薊
何事にも繊細さが必要であることは、遥か昔から知られている事実である、と男が一人。
灰と同化した雲が果てしなく空を覆う中、冷たい風が全身を撫でている。身震いと共に駆け足になっていった帰り道の路肩に、それはあった。
どうしたものか。一輪の花が咲いている。外は寒いので、中に入れてあげよう。
それは、桃色といえども桃より明るく、容姿は地獄の針の山、果たしてこれが花弁と言えるのだろうか。男はそれを摘もうとするが、無数の棘が邪魔をしてきて、指先ひとつ触れることさえできない。
自分が花に拒絶されていることを察した男は、聡明な友人に相談することを決めた。
どうしたものか。どうしたものか。
頭を悩ます男に対して、聡明な友人は答えた。見ず知らずの人間の感情が、いきなり花に通じるものでしょうか。他を幸せにするために、まずは自分が幸せになってみせよ。
男は花に道を示すべく、自分が暖炉をとることにした。花を背にして家の中に入った男は、まず一杯の温かい紅茶を淹れた。芳醇な香りが漂うそれを一気に胃に押し込み、身体を内側から温めた。次に男は、お風呂を沸かした。湯に両肩をどっぷり浸からせて、熱のありがたみを実感した。次に男は、羽毛でできた布団を身にくるみ、心地のよさに包まれながら眠りに落ちた。
土の中から目覚めた花は、いまだ寒さしか経験したことが無い。男が温かく過ごしている様子を見れば、花から興味を持ってくれるだろう。男は、目を覚ますと扉を開けて花の元へと直行した。
外は夜だった。ヘールボップ彗星の光が見える。男は違和感を覚えた。
花がどこにも咲いていない。それどころか、草木も、家も、道路も、なにも無い。
自分が何に拒絶されているかわからない男は、聡明な友人に相談することを決めた。
どうしたものか。どうしたものか。
頭を悩ます男に対して、聡明な友人は答えた。
ころす。