創業
加工場の内部は広くて清潔だった。
入ってすぐのところに手洗い場があり、水魔法を応用した給水装置が配管を伸ばしている。
奥の方には調理用の大釜や作業台などが配置されていた。
几帳面なドウシルは清潔な職場に満足そうだ。
「ここではどんなものを作るのですか?」
「まずは果物のシロップ煮を作ってもらう予定だよ。それから鴨のコンフィーね」
「なるほど……。だけど、俺たち兄弟に料理なんてできるのかな?」
「作り方はリンが教えてくれるから大丈夫だよ。たくさん作れば慣れてくるはずさ」
カウシルはドウシルよりもおおらかだ。
「そうだぜ、兄貴。美味いものを作るなんて楽しいじゃねえか! 坊ちゃん、ちょっとくらいならつまみ食いをしてもいいですかい?」
「こらっ、カウシル!」
ドウシルはカウシルを叱ったけど、どうせなら楽しく仕事をしてほしい。
「味見も仕事のうちだよ。食べすぎはダメだけどね」
食品加工場の横には住居用の部屋も二つあった。
「ちょうどいいや、メアリーやドウシルたちはここに住めばいいよ」
「こんな広いところをいただいちまってもいいんですかい?」
「かまわないさ。ベッドも毛布もあるから、すぐにでも引っ越してこられるね」
仕事だけではなく、住居まで決まったのでドウシルとカウシルはすっかり安心したようだった。
「ところで坊ちゃん、加工用の果物はどこから持ってくるんですか?」
「島に自生するものを使うんだよ。収穫もみんなの仕事になるから、今から行ってみよう」
メアリーにはここに残ってもらうことにして、僕とシャルは兄弟を果物が生えている場所まで案内した。
温泉の横を通り過ぎ、僕らは森の奥までやってきた。
「これがメインとなるナシとリンゴの樹ね」
「ここにある一本だけですかい?」
カウシルが赤く色づいたリンゴの実に頬を寄せている。
きっと食べてみたいのだろう。
リンゴはたくさんなっているので、一つくらい食べても平気だ。
「まだあるけど、基本的にはここのだけで事足りるはずだよ」
ドウシルは首をかしげる。
「豊作みたいですが、これ一本だけじゃあ、すぐになくなってしまいますぜ」
「大丈夫、この樹は三日に一回収穫できるんだ」
ドウシルとカウシルはよくわからないって顔をしている。
「これは島の人以外には内緒なんだけど、ここの作物は三日に一回実をつけるんだよ」
「そんなバカな!」
「でもドウシル、よく考えてみて。今の季節はなに?」
「そりゃあ、冬ですよ。もう間もなく春ですが……」
「リンゴの季節はいつ?」
「そんなもん秋に決まって……あっ!」
そう、季節外れもいいところなのだ。
これこそガンダルシア島が不思議の島であることの証になるだろう。
「論より証拠っていうから、実際にその目で確かめてもらった方が早いかな」
三日経てば、事実は自ずとわかるだろう。
食品加工場が建ったことで、リヤカーをポイントと交換できるようになった。
しかも、この世界にはないゴムタイヤ付きのリヤカーである。
さっそく2ポイントを消費して手に入れたよ。
これで運搬が楽になるだろう。
リヤカーだなんてノワルド先生が興味を持ちそうだね。
車輪をスムーズに回転させる玉軸受けは、この世界にないものだもん。
きっと研究させてくれって言うだろうなあ。
「ところで坊ちゃん、あれは何ですかい? 見たこともないものがあるんですが……」
「むむっ、甘い匂いがするであります!」
「ってことは、食いもんですかい、お嬢?」
シャルとカウシルの視線は地面の植物に釘付けだった。
そこには細長い葉が放射線状に幾重にも折り重なっており、中心部に大きな実がなっている。
この世界に生まれてからは初めて見る果実だったけど、僕はその正体をすっかり思い出した。
「パイナップルだ!」
「父上、あれは食べられるのでしょうか?」
「うん、とっても美味しいんだ。そのまま食べてもいいけど、シロップ漬けにしてもいいんだぞ」
パイン缶は缶詰の定番だもんね。
エマさんや知り合いの船長さんとやらも気に入ってくれるだろう。
その場で見つけた十二個のパイナップルもすべて収穫してリヤカーに積み込んだ。
「よし、収穫はこれくらいでいいかな。帰ってリンに料理を習うよ」
張り切ったシャルがリヤカーを引っ張って、僕らは意気揚々と食品加工場に戻った。
リンの監修のもと食品加工場が動き出した。
まずは果物の瓶詰を作っていくぞ。
収穫したリンゴ、ナシ、パイナップルを洗浄して、加工していく。
ドウシルとカウシルは思っていたより手先が器用で、手際よく果物の皮を剥いている。
下処理が終わったら、お次は熱処理である。
保存食だからきっちり熱を通して滅菌しないとね。
まずはリンゴとナシのコンポートを作った。
リンはシロップを味見しながらうなずいている。
「いい感じだね。アイスクリームに添えてデザートにしてもいいかな」
「これは瓶詰用だよ」
「おっと、悪い、悪い。でも、少しくらいレストランに回してくれてもいいだろう? 一人だと手が足りない時もあるのさ。こういうのがあると便利だからね」
「了解だよ。もう少し味がなじんだら使ってみよう」
缶詰や瓶詰は、出来立てよりも時間が経ってからの方が美味しいそうだ。
特に魚などの加工品はその傾向が強いらしい。
素材から出る脂肪分やうま味が容器の中で馴染み、熟成していくからなんだって。
「でもやっぱり、味見をしたいっていうのが人情だよね」
出来上がったばかりの瓶詰を持ち上げると、シャルとカウシルが異口同音に歓声を上げた。
「さすがは父上!」
「さすがは坊ちゃん!」
瓶詰はとても美味しかった。
これならエマさんも船長さんとやらも喜んでくれるだろう。
「リン、難しい顔をしてどうしたの?」
リンは眉間にしわを寄せて考え込んでいる。
味が気に入らなかったのかな?
「パイナップルの新しいレシピを考えているんだよ。本当にこの島はおもしろい。こんなものが獲れるんだからね」
はじめての食材に喜んでいたのか。
「パイナップルはいろいろ使えると思うよ。これに含まれる酵素という成分は肉を柔らかくする働きがあるんだ」
「へぇ、おもしろそうだね」
「あとは鳳梨酥というパイナップルケーキがあった気がする」
たしか台湾という国のスイーツだったような……。
「父上!」
シャルが僕に飛びついてきた。
「どうしたの、シャル?」
「チャン・リン・シャン……」
フォン・リン・スーな……。
「わかった、わかった、どんな感じだったか思い出して見るよ」
「私も協力するから安心しな」
リンが請け負ってくれたのでシャルも安心したようにうなずいていた。
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