後日談:服がない!
服が合わなくなって困ったユーリの話。
7巻制作のために募集したSSテーマに寄せられたもののひとつです。
ユーティリスは体が大きくなったとたん、最初の問題に直面した。
「服が……ない?」
今の彼は医務室が用意した簡素な検査用の寝間着を着せられていた。レオポルド・アルバーンもチョーカーが外れた直後は学園の保健室で、似たような格好をしてすごしたらしい。
テルジオ・アルチニ第一王子筆頭補佐官は、心なしかうわの空で返事をした。
「あ、はい。ララロア医師の診察を受けて問題がなければ、そのあと服飾部門から採寸にやってきます。それから縫製にかかるので……すくなくともあと数日は見ていただかないと。このさい一ヵ月ぐらいはベッド生活でもいいのでは?」
「僕は病人じゃない!」
「えー、どこにも行かずおとなしくしててくださいよぉ」
何しろ〝立太子の儀〟が現実のものとなるのだ。日時の決定、大聖堂や周辺諸外国への連絡、王城での準備……さすがのテルジオもどこから手をつけたらいいかわからない。
とたんに目の前にいる、せっかくの凛々しい美青年がぶすっとむくれた。
「母上がしょっちゅう見舞いにくるんだ。できるだけ早く奥宮から離れたい」
「あのーこれまでの殿下だったらむくれ顔もかわいいですが、今だとあんまかわいくないですよ。ヒゲがやっぱ伸びますよねー」
「う……」
そしてユーティリスはヒゲ剃りがまだ苦手だった。さっきも流血してしまい、シーツをとりかえるハメになった。
「うわ、血に染まるシーツってなんかヤバいですね!」
「うるさいよっ!」
そんなやりとりをテルジオとしたばかりだ。
「ともかく診察の前に食事をしたい。それと何でもいいから服がほしい」
「かしこまりました」
ユーティリスが不機嫌なままベッドで寝返りを打っていると、いったん姿を消したテルジオがすぐに顔をだした。
「体がお元気なら寝ているのもつらいでしょうし、カディアン殿下のところから服を借りてきましたよ。下着は新品です」
「カディアンの……てのが引っかかるな」
渡された服を眉を寄せて眺めるユーティリスに、テルジオは首をかしげて提案した。
「おイヤでしたらアーネスト陛下のところから……」
「もっとイヤだろっ!」
テルジオを寝室から追いだし起きあがって着替えれば、ぶかぶかに見えた大きな服は自分の体にフィットした。
筋肉質な弟の体にあわせ、袖まわりも緩めなようだ。鏡をみれば髪は伸びておらず、ただ骨格がいままでとちがう。
どれだけの勢いで伸びたのか……息もできないほどの激痛を思いだし、ユーティリスは顔をしかめた。
すぐに治癒魔法で消された、あごのキズに手をあてる。剃刀は横に滑らせてはいけない、それを今日学んだ。
服を着て寝室からでれば食事が用意されていた。
席に着いたユーティリスはパンをちぎりながら、研究棟の中庭での朝食に思いを馳せた。
早く彼女にも顔を見せたいのに、錬金術師のローブから作り直しだ。
それに動くとまだくらっとする。
「あっ、そうだ。できたらふつうの服もほしいな」
「ふつうの服?」
テルジオはいぶかしげに眉をひそめた。たぶんいまの服飾部門長に「ふつうの服を」と頼んでもムリだろう。
さっきちらりとのぞいたら、布見本をすごい勢いでめくりながら、あちこちに指示を飛ばしていた。
「サルカス産のレースをっ、ボタンは魔石と術式のくるみボタン、どちらがいいかしら……とりあえず両方持ってきてっ!」
あの調子だとすぐに十着二十着、王太子にふさわしい感じに服飾部門が腕によりをかけた、キラキラしたビラビラのゴージャスな服ができあがりそうだ。
ユーティリスはパンをもくもくかみながら、そばに控えるテルジオに相談した。
「街で浮かないような服がいいんだ」
「もうネリアさんは誘ってくれないと思いますけど」
「…………」
だまってにらみつけるところを見ると図星らしい。テルジオは思案してすぐに解決策を思いついた。
「殿下の新しい鞄、ユーティリスモデルでしたっけ。あれを作ったところに依頼したらどうですか。婦人服がメインのようですが、アレクの服も買えたそうですから、頼んだら作ってくれるのでは」
パッとユーティリスの顔が輝いた。
「アレクの服といっしょにするなよ。でもそれなら鞄に合わせたデザインも頼めそうだ」
鞄のデザインは気にいっている。彼女たちならセンスも悪くないだろう。
ララロア医師の診察を受けて問題がないとわかると、すぐに服飾部門が呼ばれて採寸があった。
そしてけっこう無理したものの、カディアンの服を着て研究棟にも行った。
緊張した面持ちで王城にやってきたニーナとミーナは、初めて奥宮に足を踏みいれユーティリスと対面した。
「まぁ!」
彼をみたニーナはひと声発したきり、固まったままで声がでない。
「ニーナ?」
「失礼します」
ユーティリスが首をかしげると、ミーナがにっこりしてデザイン帳とペンをニーナに渡した。
とたんにページをめくって猛然とスケッチをはじめたニーナに、ユーティリスがあっけにとられているとミーナが説明する。
「服飾の女神が舞い降りたようです。だいじょうぶ、ニーナがああなったらすてきなデザインができあがります。採寸は私がしますわね、色の好みなどありましたら教えてください」
最初は体をさわられることに緊張していたユーティリスも、ミーナがとりだした採寸の魔道具に目を輝かせる。
ヒュルヒュルと体にまとわりついて、自動で採寸していくヒモのような魔道具に彼は感心した。
「へぇ、こんなのがあるんだ」
「淑女のなかには体にさわられることを嫌うかたもいますの。それにこの魔道具なら測りながら記録できますもの」
聞き上手なミーナには自分の要望も伝えやすかった。
「ありがとう、きみたちの手を借りることができてうれしいよ。それとできたら頼みたいことがあるんだ。きみたちに身元引受人になってほしい子がいるんだけど……」
アイリ・ヒルシュタッフの名にふたりは驚いた顔をしたけれど、事情を聴くと快くうなずいた。
「おまかせください。私たちは女性たちを輝かせるのが仕事です。それには私たち自身も輝いていなければなりません」
それを聞いて安心している自分自身に、ユーティリスは驚いてもいた。
子どもだった、だれもが。自分だって大人のつもりでいたけれど、ちっとも大人なんかじゃなかった。
(いつか彼女にちゃんと会って謝りたいな……)
それからしばらくは忍耐の日々だった。
「ユーティリス、どこか痛いところはないの?」
「だいじょうぶ、何ともないよ」
母親にしつこく体調をたずねられ、そう答えても「本当に?隠しているのではなくて?」とさらに心配されるのが煩わしかった。
「それでどうだ、大人の体は」
父親がやってきてニヤニヤ笑いながら聞かれて、殴りたくなった。
それらはどれもささいなことだ、そう思うことにしよう。
またきっと彼女と街を歩ける。
今度はちゃんと大人っぽくエスコートするんだ、ライアスみたいに。
(そのために準備したっていいじゃないか……)
〝ニーナ&ミーナの店〟から服が届くのが楽しみだった。
待ちに待ったある日、五番街から届けられた荷物をユーティリスはさっそく開けさせた。
「……いいね」
ストライプがはいった涼し気な開襟シャツに、エリのない丸首のシャツ、それに通気性のいいスラックスにゆったりしたワイドパンツ。
海を意識したデザインもあり、マウナカイアにも持っていけそうだ。
どれもふつうに着て街を歩けそうだし、ニーナたちらしいセンスの良さもある。ユーティリスは満足した。
まだ錬金術師のローブはできあがっていないから、どれか着て研究棟に顔をだそうか……そう考えていたとき、おおぜいの足音がして奥宮の扉があいた。
「服が届けられたとか。まずはこちらで検品をいたします」
とめるヒマもなかった。やってきた服飾部門のスタッフが届けられた服をサッと取りあげ、すべて持っていってしまった。
「テルジオ……」
ぼうぜんとして居合わせた筆頭補佐官の顔をみれば、彼も困ったように肩をすくめた。
「あーえーと、気になるみたいですよ。伝統と格式ある服飾部門を差し置いて、殿下が選ばれた流行の服というのが。ちょっと調べたいそうです」
その感覚はユーティリスにも覚えがある。自分も初めて手にいれた収納鞄は二個頼んで、ひとつを分解してしまった。
服の術式は裏地などにも刻まれている場合も多い。ユーティリスはハッとした。
「まさか服をバラバラにするんじゃないだろうな?」
「どうでしょうねぇ……きちんと縫い合わせてくれるとは思いますが」
テルジオの返事も心もとない。
何より結局、新しい服を着て研究棟にいけない。
「どうするんだよっ!」
キレたユーティリスに、テルジオは心底どうでもいい……という顔をした。
「あきらめてカディアン殿下に服をもらいましょうよ」
「それじゃ気分がでないだろ」
「何の気分ですか、まったくもう……」
そんなわけでユーティリスは、しばらく研究棟に顔をださなかった。
ようやく顔をだしたらだしたで、ネリアには新調したばかりの服には気づかれず、体調のほうを心配されたので少し切なかった。
シリアスめなユーリとリーエンのお話
『きみを渡さなければよかった』
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