ツバメの巣を狙え!
納品用の瓶詰ができあがった。
梱包材とともに木箱に詰めたので、あとはエマさんに渡すだけである。
でも、これで終わりというわけではない。
今後も僕らは瓶詰を定期的にベルッカで売りさばく予定だ。
すでにいくつかの食料品店から引き合いが来ている。
これもエマさんのおかげだ。
「これだけ、美味いんだ。売れるのは当然ですぜ」
栗の皮をむきながらドウシルが笑っている。
カウシルはシロップの甘さを調整中だ。
「そうですぜ、坊ちゃん。おかげで俺はすっかり太っちまいましたよ」
「カウシルは味見のしすぎだ。少しは遠慮しろ」
兄弟は軽口をたたきながらも作業の手をとめない。
僕は大切なことを伝えておく。
「近日中にエマさんが来るよ。最初の納品が終わったら給料を払うから、それまで待っていてね」
「兄貴、金が手に入ったら釣り竿を買いにいこうぜ」
「そうだな、大物を釣ればおふくろも喜んでくれるだろう」
「それから大きなソーセージとマスタードも買ってこねえとな」
「お前は食い物ばっかりだな」
「悪いかよ?」
「俺は将来のために貯金をするぜ。そんで、かわいい嫁さんを見つけるんだ」
「そんなもんどこにいるんだ? 洞窟の中か?」
「ぶっ飛ばすぞ、この大ぐらいめ!」
二人は楽しそうにしゃべりながら作業をしている。
今月の給料は一人につき七万クラウスと決めてある。
ダンテスの屋敷で働いていたときは四万七千クラウスだったらしい。
これは標準的な給料ではあるが、この世界では労働者の所得が低い。
食事と住むところがついていたから待遇としてはマシな方だったとは思うけどね。
ただ、結婚して所帯を持つとなるとギリギリのラインだろう。
僕としては従業員にしっかり利益還元したい。
今後はもっと販路を広げていかないとならないな。
とりあえず、島に直売所を作ろうか?
レストランに販売コーナーを置いてもいいだろう。
旅人が多いから保存食として買ってくれるかもしれない。
なんてことを考えていたらシャルが部屋に飛び込んできた。
「父上、ユージェニー姉さまがきました!」
おお、やってきたか。
ポール兄さんの宴会は五日後に迫っているのだ。
いい頃合いに来てくれたというものだ。
さっそくギアンに乗せてもらって、ツバメの巣がある断崖へ行ってみるとしよう。
事情を説明するとユージェニーは気安く請け合ってくれた。
「ツバメの巣だなんておもしろそうね。私とギアンに任せなさい」
「クェエエエエ!」
ギアンは人間の言葉を理解する賢いグリフォンだ。
こちらも僕に向かって力強くうなずいてくれた。
夕暮れ時を待ってから、僕らは活動を開始した。
ギアンが数回羽ばたいただけで僕らはもう東の断崖まで来ていた。
やっぱりグリフォンの機動力はすごいなあ。
僕、ユージェニー、シャルの三人を乗せて、ギアンは悠々とホバリングしている。
「父上、あそこに大きな穴ぼこがあります!」
東の断崖の側面に大きな洞窟があった。
巣はきっとあの中だろう。
「ギアン、あそこへ入れるかい?」
「クェエエ……」
ゆっくりと滑空して、ギアンは洞窟の入り口に降り立った。
内部はかなり広く、入り口から差し込む光のおかげでわずかに明るい。
アナツバメを怖がらせないようにそっと洞窟に入いると、壁や天井にはびっくりするくらいたくさんの巣があった。
「思っていたよりずっと白いのね。なんだか魚の干物みたい」
ユージェニーがささやく。
きっと、普通のツバメの巣を想像していたのだろう。
半分に割ったお椀状の巣が壁にたくさんついていて、体長十センチ以上のアナツバメが中で休んでいた。
どういうわけか、アナツバメは僕らを見ても逃げなかった。
自分たちを害さない存在だとわかっているのかな?
まるで、僕のことを知っているみたいに、ちらりとこちらを見て目を閉じていた。
僕らはツバメのいない巣を選んで引きはがす。
三人で手分けをして作業したので、必要じゅうぶんな量はすぐに集まった。
「よし、帰るとしよう」
再びギアンに乗り、僕らはコテージの前までやってきた。
「ユージェニー、ギアン、ありがとう。おかげでツバメの巣を集められたよ」
「どういたしまして。でも、不思議ね。それが食べ物だなんて信じられないわ」
「そうかもしれないけど、とっても栄養があるんだ」
「ふーん……」
「さっそくリンに調理してもらおうよ。ユージェニーとギアンにも食べさせてあげる」
頑張ってくれたギアンにもご褒美だ。
でも、ユージェニーは残念そうに空を見上げた。
太陽はすでに沈み、一番星が輝きだしている。
「早く戻らないと叱られてしまうわ。ツバメの巣はまた今度いただくとしましょう」
「それは残念だな。わかった、また今度おいでよ。ポール兄さんのためにコース料理を考えているところなんだ」
提案すると、ユージェニーはいいことを思いついたという顔をした。
「それなら、今度は家族と来ていいかしら?」
「もちろん大歓迎さ」
「シンプソン家のものとして、正式にテーブルを予約するわ」
「ところで、シンプソン伯爵はお戻りなの?」
伯爵は都へ行っていて、しばらく領地を離れていたはずだ。
「先日お戻りになったわ。お父様は疲れていらっしゃるから、美味しい料理で元気づけてあげられるわね」
「予約があれば最高のおもてなしをすると約束するよ」
ユージェニーは必ず来ると言って帰っていった。
「父上、ツバメの巣をリンに届けましょう」
「そうだね。サンプルの料理を考えなきゃ」
ツバメの巣を届けると、リンはとても喜んでくれた。
「これが燕の巣か! 私もファンシャオ料理の文献を当たってみたんだけど、使い方が載っていたよ」
「それじゃあいつでも料理ができるんだね」
「あはは、セディーはがっつきすぎだよ。まずはこれを水で戻さないと」
リンはカチカチの巣を指でつついた。
半日ほど水でもどして、汚れを取り除かなければ使えないそうだ。
「明日のお昼には用意できるから、それまで待っててね。美味しいスープとデザートを作ってみるよ」
「うん、楽しみにしておく」
「ところで、セディー……」
リンが言いにくそうにもじもじしている。
「どうしたの?」
「実はちょっと気になって調べてみたの」
「なにを?」
「ツバメの巣の値段のこと」
「うん、それで?」
「この辺ではなかなか売っていないけど、都だと一束七万クラウンくらいするんだって……」
「へえ、そんなに!」
僕もちょっとびっくりだ。
「これ、気軽にサンプルを作っていいの?」
高級素材だから遠慮しているのか。
でも、だからこそしっかり美味しく作ってもらいたいという思いもある。
「リンは料理のことだけを考えて。資金のことはオーナーである僕が考えるからね」
そう言って励ますと、リンはとびきりの笑顔になった。
「わかった、きっと美味しいものを作るから明日のランチを楽しみにしていてね」
明日は人生初のツバメの巣か。
午前中はいっぱい動いて、お腹を空かせるとしよう。
4月17日アース・スターノベルより1巻が発売されます。
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