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困った馬がやってきた


 オーベルジュでちょっとした事件が勃発した。

 宿泊客に廊下の花瓶を盗まれてしまったのだ。

 オリエンタルな雰囲気をたたえた美しい花瓶で、僕のお気に入りだったのに残念だ。

 まあ、同じものは1ポイントで交換できるので気にしないでおこう。

 犯人は交易商人みたいだったけど、態度の怪しい人だったな。

 花が好きなウーパーが怒っている。


「いまから追いかけて、とっちめてやろうか」

「もういいよ。島から出ればどうせ花瓶は消えてしまうし」


 ポイントで交換したものは島を出れば消えてしまうのだ。

 つまり犯罪の証拠も消えてしまうというわけだ。

 わざわざ追いかけていっても仕方がない。

 ここは痛み分けということにしておこう。

 その代わり二度と島には立ち入らせないけどね。

 ふと、クレアの誕生日プレゼントのことを思い出した。

 パーティーの日は近づいてきているけど、僕はまだプレゼントをなににするかを決めかねている。

 ポイントと交換というわけにはいかないもんなあ……。

 ぼんやりと考えていたらメアリーに声をかけられた。


「坊ちゃま、ポール様がお見えですよ」


 ちょうどいいところに兄さんがきたな。

 親族はみんな参加みたいだから、きっとポール兄さんもパーティーに招待されているだろう。

 クレアへのプレゼンを何にするのか聞いて参考にしてみよう。


 シャルと兄さんを出迎えに外へ出ると、玄関の前に大きな葦毛の馬がいた。

 好奇心が旺盛な性格らしく周囲をきょろきょろと見まわしている。

 ポール兄さんの新しい馬のようだ。


「こんにちは、兄さん」

「よお、セディー」


 ポール兄さんはどんよりと沈んだ声をしていて、顔色もあまりよくなかった。


「なんだか疲れているみたいだけど、どうしたの?」

「うむ、こいつのせいでな……」


 兄さんは大柄な馬を指さした。


「この馬はシルバー・シーズン。アレクセイ兄貴が強引に持っていった馬だ」

「立派な馬だね」


 普通の競走馬よりも一回りは体格がいい。

 だからといって太っているというわけじゃなく、筋肉の塊なのだろう。

 アレクセイ兄さんは名馬に目がないから、この馬に目をつけたというのもわかる気がする。


「たしかに才能はある。だが性格に難があってな……」

「この馬がなにかやらかしたの?」

「シルバー・シーズンは命令されるのが大嫌いなのだ。調教師や騎手を自分の背中から振り落とすなんてのは日常茶飯事でな」

「ひょっとしてアレクセイ兄さんのところの調教師を振り落とした?」

「それならまだましだ。振り落とされたのはアレクセイ兄貴だよ」


 シルバー・シーズンはアレクセイ兄さんを振り落としたばかりか、腰を打った兄さんをみて高笑いしたそうだ。


「そこまでやってよく無事だったね」


 アレクセイ兄さんならシルバー・シーズンをその場で殺してもおかしくないぞ。


「それが、こいつは兄貴の攻撃魔法をよけて噛みついたそうだ。しかも一撃を入れると間髪を入れずに屋敷を逃げ出したらしい」


 アレクセイ兄さんといえば性格はアレだけど、攻撃魔法には定評があるんだよね。

 それをよけてカウンターの攻撃を入れるだなんて、この馬はただものじゃなない!

 シルバーはブルブルと嬉しそうにいなないている。

 まるで僕らの会話の内容をわかっているようだ。

 自分の武勇伝が語られてドヤ顔をしているぞ。


「それでどうなったの?」

「朝起きたら、ちゃっかりうちの牧場の厩舎で餌を食べていたんだ」

「とんでもない馬だね」

「悪魔的に賢いのだ。だが、うちに置いておいたらまずいかもしれない」

「そうか、兄さんのところにはしょっちゅうアレクセイ兄さんが来るもんね」

「そういうことだ。そのてんセディーのところには滅多に来ないだろう? それにセディーは一家を構える男爵だ。迷い馬を保護したと言い張れば、無茶もできないだろう」


 なるほど、そういう事情か。


「わかった、シルバーはしばらくガンダルシア島で預かるよ」

「そうしてくれると大いに助かる」


 シルバーは賢い馬のようだから、きちんと話を通しておいた方がよさそうだ。

 さもないとまた勝手に帰ってしまうかもしれないぞ。


「シルバー、アレクセイ兄さんが君を狙ってくるかもしれない。しばらくこの島にいるっていうのはどうだい?」

「ブルブル……(どうしようっかなあ……)」

「ここの牧草や野菜は美味しいよ。きっと気に入ると思うな。味見をしてみる?」

「フンッ(いいだろう)」


 シルバーはたてがみを揺らしてコクコクとうなずいている。

 さっそく刈りたての牧草を与えるとシルバーは目を見開いた。


「ヒンッ! ヒヒンッ!(うまっ! これ、うっま!)」

「気に入ってくれた?」

「ブルル!」


 シルバーは嬉しそうに首を摺りつけてきた。

 恐ろしい馬だと思ったけど、こうしてみると愛嬌もある。

 べろべろと手を舐められたら情が移ってしまうよ。


「やはりセディーのところに連れてきて正解だったな。シルバーがこんなに早く人になつくのは見たことがない」


 僕らが話しているとシルバーは勝手に歩き出した。

 いつの間にかつないでおいた手綱を自分で解いてしまったようだ。


「どこへ行くの?」

「ブルルルルッ」


 う~ん、馬語はよくわからない。


「シャル、なんて言っているかわかる?」

「新しい住処を探検してくる、そう言っているであります。シャルがいろいろと案内してくるであります!」


 シャルがついていくなら平気か。


「シルバー、美味しいリンゴがある場所を教えるであります」

「ヒン!」


 シャルはシルバーの背中に飛び乗った。

 それをみて驚いたのはポール兄さんだ。


「シルバー・シーズンがあんなことを許すとは信じられないな。いきなり背中に飛び乗るなんて……」

「シャルは特別なんだと思うよ」

「やはり、そういうことか」


 シャルも新しい友だちができてうれしそうだ。

 シルバーとシャルはなかよく行ってしまった。


「ところで、クレアの誕生日パーティーの話は聞いている?」

「ああ、うちの方へも招待状が届いたよ。不参加というわけにはいかないようだな」


 ポール兄さんとクレアの関係がどうなっているかはよく知らない。

 クレアは僕のことは呼び捨てにするくせにポール兄さんのことはきちんと「ポール叔父様」と呼んでいたな。

 僕よりはまだマシな間柄なのかもしれないな。

 

「プレゼントはどうする?」

「こっちには指定してきた。仔馬を寄越せというんだ。こんどうちで産まれた栗毛に目をつけていたようだ」


 さすがはダンテス親娘だ、厚かましいなあ。


「セディーのところにはなんと言ってきた?」

「特に指定はなかったよ。それでなんにするか迷っているのだけどね」

「クレアが子どもでよかったな。さもなければシャトー・ガンダルシア・エクストラを箱で寄越せと言ってきたはずだぞ」


 アレクセイ兄さんなら言いかねないな。

 厚かましい長兄のことを考えると僕らは苦笑するしかなかった。


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