。


「2年前に発生したサフィアリ動乱に王党派義勇軍へ参加。ウォーメック・ドライバーとして活躍し、その貢献を認められて王国宮廷から騎士に叙されてる」


 続けて表示される経歴情報。

 2年前にアースティル王国で起きたサフィアリ動乱で両親を亡くし、王党派義勇兵として戦いに身を投じている。実質的に非正規軍の民兵である彼が騎士に叙されることは異例であり、それほど大きな勲功を成したことを意味している。


「三冠王国では、若き英雄とかサフィアリのサムライとか、言われてるみたいね」

 トリシャは私物の端末で軽く検索してみたところ、過去の報道などが確認できた。有名人は著名人や有力者に接近し易いため、若き英雄ハルト・クサナギはその筋を担当するのかもしれない。


 ユーヒチは経歴欄の記述を目にし、怪訝そうに眉根を寄せた。

「……経歴欄がおかしくないか? 動乱前は天然生身の一般学生ってあるぞ。動乱でいろいろ混乱していたことを差し引いても、一般人の少年がどうやってウォーメック・ドライバーになれるんだ? あれは戦闘機並みに超専門的なハイテク兵器だぞ。素人に扱えるものじゃないし、軍だって素人に使わせたりしないはずだ」


 指摘は正しい。人型重装機動兵器であるウォーメックの操縦は戦闘機並みに高度専門的だ。軍でも厳格な検査と過酷な訓練で選抜に選抜を重ね、選び抜かれた精鋭を数年かけて育て上げる。アニメみたくド素人の子供が乗り込んで即座に操縦、なんて絶対に無理だ。


 それに戦闘機同様にとても高価な兵器であるウォーメックを民兵如きに貸与などあり得ない。型落ちのガラクタ同然の機体であっても、正面装備のウォーメックを提供するはずがない。


 そんなユーヒチの疑問を、アンリエットは蹴とばした。

「その辺りの事情は現在不明。合流したら本人に聞いてみて」

「――」

 絶句するユーヒチ。隣で忍び笑いをこぼすトリシャ。


 アンリエットは容赦なく説明を進行し、画面上の写真と情報を少女に変更した。

「この薄紫髪の少女はリリア・セム・オスカリウス。18歳。王国伯爵オスカリウス家の庶子で、サフィアリ動乱時は士官候補生だった。戦時任官してクサナギと同じ部隊に属し、活躍。現在は騎士に叙され、王国近衛軍団中尉で王女の近侍を務めていた。この派遣にはNACCPに出向という形で参加している」


 紫水晶のような淡い薄紫色の長髪。宝石みたく美しい翠色の双眸。典雅な顔立ちは画像からも凛とした雰囲気が伝わってくる。身体情報は天然生身で、しなやかに鍛えられ、メリハリがはっきりした長身はスポーツ選手のようだ。


 サフィアリ動乱時は士官学校の生徒で、実働部隊研修中に動乱勃発のテロに巻き込まれて原隊が全滅した。以後、軍へ復帰するまで義勇軍と共に活動し、ウォーメック・ドライバーとして活躍。軍に復帰後も義勇軍の連絡将校として、動乱終結までクサナギの部隊と行動を共にしていた。


 ユーヒチは眉間を押さえて唸る。

「こっちもこっちでおかしい……なんで士官候補生が義勇軍のウォーメック・ドライバーになってる。王国軍の軍紀や統制はどうなってんだ」


 なぜか苦悶し始めたユーヒチへ奇異を見る眼差しを向けつつ、アンリエットはトリシャへ問う。

「彼はどうしたの?」

「そっとしておいてあげて。昔、ウォーメック・ドライバーになりたかったらしいの」

 トリシャはユーヒチに一瞥もくれず私物の端末を弄り、自身の視界に浮かべた拡張現実ウィンドウの情報に目を通し、艶やかな唇の端をわずかに上げた。

「この娘、面白いゴシップがあるわね」

「ゴシップ?」気を取り直したユーヒチが合いの手を入れる。


「リリア・オスカリウスは動乱時に暗殺された国王の御落胤という噂があるみたい。薄紫の髪は王家一族に多く見られる特徴だから」

 トリシャの説明にユーヒチはアホらしいと言いたげに眉をひそめた。

「髪の色なんて簡単に変えられるだろ。SNSを覗けば蛍光発光色やモザイクカラーの奴がいくらでもいるぞ」

 チューニングに義体化、遺伝子治療……銭を出せば、外見などいくらでも変えられる。


「人は自分の見たいものを見るということよ」

 魔女は人類そのものを嘲るように述べ、薄膜ディスプレイに映る御落胤――姫君かもしれない少女を見つめながら、冷淡な声音で言葉を紡ぐ。

「彼女自身が何者であれ、このゴシップとオスカリウス伯家が第三国を通じ、惑星再生機構の民間企業とも取引があるという事実は、方々の関心を引くわね」


 特に金や利益の臭いに敏感な連中や打算に長けた連中の関心と興味を集めるだろう。つまり、リリア・オスカリウスが真に諜報員ならば、惑星再生機構の政財界に情報網を作り上げられる。先述の英雄ハルト・クサナギより注意すべき人物だ。


 トリシャの言葉に肯定の頷きを返しつつ、アンリエットは話を続けた。

「三人目へ移るわ。金星系女性。ヒナコ・アズ・チェルトーバ。20歳。NACCP特別調査員」


 明るい茶色のボブヘアにくりっとした金色の目。耳の代わりに聴覚を備えた角が伸び、頬と眉間に少しばかり鱗が生えている。肌は仄かに薄青い。竜人(ドラゴニュート)染みているけれど、尻尾は生えていない。

 やや小柄で線の細い体つきなのだけれど、胸周りのボリュームは豊か。栄養を乳に吸われたか。


 些かフェティッシュな金星竜人娘を見つめ、ユーヒチは腕組みして呟く。

「名前からすると日系のようだが……日系に見えないな」

「それ、貴方が言うの?」

 由緒正しき地球アングロ・インド系乙女は、灰色髪に薄い赤褐色の肌と頬付き色の目を持つハイチューンド地球日系人へ呆れ声をこぼす。


 2人のやり取りにまったく表情を変えず、明るい肌のクレオール乙女が説明を継続した。

「彼女もまたサフィアリ動乱で戦った義勇兵よ。クサナギ、オスカリウスの両名と同じ部隊に所属。ただし先に述べた2人と違い、ウォーメック・ドライバーではなくメカニック兼ドローンプレイヤーとして活動していた。戦後はNACCPのサポート部門に勤務」


 ドローンプレイヤー。遠隔操縦型ロボットを扱う専門家達の総称。20歳という若さで諜報活動のメカニカル・サポート要員に選抜されたと考えるなら、ヒナコ・チェルトーバは非常に優秀なのだろう。

「技術的な支援要員ね。私達と組むことを前提に編成を考えるなら、最後のフルサイボーグは乗り物担当(ホイールマン)かしら」


 トリシャがこぼした推測を聞きながら、アンリエットは最後の一人について触れる。

「最後のフルサイボーグ。テイラー・ネヴィル。推定40代。NACCP特別調査員」


 目はなくバイザーがあるだけ。鼻も耳も口もない。それどころか肌が一片もない。非性別型と呼ばれるタイプの人型サイボーグ。俗っぽい表現を用いるなら、日系ロボットアニメに出てくる人型機動兵器みたいなナリをしている。

 この手の人型ロボな外見を好む人々はどこにでも一定数いるから、ユーヒチもトリシャも外見に感想はない。というより別のことが気になった。


「推定とは? そもそも外見と男女共通名(ユニセックスネーム)で性別が分からないんだが……どっちだ?」

「分からない」

 ユーヒチの疑問に、アンリエットも困り気味に首を振った。

「ネヴィル氏は正確には三冠王国人ではなく、ヴォイド・エリアからの帰化民だ。王国市民権を得た時点でフルサイボーグだったらしく、申請性別もノン・バイナリーを申告しているわ」

「それじゃ“中身”が王国人ではなく、皇国や惑星社会主義連邦(ユニオン)の諜報員の可能性もあるわけか」

「可能性だけで言えば、ある。ただ現状はネヴィル氏の入国を認めた外交部の判断を信じるしかない」


 ユーヒチとアンリエットのやり取りを聞きつつ、トリシャはディスプレイを見つめながら、ぽつり。

「それにしても……彼らって日系アニメの主役グループみたいね」

「言い得て妙だな」ユーヒチは小刻みに幾度か頷き「記録を見る限り、サフィアリ動乱で戦記譚の主人公グループみたいな活躍をしているしな」

「彼らと組む私達も“物語”の主役入りかしら」どこかシニカルに微笑むトリシャ。


 幾日かしたら共に仕事をする、スパイかもしれない他国人の簡単な情報を共有し終え、アンリエットは2人へ言った。

「当面の仕事はこの拠点“サイト”を稼働させること。最初に言ったとおり、周辺に怪しまれないよう、表向きは廃船解体に勤しむ。カバーロールは私がマネージャー。パティルは事務員。ムナカタはアンドロイド監督(オペレーター)。異論は?」


「情報部主導だもの。貴方が上司役でも不満はないわ」事務員を命じられた魔女は自嘲的かつ優雅に喉を鳴らし「いっそ、この会社を上場できるまで成功させましょうか」


 アンドロイドの人足頭を務めることになった首狩人は小さく頭を振る。

「本当にサルベージをやる方が良かったな。水没都市のダイビングは面白そうだ」


「水を差して悪いが、ここの海はサルベージ中に倒壊したビル内や地下施設へ潜り込んで行方不明になったり、海棲ミュータントに襲われて死傷したりする事例も少なくないぞ」

 アンリエットの指摘に、ユーヒチは大きく頭を振る。

「ララーリング半島の海が恋しくなってきた」


感想評価登録その他を頂けると、元気になります。


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 転生令嬢ヴィルミーナの場合。

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