27:パティルさんちのお嬢さんとお兄さん。
「おはようございます、トリシャ様。起床の御時間です」
名門パティル家の首都屋敷は第8大管区――高所得者向けゲーテッドタウン内でも特に超富裕層用街区にある。
2エーカー越えの敷地にブリティッシュ風の大きな豪邸が建ち、プールとランドスケープガーデンを備え、加えて瀟洒なゲストハウスと立派なガレージまで並ぶ。
デカい屋敷に相応しく、内装も調度品も非常に金が掛かっている。たとえば、システムキッチンの立派な調理台は天板が天然御影石の大きな一枚板。諸々合わせたお値段は一般家庭の旦那さんや奥様が聞いたら嘆息も引っ込む額だ。
とはいえ、パティル家の首都屋敷が特別に豪勢でもない。富裕層用街区の住人はだいたいこんな屋敷で暮らしている。つまり、お金持ちにとっての『普通』。
そんな『普通』の豪邸のゲストハウスで朝を迎え、トリシャは大きなベッドの上で身を起こした。
ララーリング半島にいた頃と同様、艶美な肢体を包むものは薄生地のベビードールだけ。ブラもショーツも無し。美麗な細面に被った長髪を指で退けながら、大きく欠伸をこぼす。
眼球がない両目は閉じられたままだが、眼窩内に収められた視覚素子がサイボーグ化した脳に直接視野を投影しているため、『見えない』ということはない。
ベッド脇に立つ麗しき美女型アンドロイドのハウスメイドへ目線を向け、
「お茶をお願い。砂糖とミルクを多めに」
「かしこまりました」
アンドロイドが恭しく寝室を去ってから、トリシャは深々と嘆息を吐き、くしゃりと身体を折って顔を掛け布団に埋めた。
「はー……気鬱だわ」
昨日。長兄一家との再会が嬉しく喜ばしかったのは、本当に最初だけだった。
久方振りに再会した長兄スートニアスは機嫌良く振る舞っていたけれど、カップに御茶の御代わりが注がれる頃には、いつも通りに小言を始めた。
家父長制的男性主義を尊ぶ長兄は要約すれば『民間軍事会社なんてヤクザな仕事をさっさと辞めて、パティル家に相応しい男と結婚して家庭を築け』という内容を懇々と説いて(口調が徐々に尊大になるのがポイントだ)、いつも通りにトリシャを苛立たせ。
続けて、これまで散々繰り返してきた小言――トリシャが“才能”をより発揮するためにデミサイボーグ化したことへの不満表明――を今回もクドクドと繰り返し、いつも通りにトリシャを不愉快にさせ。
トドメに母や姉や自身の嫁を比較に出しながら自身の女性観――女は男に良く従い、良い家庭を築くことが役割であり、最良の幸福となる――を語りだし、いつも通りにトリシャを怒らせた。
おまけで、夕食には長兄の『友人達』が細君や恋人を伴ってやってきてちょっとした宴席が始まり、男衆の“クソつまらない話”と兄嫁や女衆相手の気の休まらない会話はまったく楽しくなくて、トリシャをいつも通りにうんざりさせた。
さらに言えば、幼い甥っ子姪っ子は可愛いけれど、メンタルを摩り下ろされた状態で相手をすることは、些かダル過ぎた。
というわけで、トリシャは旅の疲れを口実にさっさとゲストハウスへ退散し、鬱憤晴らしにユーヒチへ電話して二時間ほど愚痴り、最後はふて寝するようにベッドへ飛び込んだ。
実に憂鬱だけれども、長兄スートニアスは郷里――両親や親戚衆よりもマシだ。父の家父長的傲慢さと尊大さは兄の100倍はあり、母の小言の投射量は日本軍特攻隊を迎え撃った米軍機動艦隊の対空砲火並み。親戚衆の鬱陶しさときたら精神的虐待に等しい。
――競合地域の空にいる方が気楽とはね。
鬱々とした呻き声をこぼしつつ身体を伸ばし、トリシャはベッドから降り立った。窓を覆うカーテンを開け、朝日を浴びる。薄布が陽光を浴びて透け、乳房や腰回りなどの艶麗な曲線を露わにした。家族が見たら『嫁入り前の娘がはしたない』と小言不可避だろう。
「んー……やっぱりララーリング半島に比べると肌寒いわね」
雨季と乾季があるだけで一年中、暑気の絶えぬ熱帯のララーリング半島と違い、湿潤大陸性気候のケイナン大陸北西部は今、夏の残り香が薄くなり始めている。朝方はすっかり涼しい。
トリシャは髪を弄りながらベッド脇のドレッサーに赴き、椅子の背もたれに掛かっていたカーディガンを肩に羽織ってから、閉じていた両眼を開ける。
鏡に映る自分の顔、その両目は空っぽで、眼球の無い眼窩内に微細な視覚素子と接続端子が収まっていた。中々にホラーな光景。実際、甥っ子姪っ子にこの空っぽの目を披露したところ、悲鳴を上げて逃げた。後で義姉から怒られた。
「眼帯なら巻くだけで済むのに」
面倒臭そうにぼやきつつ、卓上に置いてあったケースを開く。
保管液に浸かる目玉。
生体被膜で覆われて本物の眼球にしか見えないけれど、中身はアンドロイドやサイボーグのメカニカルな目玉と変わらない。保管液から義眼を取り出し、空っぽの右眼窩内へグッと押し込み、カチリ。眼窩の奥で接続端子に繋がる音が聞こえた。同じく左眼窩にも義眼を挿入。それから両眼窩へ保湿液を注入。
溢れた保湿液をティッシュで拭いつつ両眼を閉じれば、瞼の裏側に浮かぶセットアップ表示。数秒でリンクが終わり、再び両目を開けたなら、鏡に映るトリシャの美顔には、肉親と同じダークブラウンの虹彩を持つ瞳が収まっていた。焦点と目線に合わせて眼球が動く。
久し振りに目玉がある自分を見つめているところへ、寝室のドアがノックされた。
「トリシャ様。お茶の用意が出来ました。入室してよろしいですか?」
「ええ。持ってきて」
美麗なアンドロイドのハウスメイドが非人間的完璧さの所作で入室し、盆からドレッサーの卓上へソーサーとカップを置く。仄かに湯気を燻らせる紅茶もまた、完璧。実に美味い。
鏡の自分――特に家族と同じ色のダークブラウンの瞳を見つめながら、砂糖とミルクたっぷりの紅茶を半分ほど飲み、トリシャはメイドへ告げる。
「シャワーを浴びるわ。下着と服を用意しておいて。今日は……そうね。パンジャビにしましょうか。ボトムはスカートで合わせるわ。下着はシルクの黒ね」
「かしこまりました」
丁重に一礼し、クローゼットへ赴くメイドの背を見つめ、トリシャは思う。
――スートニアス兄様の趣味かしら。
首都屋敷に勤める者達は数人の専門職を除けば、全てハイエンドモデルのアンドロイドだ。これは珍しくない。高性能アンドロイドはボンクラな人間よりずっと優秀だし、人間ではないからこそ面倒事が少ない。維持管理費が人間に払う賃金より高くつく場合はあるけれど、超富裕層たるパティル家にとって問題にもならない。
そして、ハウスメイドのアンドロイドに『趣味』を持ち込むユーザーも珍しくない。アニメやゲームのキャラを完全再現したアンドロイドを囲う趣味人はいくらでもいるし、実在する芸能人や個人を再現する奴もいる(で、肖像権やら何やらでトラブルになるのだ)。いずれにせよ『行き過ぎた』趣味性の発露は何かと問題を生むとだけ言っておこう。
首都屋敷で働くアンドロイド達は全て十代後半から二十代の女性モデルで、地球系のコーカソイド、モンゴロイド、ネグロイド、オーストラロイドで占められており、火星系や木星系など他惑星系アンドロイドはいない。そのくせ、人間の職員は火星系と木星系など地球系以外で揃えられている。
まあ、何かしらの理由があるのだろうけれど、気になる点は別にあった。
兄専属のハウスメイドのモデルがインド系で、顔の造作が若い頃の母や結婚前の姉、それに……自分と似ていること。
やれやれ。
「……やっぱり私も本部施設に部屋を借りようかしら」
紅茶を飲み干し、トリシャは重い腰を上げた。浴室に向かって歩き出す。
熱いシャワーでこの倦んだ気分を流せたら良いのだけれど。
○
パティル・グループの後継者たるスートニアス・パティルは30代半ばの地球アングロ・インド系紳士だ。
雄々しい顔立ち。黒々とした髪は撫でつけられ、インド系ブリティッシュ・ビジネスマンらしく髭は伸ばさず清潔感を重視。壮健な身体を高級シャツとテーラーメイドのスーツで包んでいる。引き締まった手首に装着された腕時計は、多機能なハイテク品ではなく純粋に時を知らせる品物で、一流職人の一点物。その佇まいと雰囲気は貴族的ですらあった。
スートニアスは広々としたリビングのソファに座り、時折に紅茶を嗜みながらタブレットのタッチディスプレイを操り、就寝中に届いた連絡に目を通していく。壁に貼られた大型の薄膜ディスプレイが流すニュースはほとんど聞き流していた。実際、政治経済の報道以外は興味がない。スポーツは周囲と話を合わせる程度にしか関心がなく、芸能関係はどうでも良い。国内外の事件もビジネスに関わらなければ、知ったことではない。
ちらりと顔を上げ、大きなガラス戸の外を窺う。ランドスケープガーデンでは、美しい妻が愛犬を連れて朝の花弄りをしている。子供達はまだ寝ている頃だ。
「トリシャは?」
傍らに控える専属ハウスメイド――インド系乙女のアンドロイドに問えば、アンドロイドは電脳ネットワークを用い、一瞬でゲストハウス付きのメイドと連絡を取る。
「今、身支度を終え、こちらに赴かれている最中です」
「そうか」
豊かな黒髪をひと撫でし、スートニアスは思う。昨日は久しぶりの再会ということで少々、小言が過ぎたか。いかんな。これではまたぞろ避けられてしまうぞ。
長男のスートニアスにとって弟妹は皆、可愛い。中でも、歳が10以上離れたトリシャは多忙な父に代わって面倒を見てきたことも手伝い、特に可愛い。
それだけに“不品行”が目立つトリシャには、ついあれこれ言い過ぎてしまい、それでトリシャから避けられがちであることを自覚している。
パティル・ファイナンシャルの最高経営者が歳の離れた妹との接し方を思案していると、青いパンジャビとスカートを合わせ着たトリシャが戸口に姿を見せた。
可愛い妹は今日も美しい。昨日はデータグラスで覆っていた目元も、今日は義眼を装着している。うむ。やはりこちらの方が断然よろしい。
妹が義眼を装着したことを説教が届いたと認識する長兄。もっとも妹の方は小言除けの妥協程度にしか思っていないが。
「おはよう、スートニアス兄様」
「おはよう、トリシャ」
挨拶を交わし、トリシャは長テーブルの一角に腰を下ろした。
「義姉様と子供達は?」
「マンディは表で日課の花弄りだ。子供達はまだ寝ているよ。お茶は?」
「いえ。飲んできたから」トリシャは首を横に振ってから「そうだ。明日は出社なの。車を貸して貰える?」
「構わない。手配しよう」
スートニアスが送迎係と警護チームの用意を考え始めたところへ、トリシャが微苦笑を浮かべた。
「仰々しい送り迎えは要らないわ。ガレージの車を1台と運転手にハウスメイドを1体貸してくれるだけで十分よ」
「そうは言うがな」スートニアスが立派な眉の根を寄せた。
「繁華街の如何わしい界隈へ遊びに行くわけじゃないわ、兄様。それに、妹が狙われるようなワルいことしてるわけでもないでしょ?」
意地悪に義眼を細める妹に、長兄は口をへの字に曲げた。まったく、賢しい口を利く。素直にこちらの気配りを受け取れないのか。
幼い頃のトリシャは無邪気で無垢だった。両親と兄姉の言うことをよく聞き、賢しらな口など決して聞かなかった。それが情報端末の弄り方を覚えてからはあっという間に……ついには中央政府のスーパーAIをハッキングなんて薄ら恐ろしいことをしでかし、今ではすっかり若き魔女だ。どうしてこうなった。
いつものように小言を繰りだそうと口を開きかけたところへ、リビングの戸口に「パパ、おはよ」子守りのメイドを伴った末娘が現れ、トリシャを見てびっくり仰天。
「トリシャん、目がある! 昨日は無かったのに! どうして!?」
「手品よ」
ちらりとこちらを窺い、魔女のように微笑む妹。スートニアスは渋面をこさえつつ、先んじて釘を刺しておく。
「トリシャ。もしも義眼を使って子供達を怖がらせたら、実家に送りつけて母上の秘書をやらせるからな」
「いやね、兄様。私が可愛い甥姪を怖がらせたりするわけないでしょ」トリシャはくすくすと上品に笑い「車とメイド、貸してくれる?」
スートニアスは小さな末娘を抱き上げて膝に乗せ、譲歩の言葉を紡ぐ。
「護衛を付けろ。それが条件だ」
トリシャは実に愛らしく細面を和らげ、唇の両端を上げる。
「超一流に心当たりがあるわ」
○
そして迎えた出社日の朝。
カルニオン第12管区郊外のブルーグリフォン本部施設。出入管理正面ゲートに、ド、ド、ドと重低音の流動式マギ・マテリアル駆動機関の重く低い鼓動が響く。
「マジか」
ユーヒチは二つの意味で思わず呟いた。
第一に助手席に乗ったトリシャが珍しく義眼を装着していたこと。
第二にトリシャを乗せた車そのもの。
車好きのゲート警備員は小麦肌の美女を乗せた車をまじまじと見つめ、感嘆をこぼす。
「すげえ。リバイバル・シェルビーだ……」
カタストロフィ以前。ノヴォ・アスターテのウガリタ大陸で西暦20世紀リバイバルブームが起き、文物の再現品が出回った。自動車もその一つでアメリカのマッスルカーや欧州のスーパーカーやラグジュアリーカー、日本のスポーツカーなどが『勝手に』リメイクされた。
これが地球や火星、木星など七星連合主要惑星で大々的に行われたり他惑星へ輸出されたりしたなら、権利を保有する企業達が青筋を立てて訴訟祭りを起こしただろうが、太陽系外縁部――ド辺境のド田舎の入植惑星で限定的に流通した少数の違法リバイバル品――しかも出来が良くないパチモノに目くじらを立てたりしなかった(一応、現地支社は本社へお伺いを立てたが『ほっとけ』と流されたらしい)。
そんな違法リバイバル品の中でも屈指の完成度を誇ったのが、フォード・マスタング500GTのコピー、通称リバイバル・シェルビーだ。
とある西暦時代映画の大ファンだという製作者が、同作の主人公が愛した1969年型フォード・マスタング500GT――伝説的エンジニアのキャロル・シェルビーがフォードで手掛けた集大成を“勝手に”再現製作した代物。
ガワは完璧にマスタング500GTそのもの。ただしエンジンや内装は流石に現代的だ。内燃機関のV8エンジンなんて博物館にしかないし、内燃機関が衰退して久しいからガソリン自体もほとんど流通してない。そんなわけで、水星固有鉱物を用いた流動式マギ・マテリアル駆動機関を搭載し、インテリアも出来る限り本物に寄せつつも、メーター周りはマギ・マテリアル機関に寄せたものになっている。
長々と記したが、要するに――アホがこしらえたパチモノだ。ただし、高額なプレミアのついた、パチモノ。
「100台も残ってないレア車ですよ、これ。いったいどうやって入手したんです?」
ゲート警備員はグラバーブルーに2本の白いオーバートップストライプが走ったマシンを凝視しながら問うも、助手席に座るトリシャはただ微笑みを返すだけ。
「なあ、俺はどこに乗れば良いんだ?」
ユーヒチが戸惑いがちにトリシャへ問う。
69年型マスタング500GTは4シーターで図体のデカいマッスルカーだ。が、リアシートは呆れるほど狭い。というのも、4シーターである理由が『保険代』で仕方なく設置されたものだから。リアシートに実用性なんて無いに等しい。
と。ハンドルを握っていた美女型アンドロイドが車外に出て、トランクルームを開け、その中に寝転がりつつ、トランクドアを閉めた。
「ええ……」「えええっ?」
ユーヒチは絶句し、警備員は吃驚。
トリシャは優美な微笑みを湛えたまま、告げた。
「さ。出勤しましょ」
○
晩夏初秋の狭間に広がる好天の下、リバイバル・シェルビーが高速幹線道路を快調に走っていく。
違法リメイク車を走らせるユーヒチは、なんとも複雑な面持ちをしていた。
ぶっちゃけ、この贋作マッスルカーの運転は、楽しい。
セミオートマのシフトレバーをガチャガチャ操作する感覚。静音性を尊ぶ反応融合電池式や通常の循環式マギ・マテリアル駆動機関と異なり、流動式マギ・マテリアル駆動機関の鼓動がもたらす重低音。極太のトルクがもたらす走行感。マッスルな出力とスパルタンな乗り味。オトコノコ的情動が刺激されて、とっても楽しい。
一方で、違法コピー品とはいえ、その完成度と稀少性からアンティーク的価値を持つ高級車を運転している事実に、内心ハラハラ。これ万が一に事故ったら、どうなるんだ? 修理代なんてとても払えないぞ。
それにトランク内に収まっているハウスメイド衣装の美女型アンドロイド(現在は休眠中)。何も知らない状態であれを見たら、メイドの死体を積んでいると誤解されかねない。
複雑な表情でハンドルを操るユーヒチの隣で、トリシャは上機嫌で鼻唄を口ずさんでいる。
ユーヒチはしかめ面でお気楽な魔女へ問う。
「なんでこんな派手な車を? 普通の車は無かったのか?」
「ユーヒチをびっくりさせようと思って」
トリシャがダークブラウンの義眼を細め、悪戯っぽく笑う。実に可憐で美しく眩しい笑顔。もっとも、驚かされた方は苦い顔を返さずにいられなかったが。
「それにしても」トリシャはユーヒチの服装を採点し「ユーヒチは格好良いんだから、もっと良い服を着るべきよ」
「これだって安くないぞ」
本日の衣装はシン・スワトー支局長と面談した時に着ていた上等なビジネススーツ。まさしく一張羅。
「安くないだけよ」パティル家の御令嬢はユーヒチの反論を一蹴し「決めたわ。今日は帰りにテーラーへ寄りましょう」
「高い服を仕立てても、着る機会はあんまりないと思うけどな」
なんせ自分は傭兵商売の荒事師だ。本社で新たな任務を命じられたら、またぞろ蛮地の鉄火場に潜り込む日々だろう。
「機会は作るものでしょ」
分かってないと言いたげに告げ、トリシャは艶やかな黒髪を優雅に掻き上げた。
「支局長は私達に探偵ごっこをさせると言っていたけれど……具体的に何をさせられるのかしらね」
「思うに……例の脳殻、なんとかって大佐の足跡を調査するんじゃないかな」
カタストロフィ時、ポエニカ小大陸へ落着した超大型宇宙船グウェンドリンで死んでいるはずのウィリアム・アンダーソン大佐。なぜか彼の脳殻はウガリタ大陸ララーリング半島で発見された。どういうことなのか誰にも分らない。
多分、このミステリーを解くことがお仕事になる。
ユーヒチとトリシャの役割は、アンダーソン大佐の脳殻から情報を吸いだし、その足跡を追う現場調査、その過程で生じる荒事だろう。
「私としてはヒストリカル・ミステリーより、正体不明の“敵”を追うサスペンス・アクションの方が良いわ」
トリシャは義眼を鋭く細めた。
ララーリング半島の文明喪失圏で遭遇した謎の金星系男と地球スラブ系少女。特にスラブ系少女だ。ナノマシンを操って皇国軍特殊部隊のハイエンド・サイボーグ兵達や惑星再生機構のウォーロイドを容易く仕留め、ハイチューンドのユーヒチを心胆寒からしめた少女を、電子戦の魔女は“敵”と定めていた。
密やかに猛る美麗な魔女を横目にしつつ、ユーヒチは思う。
まあどんな任務や命令であれ、自分がやることは同じだ。
どこかへ静かに潜り込み、誰かを殺す。
○どうでも良いTips
フォード・マスタングGT500
伝説的エンジニアのシェルビーがフォードに在籍している頃に手掛けた名車。アメリカン・マッスルカーの中でも別格のプレミアカーで、鉄屑同然の不動車ですら高額で取引されているそうな。
車に興味がない人には、映画『ジョン・ウィック』でキアヌ・リーヴスが乗り回していたアメ車と言えば分かるだろうか。




