18:いつもこんな調子。
戦争鯨が群れを成して文明喪失地域へ進入し、ラ・シャンテ市上空へ展開した。
イルカのように優美な曲線で構築されたデルフィナス3型戦闘機一個中隊が制空権を確保し、オルキナスⅣ級飛翔艇の群れが現場要員一個戦隊と機材を目標街区へ送り込み、そのまま上空支援へ移る。
シロナガスクジラのような大型輸送飛翔船がトビウオみたいな索敵自爆ドローンの大群を作戦区域の低空へばら撒き、重装人型機動兵器一個小隊を投下。
マンタみたいな姿の大きな空中管制機が蠢く碧空の高高度を回遊しながら、投入された空中機甲部隊を指揮管制する。
投入されたブルーグリフォンの機甲部隊は空中管制機の指揮と命令に従い、データサーバーが眠る街区を瞬く間に確保。
悪鬼の化身みたいな重装人型機動兵器が街区の要衝を固め、人間とウォーロイドの混成歩兵部隊が街区の各所に銃座と狙撃点を設置して哨戒線を敷く。工兵達がデーターサーバーを残らず回収するべく廃墟と瓦礫の撤去作業を始めた。
民間軍事会社ブルーグリフォンにしてみれば、この作戦は中立地帯にある都市の制圧・占領ではなく、グレイグー・カタストロフィ以前の重要電子情報の回収作業に過ぎない。
だが、当然ながらブルーグリフォンの事情を知らぬラ・シャンテの現地コミュニティや廃墟内に巣くうレイダー・クランは戦々恐々と震え上がり、この廃都市に遺棄されていた稼働状態の無人兵器は“任務”を遂行すべく動き出し、ミュータント達は縄張り内に現れた侵入者達へ挑むか逃げ出した。
ララーリング半島で惑星再生機構と勢力抗争をしているアシュタロス皇国も、この派手な動きに仰天。表に裏に大騒ぎとなった。
兆候自体はあった。数日前からブルーグリフォンがラ・シャンテ周辺で同時多発的に『清掃』を始めていたから。だが、ここまで堂々と派手に動くとは想像の範囲外だった。
皇国政府は様々なルートから惑星再生機構の意図を探り、情報機関のハンドラー達はモグラ達に通信をかけまくり、ララーリング半島方面軍は即応部隊の支度を始めた。そして、とりあえず坑道のカナリアよろしく現地の手駒――支配下の民兵組織や懇意のスカベンジャー達を送り込む。
もちろん、そうした動きは長大な耳目を持つ空中管制機やオルキナスⅣ級飛翔艇に捉えられ、市に向かって接近する民兵の集団や車両へ警告。無視した場合は即座に極超音速砲撃やミサイルで吹き飛ばした。
空中管制機や飛翔艇の目や手を掻い潜って市街内に潜入できても、街の頭上で回遊するドローンの群れを避けることは難しい。ハッキング対策に完全独立式AIを搭載したドローンはIFFと味方条件に該当しない全捕捉対象――それこそ土着コミュニティから様子を窺いに来た非戦闘員にすらも容赦なく体当たり攻撃を仕掛け、どかーん!
極超音速の砲撃とドローンの爆撃を潜り抜けた先で待っているのは、辻で睨みを利かせている巨人――二階建ての建物ほどもある重装人型兵器。
その姿は機械仕掛けの悪鬼そのもの。
太く長い一本角を生やし、複眼型カメラが口腔のように赤々と輝いている。盛り上がった肩には近接防御用の対人榴散弾投射機が装備され、背中から張り出すユニットにはサブアームと後方警戒用ガンタレットが装着されていた。
ちなみに、ウォーメックにはチューンド用の搭乗型とサイボーグの搭載型があり、どちらも一長一短。
兵士の脳ミソを直接ウォーメックに搭載してしまう手法もあるが……少なくとも惑星再生機構では認められていない。非人道的だからではなく“人間の脆弱性”が問題だから。
『ブッチャー3より、コントロール。当機より2時半方向、距離1200に鼠を捕捉。射撃許可を求む』
『……まぁ良いだろう。撃て』
『ブッチャー3、ファイアッ!』
北側の辻に建つ惑星再生機構製ウォーメック『センチュリオン』はセンサーで捉えた目標へ向け、右腕に持つ40ミリ半自動電磁砲を構え、撃った。
砲身内で極限まで加速された汎用ペレットは、大気の壁を破砕する轟音を街区に響かせ、獰猛な索敵系が捉えた標的――二ブロック先の8階建てビルの最上階へ着弾。
鉄筋コンクリートの塊に激突した汎用ペレットは弾殻を破裂させ、弾体である高比重化学物質を熱エネルギー化。ビル最上階に炸薬とは異なる高熱圧衝撃波を発生させた。
経年劣化で朽ちていたビルの最上階は強烈な熱圧衝撃波に耐えきれず崩落。ついでに下層階を二つほど連鎖破壊させ、地響きを招きながら大量の粉塵をまき散らす。
崩落で生じた大量の粉塵が波紋のように辺りへ広がっていき、哨戒線まで到達する。
『やり過ぎだ、クソッタレ!!』『鼠に大砲を打つ奴があるか! バカ野郎!!』
粉塵塗れになった哨戒線の兵士達がぶーぶーと文句を垂れ、地下で作業している工兵からも苦情が届く。
『今の震動はなんだっ!? こっちはデリケートな電子機材を回収してんだぞっ! 余計な神経を使わせンじゃねえよっ!!』『てめーらの仕事は警備なんだ! 大人しく突っ立ってろ!!』
『……コントロールは許可したんだ。俺は悪くねェ! 俺は悪くねェ!』
『うるせーバカッ!』
言い訳する巨人に狙撃兵の一人が建材の塊を投げつけた。
宇宙時代の圧倒的軍事力を持つ列強の民間軍事会社にしてみれば、こんな作戦は退屈なピクニックの延長でしかない。
○
時計の針を少し戻す。
選抜強行偵察隊のチーム・シンハはラ・シャンテ市のサーバー回収作戦に参加せず、別任務を請け負っていた。
任務は単純。抹殺対象だったノーヴェンダー・インファタスが、死に際に語ったセーフハウスの記憶端末――先の皇国系民兵組織『サムライ・オブ・ブラックアーマー』の拠点で不測遭遇した謎の金星系男とさらに謎の少女メイドの情報――を確保すること。
オルキナス内のハンガーで、ユーヒチ・ムナカタは3体の女性型ウォーロイドと共通の装備をまとう。
ダークのレイヤースキンスーツとクラス2タクティカルギア、五眼式多機能フルフェイスヘルメット、大きな野戦バックパックに環境可変色式フードポンチョを被る。
先の作戦でウォーロイドを一体失ったが、補充は追いついていない。一般戦闘用は手当てが付き易いが、強行偵察用はハイエンドだ。民間軍事会社として大手のブルーグリフォンも簡単に都合できない。
なので――
「ストーカーか」
ウォーロイド・ストーカー型。
その姿を例えるなら、西暦20世紀時代に製作されたモンスター映画に登場する『宇宙ゴキブリ』だ。
ひょろりとした体躯は屹立すれば身長180センチのユーヒチの倍以上デカく、栄養失調児童のように腹部が膨れており、長い四肢と鋭い尾を持つ。頭部は地球欧州系戦車の砲塔みたく直線的な形状で、生体素子を用いた強力な索敵系センサーボールを据えられていた。
銃器は扱えないが、映画のバケモノと同様に驚異的な静音隠密能力を持ち、細身からは想像もつかないほど強靭な膂力を発揮し、単分子製クローと尾の先端に装着された劣化ウラン製ニードルが重サイボーグすら引き裂く。
運用としては一種の独立型無人兵器のように戦場や競合地域へ投入し、強襲や警備に用いるのが主流で、強行偵察に利用する例はあまり多くない。
「本部が言うには、今のところ強行偵察隊の任務に適応可能な高隠密性ウォーロイドがコイツしかないんですって。かといって人で補充になると……トリさんが……」
木星系アイリッシュ、赤毛の可愛らしいドワーフ娘みたいなシドニーがなんとも言い難い表情を浮かべた。
「あー……分かった。うん」
ユーヒチも察する。
チーム・シンハのコマンド兼オペレーターである地球インド・アングロサクソン系美女トリシャ・パティルはクセの強い魔女だ。なんせチームの面子をお気に入りのユーヒチ以外、全員オンナで揃えている。曰く『獅子の群れは一頭のオスと複数のメスからなる』から。
「でも、このモデルD7は電脳が無駄なくらい容量がデカいんで、通信系と電情戦系のサポートユニットとしても使用できるッス。その辺を上手く使ってください」
シドニーの説明は自動車セールスの言い草染みていて、ユーヒチは小さく鼻息をつく。
「まぁいい。こいつのコールサインはシンハ5か?」
「ポチです」
「は?」感情調整が効いているにもかかわらず、ユーヒチの顔が怪訝に大きく歪む。
「ポチです」
シドニーは繰り返した。自分が決めたわけじゃないと言いたげな顔で続ける。
「トリさんが」
「あー……分かった。うん」
ユーヒチは納得した。トリシャは癖の強い魔女で、チーム・シンハの女王だ。女王陛下の決定は覆されない。気を取り直してチームの装備選定に移る。
「2と3は俺と同じくAR。4はMGだ」
チームの火力は減音器と擲弾筒が装着された6・5ミリ口径ブルパップ式アサルトライフル3丁。8ミリ口径汎用機関銃1丁。それと――
「なんか落ち着かないな、これ」
女子更衣室からレイヤードスキンスーツとタクティカルギアで身を包んだ白兎娘が現れる。
火星系は適応調整でエルフみたいな耳長になっているから、火星系向けヘッドギアはその耳の形に合わせたものになっているけれど、流石に兎のケモライズをされたウサミミ娘用フルフェイスヘルメットは無い。
そのため、レーラには複眼式多機能ゴーグルが与えられている。
「……あたしに銃やナイフを渡して、背中から撃たれるとか思わないわけ?」
ゴーグルを額に掛けたレーラが挑発するようにユーヒチへ言えば、ユーヒチは情動が一切こもっていない無機質な顔を向けた。
「その時は君もウォーロイドから蜂の巣だ。なんなら、こいつで八つ裂きにされる」
ユーヒチはストーカーを指差し、続ける。
「ノーヴェンダー・インファタスが死の間際に君の生存を願ったのは、そういう死に方をさせるためじゃないと思う」
「姐さんと皆を殺したのはお前らじゃないかっ!」
白兎らしい紅い目でユーヒチを憎々しげに睨む。
ユーヒチは心身のハイチューニングで鬼灯色になった瞳でレーラを見つめ返し、無情動に告げる。
「その通りだ。だから怨むも憎むも構わない。だが、その怨恨と憎悪を実行に移すかどうかはよく考えろ。それと、作戦中に俺達の指示や命令を無視して下手な真似をすれば、こいつの背中に縛りつける。慣れ合う必要も親しくする必要もないが、仕事はしろ。他に質問や言いたいことは?」
レーラは可憐な細面を苛立たしげに歪め、吐き捨てる。
「くたばれ」
「意見は聞いた」ユーヒチは眉一つ動かさず「ギアとバックパックに物資を詰めろ。銃は希望がないなら、俺達と同じARだ」
「……6・5ミリは嫌。8ミリのバトルライフルが良い。造りはブルパップじゃなくてスタンダード。出来れば曲床タイプ」
不快そうに、けれどしっかり答えるレーラ。
「渋い趣味っスね」
シドニーは言いながら格納庫内にある武器ケースを開けた。
「8ミリBRの曲床タイプは無いッスね。あるのはブルパップの鉄砲上手用だけッス」
ユーヒチと同じタイプのブルパップ銃で、銃把の後ろに装着される弾倉は8ミリ小銃弾を使うためARモデルより大きい。
「なら、それで良い」とレーラは8ミリBRを受け取り、弾倉を付けずに槓桿を引いて動作を確認。問題なし。銃口の消炎器を外し、代わりにリレーバトンみたいな減音器を装着した。シドニーの指示に従って機関部上の照準モジュールと多機能ゴーグルと同期させる。
「それで有効射程内の弾道計算と最大8倍まで拡大可能します。ゼロイン調整は降りてからやってくださいッス」
「……分かった」
シドニーに首肯を返し、レーラは続いて10ミリ自動拳銃をホルスターに差した。ユーヒチへ冷徹な眼差しを向ける。
「あんたがくたばりかけても助けないから」
「俺が死ぬような状況になったら、君も死んでるよ」
ユーヒチは軽くあしらい、ハンガー内の時計を一瞥した。
「出撃前に飯を済ませよう。美味いものは食える時に食っておくべきだからな」
レーラはその提案に反論できなかった。
○
電子の魔女トリシャはオペレータールームで端末を操り、艇内監視カメラでユーヒチとレーラのやり取りを盗み見していた。
眼帯を外し、眼窩にコネクター装着したまま小麦肌の麗貌を薄く歪める。
「仲良くやってるようね」
本気で復讐する気であれ、セーフハウスに辿り着くまでは動くまい。あの兎娘にしてもセーフハウスにあるだろう思い出の品などは回収したいはずだ。
本気で挑んできたとしても、ユーヒチとウォーロイドが返り討ちにするだけだろうけれど。
『お嬢。間もなく予定空域だ』
このオルキナスを操るダフネ・ミリガンから通信が届き、トリシャはユーヒチ達へ告げた。
「まもなく予定空域よ。食事を摂るなら急いで済ませて」
『早食いか。マナー違反だな』感情のこもってない軽口を返すユーヒチ。
トリシャは艶やかな唇を和らげる。
「この仕事が終わったらディナーに行きましょう。天然の食材を使う店にね」
『それ、映画やドラマで酷い目に遭うセリフだぞ』
ユーヒチの返しに、トリシャはくすくすと喉を上品に鳴らした。
「いつものことじゃない」
感想評価登録その他を頂けると、元気になります。
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モラン・ノラン。鬼才あるいは変態。もしくは伝説。




