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競馬雑文学その1予感

作者: 弱者男性

ここにくると、いつも少し先のことが知りたくなる。

ほんの少しでいいから、その先が知りたくなる。

自分の知識、予想、見解、そしてそれにすらならないような湿っぽい予感。

身に付けてるだけで気持ちが悪い、すぐに脱ぎ捨ててしまいたいのに、どうにも張り付いてとれない気色の悪い予感。


その正体がなんなのか。もうすぐ明かされるのに、そのもうすぐが途方もなく長く感じる。

正直、その予感の正体を知りたくない気持ちもある。自信がないのだ。自分自身に。


過去、こうした予感に何度騙されてきたか解らない。決まって騙されるとき、いつも私の心は鼻の下を伸ばしていた。

こうであってほしい。こうなったらいいのに。そういう希望的観測を、私は予感と勘違いしていたのだ。


ある日、普段は誰にも見向きもされない自分が、クラスのマドンナ的存在に挨拶をされた。不審に思いながらも挨拶を返して、その時は事なきを得たが、それから度々彼女は私に笑顔を振り撒いてくれた。


こんなとき、自分に下心がなければ、そこに芽生える動機はない。挨拶は一般的な礼儀で、笑顔は人にとって珍しくもない習慣の一つだ。なのに、そういうものに慣れていなかった当時の私は、それが特別な何かだと誤解し、あらぬ予感を抱いていた。

訪れぬ未来に一人勝手に期待し、そして何も起こらなかったことに辟易とした。


全ては下心による希望的観測を予感と勘違いしたことが原因だ。希望的観測を抱くことが問題で、根拠なく未来に、下心を抱いた私の未熟さによるものだった。でも、今は違う。騙されることがあると知っている。あのときとは何から何まで根本的に違うはずなのだ。


そして今、私は私自身の未熟さそのものの存在を知っていて、二度と騙されまいとしながらも、懲りずに眼前に歩く、優雅な身体に見とれていた。

それは、一般に手を出してはいけない選択肢だった。そんな上手い話があるわけない。私はもう騙されない。そうあの女の無邪気で無意識の非情に騙されてから、私は誓ったのだ。それなのに。


騙されない為の入念な準備をした。比較、彼女の経歴の見直し、実現性の試算。繰り返せば繰り返すほど、私の込み上げる感情とは裏腹に、導き出されるその答えは堅実な社会を私に提示する。

でも、それでいいのだ。何度も犯したミスに、また自分から陥る必要などない。現実に、社会の目に晒されても何ら恥じることのない答えを導き出した。


それなのに、その身体の放つ魅力は私を求めていた。“それ”に何度も呼び止められた。決断を遮られた。こんなに準備をしたのに、どうしてそれを否定するのか。私は彼女の無言の瞳を恨めしく睨み付けた。彼女は何も語り返すことなく、ただその身体だけで私に語りかけてきた。


「私を求めたいのでしょう。わかっているのよ。どうぞ、好きなだけ求めなさい」


容赦なく、彼女は私にそう呟いた。扉は開かれていた。いつでも私はそこに私の命を注ぎ込むことができる筈だった。後戻りはできない。未来は決まっており、開けた未来を閉じることはできない。


ほんの少しでいいから、先の未来を知ることができればいいのに。たった数十分でいい。この沸き上がる感情が単なる希望なのかそれとも、予感なのか。その正体を遠くからでいい、ほんの少し覗くことができたなら。

彼女は笑っているだろうか。私は笑っているだろうか。


そうして私が決断を先延ばしにしていると、彼女は未来の通路に向かって私の前から去っていった。

待ってくれ。頼むから、もう少しだけ君を見せてくれないか。その完成された、今日の、この一瞬しか拝むことのできない君を。もう二度と会うことのできないこの瞬間の君を。

その要求はかなうことがなかった。時間は刻一刻とすぎ、彼女は私たちの未来に向かって姿を消した。私はその後ろ姿をみて、ようやく決断をきめた。


彼女のいなくなったパドックで、私は彼女の名前を投票用紙に書き込んだ。

まもなく、私の前に、望んだ未来がやってくる筈だった。

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