疲れ果てたお姉さんに最高の癒しを
エマさんをオーベルジュに案内した。
まずは荷物を置いて身軽になってもらわないとね。
「ウーパー、お客さんだよ!」
エマさんを連れて行くと、ウーパーは背筋を伸ばして優雅にお辞儀をした。
「いらっしゃいませ」
なんだかカッコいい……。
もともとが精悍な人だから所作に隙がないって感じなんだよね。
エマさんもちょっとだけポーっと見とれているぞ。
「201号室にご案内して。あの部屋はいちばん景色がいいから」
201号室は、ポイントを消費して家具もいいものを入れてあるのだ。
ここではスイートルーム扱いである。
「承知いたしました。お客様、お荷物をこちらへ」
ウーパーはしっかりと支配人の役をこなしてくれている。
「エマさん、少し休んでいてね。支度が出来たら温泉に案内するから。飲み物が欲しかったら食堂へどうぞ。お部屋にお持ちすることもできるからね」
ウーパーに後を任せて、僕は温泉まで走った。
エマさんに温泉を使ってもらう前に施設をグレードアップしたかったのだ。
現在あるのは壁すらないただの露天風呂である。
さすがにこれではエマさんも入るのに気後れしてしまうだろう。
使ってもらう前にきちんとした温泉施設に建て替えてしまわなくては。
作製可能なもの:小さな温泉施設
説明:源泉かけ流しの温泉。男女別のお風呂がある。脱衣所付き。
必要ポイント:20
必要経費:10万クラウン
保有ポイントは42もあるし、お金もギリギリ10万200クラウンある。
ここで使ってしまうとポール兄さんからヤギと鶏が買えなくなってしまうけど、今はエマさんを癒してあげたかった。
「よーし、チャッチャとやっちゃいますか!」
新しい温泉はすぐに完成した。
明るい茶色の塗料を塗った木造平屋建てで、入り口から入ると、すぐに男女別の入り口になっている。
入り口には赤と青の暖簾がかけられ、それぞれに『女』と『男』の文字が筆書きで漢字表記されていた(この国の言葉も小さく併記)。
久しぶりに見る漢字に僕はどこか懐かしい気持ちにさせられてしまった。
やっぱりここはアイランド・ツクールの世界なんだなあ……。
暖簾の向こう側は脱衣所になっていて、モザイクタイルで装飾した小さな内湯と洗い場、外には露天風呂も備えていた。
「これ……富士山だ……」
壁のモザイクは、銭湯では定番の富士山の絵になっていた。
時空を超えてよみがえる情景が、前世で日本人だった心の琴線に触れる。
懐かしさで涙が込み上げてきた。
1ポイントを消費すれば、壁の絵はいろいろと変えることも可能になっていた。
種類はぜんぶで三十二種類もある。
「お、自分で製作することも可能なんだ!」
ステータス画面の専用ページで、ドット絵みたいに作っていくこともできるようになっている。
そういえば、アイランド・ツクールにも同じような機能があった気がするな。
とりあえず富士山のままでいいけど、今後は季節ごとに取り換えるというのもおもしろそうだ。
備品は脱衣かごくらいのものだけど、ポイント消費で扇風機や自動販売機もおけるぞ。
コーヒー牛乳の自動販売機があるから、ぜひ置いてみたい。
価格は150クラウンか。
カフェオレはこの世界にもあるけど、フルーツ牛乳はどこにもないからね。
リンがいくら天才料理人でもあれは作り出せないと思う。
本当はこまごまとした改良をしたかったけど、エマさんを待たせすぎるのはよくない。
とりあえず扇風機だけを女風呂に設置して、僕はオーベルジュに取って返した。
オーベルジュに戻ると、エマさんは食堂のカウンター席で紅茶を飲んでいるところだった。
「エマさん、お待たせしました。温泉の準備が整いましたのでどうぞ」
「ありがとう。ここはいいところね。田舎の別荘に来たみたいに落ち着くわ。部屋もかわいくて気に入っちゃった」
「それはよかったです。のんびりしていってくださいね」
「ところで、案内されたお部屋がとてもいい匂いだったんだけど、あれは何?」
「ああ、あれは僕の手作りアロマです」
ノワルド先生に教えてもらった魔法薬をもとに、僕なりの改良を加えたアロマスティックだ。
前世でホテルに泊まったとき、似たようなものを見た気がするんだよね。
島に咲いていたラベンダーからとったオイルを配合してある。
リラックス効果が高く、体内の魔力循環もスムーズにしてくれるのだ。
この世界にも香油やポプリ、香水などは日常的に使用されている。
でも、リードディフューザー(スティック)を使ったアロマは見たことがない。
香りもきつくないし、物珍しいこともあってエマさんは気に入ってくれたようだ。
「あれを売ってもらうことはできないかしら? とても気に入ってしまったの」
「いいですよ。ちょうど二瓶ほど余分があります」
「まあ、できたら二つともいただける? お代は払うから」
「お金は別にいいですよ」
「だめ、いい商品にはきちんとした対価を支払うべきだわ。商人としては当然の礼儀よ」
エマさんはアロマのお礼にと5000クラウンの銀貨をくれた。
「こんなに?」
「それくらいの価値はあるわ。ひょっとしたらもっと高値で売れるかもしれないわよ。需要次第だけど」
街でも人気の香水ってけっこうするんだよね。
この世界でも発売日に並んでまで買う貴婦人がいっぱいいるのだ。
そういう香水は一つにつき3万クラウンを超えるものもたくさんある。
「このアロマもかわいい瓶に詰めて売れば商品価値はもっと上がるんじゃないかしら」
今は普通のガラス瓶だもんな。
でも、これはいいことを聞いたぞ。
魔法効果のある香水を開発すればいい商売になるかもしれない。
後でノワルド先生に相談してみよう。
「それではこちらへどうぞ」
僕はエマさんをできたばかりの温泉へ案内した。
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