クレア、襲来
オーベルジュに変なお客が来たと思ったら、久しぶりに見るクレアだった。
何かのコスプレだろうか?
外国人みたいな恰好をして、顔にはベールまでかけている。
でも、目元と声でわかっちゃうんだよなあ。
「これはクレアさま、いらっしゃいませ」
うん、メアリーもクレアだとわかっているようだ。
「どうしたの、クレア?」
「…………」
クレアは無言で震えている。
ひょっとしてトイレに寄ったとか?
「ロッシュル、どういうこと! これなら私だとバレないって言ったわよね?」
「ぉ、それは……」
この人は新しい侍女かな?
かわいそうに、クレアのわがままに付き合わされているのだろう。
「パウダールームは向こうだよ。手を洗っておいでよ。飲み物を用意するから」
「そ、そうね……」
クレアは怒った顔をしていってしまった。
僕とメアリーは顔を見合わせる。
「なんなんだろうね?」
「さあ、私にはなんとも」
昔からクレアは突飛な行動にでることが多かった。
そして、それは大抵僕に対しての嫌がらせにつながっていた。
今日もなにかたくらんでいるのだろうか?
そうこうしているうちにクレアが戻ってきた。
「どうしたの? 僕に用事?」
「セディーに用事なんてあるわけないじゃない! 私はセディーの恋人? 彼女? 私たちなんて赤の他人よ!」
「姪だけど……」
「そ、そうね……」
「用事がないんだったらなんで来たの?」
「そ、それは……」
少しだけ言いよどんでいたクレアだったけど、自信たっぷりにこう答えた。
「セディーがダンテス一族として恥ずかしい生活を送っていないか、私が監督にきたのよ」
「なんでクレアに監督されなきゃならないんだよ?」
「わ、私は本家の長女よ。頼りない叔父の面倒を見るのは当然のことじゃない!」
よくわからない理屈である。
「僕はもうダンテス男爵として独立しているんだ。クレアにとやかく言われる筋合いはないよ」
「いいから、さっさと島を案内しなさい! まずは評判になっているメロンソフトクリームとやらを監督するわ。それからビーチを監督して、温泉を監督して……、そうそう、忘れずに魔導列車とやらの監督もしなきゃ」
なるほど、つまりクレアはガンダルシア島へ遊びに来たということか。
だったら素直にそう言えばいいのになあ。
「わかったよ。まずはメロンソフトクリームの監督だっけ? 持ってくるからそこに座って待っていて」
メロンソフトクリームは大人気でお昼過ぎにはいつも売り切れてしまうほどである。
大量にメロンを栽培すれば供給量は増えるだろうけど、僕の手が回らないし、オーベルジュの人手も足りないのが実情だ。
どかんと儲ける気はないので現状維持がいいと思う。
「お待たせしました。メロンソフトクリームですよ」
「うわぁ……、コホン」
感嘆の声を咳払いでごまかしてクレアはメロンソフトクリームを食べ始めた。
「…………」
モグモグと一心に食べているなあ。
少々量が多いのだけど、僕の作るメロンは特別だ。
半分くらいなら誰だってペロリと食べてしまえるくらい美味しいのである。
クレアにとってもそれは同じようで、全部きれいに食べてしまった。
「まあまあね……」
「おいおい、完食しておいてそんな感想を言うの?」
「う、うるさいわね。次はビーチよ!」
「はいはい、それじゃあ付いてきて」
僕はクレアを連れてビーチへの道を歩いた。
「ここの道はぜんぶ石畳なのね」
「すべて整備できているわけじゃないけど、主要な道はほとんどこんな感じだよ。街灯もあるから、夜の散歩も趣があっていいんだ」
「ふ~ん……」
またなにか嫌味を言うのかと思ったけど、クレアは憎まれ口をきくこともなく、黙ってついてきていた。
「ところで、水着は持っている?」
「当然じゃない。海に遊びに来たんだから」
遊びに来たって言っちゃったよ……。
監督という建前をすっかり忘れているな。
まあ、こういうところがあるから憎めないんだよね。
好きになることもないけど……。
「着替えは海の家を使ってね。それじゃあ僕はもう行くから」
「行くってどういうこと?」
「僕はいろいろと忙しいんだよ」
「いやっ! きちんと私をエスコートしなさい!」
でたよ。
クレアにはこういうわがままなところがあるのだ。
「そんな聞き分けのないことを言って、恥ずかしくないの?」
「うるさい! うるさい! なによ、ユージェニーとはしょっちゅう一緒に遊んでいるじゃない。それなのにどうして私とは遊んでくれないのよ!」
「それは……」
「セディーはいつもそう。ユージェニーばっかりえこひいきするのよ!」
「そんなことないって」
ひいきをしているつもりはないんだけどなあ。
でも仕方がないよ。
ユージェニーは親切で優しいもん。
僕にとっては最高の親友だ。
「だいたい、忙しいって何をするのよ?」
「今日はリンゴの収穫があるんだ」
「領主のセディーがそんなことをするの?」
クレアは驚きに目を見開いている。
貴族が、とくに爵位を持つ貴族がそんなことをするなんて信じられないようだ。
「ここはそういうところなんだよ。領主だろうが男爵だろうが、楽しみながら収穫をするのさ」
「だったら私もやる」
「は?」
「だから、私もリンゴを収穫してみる」
「それは、僕を手伝ってくれるってこと?」
「そうよ! 悪い⁉」
「悪くはないけど、クレアにできるのかい?」
「ばかにしないで! それに、ここはそういう島なんでしょう?」
「え?」
「ガンダルシア島では伯爵家の娘がリンゴをもいだっておかしくない、そう言ったのはセディーじゃない」
まさか、クレアが手伝いを申し出るなんて思ってもみなかったな。
「それじゃあ、ありがたく手伝ってもらおうかな」
「ふん、さっさと行くわよ!」
僕らはルシオが引く荷車に並んで乗ってリンゴの樹が生えている場所へ向かった。
「なにか嬉しいの?」
「どうしてそんなことを聞くのよ?」
「いや、さっきからたまにニヤニヤしているから……」
「そんなことないわよ! 目がおかしいんじゃない?」
うん、今は最高に怒った顔になっているね。
情緒不安定なのだろうか?
途中で音を上げるかと思ったけど、クレアは最後までリンゴの収穫を手伝ってくれた。
それどころか初めての経験をかなり楽しんでいたようだ。
伯爵令嬢が脚立に登るなんてことはまずないはずだからね。
まあ、それはいいとして、クレアのことがちょっと心配になってきたぞ。
だって、ずっとにやけたり怒ったりを繰り返していたからだ。
一度、ちゃんとしたお医者さんに診てもらった方がいいかもしれないな。
なるべく接触はしたくないけど、機会があったらアレクセイ兄さんに話してみるとしよう。
収穫が終わったのでクレアには温泉で汗を流してもらった。
いい匂いのシャンプーとコンディショナーが気に入ったようだ。
どちらもこの世界にはないものだからね。
ボトルごと寄越せと言ってきたけど、それは断った。
こういうところはアレクセイ兄さんにそっくりだ。
たとえシャンプーとコンディショナーを渡しても、こちらはポイントを使って得られたアイテムだ。
島から出れば消えてしまう。
ぶぅぶぅと文句を垂れていたけど、また温泉に来ればいいじゃないか、と言うと真っ赤になって黙ってしまった。
きっと納得してくれたのだろう。
最後は魔導鉄道に三往復も乗って、ようやくクレアは帰り支度を始めた。
「コホン。まあまあの島のようね」
「そりゃあ、どうも」
クレアが褒めるなんてめずらしいな。
「また見に来るから気を抜かないように領地を発展させなさい」
「偉そうだなあ」
「う、うるさいわね。私は偉いの! 次は泊まってあげるからちゃんと部屋を用意しておくのよ!」
そんな捨て台詞を残してクレアは肩を怒らせながら帰っていった。
***
屋敷に戻る馬車の中でクレアは締まりなくにやけていた。
もう、この顔を隠す必要もない。
クレアは今日一日のことを思い出して悦に浸っている。
やだ、こんな楽しいデートははじめて!
スイーツは美味しかったし、一緒に作業をするなんて初めてだったわ。
高いところは怖かったけど、セディーが支えてくれたから違う意味でドキドキしちゃった……。
大胆にも次は泊まる宣言までしちゃったけど、あれでよかったのかしら?
でも、言葉にしてしまったらもう引き返せないわね。
うふふ、お泊りか……。
ああ、イケナイ響きがするわ!
「ぐふ……ぐふふ……」
不気味に笑うクレアの姿に、侍女のロッシェルは寒気を覚えるほど恐怖していた。
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