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サンドイッチは蜜の味


 洞窟からコテージまで、行きは一時間かかったけど帰りは十五分でたどりつけた。

 顔にかかる草がなければ歩くのはずっと楽になるのだ。

 今後もこの道は何往復もするだろうから、さらに道は踏み固められていくだろう。


 コテージにたどり着くと、ユージェニーがグリフォンのギアンと一緒に僕の帰りを待っていた。


「こんにちは、セディー。あら、その子は?」


 ユージェニーがシャルロットに気が付いた。

 人間の姿をしているからシャルの正体がドラゴンとはわかっていないだろう。


「むむ、父上、こちらは母上ですか?」

「なっ!?」


 ユージェニーが絶句しているぞ。

 そりゃあそうだよね、十二歳で母親扱いされれば驚くだろう。

 僕もそうだった。


「違うよ、この人はユージェニー。僕の幼馴染さ」

「セディー、あ、あなた、子どもがいたの!?」

「そんなわけないだろう」


 婚姻が早い貴族の子弟でも、十二歳で父親になる人間は少ないぞ。

 中にはそういう人もいるらしいけど、僕自身は身に覚えがない。

 まあ、シャルが僕のことを父親として慕ってくれていることは嬉しいし、僕もその思いに応えたいと考えているけどね。


 僕はこれまでのことを説明した。


「あ~、びっくりした。私の知らないうちにセディーが結婚していたのかと思ったわ」

「何言っているんだか。婚礼があるのならユージェニーも招待するに決まっているだろう」

「……ばか」


 どういうわけか、ユージェニーは不機嫌になってしまった。


「なにを怒っているんだよ。それよりも、今度は洞窟を作ったんだ!」


 洞窟の説明をすると、ユージェニーはすぐに機嫌を直した。


「おもしろそうじゃない! 私も連れていって」

「危ないからダメだよ」


 万が一ユージェニーが怪我でもしたら、シンプソン伯爵夫妻に申し訳が立たない。


「平気よ、ギアンがいるんだから」


 グリフォンは強い魔物だ。

 お嬢様であるユージェニーが好き勝手に出かけられるのもギアンが一緒だからである。


「そうですよ、父上。お二人はシャルがお守りするであります」


 シャルも張り切っている。

 それに、いちばん最初に作られる小さな洞窟に強い魔物はいなかったはずだ。

 ここでゲームオーバーになった記憶もない。

 準備さえしっかりすれば大丈夫か。


「ユージェニー、魔石の予備はある?」

「これをどうぞ」


 ユージェニーはポケットから二つも魔石を取り出して渡してくれた。

 どちらもなかなか大きな粒だ。

 これだけあれば光量最大で使ってもランタンは数時間持つだろう。

 ギアンという思わぬ助っ人も現れたし、洞窟探検をするには絶好の機会かもしれない。


「それじゃあ、行ってみようか!」


 僕らはそろって洞窟への道を引き返した。



 少し力を籠めると、重い鉄格子は音もなく開いた。

 ランタンを高く掲げてみたけど、洞窟内に動くものは見えない。


「シャル、魔物の気配はある?」

「今はいません。さっきの虫はどこかへ行ったみたいであります」

「それでも慎重に進みましょう。ギアン、先頭を歩いて」


 ユージェニーの命令にギアンはズイッと前に出た。

 小さな洞窟の魔物ならギアンの敵ではないのだろう。

 ギアンの様子に緊張の色は見えない。


 少し奥に進むとランタンの光を反射して何かがキラキラと輝いた。


「あれは何かしら?」


 ユージェニーは少し怯えた声を出した。

 ダンジョンスパイダーなどの瞳は暗闇で赤く輝くのだ。

 だけどあれはそういった類の光じゃない。


「あれは、イチゴ石だよ!」


 洞窟の壁に赤い石の粒が露出していた。

 イチゴ石はルビーの赤みを少し薄くした石である。

 ルビーほどの価値はないけど魔力波を変化させる性質をもっているので、魔道具作りには欠かせない素材なのだ。

 豆粒くらいの石は二束三文だけど、大きなものはそれなりの値段で買い取ってくれるはずである。

 魔道具を扱うサンババーノならきっといい値がつくだろう。


「拾っていきたいけど、岩にぴったりとくっついているぞ。ナイフでほじりだせるかな?」

「赤い石を集めるでありますか?」

「そうだよ、シャル。豆粒くらいのは要らないけど、どんぐりくらいの大きさのが欲しいんだ」

「わかったであります!」


 シャルが小さな手を構えると、それはたちまちドラゴンの前足の姿になった。

 小さいながら鋭い爪が伸びている。


「掘るべしっ! 掘るべしっ!」


 シャルが勢いよく手を突き出すたびに岩が穿たれて、イチゴ石が掘り出されていく。

 その姿に圧倒された僕とユージェニーはただぼんやりと眺めているだけだった。


「掘るべしっ! 掘るべしっ!」


 シャルは休むことなく高速の連打を繰り出していく。

 洞窟の壁の穴はどんどん大きくなり、足元には栗よりも大きなイチゴ石が十四個も転がった。


「もういいよ、シャル。これだけ集めればじゅうぶんだ」

「じゅうぶんでありますか?」


 シャルはもう少し掘りたそうな顔をしているぞ。

 ドラゴンというのはたいしたものだ。


「手に怪我をしてない?」

「平気であります!」


 僕は水筒を取り出し、シャルの汚れた手を洗ってやった。


「ありがとう、たくさん頑張ってくれて」

「えへへ、父上、水が気持ちいいであります」


 洗いながら確かめたけど、出血や痣はどこにもなかった。

 シャルの肌はぷにぷになのに、見た目では想像もつかないくらい頑丈のようだ。


「はい、きれいになったよ」

「えへへ……ん?」


 ニコニコと笑っていたシャルが洞窟の奥を見つめて低い唸り声を上げ始めた。


「クルルルル……」

「ケェエエエ…」


 シャルだけじゃない、ギアンも低い威嚇の唸り声を上げ始めたぞ!


「どうした、シャル?」

「父上、敵であります」


 ランタンの光の中に表れたのは巨大なカマドウマが三体だった。

 予想よりは少し小さく、せいぜい中型犬くらいの大きさだ。

 それでも恐ろしい魔物であることには変わりない。

 シャルとギアンは同時に足を踏み出した。

 踏み込みは力強く、二人の体は一飛びで敵に肉薄してしまう。

 先頭にいた巨大カマドウマは身構える時間も与えられず、シャルとギアンに吹き飛ばされていた。


「邪魔をするな、鳥ニャンコ!」

「キェエエエッ!」


 シャルとギアンは互いに張り合いながら次の敵に攻撃を移した。

 シャルの超低空から突き上げるアッパーカットが右のカマドウマを、ギアンの鋭い爪の打ち下ろしが左のカマドウマを粉砕する。

 そして静寂が訪れた。


「すごいぞ、シャル」

「ギアンもよくやってくれたわ」


 褒めるとシャルもギアンも嬉しそうに唸り声を上げた。

 お、魔石が落ちているな。

 魔物を倒すとこのように魔石がゲットできるのだ。


「これはセディーがもっていって」


 ユージェニーが気を使ってくれた。

 今の僕にとっては非常にありがたい話だ。


「ありがとう。この埋め合わせはいずれね」

「うふふ、私もガンダルシア島が気に入っているの。ここがもっと発展してくれればうれしいもの」

「父上、動いたらお腹が空きました!」


 成長期のドラゴンはすぐにお腹が減るようだ。

 ユージェニーは心得ていたとばかりに手にしていたバスケットを下ろした。


「ちゃんとおやつを持ってきたわよ。みんなで食べましょうね」


 カゴから出てきたのはイチゴとハチミツのサンドイッチだ。

 採れたてのイチゴをスライスして、トロトロの蜂蜜がかけてある。

 一口頬張ったシャルが驚きで目を見開いた。


「美味しいであります! こんなに美味しいものは初めてであります!」

「そんなに好きなら僕の分も半分あげるよ」

「私のもあげるわ」


 うちのドラゴンは甘いものに目がないようだ。

 シャルはサンドイッチを残さず平らげ、小さな舌で満足そうに蜂蜜の付いた唇を舐めていた。


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