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ノヴォ・アスターテ:女神の箱庭。あるいは閉ざされた星。  作者: 白煙モクスケ
序章:隔絶された星の文明なき土地で。
3/16

3:完全独立自律型無人戦車

 ユーヒチがデータセンターの地下迷宮をうろちょろしている間に、天蓋膜から注いでいた疑似陽光が途絶え、世界を夜色に染めていた。


 衛星を持たないノヴォ・アスターテの夜空に月はない。代わり、というわけではないけれど、蠢く天蓋膜の先に浮かぶ星々の雲状光帯が見える。


 美しい天体現象を余所に、魔女達を乗せたオルキナスⅣ級強行偵察飛翔艇は廃墟都市の上空から10海里ほど離れ、鈍色の雲の中に身を潜めていた。


 その時、魔女トリシャはオペレーターシートから離れ、飛翔艇の狭い共用ルームで濃い紅茶を飲んでいた。もっとも、双眸を覆う大きな眼帯(データバンテージ)でシステムをモニタリングしているけれど。


 トリシャが真紅のヴェールからこぼれた烏の濡れ羽色の長髪を弄りながら、眼帯越しに地上を眺めていると、班付メカニックのシドニー・オブライエンがやってきた。


 強行偵察チームの最年少19歳。癖の強い赤毛のショートヘアに勝気な顔立ちが愛らしい。

 ダークのレイヤードスキンスーツの上に、民間軍事会社ブルーグリフォンのブルゾンを着こんでいる。


 シドニーは遺伝子適応改良を受けた木星系アイリッシュ入植者の子孫である。背丈が地球人一般より小柄ながら、がっしりむっちりした体躯をしており、いわゆる“ドワーフ”のよう。


「トリさん、お疲れっス」

「お疲れ様」とトリシャ。

 軽く挨拶を交わし、シドニーは備え付け冷蔵庫のロックを外し、手早く目的のブツを取り出した。トリシャの向かいに座って大きな包みを開け、人工合成のハムとチーズに工場栽培野菜を挟んだサンドウィッチをもしゃもしゃと齧り始める。


 瞬く間に半分食した後、シドニーはトリシャに問う。

「ユーヒチさん、データセンターの地下に入れたんスか?」


「ええ。今、サーバー管理室で発電機を動かそうとしているわ」

 蓋付保温タンブラーを口に運び、熱い紅茶を嗜んでから、トリシャはシドニーへ言った。

「順調にいけば、明日の朝には帰還できるかも」


「それ、順調にいかないフリじゃないっスか。なんかありそーなんスか?」

 シドニーが嫌そうに可愛い顔をしかめる。


 トリシャは繊細な造作の美貌を楽しげに和らげ、小さく頷く。

「目標周辺には比較的新しい熱光学兵器の痕跡……融解痕から見て高出力レーザーの砲撃痕があったの。おそらく完全独立自律型の多脚戦車が居るわ。惑星再生機構(ニューオーダー)のものなら私達のIFFに反応しているはずだけれど、その様子はない。となると十中八九、皇国(インペリアル)製。街の人間に始末できたとは思えないから、どこかで休眠中の可能性が高いわね」


 音楽的な美声で滔々と語られた内容に、シドニーは可憐な面差しを一層強くしかめた。

「第三次ララーリング半島戦争の頃の皇国製無人戦車って、多分5号“ムト”でしょ? 全備状態だとしたら、ユーヒチさん達の装備でアレを潰すのは無理っスよ。35ミリグレランの対装甲自己鍛造弾じゃ第1外殻しか抜けないし、熱光学系は第2外殻のマギ・プレート装甲でエネルギー吸収されちゃうし。貫徹力の高い実体弾じゃないとぶち抜けないッス」


「この(フネ)電磁砲(コイルガン)なら始末できるわ。ただ、データセンターのことを考えると、あまり目立つ真似はしたくないところね」

 歳若いながらも博識なシドニーの解説を聞き、トリシャは茶みがかった美肌の頬を撫でながら思案顔を作る。


 と。そのユーヒチから通信が届く。

『1よりアクチュアル。サーバー管理室に電力を通した。システム周りの制圧と制御を頼む』


「分かったわ。ガードボットやセキュリティロイドは?」

『少なくとも確認できた範囲にはいない』

「そう」トリシャは小さく頷いて「なら、システムを抑えるだけで良さそうね。直ぐに掛かるわ」

『任せる。待っている間にこっちはエレベーターシャフトを開通できるか試すよ。帰り道に排水パイプを使いたくない』


 通信が切れ、トリシャはタンブラーを手に腰を上げた。

「私は仕事に戻るわ。シドニーも食事を終えたら、準備しておいて。場合によっては対戦車装備のウォーロイドを追加で送るかもしれない」


「分かりましたッス。用意するっス」

 モデル歩きで共用ルームを出ていくトリシャを見送り、シドニーはサンドウィッチの残りを平らげながら、思う。

 うーむ。トリさんは本当にエロいっス。なんというか……エロいっス。


    ○


 オペレーター・シートについたトリシャは大きな眼帯を外した。

 繊細な美貌にあるべき両目はなく、眼窩に神経接続用ソケットが侵襲してある。


 トリシャはゴーグル型ソケットを両目に接続し、両手をトリシャ専用に改装されたコンソールのソケットに挿し入れた。ソケット内で両手の指先と手の甲と手のひらがカシャリと開き端子と接続される。


 脳神経系と末節神経系をシステムに直接接続し、神経パルスの速度で入力し、脳思考の速度で制御する。人間の多様的創造性と複雑な思考力をダイレクトに発揮するべく生まれたサイバネ・オペレーティングシステム。

 トリシャは人の姿をしたシステムであり、電子世界で魔法を使う魔女だ。


 ユーヒチが起動させたデータセンターの地下管理システムにアクセスし、トリシャはデータセンターのサーバーシステムを乗っ取りに掛かる。


 システムに施された統一連合政府(御上)御用達のプロテクトは、カビの生えた旧式の防壁と旧世代の対抗プログラム。全てがとうの昔に解析されており、防御力は皆無に等しい。


 トリシャは電情戦にスマートさを追求する美学の持ち主であるけれど、それはあくまで相手がいる場合の話で、遺跡の骨董品染みたシステム相手に気張っても仕方がない。

 ユーヒチに良いところを見せたいという気もするけれど、まぁそれは別の機会に。


「お邪魔虫は潰しちゃいましょうね」

 というわけで、押し込み強盗のように自作の強力な侵入ツールで防壁を強引にぶち破り、爆弾魔よろしく対抗プログラムを論理爆弾で吹き飛ばし、生娘を手籠めにする与太者の如く権限を無理やり奪い取る。


 作業開始から制圧完了まで二秒弱。

 サーバー管理の権限を支配した魔女は目的のデータが眠るサーバールームを探し、データの一覧をチェックしていく。


 データ量はそれこそ巨大ダムを満たすほど眠っていたけれど、トリシャに掛かれば、鼻歌交じりで進める作業でしかない。オルキナスⅣの演算能力に本社(ブルーグリフォン)と惑星再生機構の超高性能量子グリッドコンピューティングを利用すれば、わずかな時間で片付く。

 はずだった。


 並行作業で行っている地上監視にヒット。

「あら」

 地上に大型の動体と音響の反応あり。


 トリシャは船首のアイボール型複合センサーを地上の反応源へ向けた。

 目標から3ブロック隣の廃墟の地下駐車場から何か大きなものが這い出てきている。


 反応融合電池系機関の駆動音パターンから出た推論は、皇国軍の完全独立自律型無人多脚戦車5号“ムト”。続いて捉えた暗視映像も音響解析の出した推論を補強する。


 “ムト”の武装は360度旋回砲塔に搭載した高出力レーザー砲一門とパッシブ式の全周近接防御レーザーシステム。前者の射程は理想的大気環境で約3000メートル。高高度を飛ぶこちらは落とせないけれど、対戦車装備のないユーヒチ達にとっては魔獣そのもの。


 トリシャはデータ捜索を続けながら、オルキナスⅣの機首アイボールセンサーが撮影した夜間暗視映像を増幅/精密化と再解析に掛け、速やかにユーヒチへ連絡をつけた。

「アクチュアルよりシンハ1。西に3ブロックの辺りから野良無人機が現れたわ。皇国軍の無人戦車“ムト”よ」


『よりによって敵方の無人戦車か』ユーヒチは無機質にぼやき『第三次ララーリング半島戦争の頃から独立稼働してるなら、全備状態ってことはないだろうが……地上(うえ)に残ってた戦闘痕跡からすると、レーザー砲はまだ稼働状態か』


「解析映像を回すわね」

 クリアに修正した映像を自身の電子視界とユーヒチのHMDに表示させる。


 はっきり言おう。

 皇国軍の完全独立自律型無人戦車5号“ムト”。主力戦車サイズのこの怪物は実に垢抜けない容貌をしている。


 被弾経始をあまり考慮していない直線と平面で構成された砲塔と車体は、第二次大戦中の旧日本軍戦車のようで極めて芋臭い。普通の戦車なら無限軌道があるべき車体両側面下部に、3対の昆虫染みた足が生えている。


 動力源は反応融合電池で事実上、半永久的にエネルギーを供給し続ける。万が一にも車体が炎上爆散しても、この反応融合電池回りだけは無事に残る。下手したら放射能汚染しちゃうから、その辺の対策はガチだ。


 小振りな砲塔から伸びる円筒物は砲身のように見えるが、実は単なる排熱筒。本当の砲門は筒の根っこにある多層式合成レンズだ。砲塔上部あるポコッとした膨らみは戦車長乗降ハッチではなく、パッシブ式全周近接防御レーザーシステムのドームで、対戦車ミサイルやロケットや実体弾、歩兵の肉薄攻撃を熱光学兵器で迎撃する。


 さらに言うと、外見のダサさを加速させるように砲塔や車体、脚部に装甲がもっさりと装着されているけれど、かなりのハイテクだったりする。


 外側の第一外殻は多層複合装甲による空間装甲で、メタルジェット系の対戦車兵器や歩兵レベルの実体弾を無力化する。内側の第二外殻は熱圧反応式マギ・プレートで、第一外殻をぶち抜けるレベルの熱光学兵器のレーザーや荷電粒子や爆発物の高熱圧衝撃波、電磁波等を吸収し、自機のエネルギーに変換してしまう。

 ただし、この2つの外殻の防御力は素材性能に依存しており、厚みはさほどではない。


 それでも撃破を試みるなら、二つの外殻をぶち抜くだけの運動エネルギーと質量を宿した実体弾兵器か、マギ・プレートの吸収変換限界を超える出力の熱光学兵器か電磁波兵器が要るだろう。


 さて、つらつらと上述したように、芋臭い外見と違い、皇国軍無人戦車“ムト”はかなり手強いハイテクの怪物だ。歩兵ではまず対処できないレベルの。


 しかし、長期間の無支援無整備状態で万全であるはずはない。戦闘による消耗と損傷はもちろん、日々の稼働で諸々が消耗したり劣化したりしていく。


 ハイテク兵器は常に整備される前提の兵器だから、こうした消耗や劣化の影響はことのほか大きい。

 そして、この街に現れた“ムト”の状態は――


 まぁ酷かった。

 かなりの長期間に渡って完全に無支援状態なのだろう。全体に塵やら泥やらが厚く貼りつき、あちこちに苔や地衣類が生している。後部背面に至っては堆積した落ち葉や何かが腐葉土化し、小さな草花が生えていた。汚れすぎて本来見えるべき国籍マークや部隊章、登録ナンバーなどがまったく確認できない。


 何より、

『右の後部脚が欠けてるな』

 映像を見ながら、ユーヒチが指摘する。


「脚部損失だけじゃなく、車体右後方の側面と下部に損傷痕跡があるわ。第一外殻が剥離滑落してる。おそらく対戦車地雷か大量の爆薬で吹き飛ばそうとしたのね。この損傷がマギ・プレートまで損傷が及んでいるかまでは、ちょっと識別できないわ」

 トリシャは映像を分析しながら推論を語り、ユーヒチが思案声を返してくる。

『マギ・プレートまでイッてるなら、グレランの自己鍛造弾でも抜けるかもしれないか。いや、やっぱり試す気にはならないな。冒険的過ぎる』


『空から仕留めるか?』と操縦桿を握るダフネが割り込んできた。

 オルキナスⅣ級には40ミリ60口径電磁砲が搭載されている。シドニーが言ったように極超音速の徹甲ペレットなら、“ムト”など容易く葬れる。


「最善かつ最良の解決策だけれど……目立ちすぎちゃうのよね。皇国や競合勢力の注意を惹くと面倒になる」

 トリシャは端正な顔を渋めた。


 このララーリング半島は惑星再生機構と皇国が領有権を巡って三度も本格戦争を起こした地域であり、廃墟都市ラ・シャンテは条約で両陣営の緩衝地帯――実質的な競合地帯に含まれている。

 今現在も絶え間なく小競り合いが繰り返されており、両陣営の下請け民間軍事会社や民兵集団が人知れず非正規戦と抗争を重ねている。あまり派手に動くと、要らぬ面倒を招きかねない。


 実際、トリシャ達の飛翔艇がラ・シャンテ市の上空に侵入して以来、皇国軍が支援する民兵組織の防空システムがしきりに探りを入れてきている。無人機を飛ばしてこない辺り、今のところは様子見に徹しているようだが、派手に暴れたらどうなるか分からない。


「ここは慎重に行きましょう」

 トリシャは決断した。ダフネの操縦技術は信頼しているけれど、空戦をしたくはない。

「この街の現地民勢力なら問題なく対応できるのだから、野良“ムト”を避け、面倒を起こさない方向で。良いわね?」


『了解』『異議なし』

 ユーヒチとダフネが了承したところで、サーバーのデータ捜索が完了した。


「シンハ1、丁度データ捜索も終わったわ。目的のサーバールームへ電力を通して隔壁扉を開けるから、同室内の端末にアクセスしてデータを落として」

 依頼主の惑星再生機構がお求めのデータは、オンライン経由で引き抜くにはちと容量が大きすぎる。それこそ本当に全てを入手する気なら、サーバーそのものの回収が必要になるだろう。

 よって、持ち帰るデータは情報が確かに眠っていることを実証するサンプルだけだ。


『了解。サーバールームへ向かう』

 ユーヒチの返事を聞き、トリシャはふぅと艶めかしく息を吐く。

 ようやく折り返しに入れるわね。

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